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673 :いない君といる誰か [sage] :2007/01/06(土) 20:11:38 ID:yoIymAIa
「先輩先輩! 遅くなりました!」
 神無士乃はいつものように校門前の坂道を降りたところで待っていた。下校ラッシュの時間からは少しずれているせいでにしか人がいない。
部活動をやっている生徒が帰るにはまだ時間がかかるから、もうしばらくは校門前も混雑しないだろう。わずかに通りかかる帰宅組がちらりと
横目で神無士乃を見ていくだけだ。さすがに中学校の制服を着ている神無士乃は目立つ――とはいえ、もう見慣れているのかあまり気にしていない。
 神無士乃は、いつだってそこにいるのだから。
「あれ、今来たの?」
「いえ、先輩が遅くなりました。遅いです」
「そうだよお前はそういうやつだったな……」
 頬を膨らませて言う神無士乃の髪をくしゃくしゃとかき回して、僕は彼女の横に並んだ。何を言うでもなく一緒に歩き出す。
高校に進学してからほぼ毎日こうなので随分と慣れたものだった。
 ん、と嬉しそうな顔をした後、神無士乃は僕の左手をとって歩く。教科書は学校にでも置いているのか、左手に持っている鞄は
やけに薄っぺらかった。まあ、僕も同じことをしていたので何も言うまい。
「あー……待たせた?」
「いえ、今来た所です!」
「さっきと言ってることが違うじゃねぇか」
「いえ、先輩が今来たところです」
「前後の文が繋がらない返答をするなよ!?」
 ひひひひひ、と神無士乃は悪人のように笑った。こいつ、顔はかわいい系のくせに、こういう小悪人的な仕草が妙に似合うんだよな……。
小学校の頃はそうでもなかったんだが、いったい誰の影響を受けたんだ。
「とにかく、行くぞ」
「らじゃーっす!」
 びし、と鞄を持った手を振りかぶって神無士乃は答えた。危うくぶつかりそうになった鞄をすんでのところで避けて、僕も彼女の手を引くよう
にして歩き出す。やけに急な坂を下り終えて、ゆるやかに曲がる道を行く。先の曲がり角が、中学校と高校の分かれ道なので、帰る姿は中高様々だ。
手を繋いで歩いているが、そんなもの学生町では珍しいことではないので気にしない。たまに道行くオバちゃんに指をさされてくすくすと笑われるだけだ。無視。
「でもどうして遅くなったんですか?」
 神無士乃が僕を見上げて問うてくる。視線は少しも外さずに、瞳を、真正面から覗きこむようにして。
「あー……」
 呟きながら考える。嘘をついたらバレるだろうなあ、と思うが、正直に本当のことを話すわけにもいかない。学校の屋上に呼び出されて刃物突きつけられた
あとキスしてましたなんて言ったら正気を疑われるか狂気を疑われるかのどっちかだ。実際僕だって、先あったことが現実だとは思えない――嘘を言うのはやめよう、
現実だと思いたくない。かなり。切実に。出来れば夢であって欲しかった。
 唇に残る感触だけが、夢ではないと主張している。
「あー――」
 さらに呟きながら考え、視線をさまよわせる。僕を真っ直ぐに見てくる神無士乃を逆に見返す。身長が20センチは低いせいでかなり見下ろす形になっていた。
いくら中学生、二歳後輩とはいえ小さすぎないかと思う。昔からまったく変わっていない気がする。
「神無士乃、前にならえをやってみるんだ」
「こうですか?」
 唐突な言葉にも堪えず、神無士乃はきちんと前へならえをやった。ただし、両手を腰にあてて胸を張るポーズだ。
「はっ、やっぱりな」
「何ですかその勝ち誇ったかのような笑みは! 意図不明かつ意味不明ですよ!」
「いや、特に意図も意味もないんだ」
「じゃあ話を逸らしただけですね」
 あっさりと真相をつく神無士乃。さすがに鋭い。鋭いが、自分がクラスで一番身長が低いことを吐露してしまったことには
気付いていないらしい。これが人間経験の差か……ちなみに僕は一度クラスで一番背が低い時代があった、そのとき間違えて
両手を前に伸ばして以来、前へならえというものを憎んでいる。
 そう、神無士乃は小さいのだ。ただし小さいのは背だけで、その分の栄養が胸と尻にいったと見える。それを指摘すると叱られる
ので言わないが、クラスではさぞかしセクハラの的になっているに違いない。
「神無士乃、牛乳は出るか?」
「? うちの学校給食ですから出ますですよ」
「ああそうだったな、自分の出身校なのに忘れてたよ」
 バカなことを言ってみるが肝心の質問の答は見つからない。


674 :いない君といる誰か [sage] :2007/01/06(土) 20:21:55 ID:yoIymAIa
 現実逃避にさらに神無士乃の姿を上から下までなめるように見てみる。
小さな背と大きな胸。ツインテールが兔の耳みたいに直立している。太くも細くも無い手足と、丸い瞳。小動物系というの
だろう。最近の流行はよく知らないので断言はできないが、案外こういう安産型が人気なのかもしれない。守ってあげたく
なるような――といえば聞こえはいいが、それはようするに独占したいだけなのか? 正直よくわからない。
 モスグリーンのチェックの制服は――男女差こそあれ――去年まで着ていた奴だ。懐かしい、と思ってしまうのは、高校に慣れてきたからだろう。Y
シャツのボタンが弾けるところを一度でいいから見てみたい、そんな体型だった。さっきから僕体型についてしか考えてないな。
「何見てるんですか?」
 どことなく恥かしそうに神無士乃が言うので、正直に答えることにした。
「ニュートンの法則が横方向にも適用されてるか考えてたんだよ」
「しってます。林檎から木から落ちて砕けた例のヤツですね?」
「砕けるのはピザの斜塔から落としたヤツだろ?」
「ピザの斜塔ってとうとう崩壊したんですか?」
「…………」
 いまいち話が通じてない気がするが、問題はない。問題の箇所から話がどんどんずれていくからだ。
「それで――」
 神無士乃は前置いて、僕の腕を強くつかみ、見上げて笑った。
「どうして遅くなったんですか? 解答時間は残り三十秒をきりましたよ」
「数えていたのか!?」
「ちなみに制限時間三分です」
「余計なことばっかり考えて時間無駄にしてた!」
 まあ、でも。
 そろそろ誤魔化すのも限界なので、答えることにした。
「学校の屋上に呼び出されて青春してきたところだ」
「校舎裏がラブレターだから、屋上は決闘ですね?」
「そうだ決闘だ。命をかけた戦いだった」
 嘘は言っていない。ある意味命はかけている。一方的な上にかけたのは僕だけだが。
 ……そもそも告白するなら――あれが一応でも告白というのならば――如月更紗のヤツ、校舎裏に呼び出せばよかったのに。
そしたら一発で何が目的かわかる……ああ、駄目なのか。校舎裏で告白なんてしたら、他人に見られるかもしれないからな。
そういう意味では扉が閉まる屋上が一番あいつの目的にかなっていたわけだ。
 鋏を突きつけ、
 危機が迫ってるとつげ、
 キスをする、目的に。
「………………」
「ちなみに敵はどんなヤツです?」
「シザーメンだ」
「複数人ですか!」
「ああ、恐ろしい男だちだったよ。両手に鋏と糊を持って襲い掛かってくるんだ」
「なんだか図画工作の先生みたいですね」
「僕の母校の先生はそんな奇妙なヤツなのか……? おい、木頭先生はどうなったんだ」
「木頭先生は……いえ、ここから先は言うのはよしましょう先輩」
「何だその『あいつはもういないんだ』みたいな台詞は!? 不謹慎だぞおい」
「木頭先生は生徒と駆け落ちしていなくなりました」
「…………」
 不謹慎だった。
 というか、生徒って、よく考えるまでもなく中学生だろ……? 知らなきゃ良かったことが世界にはたくさんあることを
今改めて再確認してしまった。あの楽しい図画工作の時間の思い出が薄汚れた感じに染まってしまう。
「とにかく」
「強引な話題転換ですね。そうそう、木頭先生といえばですね、」
「いいから話題を変えさせろよ! いつまでも木頭先生を引っ張ってるんじゃねえ!」
 両手が塞がっているので兔耳のような頭目掛けて頭突きをする。高低差のおかげで楽にできた。痛いですよう、と呻く
神無士乃を無視して話を戻す。
「ようするにホームルームが長引いて遅れたんだよ」
「面白味のない答えですね」
「お前はいちいち返答に面白さを求めなきゃ気がすまないのか……?」
「面白味のない人生ですね」
「言うな! 悲しくなるようなことは言うな!」
 先輩に対してまったく尊敬とか、それに類するものがない奴だった。
 まあ……結果的にきちんと話は逸らせたからよしとしよう。


675 :いない君といる誰か [sage] :2007/01/06(土) 20:35:56 ID:yoIymAIa
「しかし神無士乃、先に帰ってても別にいいんだぞ。お前の方が終わるの早いんだし」
「そんな先輩、気にしないで下さい。それに迷子になったらどうするんですか」
「そりゃ結構歩くけどさ、電車使うわけじゃないんだから迷いはしないだろ、地元だし」
「いえ、先輩の方向音痴さを鑑みるに有りえ無い話ではないかと」
「勝手に人の設定をつけくわえんな! いつから僕が方向音痴になったんだ!」
「運動音痴よりはマシじゃないでしょうか?」
「どっちもどっちって気がするけどな……そういや知ってるか、運動神経っていう神経はないんだぜ」
「マジですか! ということは反射神経とか末端神経とかもないわけですね!」
「あーないない。間違ってテストに書かないようにしろよ」
 なんて話しながら歩きつづける。学校から家まで大体歩いて三十分くらいだ。ぎりぎり中学校の校区――自転車通学許可が出ない場所――
に済んでいるので、神無士乃は自転車を使うわけにはいかない。それにあわせて、僕もこうして歩いている。
 小学校以前からの幼馴染だ。それくらいはしてやってもいいだろう。
 可愛いし。懐いてるし。
 何気ないやり取りは面白いし。
 ちょっとバカだけど。
 それでも――いきなり、刃物を突きつけられることは、ないしな。
「先輩先輩、明日の予定はありますか?」
「学校いって帰る」
「勉強はしないのですか!」
「僕くらいになると勉強しなくても大丈夫なんだよ」
「さすが先輩です! でもそれって学校行く意味あるんですか?」
「…………」
 こいつ……世の中の学生の大半に喧嘩売りやがった。そんなことを言ってただですむと思っているのか。
意味がなくてもとりあえずで進学するやつが大勢いることをしらないのか。
 しかしここで現実の厳しさを教えてもむなしいだけなので、「あるよ」とだけ答えた。
「つまり、放課後の予定はないんですね?」
「一緒に帰るくらいだな」
「じゃあそのまま一緒に遊びに行きましょう」
 前後の関係もなく言われるが、いつものことだ。僕はさらりと答える。
「門限を守るならな」
「らじゃーっす」
 びし、と手をあげて神無士乃は返事をした。
 いつものような口約束を終えて、いつものように適当にお喋りしながら三十分を歩き続けた。他の学生たちがまったく
見えなくなったところで神無士乃は「それじゃあまた明日です、冬継さん」と言って駆けて行った。
 自分の家へと。
 神無士乃の姿が見えなくなるまで見送ってから、僕は、深く、溺れてしまいそうなほどに深くため息をついた。
 やりとりは、楽しい。
 楽しいが――疲れる。
 安らぎなどない。
 安らぎを与えてくれる人は、一人しかいない。
「まったく……今日は疲れることだらけだ」
 世界を憎むようにそう言って、僕は自分の家の門をくぐる。胸ポケットから鍵を取り出して開けて家の中へ。
 そして。
 いつものように玄関で僕の帰りを待ってくれていた人に、親愛と友愛と愛情を込めて、ただいまの挨拶をする。

「今帰ったよ、姉さん」

 姉さんは。
 一年前に死んだ里村春香姉さんは、にっこりと微笑んで、「お帰りなさい」と言った。

・第四話(了)