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366 :僕と彼女の恋事情 ◆msUmpMmFSs [sage] :2006/09/14(木) 15:39:30 ID:iRL1fkGP
   1/彼の場合

 友人曰く、幼馴染のユーナは『電波女』だそうだ。

「……ユーナ。これって実はアンテナだったりするのか?」
 ユーナの頭頂部より少し後ろから、尻尾のように生えている髪の毛を掴んで俺はそう訪ねた。
 腰まで伸びた髪の毛は見た目よりも軽い。梳いてもらっているのだろうか。
 もっとも、四六時中一緒にいるが、ユーナが美容院に行くところを俺は見たことがない。
 多分、自分で切ってるんだろう。
 真夜中に、電気もつけない真っ暗な部屋で、一人ハサミをチョキチョキ動かすユーナの姿を想像してみる。
 中々面白かったので、つい笑ってしまった。
「ヘンなマー君。なんでアンテナなのかな? なんで笑ってるのかな?」
 そう言って、制服姿のユーナは手に持った荷物をぶん、と振りながら振り返った。
 俺は髪を持ったまま一歩下がって、
「友人曰く、ユーナは電波女だそうだ」
 そう言うと、ユーナは「けたけた」と口に出して笑った。
「やだなマー君。『曰く』なんていう人、わたし始めて見たよ」
 ユーナは笑ったまま、さらに半回転して歩き出した。
 手で掴んでいた髪がすり抜けていく。スカートの裾がわずかに円を描いた。
 俺はため息を一つ吐いて、その後に続く。
 もう夜も更けているので、辺りは足元が覚束ない程に暗い。
 田舎の裏道には街灯もなければ、通行人もいない。驚くべきことに車のヘッドライトすらないのだ。
 だというのに、ユーナは見ているこっちが危なく思うくらいに、ふらふらとした足取りで進んでいく。
「――ユーナ。こけるぞ」
「ねぇマー君。わたしがこけたら泣くのかな?」
「……泣きはしないが困るな」
 我ながら面倒くさそうな口調で言うと、ユーナはぴたりと足を止め、
 すすすすすすすと、後ろ向きにすり足で寄ってきた。夜道でそんなことをやられると妖怪に見える。
 俺の隣まで戻ってきたユーナは、荷物を左手に持ち替え、右手で俺の腕に抱きついて、
「なら、一緒に歩こっ」
 上目遣いでにっこり笑ってそう言われたら、何も言い返せない。
 決して、腕にあたるふくらみに惑わされたのではない。本当だ。
「いいけど。腕掴んだままこけるなよ、頼むから」
「マー君は心配しょうだなあ。お姉ちゃん心配だぞ」
「ぬかせ。そもそもユーナ、お前の方が年下だ」
「マー君と三百六十四日違うだけじゃない、それくらいいいでしょ?」
「前後の文が繋がってない」
 他愛のないことを話しながら、全体重をかけて抱きついてくるユーナを引きずるようにして歩く。
 俺はどうして――こんなことをしているんだろうな?


367 :僕と彼女の恋事情 ◆msUmpMmFSs [sage] :2006/09/14(木) 15:49:04 ID:iRL1fkGP
   2/彼女の場合

 わたしの見る限り、幼馴染のマー君は殺人鬼だ。

「マー君っていっつも真っ赤だよね」
 わたしがそう言うと、マー君は「俺は郵便ポストじゃない」なんて低い声で呟き返してくれた。
 わたしの何気ない言葉にも、マー君はぜんぶ答えてくれる。学校だと、みんな何にも言わないのに。
 みんなの耳が悪いのか、マー君の耳がいいのか。たぶん、どっちかだと思う。
「でも、赤いマー君はかっこいいよね」
 そうか、とマー君は頷く。十センチ高いところにある瞳が、わたしの方をちらりと見た。
 腕に抱きついたまま、わたしが「にこっ」って笑い返すと、マー君は恥かしそうに視線をそらした。
 うん、こういうところは昔から変わってない。
 昔からマー君は、無口で、ぶっきらぼうで――なにより、赤い。
 小一のとき、階段から落ちたわたしを庇ってくれたマー君は、頭から血を出して真っ赤だった。
 小三のとき、お母さんが死んじゃいそうなときに助けてくれたマー君も、真っ赤だった。
 小五のとき、火事になった家から助けてくれたマー君は、火に照らされて真っ赤に見えた。
 いつだってマー君は助けてくれたし、そのたびにマー君は真っ赤だった。
 だから、好きなのだ。
 ――彼が殺人犯だとしても。
「マー君はいつだってマー君だねー」
「ユーナはユーナのままだな」
「そうかな?」
「だよ」
「えへへ、そっか。マー君は、いっつも一緒だもんね」
 右手でしっかりと、マー君に抱きつく。本当は左手でも抱きつきたいけど、荷物を持ってるから無理。
 掴んだマー君の手は、真っ赤な血で濡れてたけど、気にしない。
 マー君の白いシャツは、血で真っ赤に染まってたけど、気にしない。
 だってわたしは、赤いマー君が大好きなんだから。
 真っ赤に染まったマー君は格好よくて、いつでも私を助けてくれる。
「ねーねーマー君」
「んだよ」
「わたしねー、マー君のこと好きなんだよ」
 思い切ってそう言うと、マー君はわたしを見て、
「知ってる」
 その返事が嬉しくて、わたしは思わず笑ってしまう。
 マー君は殺人鬼だ。
 けど、マー君を通報しようとか、逃げようとか、そんなことは思わない。
 いつかマー君に殺されるかもしれないけど、それでも、いいのだ。

 ――しょうがないじゃない、惚れたんだから。


368 :僕と彼女の恋事情 ◆msUmpMmFSs [sage] :2006/09/14(木) 16:00:41 ID:iRL1fkGP
   END/彼と彼女の場合

 ユーナ曰く、俺は殺人鬼らしい。

 まあそれでもいいと思う。腕に抱きついて、「えへへ」と幸せそうに笑うユーナを見てるとそう思う。
 いつまでたっても成長しないような童顔に、昔から変わらないポニーテール。
 長い付き合いで気心が知れているし――いや、そうじゃなくて。
 単純に、惚れているのだろう。俺が、こいつに。
「なんで好きなんだ?」
 腕にしがみつくユーナに、投げやりに言葉を投げかけてみる。
 どうせ答えはわかっている質問だった。
 案の定ユーナは、一度俺のシャツを見て、それからまた俺の顔を見て、笑って答えた。
「マー君には秘密ー」
 そうか、と答えて、俺も自分の胸元を見る。
 シャツは真っ赤だ。血のりやペンキじゃなくて、他人の――しかも、さっきついたばかりの血。
 確かに、この光景を見られれば、殺人鬼と思われても仕方がないだろう。
 実際、こんな人気のない道を通るのは、見つからないようにするためなのだから。
 けど――

 ――そんなことは、ユーナだって同じことだ。

 俺は、俺以上に真っ赤に染まったユーナの、左手に持つ荷物を見ながら言う。
「ソレ」
「うん?」
「重くないのか」
「ひょっとしちゃったらマー君、心配してくれてるの?」
「まあな」
「大丈夫だよー、これくらい。わたし、平気」
 そう言って、ユーナは荷物を――大型の肉切り包丁をぶんと振り回して、へらへらと笑った。
 成る程、この笑い顔は、確かに電波と思われても仕方ないかもしれない。可愛いからいいが。
 セーラー服と鞄ならともかく、セーラー服と肉きり包丁はなかなかシュールだが、見慣れれば気にならない。
 ユーナはいつだって凶器を持っていたし、いつだって同じくらいに赤かった。
 小三のとき、自分の母親を切り殺したときだって。
 小五のとき、自分の父親と義母の家に火を放ったときだって。
 いつだって、ユーナの傍には、凶器と赤がある。
「早く帰ろっ。マー君、今日のご飯は何かな?」
「ミートソース」
「やったっ!」
 ぴょん、と跳ねて喜ぶユーナ。たった今人を解体してきて、よく食べれるな――と思うが、それは同じだ。
 第一、ユーナはきっと、人を殺したとは思っていない。
 俺を赤く染めようと思っているだけなのだから。赤い俺が大好きなのだから。
 赤く笑うユーナを見てると、どうしても俺は思わずにはいられない。
 ひょっとしたら――小1のときのあれは、ユーナに突き落とされたのかもしれない。
 けど、別に構わない。ユーナを通報しようとも、逃げようとも思わない。
 たとえ、いつかユーナが俺を真っ赤に染めるために、俺を殺そうとしたとしても――構わない。それでも、いい。

 ――仕方ないだろう? 惚れてるんだから。