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53 :名無しさん@ピンキー [sage] :2006/06/03(土) 02:49:59 ID:+eT8KhQA
 里村・春香がいなくなって数ヶ月、幹也の生活は完全に固定していた。
 学校が終わると、図書室に行くことなく、喫茶店グリムへと向かう。
 部活動が終わるくらいの時間までは、グリムで、マッド・ハンターやヤマネと過ごす。
 そして、二人を置いて、家へと帰る。
 ヤマネは先に帰る幹也を恨みがましい目で見つめたが、無理矢理に引き止めようとはしなかった。
 代わりに、

「お兄ちゃんっ、明日、明日も来てねっ! 絶対だよっ!」

 と約束の言葉を投げかけるのだった。
 幹也はその言葉に頷きつつも、内心ではどうでもよかった。
 学校は嫌いではない。勉強もそこそこで、話し相手もいて、平穏な日々。
 ただし、退屈だった。
 家族は嫌いではなかった。父がいて、母がいて、妹がいて。平和な一軒家。
 ただし、退屈だった。
 狂気倶楽部は嫌いではなかった。マッド・ハンターやヤマネ、時にはその外の少女との異常な付き合い。
 ただし、退屈だった。
 面白いことがないから退屈なのではない。
 退屈だと思うから退屈なのだと、幹也は自覚していた。
 ヤマネを抱くことに楽しさを感じることもなければ、首を絞めるのに背徳感もない。
 ただただ、退屈だった。
 だから、

「――兄さん、明日暇ですか?」

 と、家で妹に言われたとき、幹也は迷わず「暇だよ」と答えた。
 頭の中ではヤマネとの約束を憶えていたが、どうでもよかった。
 退屈だったのだ。
 その結果、どんなことになろうが、構いはしなかった。



54 :名無しさん@ピンキー [sage] :2006/06/03(土) 03:07:24 ID:+eT8KhQA
 妹。
 その姿を見るたびに、最近の幹也はヤマネのことを思い浮かべる。
 勿論ヤマネと妹は似てもつかない。
 妹は物静かで口数が少なく、ほとんどの時間を鴉色の制服で過ごしている。
 髪の色は幹也と同じ黒で、膨らむことなく真っ直ぐに伸びている。
 背は幹也の肩に並ぶくらいだが、全体的に細く、大人びた感があった。とても中学生には見えない。
 同じく鴉色のプリーツスカートには皺一つない。丁寧で几帳面だな、と幹也は思う。
 学校帰りに買い物に行く時でさえ、制服を着ているのだから。
 もっとも、幹也とて、同じく制服を着ているのだから妹に何を言えるはずもない。

「どれがいいですか?」

 幹也の隣に立つ妹が小さく言う。ぴったりと横に寄り添い、腕をくっつけるようにして立っている。
 いつものことなので幹也は気にしない。ウィンドウに並ぶケーキの山を見定める。
 母親の誕生日ケーキだった。
 ――プレゼントは既に買っているので、みんなで食べるケーキを買いたい。兄さんも好きなケーキを。
 そう妹に頼まれたのだった。
 好きなケーキ、と言われても、幹也にはぴんとこない。好きなものも嫌いなものもないからだ。

「――これは?」

 適当なチーズケーキを指差して幹也が言うと、その手を掴んで、ぐい、と妹は降ろした。

「指差してはいけません」

 そのまま、指を差さないように、ぎゅ、と腕を掴んで離さなかった。
 幹也は仕方なく、目線だけでケーキを見て、

「あのロールケーキは?」
「それがすきなのですか?」
「好きでも嫌いでもないよ」

 正直にそう言うと、妹は少しだけ頬を膨らませた。

「それではだめです。好きなものを選んでください」
「好きなの、ね……」

 幹也は悩み、すべてのケーキを見る。好きなものも嫌いなものもない。
 が、一つだけ、ピンと来るものがあった。



55 :名無しさん@ピンキー [sage] :2006/06/03(土) 03:08:07 ID:+eT8KhQA

 ごくありきたりな、生クリームのイチゴケーキ。
 けれど、その上には、お菓子で出来たウサギが乗っていた。
 妹に話していないものの――『五月生まれの三月ウサギ』として、興味が沸いた。

「これ。これにしよう。これがいい」
「これですね」

 幹也の視線を正確に読んで、妹は店員にケーキ名を告げる。
 すぐに、箱に入れたケーキを手渡された。
 妹は、幹也に片手を絡ませたまま、器用に残った手で財布からお金を取り出そうとした。
 そして、それよりも早く、

「はい、どうぞ」
「ありがとうございましたー!」

 幹也が、ポケットから千円札を取り出して、店員に渡した。
 お釣りを受け取る幹也を、妹は、微かに嬉しそうな、怒ったような、どちらともつかない顔で見ている。

「……兄さんはずるいです」
「みんなずるいのさ」

 妹の言葉の意味がわからなかったが、幹也は適当にそう答え、絡ませていない方の手でケーキを受け取った。
 頭を下げる店員から目を離し、踵を返す。
 そして。

「――――――――――」

 鏡張りの向こう、店の外に。
 手首にラッピング用のリボンをまき、栗色の髪の毛で、フリルのついた白いワンピースを着て、裸足の少女がいた。

 少女は――ヤマネは。

 泣きそうな、それでいて笑い出しそうな、不思議な表情で、幹也と、手を絡める妹を見ていた。





56 :名無しさん@ピンキー [sage] :2006/06/03(土) 03:28:22 ID:+eT8KhQA
 ヤマネとはっきりと目があった。
 泣き笑いを浮かべ、口元をへらへらとゆがめるヤマネと、はっきりと目があうのを幹也は感じていた。
 幹也は考える。明日も来てね、と約束して、来なかった自分を探して、街をさ迷うヤマネの姿を。
 いつもの格好で、裸足のまま、街をうろつくヤマネの姿を。
 そして思うのだ。
 幹也が約束を破ったのは、これが始めてではない。いつもは、約束を破って、家に帰っていた。
 けれど、今日はたまたま――妹と、町に出た。大人びて、幹也と似ていない妹と。
 そして、たまたまではなく、いつものようにヤマネは街をさ迷って、幹也の姿を見かけた。
 そして、ヤマネは、仲が良さそうに手を組み、ケーキを買う幹也と妹を見て、こう思ったに違いない。

 ――いつも、あの子と一緒にいるんだ、と。

 幹也と妹が店から出ても、ヤマネは一歩も動かなかった。
 へらへらと笑っている。
 へらへらと、壊れたかのように笑っている。
 その姿を妹は不審げに見ている。幹也は、真顔で見つめている。
 笑ったまま、ヤマネは言った。

「お兄ちゃんっ! ヤマネのこと、好きっ?」

 妹が不審げな顔を深める。
 幹也は、感情を込めずに、あっさりと答える。

「ああ、好きだよ」

 その言葉を聞いて、ヤマネは、へらへら笑いではない、満面の笑みを浮かべた。

「そっかっ! じゃあ、お兄ちゃんっ、また明日ねっ!」

 言って、笑ったまま、どこかへ去っていった。
 裸足で去っていく姿から、幹也はあっさりと視線を外し、言う。

「帰ろうか」
「兄さん」

 歩き出そうとした幹也の腕を掴んだまま、妹は不審げな表情のままに、尋ねた。

「今の人は知り合いですか?」

 幹也は、平然としたまま、あっさりと答えた。

「知らない子だよ」


 その日は、それだけで終わった。


 そして、全てが終わり始めたことに、幹也はまだ気づいていなかった。

(続)