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455 :リッサ ◆v0Z8Q0837k :2008/05/20(火) 00:35:36 ID:Cog2cNQm
君の涙が乾くまで~西田 義孝①

「今お茶とケーキを持ってくるからね、もう少し待っていてね、義孝」
彼女、桃井さやかはひとしきり恒例となった僕に対する抱擁を行った後
そういって給湯室…本人曰くのキッチンに向かった、僕はそれに合わせて
近くにあった椅子に腰をかける。
僕の彼女である桃井さやかはかなりの変わり者だ、今僕がいる彼女の自宅
だって実際は旧校舎の図書室だったりする、学園の旧校舎の図書室を根城
にして、日々本を読み漁る学長の孫の天才児、彼女の世間での認識はそんな感じだった。
齢16歳にして海外ですでに大学の学士過程を卒業し、そのときに発明した機械の特許料で
旧校舎を買って改装し、悠々と生活をしている彼女と僕が出会ったのは、たまたま僕が
学校の授業をサボって旧校舎の図書室に忍び込んだ時だった。
埃にまみれた古臭い旧校舎の見物に来ていたらしい彼女は坂口安吾を読み漁る僕の前に
現れてこういったのだ。
「ずっとそれを読んでいるようだけど、そんなにその本は面白いのかい?」
「いや、笑えるかという意味では筒井康孝の方がまだマシだ」
後に聞いてみれば、僕は初めて彼女の16年の人生の中でもっともわけのわからない返答を
した人間で、それでいて同い年で気さくに話しかけてくれた人間だったそうだ。
このわけのわからない一言で何故か彼女は僕を気に入ったらしく、それからというもの
僕が授業をサボってここに来るたびに彼女は現れて、僕に話しかけてきた。
最初は座布団を二人分持ち込んでくれた彼女と一緒に本を読んでいるだけだったが
たまたまコミュニケーションをとって見たところ、意外にも彼女の話は面白く、僕たちは
すぐに仲良くなった。
そして他愛もない話をするうちに、僕らは惹かれあっている事を意識し始めて、気が付いたら
彼女は僕に告白して…そして今日の彼氏彼女の関係を築くに至った。
最近は彼女の要望もあってあまり授業をサボったりはしなくなったが、二人の関係は心地よくて
日々良好だ、不満だってない、僕らはとても幸せだった。
「待たせたね、お茶が入ったよ、今日は気合を入れて君の好きなレモンパウンドケーキを作った
んだ、君の大好きなケシの実もたっぷりいれたからね」
「ありがとう、それじゃあ早速いただくよ」
そう言ってぼくは彼女の作ったケーキをいただく事にした、海外仕込みのパウンドケーキは
彼女の得意料理だったりする。


456 :リッサ ◆v0Z8Q0837k [sage ] :2008/05/20(火) 00:39:05 ID:Cog2cNQm
君の涙が乾くまで~西田 義孝①
「うん、美味いなこれ、やっぱりさやかの作ったケーキは最高だよ、特にこの
芥子の実のプチプチがたまらなく素敵だ、家で食う僕特選のゴマかけご飯より
もたまらなく美味い」
「有難う義孝、でも相変わらずそのプチプチ食感にこだわる君の心は僕は理解
できないよ」
さやかはいつもそんなことを言う、このプチプチが最高だというのに、まあさすが
の天才科学者でも理解できない事の一つや二つはあっても良いものだと思う。でないと
たまに、僕の心まで読まれてしまうんじゃないか、何て思わされることもしょっちゅう
あったりして、少し怖かったりする。
「それで今日は何を読んだんだ?三島あたりか」
「残念…昭和の猟奇事件ファイルという奴だった、すぐに終わったから田山と
芥川を読んでいたよ」
「なんだか食い合わせが悪そうだな」
「そんなことはないさ、どっちもとても楽しめたよ、それよりも僕は君がきちんと
授業を受けたかが心配で心配でね」
「大丈夫、あらかた寝るか小説を書いていたけどきちんと椅子には座ってたよ」
「そうかい、それはよかった、それじゃあ早くこれの続きが書きあがる事を楽しみに
しているよ」
僕がケーキを食べ終わるのを待って紅茶のカップを手にかけるのを見計らってか
彼女は一冊のノートを取り出した、ノートにはへたくそな六芒星とともに、マジックで
こう書かれている。
「魔怪騎士D-NIGHT RIDER」
僕が中学生の頃ずっと書いていた変身ヒーローものの小説だ、結局途中で書くのを飽きて
しまい、話は中盤の主人公のパワーアップシーンで途切れたままになっていたが、それを
何故か僕の家に遊びに来た彼女が、僕秘蔵のエロ本とともにしまってあったそれを手に入れて
しまい今日に至っている。
「だからそれの続きは無理だって、いい加減あきらめてくれよ」
「いや、あきらめないよ、僕はこの話が大好きだからね。ぜひとも続きを見てみたい、続きを
書いて話を完結させてくれた暁には君を僕の全頭脳をもって本物の変身ヒーローに改造して
あげるよ」
「おいおい、無理言うなよ」
「無理じゃないよ、僕には不可能はない、それに子供のころからの夢なんだろう?ならなおさら
僕がかなえてあげたくなるじゃないか」
本物の天才科学者の彼女が言うと、その言葉すらも全て本気に聞こえてきた。



457 :リッサ ◆v0Z8Q0837k [sage ] :2008/05/20(火) 00:44:04 ID:Cog2cNQm
君の涙が乾くまで~西田 義孝①

そんな雑談を繰り返す中、ふと、彼女は視線を僕のバッグにうつした
バッグにくくりつけられたコンビ二袋が気になるらしい。
「ああこれか、昨日間違って芽衣歌の買ったケーキを食べちゃってな
それで怒った芽衣歌が、牛乳で作るココアと、ミルチーを買ってくれないと許さないって
だだこねて怒っちゃって…今回のバージョンは応募券を集めて贈ると抽選でチャンプのぬい
ぐるみが当たるって…そんなの当たるわけないってのに、こにくちゃんなんてあんなのなに
がいいんだか…」
芽衣歌…僕の妹の名前を出したとたん、彼女は顔を曇らせた。
「あ、ごめんさやか、気に障ること言ったかな?」
「いや、君にわがままが言える妹さんはいいなーと思って、僕もたまには…ってね」
「そうか、よし!!なら俺がいくらでもさやかのわがままを聞いてやるぞ!さあさあいま
すぐにでも言ってくれ!ただしもうこにくちゃん関連は勘弁してくれよ!僕犬が嫌いだから」
僕が勢い良くそう言うと、彼女は顔をきょとんとさせた。無理もない、でも普段彼女はわがまま
を言わないので、彼女のわがままを聞いてみるのもたまには面白いかなあと思った。
「本当?いつもの勢いだけの言葉じゃないだろうね?」
「ああ、本当に何でも聞くよ」
「それじゃあまずは…僕を差し置いて浮気とかしていない?他に好きな子…たとえばクラスの
マドンナなんかがいたりはしないのかい?僕は本気で答えを聞きたいんだ、どんな答えも受け入れる
から本当のことを答えてくれ」
今までの彼女の真剣な雰囲気に圧倒された、しかしマドンナとは古い言い方だ、漱石の坊ちゃんでも
読んだのだろうか?。
「どこの世の中にこんな本ばっかり読んでまともに授業も受けない協調性ゼロの、さらにオタクでどう

しょうもない馬鹿の僕に、わざわざ浮気なんてうつつを抜かしてくれると思う?それに気になる子なん
ていないさ、僕はさやかと一緒にいるのが一番だよ」
僕がそういったとたんに彼女は悲しそうな顔をする。
「そんな悲しい事を言わないでくれ、それに別に君を馬鹿にしているわけじゃない、僕は義孝が誰かに
取られてしまわないかと思うと本当に心配で仕方がないんだ…その、僕が一番って言ってくれたのは嬉
しいけど…」
僕としては軽い冗談を言ったつもりだったがどうやら通じなかったようだ。
ちなみに決して友達もいないわけではない、一応だが一人、学級委員長の上条晴子が上記した僕のよう
な最底辺に属する人間にわざわざ親しく接してくれていたりする、まあ気まぐれだろうが。
それに恋愛対象としてはとても見れない、第一あの娘はいちいち口がうるさすぎる、授業中にノートに
落書きしていただけでいちいち怒るし。
ある意味何事もぼくにうるさく言わない彼女、さやかとは対照的な存在だが、そんな子の名前を口に出
したら彼女は間違いなく何かの疑いをかけてきそうで怖い。
疑われるのはあまり良い気分ではないし、濡れ衣でこの関係は壊したくなかった。
「ごめんな、でも本当に大丈夫だよ、ほら、僕は友人だってまともにいないし、こうして一緒にいてく
れるのは君くらいだから、本当に安心してくれ、僕も君から離れたくないし、ずっと側にいたいんだ、
それに最後の言葉は冗談じゃない、本気だ」
「ありがとう、そう言ってくれて嬉しいよ、それじゃあ次は」
そういうと彼女は立ち上がって、僕の前に近づいてきた。



459 :リッサ ◆v0Z8Q0837k [sage ] :2008/05/20(火) 00:45:37 ID:Cog2cNQm
「…そうだね、僕とキスをしてもらえるかな…本当はずっとしてみたかったんだよ」
彼女はそういうなり僕の顔を手でつかんで、自分の唇を近づけてきた、僕はそれに抗わず
にそれを受け入れた。
重なり合う唇、彼女はそのまま僕の口の中に自分の舌を押し込んできた、僕はそれに抗わず
にそれを受け入れた。
くちゅくちゅと音を立てて、互いに舌を絡め合わせる、お互いの唾液をむさぼり、口腔内を味わう。
粘膜の快感と、彼女の臭いと唾液の味が混ざり合って、何かふわふわしたような気分になる。
彼女の体を求めたい、本能が僕にそう継げた。僕は彼女の細い体を抱き締めてその体温を直に感じた、
細い体と控えめな胸が僕の体にあたる。
「続きを、してくれるかい」
彼女は唇を離すと、唾液で糸を引きながらそういった。
ふとみた彼女のとろんとした目は、全てを受け入れる準備が出来たといっているようだった。
良く考えれば、ぼくたちはキスもまだしたことがなかった。
今日、この機会は僕たちにとってはちょうどいいことなのかもしれない、しかし僕は戸惑った。
「…ごめん!今ゴムとかもっていないんだ」
「大丈夫だよ、君の子供なら何があっても僕は生んで育てたいから」
「でも、ほら、僕はまだ学生だから、君ばっかりにリスクと迷惑はかけられないよ」
予想外の展開に僕は焦った、嬉しい誘いだし、日々望んでいた事では有るが、こういう日に限って避妊
具を準備できなかった自分が恨めしい。
そんな風にあわてふためく僕を見ると、彼女は真っ赤な顔で少し落ち込んだようにこういった。
「義孝…僕のこと嫌いになったのかい?それとも、やっぱり他に好きな人が出来たとか?僕は君が大好
きなんだよ、何ならただ体だけ目当てで抱いてくれるだけでも良いんだ、だから、お願いだから…」
彼女は懇願する…僕はやりきれない気分になる、体の奥底の本能は彼女を求めている、でも僕にはどう
しても踏ん切りがつかないままだった。
さっきまでの、どんなわがままも聞いてやるなどと勢いの良かった自分が恨めしい、今すぐにでも変わ
ってもらいたい。
そんなことを考えるうちに、世界が反転した。
視界が一気にふにゃふにゃと歪み始めた。
ふらりとゆれた僕の体はその場に崩れ落ちた、それと同時に一気に胸の鼓動が早まり始める。
「はぁ、はぁ、はぁぁ…」
次第に落ち着いて呼吸が出来なくなる、しかし全く体は苦しくない、むしろ気分はどんどん心地よくな
り、僕の体はそれと同時に睡眠を求め始めた。
「ゴメンね義孝、でも僕はこうでもしなければ君を信頼…いや、信用すらも出来なくなりそうなんだ」
そういうと彼女は僕の体を抱えて部屋のソファに僕をひきずり、ソファに僕を寝かせた。
「さ、や、かぁ…」
「責任は僕が全て取る、何がどうなっても、今回の結果がどう作用しても僕は君を永遠に愛する、だか
ら、だから僕は君に」
御伽噺を読んであげよう、そう、優しく呟いた彼女の声を聞くと同時に、僕は深い眠りに付いた。
そう、深い深い、恐ろしいくらいに深い眠りへと。


460 :リッサ ◆v0Z8Q0837k [sage ] :2008/05/20(火) 00:46:39 ID:Cog2cNQm
君の涙が乾くまで~桃井 さやか ①

僕は彼を寝かしつけると、手元においてあった一冊のノートを開いた。
ノートの間には、学園で授業を受けている彼と、それを黒板と一緒に楽しそうに
眺める少女…上条晴子の写真が挟まっていた。
彼の授業中に偶然、僕が旧校舎からスコープ付きカメラで撮ったものだ、消して
盗撮写真ではない。
こんなもの一枚で、彼の回りの人間から聞いた話くらいで彼を疑いたくはなかった。
でも、それでも僕は、彼の本心が知りたかった、たとえ天才であっても恋をした彼の
心なんて解りはしないという現実が、余計に僕の気持ちを、感情を加速させた。
だから僕はこのノートを手に取った。
ここには僕が頑張って書いた、彼の大好きな御伽噺が書いてある、僕はこれからそれを
読むことにしようと思う。
「さあ、義孝…劇を始めよう、悲しい悲しい演劇を」
「…うん…」
瞼を閉じた彼はそう答えた。
こうして穏やかに眠る彼はまるで天使のようだ、その可愛らしい寝顔をずっと僕のものに
してしまいたいという欲求が僕を突き動かす。
すべてはこれから、そう、こらからの結果次第なのだ。
「愛してるよ、義孝」
神様、どうか僕を、そして彼を幸せにしてください、お願いです。
僕は泣きながら、天に向かってそう呟いた。
どんな結果が出ても、僕は彼を愛して、そして側にいてもらいたかった。



461 :リッサ ◆v0Z8Q0837k [sage ] :2008/05/20(火) 00:49:30 ID:Cog2cNQm
君の涙が乾くまで~西田義孝②

その後、僕が目を覚ましたのは夜の8時だった、彼女はしきりに謝っていた
何でも僕のお茶に媚薬を入れたらしいが、量を間違えて僕が昏倒してしまったらしい。
僕は必死に謝る彼女を抱きしめて、明日、土曜日に確実に外泊許可を取ってくるという
と、彼女とお別れのキスをして旧校舎を後にした。
愛車である僕のバイク…ホンダXR230を発信させて家に向かう間、自分のふがいなさ
を嘆いていた、本来なら彼女を押し倒してでもいいくらいなのに、まさか僕に媚薬を飲ま
せるまで彼女をじらしていたうえに、愛する人にあんな事を平然と言って、考えてしまった
自分の無神経さが改まって嫌になった。僕の人生はいつもこうだ、だからいつまでたっても
友人だっていないまま、延々小説を書いて、本を読んでいる日々を送っていたのだ。
こんな自分を変えたい、そして変わりたい…そう考えているうちに自宅の前にたどり着いた。
おかしなことに家の電気は着いていなかった、母さんと芽衣歌二人で買い物にでも行ったのか
それとも父さんに何かあったのか、そんなことを考えてながら鍵をはずそうと玄関のノブに手
をかけると、ドアは開いた…そこからは物音がする、明らかに人の気配だ、ドアの奥からは何人
もの人間の気配を感じた。
「…誰だああ!!」
僕はとっさに叫ぶと玄関においてあったほうきを手にして靴のまま家に上がった。
家の中にたくさんあった気配もそれと同時に動く、それらがさっと何か、手を上げるような音が
した瞬間。
ぽすっ!ぽすっ!ぽすっ!ぽすっ!。
という軽い音とともに、僕の全身に何か長い、たとえるなら矢のようなものが打ち込まれた、何故
かとても熱いそれは僕の体を刺し、痛みとともに僕に何かを注入した、麻酔銃か何かなのか、先刻
の媚薬による眩暈と同じように視界が曲がり、僕の体はそれとほぼ同時に自由を失い、フローリング
の床に崩れ落ちた。
「う…うう…」
何とか逃げようとうめき声を上げて、動かない四肢をくねらせて僕は床をはいずる…その先のソファ
には、大量の血を流し、腹部を切り裂かれた妹の姿が、いや、むざんに腹部を引き裂かれて、悶絶
した表情でのた打ち回り死んでいったのであろう、家族の、家族だった肉塊が床一面に転がっていた。
血溜まりには妹が大事にしていたこにくちゃんの携帯ストラップがばら撒かれていた。
「う…う…うわああああああああああ!!!」
出ない声を絞り出して僕は叫んだ、目の前にある悲惨な現実と凄惨な光景、その全てが信じられなかっ
た、この光景が全部夢であって欲しかった。
予想外の光景に僕が絶叫していると同時、家の中にあったいくつかの気配は僕に近づいてきた。
「披検体確保、M=ジェルを注入されても生存中、経過は良好のようです、はい、このままラボに護送
します」
「これでまた一人B級が増えるのか…S-00のように脱走しなければいいんだがな」
どうやら僕をどこかへ運ぶ算段をしているらしい、黒い対化学兵器スーツを着込んだ上に銃器を手にし
た、ガスマスクを装着した彼らは無線のようなものでどこかと連絡を取っていた。
「う…うう!ううう!!!」
声にならない声で僕は彼らを精一杯に威嚇する、家族を殺したであろう奴らに手も足も出せない事が悔
しかった。
その彼らの中央に一段と大きい影が見える。
その姿はまるでグロテスクな怪物のようだった、ライオンのような顔を頭部と胴体中央部に持ち、口か
ら血を垂れ流して僕の家族の肉を食らうそれは、手にした巨大な斧で僕の家族だった肉塊を食べやすい
サイズに刻んでいった。
「タニラス様、ここまで死体を無用に刻んだのですから、後始末は全てお願いします」
ぐうう…タニラスと呼ばれたそれはそううなると死体の一片を口に運び…口から血をだらだらとこぼし
てそれを食らった。
「まあそういうな、これが俺の食事なんだから仕方ないだろう、それに心配ない、何も残らないくらい
に食べつくしてやるさ」
そんなことを言っている化け物を見て僕は混乱した。
何が何なのかわからない、まるでわけのわからないホラー映画だ…そう思いながら僕の意識はそこで途
切れた。
全てが悪い夢であって欲しかった、それでもこれは現実なのだと、体中に打ち込まれた何かの痛みが僕
に告げていた。



462 :リッサ ◆v0Z8Q0837k [sage ] :2008/05/20(火) 00:51:51 ID:Cog2cNQm
君の涙が乾くまで~西田義孝②

気が付くと僕は何かの研究施設らしいところにいた、らしいところというのは
実際に特定が難しいくらいに僕にはそこにいた記憶があいまいだったからだ。
あるときは手術台に乗せられ、何かを体に埋め込まれたり、体を刻まれたり、妙に大きな
注射を打たれたりした。
白い部屋で、いきなり襲い掛かってきた像やゴリラを素手で殴り殺したような気もする、車
のボディーを引きちぎり、キックでバズーカの弾頭を破壊したような気もした。
ガスマスクの男達は大喜びをして実験は成功だ、S-01シリーズが完成したと大喜びしていた
のを覚えている。
僕の記憶が完全に覚醒したのはその後、どこかの演習場のような荒地で、アリ怪人としか言い様
のない化け物の首を手刀で切り落としたところからだった。
ぴゅうぴゅうと音を立てて黄色い体液を飛ばすその体を見たとたん、全てを思い出した僕は絶叫
を上げ、近くにあったバイクにまたがってどことも無く走り出した。
逃げなくては、どこか遠くに逃げなくてはいけない、覚醒したての思考と本能がそう告げていた。
背後で追え、殺せ、S-01シリーズ製造の実験はやはり失敗だという声がした、しかしそんな
言葉をいちいち構う暇は無かった。
一気にギアを最高速までいれ、予想以上の速度で何日間も道なき道を走った僕は、気が付けば
どこかの廃村にいた。

「み…水…」
とにかく疲れたので水を飲もうと、廃屋に入り、つるべ式の井戸の蓋を開けて水をくみ上げ…
桶の水面を見て僕は驚いた。
僕の顔は人間ではなかった、黒い顔に赤い大きな眼、そして特徴的なあごを持つそれはまるで
どこかのヒーローのような見た目だった。
「う、うああああああああ!!!」
僕が叫ぶと同時に、僕の顔と体は元に戻った…しかし水鏡に映ったその顔は痩せこけ、僕の顔と
裸の体にはあちこちに大きな手術後のような傷が出来ていた。
「なんなんだよこれは…一体何なんだよ…」
僕はひとしきりそう呟いて、改めて井戸の水を飲み干した。落ち着いて見て考えられる答えは
一つだった。
僕、西田義孝は何らかの悪の秘密結社に捕まり、改造人間にされてしまった、つまりはそういう
ことなのだろう、あくまで推測であって肯定できる意見は無いが、否定できることは何一つとしてない。
「一体これからどうしよう…」
復讐、そんなことを考えても見たが、取りあえず今の状況ではどうしようもない、自分の無力さが悲し
かった、そして…。
「さやか…結局約束、守れなかったな」
家族を殺された事で僕の心はからっぽになったが、何よりもさやかとの約束を守ってあげられなかった
事が今の僕にはとても悲しく思えた。
僕はなぜか無性に彼女の顔がみたくなった。



463 :リッサ ◆v0Z8Q0837k [sage ] :2008/05/20(火) 00:54:07 ID:Cog2cNQm
君の涙が乾くまで~西田義孝②

僕はその後バイクの座席部分にしまってあった強化服であろうライダースーツ
とヘルメット、それとマフラーを身につけて、バイクを一気に飛ばして廃村を降り
手近な町に向かった。
後でわかったことだが廃村は地元北部の鉱山地帯のもので、手近な町は僕の生まれ
育った町そのものだった。

調べてみれば僕があの施設にいたのは1ヵ月ほどだったようだが地元は僕の家の噂
でいっぱいだった、わずかな血痕だけを残して一家全員が、周りの家々の家族共々
物音も立てずに失踪したのだ…噂にならない方が無理だろう。
そんな噂をよそに、僕はバイクを駐車場に止めて一人公園のベンチで今後の事に
ついて考え事をしていた。
いく当ても無く、予算もあまり無い、幸いバイクは何故か延々動くので燃料経費
で困ることも無いがまともに眠る場所も無い、幸先はとても不安だった。
その時正午を知らせる鐘がなった、たぶん学校では昼休みが始まる頃だろう。
なんだかあの頃の怠惰な生活も、口うるさい上条のことも…そして家族と、僕の
彼女であるさやかの笑顔も、どこか遠い昔の記憶に思えてきたのが少し悲しかった。
「はあ…さやか、俺はどうすれば良いんだろう」
彼女の名前を読んでため息をつく、その時、僕の前を通り過ぎようとした白衣の
子供っぽい少女が、僕のほうを向いた。
「…」
ふと目が合った、よくよくみればそれは白衣のさやかだった。
「…」
僕は目をそらす、下手に話しかけて彼女を巻き込みたくなかったし…それに僕は
口元までマフラーで顔を覆っていた、彼女が僕だと気づくことはまず無い…と思っていた。
「…よ、よしたかああああああああああ!!!!」
計算を間違った、いきなり僕は彼女に思い切り抱きつかれた。
「会いたかった、会いたかったよおおおおお!!!ど、どごにいってたんだあああ!!!」
涙を流して抱きついてきた彼女の顔はぷくぷくしたほっぺたがすっかり痩せこけて、いつも
抱擁してくれるその力はだいぶ落ちたように感じられた。
体からは汗のにおいがする、だいぶ走り回って俺を探していたんだろうか。
「ごめんなさやか…本当にゴメン」
僕はさやかをやさしく抱きしめた、この地獄のような現実世界で、僕には彼女がまるで楽園
から現れた天使のように思えた。
鼻までたらして泣き出した彼女を抱きしめて数分後、僕は彼女に引っ張られる形で彼女の
自宅兼学園の旧校舎に案内された。
貰ったサングラスで覆い隠した視界から見る、いつも通っていたはずの学園は、まるで違う
自分のいる世界とはかけ離れた、アニメかゲームのような絵空事の世界のように思えた。



464 :リッサ ◆v0Z8Q0837k [sage ] :2008/05/20(火) 00:57:46 ID:Cog2cNQm
君の涙が乾くまで~西田義孝②

僕はそれから彼女の家で久々のお茶とケーキをご馳走になり、それを
食べながらじっくり時間をかけて、彼女に今まで起こったことの全て説明した。
彼女は全てを黙って聞き、またその内容の全てを否定せずに受け入れてくれた。
「さっき君に触られた時に感じた君の手の体温…とても人のものではないくら
いに冷たかった、それにあの傷もそう、君の話はきっと本当だ。何らかの組織が
絡んでいるのも間違いない、でも安心してくれ、君の彼女はこの天才科学者の桃井
さやかだ、たとえどんな法律を破ってでも君を守ってみせる、僕に迷惑が掛かるとかは
気にしなくていい、ずっとここにいてくれれば僕はそれで良いんだ」
僕は、ただその言葉と好意が嬉しくて、その場で泣き崩れて、疲れてしまったのかそのまま
ソファで眠ってしまった。
数日前のあの時と同じソファで、もう元には戻れないくらいに変わってしまった体で。

気が付くと日はすっかり暮れて夜になっていた、彼女、さやかは僕の横に座って眠っていた。
彼女はなにやら箱のようなものを抱えてぶつぶつといっていた、いつもの夢遊病だろうか?
微笑ましくなって彼女に布団をかけてあげようとしたその時、校庭で大きな音が響いた、何台
ものバイクとトラックのような大型輸送車のエンジン音だ、数は10や20ではない。
「くそ…追っ手が来ちまったのか!?」
そう言って彼女を起こそうとした時、彼女は口に手を当てた。静かにしろ、のジェスチャーだ。
僕を見つめる彼女はにやりと笑った。




465 :リッサ ◆v0Z8Q0837k [sage ] :2008/05/20(火) 01:01:41 ID:Cog2cNQm
君の涙が乾くまで~桃井さやか②

「どこだ、早く見つけろ!S-01はここのどこかに潜んでいるはずだ!
なんとしてでも見つけて始末するんだ」
ガスマスクの男達と、それを従えたライオン型の怪人…彼、義孝いわくの
タニラスというらしい、が大声で叫んだ。
ガスマスクの男達は旧校舎に入るなり手に持ったダートガンのようなものを
構えてあたりをうろつきまわる、しかしそのしぐさはどこかぎこちないうえに
誰かを探っているにしては未熟さがあまる、所詮は軍人などのプロではないと
いうところだろうか。
「よし…これならいける!」
そう考えた僕は手に持っていたリモコンのスイッチを入れた、ウイーンという
起動音とともに、彼らのちょうど背後に置かれていたみかん箱が動き始める。
もちろんその中身はみかんではない、僕の製造した自動操縦タイプの擬似メタル
ストーム重機関銃だ、日本で作るのには材料面で苦労したが、護身用にはもってこい
の武器だ。
起動音に気づいたガスマスクの男達がそちらに気づくより早く、発車音すら響く前に
秒速一万発で打ち出されたスチールコア入りの弾丸は彼らの全身を貫いた。
「行くよ義孝、こっちに逃げ道を用意しておいた」
「あ、ああ、しかし今のは!?」
「護身用アイテムだ、僕と君を守れるように日々頑張って作っていた」
うん、一言も嘘は言っていない、そういう発言ほど気持ちが良いものはない。
彼は何も言わずに驚いたような顔をしている、きっと嬉しくて言葉も出ないのだろう。
僕は義孝の手を引いて旧校舎を駆ける、この先に行けば秘密扉がある、そこから一気に
義孝とともに逃げられるようにバイクまで用意しておいたのだ、僕の作戦は完璧だ。
これで貴之は僕に絶大な信頼を置いてくれるかもしれない、どう見たって僕は彼好みの
強い女の子だ…この機会は彼にとってはとても不幸な事だったろうが、僕にとって彼と
密接に付き合えるチャンスなのかもしれない、神様有難う。
と、そう思った瞬間、僕は首根っこをいきなりつかまれ、宙に持ち上げられた。
「うわああああ!!!」
それと同時に僕の首筋に巨大な斧の刃先が当てられる、そう…それをあてたのは間違いなく
あの化け物、タニラスという奴だ。



466 :リッサ ◆v0Z8Q0837k [sage ] :2008/05/20(火) 01:03:21 ID:Cog2cNQm
君の涙が乾くまで~桃井さやか②

「大人しくしろS-01号、そして桃井博士」
「くそ!はなせえ!!」
僕は怪人に向かって手に持っていた自作自動連射式リボルバーの引き金を引いた、乾いた爆裂音
とともに5発のスチールコア入り30口径弾が炸裂したはずだったが、その全ての弾丸は彼の体
を貫かずに、その厚い筋肉の鎧に飲み込まれた。
「この程度ではC級とはいえ、俺は倒せんよ」
「ば…化け物め!!」
「あまり騒ぐな桃井博士、お前は殺しはしない、我等LYSの科学者として思う存分その手腕を
振るってもらおう」
タニラスの言葉は真剣な口調だった、それゆえに余計に恐ろしい。
何なんだ、この化け物は。
「そしてSー01、お前もわれらの基地に来てもらう、戦闘員…ゾルダートどもはお前の始末に
躍起になっていたようだが、その戦闘力は惜しいものがある、最洗脳してもらえば全てを忘れて
また我等のようによろこんで人を殺せるはずさ」
タニラスと、それに押さえられた僕の視線の先には、拳を握り締めてうつむく義孝がいた。
「か、かまうな義孝!僕に構わず逃げるんだ!!」
彼は僕の言葉を無視してタニラスを見据えた。
「俺は…人を殺したのか?」
タニラスは笑顔のように口をゆがめて答えた。
「ああ、ついでにさらってきた、逃げ惑う隣人どもを容赦なく殺したよ、練習にゾルダート
を何人殺したかも解らん…最後の頃は戦力の実験に、山の寒村丸々一つを大虐殺で消滅させたな…」
「そうか…」
彼はそう呟くと同時に涙を流した、そしてこう言った。
「何かあったらゴメンな」
ひゅ!という音が聞こえた。
それと同時に僕はまた首をつかまれて後方に吹っ飛ばされた。
「うぎゅ!」
何とか受身を取って後方を見る。
背後には、彼の膝蹴りで弾き飛ばされたタニラスと、それを見つめる彼の背中があった。
「義孝!!」
「貴様…いくらB級とはいえ!Dレベルの怪人としか戦闘訓練していない分際で、この俺にC級の俺

に!!」
タニラスは膝蹴りをくらって激怒したのか、手に持った斧を構えると一気に彼に向かって走り出した。
彼はそれに動じずに、手を前に上げてポーズをとった。
「…変身!!」
まるで何かの特撮番組のように彼が大声で叫ぶ、それと同時に彼の体は赤い光に包まれた。
光と共に彼の体は黒い装甲に包まれ、その顔もバッタをモチーフにしたような赤い瞳を持つ仮面に包ま
れた。
話には聞いていたが、目の前でこんな光景が繰り広げる事が起こるとは全く思ってもいなかった。
そして僕は少し悔しかった。なぜなら彼は僕の手ではなくて人の手で、本当に改造人間系のヒーローと
なってしまったのだから。
悔しい、そしてうらやましい…なぜか彼を改造した者達に嫉妬の心から殺意が沸いた。



468 :リッサ ◆v0Z8Q0837k [sage ] :2008/05/20(火) 01:05:31 ID:Cog2cNQm
君の涙が乾くまで~西田義孝③
S-01の性能は単体では万能かつ最強、そんなことをあの時僕の実験を
担当していた科学者の一人は言っていた。
きっとそれは本当のことなのだろ。
「…何ぃ!!」
タニラスは絶叫した、僕に振り下ろした斧が僕を斬ることも無くこなごなに
砕けたからだ。僕は呆然とするタニラスの斧のグリップを奪い取って握り
つぶす、力の差は歴然としていた。
「う、うおおおおお!!!」
タニラスはまだあきらめきれないのか手についていた鍵爪で僕を攻撃するが
突き刺そうとした爪の方が先に砕けてしまった。
こうなれば逃げるしかない、そう考えたのかタニラスは後ろを向いて走り出した。
僕は腰…ベルトのような部分に左手を当てる、するとそれにあわせてベルトが光り
その粒子が僕の左手首を包んだ、集まった光は一気に収束して形を作る、僕の左手首
にはペッパーボックスのようなピストルが握られていた。
ジャイロショット、これが僕…S-01の武器の一つだ、一回の変身で使える弾丸の数は
15発と少ないが、威力は凄まじい、そしてなにより使い勝手が良い武器だ…と、脳内に
あるデータが告げていた。
タニラスに向けて引き金を引く、3発のロケット式の弾丸は轟音を上げてその体に打ち込まれた。
「ぎゃああああああああ!!!!」
凄まじい悲鳴が響きタニラスは倒れこむ、非貫通タイプの弾丸は彼の全身の余すところ無くダメージを
与えたようだ、体を引きずって逃げようとするが骨が折れたのかそれらもうまく叶わないらしい。
「終わりだ…化け物め」
「こ、この同属殺しの化け物め!!」
同属殺しの化け物、そしてそして僕は立て続けに人を殺してきた殺人者だ…もう、後戻りは出来
ない、そんなことは解っていた。
でも、それでも背後にいる彼女、さやかを守るためなら戦わなくてはいけないという事も解っていた。
だから、僕はここで全ての罪を背負う事を決めた、これから彼らと戦うことになればいつか死ぬ日が来
るだろう、それでも構わない。
僕は…いや俺はさやかを愛してる、だから絶対に守ってみせる、他の人間達も、もうだれもこいつらの
犠牲なんかにはさせない。
「ピンファイアキック!!」
俺は一気に跳躍し、狙いを定めてタニラスの被弾箇所に蹴りを食らわせた。
脚部の電子スイッチの誘導により弾丸は爆発した、凄まじい音と火花を立ててタニラスはこなごなに砕
け散った。
それと同時に俺の変身が解ける、炎の中で背後を振り返ると立ち尽くしたさやかが俺の背中を見つめ続
けていた。
父さん、母さん、芽衣歌、仇はうったからね…俺はそう呟き、心の中で涙を流した。
「さやか…達者でな」
彼女をこれ以上巻き込んではいけない、俺はそう思って別れを告げた。頭の良い彼女の事、事情は理解
しただろう。
そう予測したが、彼女は何を思ったのか俺を背中から抱きしめた。
「嫌だ、今の君をほおってはおけない」
「さやか…わがままを言うなよ、俺はもうこんな体なんだぞ、それにあいつら敵だって…」
「そんなの関係ない!君は君のままだ、体が変わってしまって不安なら必ず僕が責任を持って君を治し
てあげる!戦いに行ってあいつらの組織を潰すって言うならなんでも協力する!だから…もう僕を一人
にしないでくれ、お願いだから!僕は君のそばで死ねるなら、もう何もいらないから!!」
哀願する彼女にはかなわない、俺は彼女を無言で抱きしめた、もう言葉は要らなかった。
「行こう、さやか」
「うん…義孝」
俺達二人は手をつないで旧校舎を後にした、これから何が起きるのかなんて考えもせずに。
弱い心は穴を埋めようとするとその穴に飲み込まれるという話も信じずに。


469 :リッサ ◆v0Z8Q0837k [sage ] :2008/05/20(火) 01:07:27 ID:Cog2cNQm
君の涙が乾くまで~西田義孝④
それから数ヶ月が過ぎた、俺はさやかの手引きで敵に見つからないと覆われる住処を転々とし
敵である組織…巨大企業複合体、通称LYSの動向を探りながらその追っ手と戦い、人々を襲
おうとする怪人たちと日々戦いを繰り広げていった、もちろん戦いにおいてさやかの頭脳面での
活躍はすごいものだった。
敵の攻撃地点を巧みに予測し、物資を奪って資金に変え、代替兵器を作って敵の支部を攻撃、情報
を回収するなどの作業は俺一人では出来ないものだったので本当に助かった、いや助けられていた。
そして今晩も、襲撃をかけたLYSの港湾倉庫を爆破し、それによって現れた怪人との戦いを繰り広げ
ていた。

「くらええええええ!!!」
空中から現れた梟型の怪人が目からビームのようなものを発射する、コンクリートを溶かすようなそれ
を俺は右手に発生させたシールドで全て遮断した。
第二の武器、アイギスシールドは核熱兵器すら遮断する。ビームを防がれた事に慌てた敵は手に持った
剣を構えて一気に詰めよった。
その体が爆発音と共に歪んで落下する、後方からさやかが打ち込んだグレネード弾が敵の体に炸裂した
ようだ。
「今だ!義孝」
「リムファイヤアタック!」
叫ぶと同時にジャイロショットを敵に叩き込み、電子スイッチ入りのパンチを炸裂させる。実に一撃で
42トンもの衝撃を与えるそれは軽々と敵の体を砕いた。
「やった!うああ!?」
さやかが喜ぶと同時、その背後から鞭のような触手がその体を絡め取った、海から現れた馬型怪人の鬣
がまるでイソギンチャクの触手のように相手を絡みとってさやかの体を切り裂く…それが敵の狙いだろ
う。
しかしさやかは軽々とそれを引きちぎると、驚く怪人めがけて手に持っていたグレネードガンからグレ
ネード弾を発射した。
「ぐあああああ!!!」
叫ぶ敵、俺はそれに合わせて敵にアイギスシールドを投げつけた。
ブーメランのようなそれは敵の首を鮮やかにはねる。
首を失った敵の体は一気に燃え尽きた。
 
「怪我は無いか、さやか」
俺は彼女に近づく、しかしそういうと彼女は少しむすっとする。
「僕のパワードスーツの性能は完璧だから、余計な心配は要らないよ義孝」
彼女はこの戦いに参加してからというもの、作戦面の指示も欠かさなかったが、敵のデータを奪っては

ずっと怪人や怪人たちと戦うことが出来る兵器の研究も行い、さらには僕のトレーニングメニューまで
考えてくれていた、俺は戦うだけで殆どおんぶにだっこな状態だった。
彼女曰く、怪人の体を変身させるのはM=ジェルと呼ばれるナノマシンで、普段は腹部のベルトの辺り
に埋め込まれているそれが活性化して体を覆う事で俺達は変身できるということだった。
彼ら曰くの~級というのはそれらの強度や性能の違いから来るものであるらしい。
そして彼女はMジェルを解析、そのシステムを利用して自分専用の代替パワードスーツを製作し、C~
D級怪人となら倒す事は不可能でも、それなりに渡り合えるほどの力を擬似的とはいえ手に入れてしま
い、その力で使いこなせるように製作した対怪人用武器の運用も行っていた。
「僕は君に迷惑をかけたくないし…君の力になりたいからここにいるんだよ、それに好きなんだろう君
は…えっと、強くてひっぱってくれる女の子が」
苦笑してそういう彼女を見ると少し申し訳が立たなくなってくる。
「俺はお前しか興味が無いよ」
そういって彼女を抱きしめると、彼女は顔を赤らめてばか、といった。
敵は強大な悪の組織、そしてそれに二人で立ち向かうという現実は残酷で、かつ非情でしかなかった。
しかしこの彼女と敵に立ち向かう生活もだんだん悪くは無いと感じ始めていた。
愛するものが側にいる環境は、全てを失ってしまった俺にとってはとても癒されるものだった。




470 :リッサ ◆v0Z8Q0837k [sage ] :2008/05/20(火) 01:08:42 ID:Cog2cNQm
君の涙が乾くまで~西田義孝④

朝、無断で住み込んでいた廃ビルで目を覚ますと
彼女が朝食を作っていた。
「おはようさやか、今朝も可愛いねえ」
「おはよう義孝、どうもありがとう」
そう言って彼女は僕の傷だらけのほっぺたにキスをする
彼女のほっぺたにキスをお返しすると、その顔を指で撫でた。
「隈が出来てる、また寝てないのか?迷惑かけっぱなしでこういうの
もあれだけど、もう少し寝たほうが良いんじゃないのか?」
「うん、ご飯食べたら少し寝るよ、敵も今日は大人しいみたいだし」
そう言って彼女はテーブルに乗せられたパソコンの画面を眺めた。
敵側のパソコン用連絡IDを奪い取り、下っ端のみとはいえその連絡網
を手に入れた彼女はそれを利用して敵側の行動を把握、先回りして敵を
返り討ちにする作戦を立てていた。
「なんだかここのところ敵の動きがあまり芳しくないみたいなんだ、もしかし
たら作戦を変えてるのかもしれない」
俺達が敵と戦う場合、その殆どは僕たちに行ったような被献体探しを邪魔する事が
多かった。
それにより戦力を減らし、新しい怪人を補充する時を狙って敵の支部を攻撃すると
いうのが作戦のセオリーだ、彼女曰くでかい組織と事を構える場合、敵の支部を強襲
した時に物資が手に入るような状況が無い限りはあまり大きく動くのはよくないということらしい。
「それじゃあ、さやかが起きたら久々にどこかに出かけるか?ウインドーショッピングとか?」
「ほ、本当に良いの?僕なんか戦闘以外で連れまわして嫌じゃない?義孝?」
「嫌なわけないだろう、第一お前は何度も言ってるように、俺の彼女なんだから」
「う、うれしいなあ!よし!それじゃあすぐに起きるから、そうしたら町のほうに出かけよう」
「おいおい、ゆっくりでいいからな、時間はいっぱい有るんだし」
彼女は涙を流して本当に嬉しそうに言った、久々のデートでそこまで喜んでもらえるなんて、僕はそれ
を微笑ましく思った。


471 :リッサ ◆v0Z8Q0837k [sage ] :2008/05/20(火) 01:11:42 ID:Cog2cNQm
君の涙が乾くまで~桃井さやか④

それから数時間後、たっぷり寝た僕はそれを待ってくれた彼と
一緒に町に出かけ、さまざまな買い物を楽しんだ。
彼は重そうに荷物を抱え、僕はそれを心配しつつも他の買い物を続行する
僕たち二人はまるでどこかの漫画のカップルみたいだなあと思った、きっと
それを見ている周りの人たちもそう思っているんだろうなあと思った、それは
それは幸せな時間だった。
彼との買い物の後、オープンカフェテリアでパフェを食べている時、彼は少し暗い
表情で僕に質問してきた。
「なあさやか、前から疑問に思っていたんだけど、俺の体ってその、オルト現象は
出ないのか?」
「出ないね、それだけは間違いない、君たちS-…スペクトルシリーズはそれが出ない
仕様だからこそ特別で貴重なんだ」
僕はきっぱり言い切るとパフェのアイスクリーム部分を食べた、彼はその言葉にほっと
したのか肩の力を抜いて椅子に腰掛けた。
オルト現象…怪人たちの細胞は構造が不安定で、定期的に人間の血肉を捕食し、代替的に
でも新たな人の遺伝子を取り込まないと体が生きながら腐り始めたり、人を食う事しか脳が
なくなる化け物になってしまうという恐ろしい現象だ。
しかし洗脳した上で怪人たちをこれによって縛るのにはLYSにとってはちょうど良い現象
なのだろう、敵から奪ったデータの中ではある程度の不安材料が解消されるためだけにSシリ
ーズが作られるまで、この現象を止める研究はLYS化学班では一切されていなかったよう
だった。
「安心してくれよ、もしそうなった場合でも僕は絶対に君を治して見せるからさ、それに敵側
だってあれほど躍起になって探しているSー00号だってオルトを起こしながら逃げてる形跡
は無いんだから」
「S-00号か、同じSシリーズどうし、どこかでコンタクトを取れれば良いんだけどなあ」
彼はそう言って注文していた珈琲を飲み干した、確かに彼の判断は正しい、この戦いで人手が
増えるのは本当にありがたいことなのだろう。
でも僕は気持ちの上でそれが少し嫌だった、だって、もしこれ以上人数が増えたら彼と一緒にいられな
くなるじゃないか?第一相手は彼よりも強力な力を持ったSー00号だ。下手をすれば僕が一緒に戦う
事も必要なくなるかもしれない、僕にとっては何よりそれが一番怖かった。
「うん、そうだね…」
僕は力なく答えた、それと同時に後ろの席から悲鳴が上がった。
悲鳴の原因であるOL風の女性は、突如空中から現れたカブトムシ型の怪人の持った鎖鉄球によって頭
をぐしゃぐしゃに潰され、そしてその周りにいた全員はゾルダートたちのダートガンによって体を打ち
抜かれて死んでいった。
人々が悲鳴と共に逃げ惑う、そんなものをお構いなしといわんばかりに、彼と僕に向かって会員達は迫
ってきた。
「…っ!!変身!!」
彼は大声を上げて叫ぶ、それと同時に彼の体は赤い光に包まれて、いつもの黒い装甲の姿…S-01、
パスズへと変身した。



472 :リッサ ◆v0Z8Q0837k [sage ] :2008/05/20(火) 01:12:12 ID:Cog2cNQm
君の涙が乾くまで~桃井さやか④

僕もそれに続いて鞄の中に仕込んだサブマシンガンを撃ち、僕たちを狙い撃ちにするために固まった陣
形のゾルダートたちを次々に撃ち殺していく。
「くそ…僕が甘かった」
人ごみの多いところでは敵たちは襲い掛かってくるわけは無い、僕の甘い考えは非情な敵たちによって
打ち砕かれた。
「貴様ああ!よくもおおお!!」
彼は頭に血が上っているのか、ジャイロショットも構えずに敵に特攻するが、カブトムシ型の敵は装甲
が固いらしく、彼のパンチもキックも全てはじき返してしまった。
「くそ!!」
たまらず彼はジャイロショットを放つが敵の装甲は厚く、豆鉄砲のように全ての弾丸をはじき返すと彼
の体を鎖鉄球で弾き飛ばした。
「うぐあああ!!」
彼は弾き飛ばされる、敵はそれに狙いを定めて鎖鉄球を振り下ろす
絶体絶命、僕はそう思っていた、しかし状況は違った。
「な…お前、上条」
彼の前に、彼をかばうように現れた一人の少女は素手でその鎖鉄球を軽々止めると、一気に敵に向かっ
てそれを投げ返した、豪速で飛ばされたそれは怪人を直撃、怪人は地面にもんどりうった。
「久々だね、西田くん…同級生として、S-00号として、君にあえて嬉しいよ」
彼女は綺麗なロングヘアをたなびかせてそう言うと、手を交差させて独自のポーズをとり叫んだ。
「変身!!」
青白い光が彼女の周りを包み、彼女はその姿を変えた。メタリックブルーと浅葱色を貴重としたクジャ
ク型の怪人…多目的広範囲襲撃用B級ゾルダート…S-00号、シナゴーグだ。
立ち上がった怪人はそれを見ても勇猛果敢に突撃するが、シナゴーグは自分から動かず、肩部に搭載さ
れた翼から羽を飛ばして応戦する、鋭い刃物のようなそれは敵の装甲を切り刻み動きをけん制、シナゴ
ーグは止めとばかりに腹部からビームのようなものを放つと怪人は爆散した。
唖然とする僕らの前でシナゴーグは変身をとき、その本体である姿…上条晴子の姿をさらした。
「おまたせ、今日こそは会おうと思っていたんだけど、だいぶ遅くなっちゃったね」
彼女はにっりと笑ってそう言うと、彼を抱きしめた。
「S-01とはいえあんな足手まといと一緒に戦うのは大変だったでしょう?今度は私が、いや、私達
が守ってあげるからね、義孝くん」
そういうと彼女、上条晴子は彼を抱きしめた、僕は動揺しきっていたため、
その場から動く事が出来なかった。
どうやら嫌な予感は、ものの見事に的中してしまったようだった。
あまりに突然の事からか、それとも緊張でか、何故か体が動かない事が歯がゆかった。