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29 :名無しさん@ピンキー [sage] :2006/05/30(火) 02:17:43 ID:W56qDLe3
 狂気倶楽部とは、つまるところ「ごっこ遊び」である。
 誰が言い出したのか、誰が作り出したのかすらはっきりしない。
 ただ、その『始まり方』だけははっきりと伝わっている。なぜならば経緯を記した地下図書室にあるからだ。
 元々喫茶店「グリム」は少し変わった喫茶店であり、古いアンティークと雰囲気が合わさって
 ゴスロリ少女が集まる、通向けの喫茶店だった。
 そのうちに、集まる少女の誰かが言った。
『ごっこ遊びをしましょう』
 集まる少女の誰かが賛同した。
『本名を隠して、「お話し」の名前を借りて。ごっこ遊びをしましょう』
 集まる少年の誰かが賛同した。
『キャラクターをなぞらえて。二つ名をつけて。楽しい楽しいごっこ遊びをしましょう』
 集まる少女と少年が賛同した。
『私はアリス』
『あたしは赤頭巾』
『僕はピーターパン』
『わたくしはシンデレラ』
 こうして、童話と元にした、『ごっこ遊び』が始まった。
 始めは他愛のない、あだ名の付けあいのようなものだった。
 けれども、ゆっくりと、それは変質していった。
 本名も何も知らない、喫茶店だけで通じるあだ名。
 それは選民意識を伴い、やがては、『ごっこ遊び』から『物語』へと変わる。
 異端な登場人物。真似、ではなく、本物になっていた。
 初代シンデレラは親友の目を抉って自殺した。
 初代アリスは、その存在を特別なところへと押し上げた。
 初代ピーターパンは、永遠を求めるあまりに発狂した。
 初代赤頭巾は、親戚に地下室に閉じ込められて堕ちてしまった。
 そうして。
 その名は受け継がれ。二代目たちは、最初から異端なものたちで構成され。
 名前を受け継ぎ、二つ名をつけられる彼女ら、彼らは、いつしかこう呼ばれた。
 喫茶店に来るだけで、名前を受け継がれない「観客」たちから、こう呼ばれたのだ。

――「狂気倶楽部」と。



30 :名無しさん@ピンキー [sage] :2006/05/30(火) 02:30:06 ID:W56qDLe3
 そして今、三代目「三月ウサギ」こと、『五月生まれの三月ウサギ』須藤幹也は優雅にコーヒーを飲んでいる。
 彼の本名を、この場にいる人間は誰も知らない。
 幹也も、今この場にいる二人の本名を知らなかった。
 あくまでもこの場だけの付き合い。死ぬまでの暇つぶし。
 虚無的で刹那的な空間を、そしてそこにいる異常な、この場ではあるいみ通常な少女たちを気に入っていた。
 居心地がいい、とすら思った。久しく飽きることはない。そう感じた。

「お兄ちゃんっ! 今日はもうご本読まないの?」

 膝の上に座る、ヤマネ――何代目かは知らない――『眠らないヤマネ』は、顔を上げて幹也にそう問いかけた。
 ぴちゃぴちゃと猫のように舐めていたホットミルクが、いつの間にか空になっていた。
 逆しまになった瞳を見つめて、幹也は答える。

「本は飽きたよ。一日一冊で十分だ。たまにはヤマネが読めばいいじゃないか」
「やーだよ。ヤマネは、お兄ちゃんに読んで欲しいんだもんっ!」

 言って、コップを机に置き、ヤマネは再び反転した。
 猫がそうするように、幹也の膝の上で丸くなった
 どこが『眠らない』だ、と幹也は思う。二つ名をつけるのは一代前の人間か、あるいは『名づけ親』と呼ばれる倶楽部仲間で、本人の意思ではない。
 回りがそう感じたからこそつける名前が二つ名だ。
 眠らない――活発に動き続ける、ということだろう。
 死ねば動かなくなるかな。そう思いながら、幹也はヤマネの頭をなでた。

「今日も今日も今日とて仲がよさそうだね。いやはやいやはや妬けてしまうよ」

 呆れるように、からかうようにマッド・ハンターが言う。『首刈り』という物騒な二つ名を持つ少女だ。
 もっとも、幹也は彼女をそう恐れてはいない。マッド・ハンターの趣味は、大抵同年代の少女へと向いているからだ。
 幹也にとってはお喋りで面倒な相手でしかない。
 それでも構うのは、やはり暇だからだろう。

「焼けるっていうのは、二枚舌でも焼けるのか」
「いやいやいや。残念ながら私の下は一枚だもの。焼けてしまったら困る」
「焼けて静かになった方が世界のためだ」
「君の世界はどうか知らないが、私の世界はこれで幸せだよ」

 マッド・ハンターは、満足げにそう言って、手にしていた本を机の上に投げ置いた。
 しおりも何もはさまっていない。読み終えたのか、続きを読む気がないのか。
 恐らくは後者だろう、と幹也は思う。



31 :名無しさん@ピンキー [sage] :2006/05/30(火) 02:45:04 ID:W56qDLe3
 無視して、ヤマネの頭をなでながら思考に戻る。
 今日の暇つぶし的な思考は、先ほど読んだ本についてだ。
 少女が片方を毒殺し、毒殺することで独りになり、最後には誰もいなくなる話。
 出来の悪いマザーグースか何かのように思えた。これを作った奴はそうとうにひねくれているに違いないと幹也は思う
 この本は、書店に流通している本ではない。
 喫茶店「グリム」の地下の「図書室」に存在する本。
 それらは全て、過去の「狂気倶楽部」のメンバーが書いたものだ。
 基本的に著者は乗っていない。文体でこの本とこの本は同じ人が書いたな、と思うくらいだ。
 本は、誰かに見せるための本ではなかった。
 ただ、暗い嫌い自分の内面を吐露しただけの、怨念のような本だった。
 それを、幹也は、何を気負うこともなく毎日読んでいた。
 学校から還って、寝るまでの時間を、幹也はここですごす。
 居心地がいいのでも、合いたい人間がいるのでもない。
 一番『マシ』な秘密基地だから、とでもいうかのような理由だった。

「ヤマネは本は好きかな?」

 幹也の問いに、ヤマネは丸まったまま即答する。

「お兄ちゃんの方が好きだよっ!」

 それは嬉しいことだ、と幹也は思う。
 たとえ出会った瞬間に「お兄ちゃんっぽいからお兄ちゃんっ!」と言われ、それ以降依存するかのように
 つねにべったりと甘えられているとしても、好意を向けられていることは嬉しかった。
 好意を向けられれば、少なくとも暇つぶしはできるから。
 依存と調教。ヤマネと幹也は歪な関係であり――


32 :名無しさん@ピンキー [sage] :2006/05/30(火) 02:45:54 ID:W56qDLe3

「今日も、今日も、今日とて君はやるのかな?」

 マッド・ハンターの楽しそうな声。

「まあね――どうせ、暇だし」

 幹也は答え、ヤマネの頭をなでていた手を、おなかの下へと回す。ヤマネの小さな身体を抱きかけるように。

「うぃ? お兄ちゃん?」

 ヤマネの不思議そうな声。嫌悪はにじみ出ていない。
 幹也は片手でヤマネを持ち上げる。満足に食事をしていないのか、酷く軽かった。
 持ち上げて、机の上からコップをどかし、広くなった机にヤマネの身体を置いた。
 丸いヤマネの瞳が、幹也を見上げている。

「うぃ、お兄ちゃんやるのっ?」
「暇だしね」
「いつものようにいつものごとく、見させてもらおうかな」

 そう。
 狂気倶楽部においては、歪こそが正常である。
『元ネタ』が共通しているせいか、ヤマネとマッド・ハンターと幹也は、比較的話す機会があった。
 ヤマネが依存し。
 幹也が壊し。
 マッド・ハンターが薄く微笑みながらソレを見る。
 異常な光景が通常に行われる場所。それが狂気倶楽部の集い場だった。
 そして、幹也は、いつもの如く、

「――それじゃあ、暇つぶしだ」

 机に押し倒した、小さなヤマネの細い首に、手をかけた。


(続)