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769 :あなたと握手を ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/21(日) 21:16:32 ID:Kcf6rTXR
季節は冬。
道場には剣道部員の掛け声と踏み込みの音、面を打つ音が響いている。
その音が一旦止まり、

「籠手打ち、始め!」

部長の掛け声をきっかけに、再び音が道場に響く。
夕方7時、ここ練心館で始まる校外練習は二時間続く。



770 :あなたと握手を ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/21(日) 21:17:22 ID:Kcf6rTXR
練習が終わり着替えを終えて、外で部員全員が出てくるまで待つ。
早く帰りたいが、道場に施錠をして鍵を返すまでは帰るわけにもいかない。
いや、本来はそれすらもしなくていいのだが。
何せ道場の持ち主の娘がここに来ているのだから。

一人を除き部員全員が帰ったことを確認した俺は、鍵を閉めることにした。

「ちょ、海原先輩すとっぷすとっぷ!」
「あーなんか幻聴が聞こえるな。まるで女の子の声みたいだ。」
「ばっちり聞こえてるじゃないですか!幻聴じゃないですよ!
 すぐに出ますから待ってくださ~い!」

声の持ち主が出てから再び施錠する。うん。確認OK。

「さて、帰ろうか大河内。」
「先輩。いつも言ってますけど、私が出てないのに鍵閉めないでくださいよ。
 いやがらせですか?それともいじめですか?」
「不器用な部長なりのスキンシップだ。」
「へー、そんなこと言うんですか。じゃあ今日お父さんに言っておきます。
 『海原先輩がお父さんとスキンシップしたいって言ってた』って。」

まずい。いつもより怒っている。
しかも彼女の父親との『剣道でのスキンシップ』は『死合い』と同義になる。
本人は遊んでいるのだろうが警察で剣道の指導をしている人間と高校生とでは実力差がありすぎる。
ライオンがウサギにじゃれついているようなものだ。



771 :あなたと握手を ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/21(日) 21:18:09 ID:Kcf6rTXR
「すまん。それは勘弁してくれ。もうむちうちになるのは御免だ。
 今度学食でカツ丼特盛か牛丼特盛をご馳走するから。」
「両方です。」
「両方かよ!・・・いや、わかった。わかりました。
 ご馳走させていただきます。大河内桜嬢。」
「わかればよろしい。ようやく身分をわきまえたようね海原。」

腰に手を当てて高笑いしている。しかし竹刀袋を持ったままだから全然似合わない。 

「さて!じゃあ帰りましょうか先輩!」

やれやれ。
このお嬢様の機嫌を損ねるたびに奢らされているというのに
俺も学習能力が低いものだ。
しかし、それがわかっていても何故かこいつにちょっかいをかけてしまうのだ。

それはこの少女の性格がそうさせてしまうのだろうか。
それとも単純に俺がいたずら好きだからだろうか。

それとも、俺がこいつに対して異性としての好意を持っているからか。

――たぶん全部だな。
左で歩くたびに左右に揺れるポニーテールを見ながらそう思った。



772 :あなたと握手を ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/21(日) 21:19:02 ID:Kcf6rTXR
すっかり暗くなった夜道を先輩と歩く。
四月に剣道部に入部してから毎日のように繰り返されていることだ。
でも一度も飽きたとか一人で帰りたいとか思ったことはない。

なぜか?理由は簡単。
私が先輩のことを好きだから。





剣道馬鹿の両親と兄を持つ私は物心つくころにはすでに竹刀を握っていた。
別に強制をされたわけじゃない。
両親の期待を受けた兄が小学六年生のときには全国大会に出場し、
中学に入ってからは高校生も打ち負かすほどの実力者になっていたからだ。

そのため私は両親に稽古をつけてもらったことがない。
見よう見まねでただなんとなく竹刀を振るようになっていたのだ。

そのことが影響したのか、中学校では全国大会にも出場し、部員の推薦で部長に任命された。
だからだろう。私は調子に乗っていた。

家が近いという理由で入学した県立高校の剣道部は
過去に大きな成績を残すほどでもなく、弱小と言ってもいいところだった。
入部一日目の感想はそんなものでしかなかった。
しかし入部二日目。この感想は変わることになる。



773 :あなたと握手を ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/21(日) 21:19:51 ID:Kcf6rTXR
経験者ということで早速その日から練習に参加することになった。
基本練習を終え、次に実力を見るために練習試合が行われた。
私の試合は最後に行われた。その相手が海原先輩だった。
海原先輩は昨日は練習に来ていなかったらしい。

(練習をさぼる人が私の相手をできるの?早く終わらしちゃお。)

そう思い『はじめ』の合図とともに繰り出した突きは、
先輩の喉ではなく空を突いた。

(うそ!突きがくることがわかってたの?)

予想外だった。どうやら本気でやる必要があるようだ。
先輩に向かって再度構える。
しっかり向かい合って分かる先輩の威圧感。
兄ほどではないが油断できない相手であることが感じ取れる。
そして自分の持てる最高の速度で突きを繰り出した――






774 :あなたと握手を ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/21(日) 21:22:22 ID:Kcf6rTXR
「引き分け!」

両者一本ずつの引き分けの結果に終わった。
私の突きを先輩が避けて胴を打ち、先輩に一本。
先輩の面打ちに対して籠手を打ち、私に一本。
その後はお互い決定打を打てずに引き分けに終わった。

終わってから私が感じたのは高揚感だった。ものすごく楽しかった。
ジョギング中にいつまでも走り続けていられるような、
プールでずっと泳いでいられるような感覚と似ていた。
今まで竹刀を握っていてこんな気分になったことはなかった。


練習後、対戦した先輩に興味を持った私は先輩が一人で帰っているところを見計らって話しかけた。

「海原先輩!」
「へ?あ、おー、こー・・・皇王池さんだっけ?」
「大河内です!お、お、こ、う、ち!」

最初の会話がこんなだった。まさか名前を間違われるとは。
なんだかとぼけた先輩だと思った。