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651 :いない君といる誰か [sage] :2007/01/04(木) 17:49:55 ID:zpAEyOdJ
「というわけで、貴方の身の安全は私が保証したわ」
 クラスメイトの如月更紗は、僕の眼前に長い――長い長い長い長い長い長い長い鋏をつきつけてそう言った。
 長い、なんてもんじゃない。長すぎる、でもまだ足りない。それはもう冗長としか言いようが無い長さだった。
 そんなに長くても使い道なんて一切合切ありえないだろうと、こんな状況でもなければ僕は断言していただろう。
 それくらいに、長い。
 一般的に使いやすい鋏の長さは手首から中指までの長さだと言われているが、
そんな常識など「知ったことではない」と主張するような長さだった。
 30センチものさしを二つくっつけたような――長方形の鋏。
持ち手の部分は二等辺三角形で、その鋏には所謂曲線というものが存在しなかった。
それは、丸みを帯びた「優しさ」とか、そういったものを根こそぎに否定したがっているような、
どこまでも暴力的な鋏だった。こんな鋏がモノをきっているところを想像できるはずがない。
 じゃあ、何を斬っているのか――できれば想像したくなかった。
 とくに、眼前にその鋭い切っ先が突きつけられている今は。
「ああ、これ?」
 僕の視線に(といっても、眼前に鋏がある以上、どこを見ようとソレが視界に入るのだけれど)気付いたのか、
如月更葉は視線を鋏と、僕と、交互に移ろわせて、笑った。
 照れたような、恥かしそうな、頬を赤らめて顔を背ける笑いだった。
 ほんのちょっとその仕草がかわいいと思ったけれど――そんなことを素直に口に出せる状況でもない。
 如月更紗は、そんな照れ笑いを浮かべたまま僕に告げた。
「これ私の手作りなの。似合うでしょう?」
「殺人鬼とか死神とかが持ってるならともかく、制服きた女子高生に似合うようなもんじゃないだろ」
「あら。貴方ってば、女子高生よりも殺人鬼や死神の方が好きなのね。不健全だわ」
「誰がそんなこと言った!?」
 思わず突っ込みを入れて、僕は慌てて口をつぐんだ。突っ込みを入れた反動で、身を起こしかけたからだ。
 こんな状況で身を起こせば、ズブリ、といくこと間違いない。横に逃げようにも、仰向けに寝転がった僕の上には、
如月更紗の細い体が馬乗りになっている。
 ……普通、こういうのは男女が逆なんじゃないのか?
 脳内で突っ込むに留める。そりゃ普通男が女を押し倒すものだが、生憎と押し倒してきたのは如月更紗の方だった。 
 押し倒してキスでもされるのか――なんて甘い妄想を抱いたのは一瞬のこと。次の一瞬には、問答無用の勢いで更紗はするりと背中から鋏を抜き出して――
 僕の眼前へと、突きつけた。
 ……。
 これのどこが、身の安全の保証だ。
 脅かしているのはお前じゃないか、如月更紗。
 不遜な僕の眼差しに気付いたのか、更紗はこほんとひと息入れて、
「言い直すわね」
「どうぞ」
「不健康だわ。顔色が悪いわよ」
「それはお前のせいだ!」
 僕は思わず、ではなく、意識して突っ込み、
 ――しゃきん、と。
 僕の目の前で、音を立てて開いた鋏の前に、沈黙せざるを得なかった。
 一つが、二つ。
 片目のみに押し当てられていた鋏が――開くことによって、両目に押し当てられることになった。
 危機感、二倍。


652 :いない君といる誰か [sage] :2007/01/04(木) 18:06:21 ID:zpAEyOdJ
「慌てないで。何も顔色が紫になって口から緑色の血を吐いたわけじゃないのよ」
「それは不健康を通り越して重病人だ」
 緑の血は吐かずとも。
 鋏が落ちれば――赤い血は噴き出る。
 自分の体の中を流れる血の色くらいは知っている。15年も生きてりゃ怪我の一つや二つは三つはしたことがある。
 怪我をさせられたことも――させたことも、ある。
 流石に眼球に鋏を突きつけられたことはないけれど。
「とにかく」
 如月更紗は前置いて、
「死神や殺人鬼よりは、女の子の方が好きよね?」
 ……。
 そっちを訊くのか……。鋏なんてどうでもいいと言わんばかりの、確信に満ちた、核心に触れるような問いだった。
如月更紗の中においては、鋏を他人に突きつけることは日常茶飯事なのかもしれない。そんな噂を聞いたことはないが、
それだってただの一人も証人が生き残っていないだけかもしれない。
 夜な夜な街を彷徨って眼球を抉る女子高生。
 ……殺人鬼と大差ないじゃねぇか……。
「野菜よりも果物が好きかという意味で答えるなら、イエスだ」
「野菜を食べないから不健全になるのね?」
「なるのは不健康であってそもそも僕は不健全でも不健康でもない!」

「なら――貴方は、健全で健康で身に潔白があり恥じるものなど一つもないと、そう言うのね?」

「……う――」
 言葉に、詰まる。
 妙に――迫力に満ちた言葉だった。
 先までの多少冗談の混じった言葉とは違う。『君は聖人君子というものの存在を信じるのかね』と遠回しに言われたような、
そんなものが存在するというのならば今すぐにもで殺してやると言いたげな、物騒で不穏当で危険で不均衡な――危うい、言葉だった。
 いや、
 危ういのは、言葉じゃない。
 どこか赤みがかかったような、爛々と輝いているようにさえ見える、如月更紗の瞳が――最も、危ういのだ。
 獲物を狙う、蛇のような。
 満月に狂う、狼のようだ。
 その眼で、如月更紗は――僕を、見る。
「そんなことはあるわけがない。そんなはずがあるわけもない。そんなことがあっていいはずもない。
 そうでもなければ――私がここに来ることはなかったんだから」
「ここに、来る?」
「鋏を持ってまで、ね」
 愛嬌たっぷりに如月更紗はウィンクをした。いや、決して愛嬌が必要な場面ではない。
 むしろそのナンセンスさが、この場に不釣合いで――不釣合いだからこそ、怖いとすら、思えた。



653 :いない君といる誰か [sage] :2007/01/04(木) 18:07:05 ID:zpAEyOdJ
 相手のやりたいことが、まったくわからない。
 クラスメイトに屋上に呼び出されて、告白かと思ってのこのこついていったら、『鋏』だ。
 わけが、わからない。
「わけなんてわかるはずがない。わけなんてわかるはずがないわ」
 僕の心を読んだように、如月更紗は滔々と語った。舞台の上で台詞を読む演劇役者のように、澄んで通る声だった。
教室の隅で本を読んでいる印象しかなかった更紗が、こんな風に喋るなんて――想像もできなかった。
 それをいうなら。
 そんな相手に、鋏をつきつけられているなんて、想像どころか妄想すらできなかったわけだが。
「……どういうことだよ」
 なんとなく無駄だと思いつつも、一応訊いてみた。
 如月更紗は、口紅を塗っているかのように赤い唇をつぅぅ、と吊り上げて、

 笑った。

「貴方に原因はないわ、貴方に理由はないのよ」
 笑って――嘲って。
 おどけるように、微笑んで。
 道化るように、微笑して。
 満面の笑みを、顔面に浮かべて。
 笑いと共に、呪いのように、言葉を吐き出した。

「原因は――死んでしまった、貴方の姉にあるのだから。ねえ、里村冬継くん?」

 それは、正しく。
 言葉のような、呪いだった。


  • 二話に続く