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254 :終わらないお茶会 ◆msUmpMmFSs [sage] :2006/07/11(火) 18:57:10 ID:/EufeoYV

「雨に――唄えば――」

 いつものようにいつもの如く幹也は歌う。唄のワン・フレーズ。雨に唄えば。
 狂ったオルゴールのように、退屈を紛らわせるかのように、幹也は歌う。

「――雨に――唄え、ば――」

 唄うたびに腹と足が痛む。抜くと血がこぼれるせいで、刺したまま抜いていない。
 放っておけば死んでしまうだろう。
 抜けば致命傷になるだろう。
 適切な治療をすれば、助かるだろう。
 けれど、幹也は、そのどれもを選ばなかった。
 椅子から転げ落ち、本棚に背を預けて座り、ただ唄う。退屈しのぎの唄を。

「あ、めに――うたえ――ば――」

 腹に力をいれず、喉だけで唄うので声は小さい。
 それでも身を動かすたびに、腹と足の傷が痛んだ。
 足に刺さっているせいで、動くこともできない。
 そして――地下図書室にいるもう一人。
 マッド・ハンターは、にやにやと笑ったまま、動こうとはしなかった。
 助けることもなく、ただ、見ている。
 見ている、だけだ。

「どうして、どうして、どうしてなのかな? 君がその唄を好きなのは」

 椅子に座ったままマッド・ハンターが問う。
 幹也は顔だけを動かして、

「あの映画でさ……唄いながら蹴り殺すシーンがあるんだよ」

 シンギング・イン・ザ・レイン、ではなく。
 時計仕掛けのオレンジ。
 主人公が「雨に唄えば」を口ずさみながら、まったく無関係の、罪もない人間を、愉快げに蹴り殺すシーン。
 その情景を思い浮かべながら、幹也は続ける。

「あれが楽しそうでね――全然、退屈そうじゃなくて。
 そう思ったら、癖になってたんだよ」
「そうかい、そうかい、そうなのかい。それで、君は退屈から逃げられたの?」
「まさか」

 幹也は笑い、

「退屈だよ。今もね」


255 :終わらないお茶会 ◆msUmpMmFSs [sage] :2006/07/11(火) 18:59:03 ID:/EufeoYV

 マッド・ハンターも笑って、「死に掛けてもそれなのね」と笑った。
 幹也は顔をマッド・ハンターから逸らす。
 視界にあるのは、本棚だ。
 かつて狂気倶楽部にいた人間が書いた小説。あるいは日記。
 自分も何か書こう。そう思った。
 ただし、すべては生き延びればの話で――このままだと自分が死ぬことを、幹也は自覚していた。

「君はどうするんだ」

 ふと思い立って、幹也はそう問いかけた。
 顔を再びマッド・ハンターへ向けると、不思議そうに首を傾げているのが見えた。

「なにが、なにが、なにがだい? どうすると言われても。
 もう少ししたら、『盲目のグリム』よろしく帰ろうかな」
「あの子……やけにあっさりと帰ったけど。なにがしたかったんだ?」
「君を殺したかったんだろう、殺したかったんだろうね。
 そうすれば、自分だけのものにできるから。
 ……いや、でも違うかもしれないわね。
 単に君の両足をぶった斬って、二度と離れなくするのかも」

 ――どちらにしろ、彼女じゃない私には判らないよ。
 マッド・ハンターはそう言って、言葉を切った。
 幹也を刺したグリムは、あっけないほどに外へと出ていってしまった。
 帰ったのか、何か用事があるのか、幹也には分からない。
 ただ、ああまで言っていた以上、戻ってくるのだろう。
 そして、戻ってきたときに幹也が死んでいても――それでも構わず愛するのだろう。

「――で、きみはどうするんだよ。
 ヤマネにしたみたいに、死んだ僕の髪の毛でも持っていくのか?」
「まさか、まさか、それこそまさかだよ!」

 両手をあげてマッド・ハンターは笑い、

「私は死人の髪を集めて『帽子』を作る
 狂った狩り人(マッド・ハンター)にしてイカレ帽子屋(マッド・ハッター)だけどね。
 あいにくと、狩られるのはごめんです」
「狩られる……? グリムにかい」

 マッド・ハンター答えずに、ただ笑うばかりだった。
 幹也は肩を竦めようとして、腹に刺さったナイフが動き、痛みに「う、」と声を漏らしてしまう。
 できることなら、大声で叫んで、痛みに泣きまわりたい。そう思った。
 そうしなかったのは、それが単に――面白くないことだからだ。
 そんなことをしても、退屈は紛れない。
 殺したいなあ、と幹也は思った。先輩のように。ヤマネのように。



256 :終わらないお茶会 ◆msUmpMmFSs [sage] :2006/07/11(火) 19:00:17 ID:/EufeoYV

「愛したいなあ……」

 けれど、口から漏れた言葉は、まったく別の言葉だった。
 あるいはそれは――幹也にとっては、同じ意味だったのかもしれない。

「ああ、うん。そうだね――愛したい」

 幹也の心を占めるのは、退屈だ。
 けれど、その退屈に混じって――その思いがあった。
 今更ながらに、理解する。
 愛が欲しいのだと。
 そして、愛されたからこそ、里村・春香は死んだのだと。
 今更ながらに、理解する。

「雨に――唄えば――」

 再び唄い出す幹也。
 その唄を聴きながら、さりげなく、本当にさりげなく、マッド・ハンターが言った。

「そういえば、そういえばだけれどね。最近グリムの他にもう一人、新人が来たわよ。
 君と同じように、その唄が好きな人」

 へぇ、と幹也は気なく返事をする。
 マッド・ハンターも、さぞかしどうでもいいことのように、言う。

「『女王知らずの処刑人』。八月生まれの三月ウサギ。君の後輩だよ」

 その言葉に、答えるかのように。
 喫茶店『グリム』の入り口扉。
 その扉が、ゆっくりと、開いた。