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217 :終わらないお茶会 ◆msUmpMmFSs [sage] :2006/07/06(木) 19:48:37 ID:JKeN3p5I

「決まってる、決まってる、決まってるだろうとも。
 君は知っているし、私も知っている。
 なぜなら――私はあそこにいたんだよ?」

 確信をつく言葉を、この上なくさらりと、マッド・ハンターは吐いた。
 その言葉は、つまるところ、

「全て、知ってるってことか」

 幹也の言葉に、マッドー・ハンターは両手をあげ、おどけたように笑う。

「全て、全て、全てと! 全てを知るものはいないよ。
 私が知っているのは、君とヤマネ君の顛末くらいだ」
「僕にとっては、それがすべてだよ」
「そうとも、そうとも、そうともさ! 君は全てを失い、全てを手に入れた」

 言って。
 マッド・ハンターの顔から、笑みが消えた。
 初めて――幹也が知る限り、初めて――真顔になったマッド・ハンターは立ち上がる。
 手にもった杖で、こつん、こつん、と床を鳴らしながら、彼女は歩き始めた。
 まるで、名探偵が解決編を始めるかのように。

「あの日、君とヤマネは、手に手をとって逃げ出した――」

 唄うような言葉を聞きながら、幹也はその光景を鮮明に思い出す。
 血と汚濁に塗れた少女を抱き寄せた夜のことを。
 月明かりの中、二人で手を繋いで歩き出した。行くあてなんてどこにもなかった。

「もちろん簡単に逃げ切れるものじゃない――」

 ヤマネも幹也も、お金も何も持たなかった。
 お互い以外には何も持たず、駆け落ちのような逃避行だった。


218 :終わらないお茶会 ◆msUmpMmFSs [sage] :2006/07/06(木) 19:50:07 ID:JKeN3p5I

「私たちみたいな人間が好む場所、廃ビルや廃工場。その一つで、君たちは身を休めた――」

 出来かけたままの鉄筋ビル。朽ちることもないのに、終わってしまった場所。
 始まる前に終わった世界。
 そういうものを彼女たちは愛していた。
 幹也は、どちらでもよかった。退屈をしのげるのならば。
 むき出しのコンクリートの上に座って、二人で身体を休めた。

「ヤマネは当然のように愛を求めて――」

 お兄ちゃん、抱きしめてっ! ぎゅって!
 ヤマネはそう言って抱きついてくる。

「君は当然のようにそれを受け入れて――」

 幹也は抱きしめる。いつものように。
 強く抱きしめて、舌を動かす。食べるように。
 けれど――

「けれど、ヤマネは、そこから先を求めた――」

 抱きしめていたヤマネが身を離す。
 その顔は、すこしだけ膨れたような、恥かしそうな顔。
 首を傾げる幹也に向かって、ヤマネははっきりという。
 ――ちゃんと、抱いて。ね。
 そして、スカートをたくしあげる。
 初潮がきたかのような、返り血で濡れた、下着のない下腹部。
 そして――

「そして――君らは、一線を越えた」



219 :終わらないお茶会 ◆msUmpMmFSs [sage] :2006/07/06(木) 19:56:35 ID:JKeN3p5I


 幹也は、ヤマネを抱いた。
 初めての性交。返り血とヤマネ自身の血が混ざり合い、白い太腿を伝っていく。
 身体から血が零れるかのように。
 抱きしめた身体は柔らかく、細く、壊れてしまいそうだったことを幹也は覚えている。
 痛いはずのなのに、最後まで、ヤマネが笑っていたことを覚えている。
 そして。
 一線を越えて。

「ヤマネは一線を越えて、さらなる幸せを得た。
 問題は君だ――君もまた、一線を越えてしまった」

 一線を越えて。
 一線を越えて。
 一線を越えて。
 一線を越えて。
 一線を越えて――



「――一線を越えて、君が、ヤマネを愛してしまった」


 こつん、と、杖の鳴る音が、すぐそばで止まった。
 見上げる。すぐそこに、マッド・ハンターがいた。
 口元は笑っていない。それなのに、その瞳は、堪えようもなく笑っているような気がした。

「勿論、勿論、勿論のこと――これは推測だよ。
 君の中で何があったのか、私には判らないしね。
 あくまでも傍から見た、私の推測。
 それを踏まえたうえで聞くけど――君、彼女の事を、愛したんだろう?
 さんざん遊んでおきながら――初めて、本当に、心の底から愛したんだろう?」

 幹也は。
 心の中に退屈を飼う、誰に対しても情動を抱かないはずだった少年は。
 マッド・ハンターの顔を見返して、はっきりと言った。

「――その通りだよ」

 衝撃的な告白にも、マッド・ハンターはたじろぐことはない。
 むしろ、何事でもないかのように、さらりと答えた。

「だから、君はヤマネ君を殺したんだね?」

 そして、幹也もまた。
 何事もないように、さらりと、「そうだよ」と答えた。




221 :終わらないお茶会 ◆msUmpMmFSs [sage] :2006/07/06(木) 20:18:03 ID:JKeN3p5I


 マッド・ハンターは続ける。

「愛しまったから、殺した。それとも、殺したから愛した?」

 幹也は答える。

「一緒だよ。僕にとってはね。自覚したのはここ一年だけど」
「シザーハンズみたいな男だね、きみは!」

 そう言って、マッド・ハンターは笑う。
 幹也は笑わず、思い返した。
 あの日、あの夜のことを。

 自分の胸の中で喘ぐヤマネ。身体を突き入れるたびにがくがくと揺れる小さな身体。
 ――自分のことを好きだから、他の全てを排除しようとした。
 ――自分のことを好きだから、家族を殺した。
 ――自分のことを好きだから、彼女は今、ここにいる。
 身体を重ね、彼女の心について考えて、初めて――愛しいと思った。
 そしてその瞬間には手が伸びていた。いや、その瞬間より前に、手は伸びていた。
 ヤマネの首へと。
 そして、愛しいと思った瞬間は。
 自分の胸の中で、ヤマネが動かなくなった瞬間なのだから。
 自分のために生きた少女。自分のために死んだ少女。
 その骸を抱きしめて、幹也は初めて――彼女を好きだと思ったのだ。
 好きだと思えた。
 退屈でないと、思ったのだ。

「君は、ヤマネのことが好きだったのかな?」
「好きだよ」

 幹也は答える。
 過去形ではなく、今も好きだ、と。
 その言葉を聞き、マッド・ハンターは鬼の首でもとったかのように言う。

「君の『先代』――12月生まれの三月ウサギに対しても、君は同じように言ったね。
 好きだ、って。それはつまり、つまるところ、そういうことなの?」

 嘘を言っても意味がないので、幹也は正直に頷いた。
 それだけで、充分だった。
 その意味に気づいているマッド・ハンターは、ここでようやく、けたけたと笑い出した。
 もはや笑いを堪えることができなかったのだろう。


222 :終わらないお茶会 ◆msUmpMmFSs [sage] :2006/07/06(木) 20:22:06 ID:JKeN3p5I

「傑作、傑作、傑作だ! 彼女を殺したも君か!」
「半分は事故だけどね」

 いつものように、窓辺で会って。
 いつものように、首をしめて。
 いつもと違って、転落した。
 それだけのことだ。

「文字通り『退屈しのぎ』か! だから君は彼女を好きになったわけだ。
 そして、次の三月ウサギになったのね。
 シザーハンズよりも質が悪いじゃない!」
「人のこと言えるのかよ。質が悪いのは一緒だろ、マッド・ハンター。
 話聞く限りじゃ、後つけて死体始末したんだろ。
 僕は放置して帰ったのに」

 その言葉に、マッド・ハンターはわざとらしいため息を付いた。
 やれやれ、とばかりに肩を竦める。
 その仕草が少しばかり気に入らなかったけれど、幹也はつとめて無視した。
 マッド・ハンターは子どもに言い聞かせるかのように、

「仕方がない、仕方がない、仕方がないよ。
 私は『首切り女王』のために働く、しがないマッド・ハンター。
 狂気の帽子屋、兇器の狩人。死体専門だけどね。
『狂気倶楽部』の『外』で起きた問題の後始末係さ」
「いやな役だよな、それ。楽しいか?
 できれば――僕に関わってほしくない役だ」
「『裁罪のアリス』のような処刑人を送り込まれないだけありがたいと思いなよ。
 それにもちろん、役得もある」

 言って、マッド・ハンターはくるりと踵を返した。
 幹也から離れて、さらにもう一回転する。
 距離を取り、向かい合って、マッド・ハンターはポケットに手を突っ込んだ。
 そこから取り出したのは、小さな透明のペンケース。
 ただし、中に入っているのは筆記用具ではない。
 入っているのは――長い、栗色の髪の毛。

「という、というわけで、ということだよ。私も私なりに役得がある。
 君は私より、自分のことを考えるべきだと思うよ。
 また逃避行を続けるのかい?」

 マッド・ハンターの言葉に、幹也は「あー」と厭そうな声を漏らす。

「どうせ退屈だし……しばらくここにいてもいいけど。
 日本の警察って有能らしいし、」

 また逃げるかな、そう言おうとした。
 その言葉が――言えなかった。



223 :終わらないお茶会 ◆msUmpMmFSs [sage] :2006/07/06(木) 20:24:35 ID:JKeN3p5I

「――大丈夫だよっ、お兄ちゃん!」

 言ったのは、幹也でもマッド・ハンターでもなかった。
 二人のどちらでもなく、この場にいる最後の一人の声。
 場にそぐわない、能天気なほどに明るいグリムの声。
 その声に、続いて。

 ――ズド、と。

 厭な、本当に厭な音がした。

「え――あ、?」

 幹也は、ゆっくりと、ゆっくりと顔を下ろす。
 そこにいるのは、グリムだ。生きている少女。
 けれど。
 揺らぎ始めた視界のせいで、その姿が、なぜだかヤマネとかぶさって見えた。
 そう――視界が、揺らいでいった。
 思考と同じ速度で、景色が歪んでいく。
 その原因を、幹也は、不安定な中で確かに見た。

 ――自分の腹に突き刺さった、小さなナイフを。

 おかしなことに、痛みはまったくなかった。ナイフは確かに腹に刺さっているのに、痛いとも思わない。
 ただ、熱い。ナイフの柄を伝ってぽたり、と血が流れ出る。引き抜くまで、血は大量に流れはしない。
 熱い。ナイフが熱を持ったかのように熱い。どうしようもないほどに、熱い――
 そして、目の前には、温度を感じさせない――能面のような、グリムの笑み。

「だって、お兄ちゃんはもうどこにもいかないんだもんっ! ずっと、ずっとグリムのものだよ」

 グリムは二本目のナイフを取り出す。
 そのナイフが、股間ぎりぎりの太腿に、ホルスターのようにしまわれたものだということにようやく気づく。
 倒錯行為は、性行為ではない。あくまでも、相手を捕食するかのような愛撫。
 普通の性行為をしていれば気づいたであろうそれに、幹也は気づかなかった。
 気づいたときには、遅かったのだ。
 幹也の視線に気づいたのか、グリムは二本目のナイフをちらりと見て、

「最近物騒だもんねっ! でも大丈夫、お兄ちゃんはグリムが守ってあげるよっ!」

 言って――グリムは、二本目のナイフを、幹也の脚に突き刺した。


 ――今度こそ、激痛がきた。