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781 :赤いパパ ◆oEsZ2QR/bg [sage] :2008/06/01(日) 21:20:49 ID:9IbQiTfu
 さっすがにこの季節は日が落ちるのが早いこと早いこと。
 ナイター施設のないグラウンドで練習していた織姫高校野球部(夏の県大会にて初戦敗退)は早々に解散したようで、校門からはブレザー下ジャージ姿の男子生徒がわいわい叫びながら排出されている。
 遅くまで残っていた図書委員と図書室の住人のような、メガネの文学少女(一部腐文学)たちも黙って校門から抜けていく。
 後は冬でも夜8時まで練習という俺には考えられないほどハードスケジュールを組まされている吹奏楽部と毎日残業ご苦労さんな先生らがだけが校舎内に残る。
 チューバの音が音楽室から廊下まで響き渡る。そんな闇の帳がかかった教室で、俺は頭を抱えていた。
「さってと、どうするかなぁ……」
「えへへへへ、へへへ、えへへ」
 俺が自分の机に腰かけ、よづりは俺の椅子に座っている。二十八歳とは思えないほど無邪気に俺を見つめるよづり。何が楽しいのだろうか、俺の手に自分の手を重ね合わせ、肌のぬくもりと手触りを感じ取るようになでなでしている。

「かずくん……。かずくんのおてて、おっきくて素敵……、ざらざらで元気な男の子みたいで素敵……、爪の形がとてもワイルドで素敵……。こんな素敵な手を持ってるかずくんがとっても素敵……」
 俺の目を見ながらうっとりした表情を浮かべ、俺の手の甲から手首周りまで撫で回すよづりの細い指。
 普段ならこんな美人に恍惚とした表情で肌を撫で回されば、モテない系思春期まっさかりである俺の心臓はどっくんどっくん血液を流動させはち切れんばかりに動悸が酷くなるんだろうが、
さすがに何時間もこんな行為をされたらハートも落ち着いてくる。
 あー、うん。つまりだ。
 俺が逃げたよづりを追いかけ見つけて、なんだかんだで慰めてから。よづりはずっとこの調子だった。
 よづりの手を引いて、教室に戻った俺たちは先生に一応の事情を話し、ようやくよづりはうちのクラスメイトの一員となった。
「今日からまたみんなと一緒に勉強することになった榛原さんです。みんな、仲良くしてね」
 担任の高倉先生は自分よりも年上の生徒に少し戸惑っているようだったけど、それをうまく隠してごくごく普通に紹介していた。童顔で背の低いスーツ姿の高倉先生と制服姿で血色の悪い大人びた顔立ちのよづりが並んだ風景は結構シュールだった。
「……榛原よづりです。……よろしくおねがいします」
 俺の前ではふにゃふにゃの甘えたがりになるくせに、こういうときは大人しい。ぎょろりと動く目で教室内を見渡し、一言だけ簡潔に自己紹介を述べると、あとは黙る。
 教室には委員長が居たため、俺はよづりが反応して暴れださないか心配だったが、よづりは委員長のことなど綺麗さっぱり忘れているようだった。
 身構えた委員長のすぐ横をおぼつかない足取りで通り過ぎる、俺の横を通るとき、一瞬だけ俺ににたぁとした背徳的な笑顔を浮かべ、よづりは俺の列の最後尾の席に座った。
 そのあとは、何事もなかったのように授業は続けられた。
 授業中、俺は背中でよづりの視線を感じていた。背後から明らかに依存しきった瞳が2つ俺に向けて注がれていることがわかる。俺がちらりと振り返り様子を見ると、案の定よづりが俺のほうを見つめていた。
 俺と視線が合ったことが嬉しかったらしい。ぽわぽわっと頬を赤らめて笑う。しかし、目の奥の光はぎらぎらと怪しく、その笑顔になにか寒気みたいなものを感じ慌てて視線を黒板へ戻した。
 授業が終わると、よづりは真っ先に俺のところまでやってきた。
「えへへ、かずくん。ようやく授業終わったね。えへへ。これで一緒に居られるね」
 そして、抱きつかれる俺。よづりはすりすりと俺の頭に自分の顔を押し付ける。
 これにより、見事にクラスメイトたちは関わりづらい状況になる。俺とよづり、クラスから隔絶。
「「「………」」」


784 :真夜中のよづり ◆oEsZ2QR/bg [sage] :2008/06/01(日) 21:29:35 ID:9IbQiTfu
 「よづり、そろそろ帰るか」
「………」
「よづりっ?」
「んっ、なあに、かずくん?」
 俺の手の甲にまだ夢中なのかよ。
「いやな。そろそろ帰ったほうがいいんじゃないかな…って」
「帰る? おうち。帰るの?」
「おう」
「うんっ。かーえろっ!」
 無邪気すぎる笑顔でよづりはにっこりと頷いた。

 よづりの家に入った瞬間、俺は何かの違和感を感じた。玄関をとおり、靴を脱いでリビングへ案内される。
 リビングは相変わらずのソファと小さな木製テーブルのみの殺風景な部屋だ。よづりは俺をソファまで連れて行くと、腰かけるように薦めた。
 ふかふかのソファに座る。ようやくよづりは腕を離してくれた。
「待ってて、飲み物。持ってくるから」
「あ、ああ」
 ふらりふらりとよづりはおぼつかない足取りでリビングから出て行く。出る瞬間にくるりと俺のほうを振り向いて、きちんと俺が居ることを確認するように微笑むと、そのまま台所へ消えた。
 うーん、昨日の初訪問と似た感じなってるな。ちょっと違うのは昨日は俺が自己紹介するまでベタベタしてこなかったことか?
 ……しかし、なんだろう。この違和感は。部屋全体に何か違和感がある。
「あれ……?」
 そうだ。わかった。違和感の正体は。つーか、すぐに思い浮かべよ自分!
「おかしいぞ……、たしかこの家は……、よづりが暴れてメチャクチャになっていたハズだ……」
 そうだよ。なんで、わからなかったんだ。今日の出来事だろ!? あまりに完璧に元に戻りすぎて気付かなかった。
 今日、俺が朝委員長を助けにここへ来たとき。俺は家の中の惨状に唖然としたんだ。壊され床にぶちまけられた装飾品の数々、コードごと引きちぎられた電化製品、床中に散乱する調味料類。
 それが玄関からリビング、台所にいたるまで散らかってたんだぞ。それなのに、それなのに!
 なんで、全て元通りになってんだよ!?
 俺は台所に眼をやる。えへへ、えへへと笑うよづりの姿が見える。
「落ち着け、落ち着け俺……」
 よづりは今日ずっと俺と一緒だったのだから、よづりが自分の惨状を全て元通りにした可能性は限りなくゼロ。
 じゃあ普通に考えれば、俺ら以外の奇特な誰かさんがサニクリーンも顔負けのこの片付け&掃除をやったことになる。
 え、誰!?
 ……って待て待て。俺は初めてきた時と今日の朝来た時、よづりだけしか居なかったから勘違いしてたが、よづりが一人暮らしということは聞いていない。
 つまり、よづり以外の誰かがこの家に住んでいて、この惨状を綺麗にしてくれたってことだよな。お手伝いさんでもいるのか? そのわりには掃除の仕方が綺麗過ぎる。だいいち装飾品まで戻すってのもオカシイしなぁ。
 もしくは、この家に住むポルターガイストとかバンシーとかが勝手に超常現象みたいなので直しているとか。だから、RPGじゃないっての。
 うーん、しかしこんな家によづり以外の誰が住むってんだ?
 一番考えられるのはのは、よづりの身内だよな。たしか一人っ子って言ってたから、姉妹とかじゃない……母親とか父親とか……。
 そういえば、ウチの母親も勝手に部屋に入って、掃除してくれたよなぁ。ベッドの下の金具に挟んでいたエロ本の配置が変わってて焦ったことあったっけ。
 あの惨状をなんとかしてくれる母親もすげぇな。俺の母親だったらあんなに散らかしてたらぶん殴ってくるぞ。
「かずくん」
「うぉっ」
 いつのまにかよづりが俺の近くまで来ていた。気配が薄いからいきなり目の前に来たような気がしてびっくりした。
 金色で縁どられた和風のお盆の上には、白いコーヒーカップが乗っかっていた。
「はい。どうぞ……」
 そう言うと、テーブルにカップを音もなく置く。カップにはシナモン色の液体が張っている。コーヒーだよな? うん、匂いからしてコーヒーだ。
 一口口をつける。香り豊かな甘みが口の中に広がる。うげぇ、砂糖何個いれてんだ。全国発売されたマックスコーヒー並みに甘いぞ。



785 :真夜中のよづり ◆oEsZ2QR/bg [sage] :2008/06/01(日) 21:30:38 ID:9IbQiTfu
「おいしい……?」
「甘い」
「うん。わたし、甘いの好きだから……」
「そ、そうか」
 こいつ見た目からして甘党っぽいからな。まぁ、いいや。これを飲み干して帰ろう。
「ねぇ……かずくん」
「なんだよ」
「今日、なに食べたい?」
「はぁ?」
 何言ってんだ。飲んだら俺は帰るつもりなんだよ。
「晩御飯、かずくんの好きなもの作ってあげるから……えへっ」

 ……恥ずかしながら、この一言で俺の心が揺れた。

 メシ、メシ、メシだと!?
 親からの仕送りのみで一人暮らししている俺にとって、毎日の食事ほど面倒かつ苦手なものはなかった。
 、夕時なれば親が食事を用意してくれていた優良家庭に育った俺は、一人暮らしをするまでメシなぞ作ったことがなかった。
 一人暮らし初日に、味噌汁の作り方を間違えて、ただの味噌湯を作って思いっきり挫折して以来(ダシ? なにそれ)、俺の自炊生活はご飯を炊くのみで後は近所のスーパーの惣菜で誤魔化しているのが現状だった。
 ときどきとなりの鈴森さんがお裾分けしてくれたこともあったが、鈴森さんは洋食しか作ってくれないので(しかも、フランスパンで食えといわれる。かてぇよ)ここ何年かは温かみのある家庭料理とやらはほぼ口にしていない。
 俺は、今朝台所に転がっていたあのぐちゃぐちゃになった料理を思い出す。
 和・洋・中、肉から野菜までふんだんに使ったあの美味しそうな料理たち。ぐちゃぐちゃになっていてもあの時鼻孔をくすぐった匂いはしっかりと覚えてしまっていた。
 ………やっべぇ。めっちゃ食べたい。思い出しただけで涎が口に溜まってくる。しかもちょうどいいぐらいに俺の腹の虫がぐぅぅ~っと鳴った。タイミングよすぎな自分の身体に俺は情けなくなった。
「えへへへへへ……」
 よづりは俺の腹の音に、ニヤけた笑顔を向けて笑った。

(続く)