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297 :カーニバルの夜に ◆msUmpMmFSs [sage] :2006/07/19(水) 00:24:47 ID:1/djX81y

 彼らがどこに行ったのか、マッド・ハンターは実を言えばほとんど迷わなかった。
 行き先は限られている。血塗れの二人旅で、遠くまで行けるはずはない。
 直接見てはいないものの、ヤマネは殺戮のかぎりを尽くしたはずであり、五月生まれの三月ウサギはその手を引いて逃避行をしたはずだ。
 長い付き合いから彼らの人格を知り尽くしているマッド・ハンターは、そのことを理解していた。
 ヤマネが三月ウサギの家族を殺し、独占しようとすることも。
 三月ウサギが、そのことを責めようともせずに、その存在を許容するであろうことも。
 となると、二人は今にも手に手をとって逃避行を始めるはずであり――彼女の予想が正しければ、ヤマネは、今夜にも死ぬ。
 というわけで、喫茶店『グリム』を抜け出し、マッド・ハンターは夜の街へと繰り出した。
 明確な目的を持って出かけるのは久しぶりだった。
 入れ替わりの激しい狂気倶楽部の中で、長く生き、居続けるのには理由があった。
 けっして深く関わらず、傍観の立場にいること。
 関わるときは、物語が終わり――エンドマークが打たれるときだけだ、とマッド・ハンターは心に決めている。

 そして、今夜。ヤマネという少女の、物語が終える。

 町の外れにある、出来かけたままの鉄筋ビルにマッド・ハンターは足を踏み入れる。
 鉄骨と、所々が未完成のコンクリート製の足場。町の中心部から外れたせいで、開発が途中で止まった高層ビルの成れの果て。
 世界に置いていかれて、ゆっくりと朽ちていく場所。
 こういう場所は町のあちこちにあり、『グリム』に通うようなゴスロリ少女たちからは、『聖域』と呼ばれている。
 その退廃的な雰囲気が、彼女たちを魅了するのだろう。
 そんな感慨はマッド・ハンターにはなかったし、恐らくは三月ウサギにもないだろうと思っていた。
 それでもここに来たのは、三月ウサギの家から人目に通らない裏路地を取って行ける、人気の存在しない場所がここだったからだ。
 居るとしたら、ここに居る。
 いなければ、夜の間に、街を出て行ってしまっている。
 半分は賭けだった。

 マッド・ハンターは、賭けに勝った。



298 :カーニバルの夜に ◆msUmpMmFSs [sage] :2006/07/19(水) 00:42:23 ID:1/djX81y

 そこにあるのは、惨劇の後ではなかった。
 幹也の家のような血塗れではない。
 吐瀉物に汚れる、小さな死体があるだけだった。
 首を絞められ、酸欠するよりも先に骨を折られたのか、首がくの字に曲がっている。
 口の端からは胃の内容物と血が交じり合ったものが垂れ流れている。
 どう見ても死んでいて――その死に顔は、この世の誰よりも、幸せそうだった。
 ヤマネの、死体だった。
 マッド・ハンターは、廃ビルの中をもう一度見回す。
 ヤマネの死体がある。
 そして――三月ウサギは、どこにもいない。
「……そうか、そうか、そうなのだね。もう、行ってしまったのね」
 ヤマネは醒めない眠りにつき。
 ウサギは逃げ出して。

 全ては、完膚なきまでに、終わっていた。

 マッド・ハンターは薄い笑みを浮かべ、杖に体重をかけつつ、ポケットの中から携帯電話を取り出す。
 何のアクセサリーもついていない、機能重視の薄い携帯電話。
 ボタンを押さず、ダイヤルを回し、登録してある番号にかける。
 相手は、直ぐに出た。

『はいはぁい、』
『はいはいはい、お仕事ですよ『壱口のグレーテル』ちゃん。西区の聖域、廃ビル、」

 相手の言葉を遮ってマッド・ハンターは言い、グレーテルと呼ばれた相手もまた、言葉を遮って電話を切った。
 ツー、ツー、という音だけが虚しく響く携帯を耳に当てながら、マッド・ハンターは無言で肩をすくめる。
 この調子だと、三十分もかからずに相手はすっとんでくるだろう。
 壱口のグレーテルと、人朽ちのヘンゼル。狂気倶楽部の、お仲間が。

 ――その前に、やらなければならないことがある。

 マッド・ハンターは携帯をしまい、しまったそこから魔法のように鋏を取り出す。
 鋏を手に、ヤマネの死体へと近寄りながら――右手でしゃきん、と一度鳴らす。
 それ以外に、音はない。
 死に果ててしまった場所で、生きているのは、マッド・ハンターだけだった。




300 :カーニバルの夜に ◆msUmpMmFSs [sage] :2006/07/19(水) 01:07:53 ID:1/djX81y

 ――予想に反して、グレーテルは十五分二十五秒でやってきた。

「はぁい。元気ぃ? あたしとしては、元気じゃない方が嬉しいんだけどぉ」

 ふらふらと揺れながら、グレーテルは廃ビルへと現れた。
 足元がおぼつかなく揺れている。
 ここまで走ってきたせいなのか、常日ごろからそうなのか、見ただけでは判別がつかない。
 ぱっと見は酔っ払っているように見えるが、しかし、年齢で言うのならばマッド・ハンターより年下なのだ。
 もっとも、二人とも未成年であることには変わりないけれど。

「やぁ、やぁ、やあ! 私は元気でしたよ。ヘンゼルくんは変わらず不元気かい?」
「不元気ぃ?」グレーテルはわざとらしく唇に人差し指をあてて、「不健康、不健全、不満足、ねぇ」

 笑って、グレーテルは髪が短くなったヤマネの死体に近寄っていく。
 その手には、普通に生活している分には絶対に見ることのない、ボディバッグと呼ばれる緑色の大きな袋を持っていた。 
 袋というよりは、完全密封式の寝袋に近いかもしれない。
 死体を詰めるという、その目的のために存在する、通称『死体袋』である。
 その袋をずりずりと引きずりつつ、

「何ぃ? まーた髪が短いじゃない。なんであんたから連絡がくるときって、いっつもこうなのよ?」
「きっと、きっと、きっとだね、短髪者を愛好する殺人鬼がいるんでしょうね」

 さらりと嘯くマッド・ハンターを、まったく信じていない目つきでグレーテルは見る。
 その瞳は、ヤマネが零した血のように赤く、禍々しい印象を人に与えかねない。
 そのくせ髪は新雪の雪のように白く、前は鎖骨、後ろは肩甲骨のあたりで切りそろえられていて、
 見るものに清楚な印象を与えるという、二律反したイメージがそこにあった。
 レトロなキュドパリ・ジャンパースカートは黒で、モノクロの世界から抜け出してきたような雰囲気がある。
 ジャンパースカートの下には何も着ていないせいで、肩口から腕にかけては完全にむき出しになっていた。
 その細い腕で死体袋のチャックを降ろしつつ、グレーテルは妙に間延びした口調で、

「まぁ、あたしとしてはぁ、新鮮なのが手に入れば文句は言わないけどねぇ」

 マッド・ハンターはその様子を斜に構えて見つつ、「新鮮な方がいいの」と訪ねた。
 首だけで振り返り、笑ってグレーテルは答える。

「兄さまはぁ、それが好きなのよぉ?」

 もう一度笑って、グレーテルはヤマネだったモノを袋の中に詰める。吐瀉物の掃除は彼女の仕事ではない。
 すべては分担されている。
 自分の役目をこなすだけだ。自分の役割をこなすだけだ。
 誰もが、自分という役を演じているだけだ。
 つらつらとマッド・ハンターがそんなことを思っている間に、グレーテルは作業を終えた。
 そして、来た時と同じくらい唐突に、挨拶もなく踵を返した。
 マッド・ハンターはため息をもって別れの挨拶とし、こつん、と杖で一度床を叩く。
 そこにはもう、本当に、何もない。
 ヤマネも、三月ウサギも、そこにはいない。
 もう一度だけ――あるいは最後に――マッド・ハンターは、器用にも、笑いながらため息を吐いた。

 そうして、一つの物語は終わりを告げて。

 新しい物語は、ゆっくりと始まっていた。

<二話に続く>