793 :あなたと握手を ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/22(月) 22:48:40 ID:sVWolwVr
大河内の自宅の周りには塀が建てられている。
自宅の敷地内にも道場が建てられているらしく、次の曲がり角までその塀は続いている。
塀に沿って歩きながら、別れ際に大河内の言った言葉を思い出す。
「決戦は月曜日ね・・・」
その言葉はおそらく、『交際の申し込みを月曜日にする』ということだろう。
確信は持てないが、なんとなくそんな気がする。
大河内が俺に対して好意を持っていることは薄々感づいていた。
『練習のあとに一緒に帰ってほしい』と頼み込んできただけだったら、自分の勘違いだと思っていただろう。
しかし大河内はいろいろな面で俺に関わろうとしてきた。
ときどきではあるが俺に弁当を作ってきてくれたこと。
メールアドレスを交換してから毎朝おはようのメールを送ってくること。
休日に大河内家の道場で家族と一緒に剣道の練習をしようと頼んできたこと。
あのときは大河内兄に防具をつけたまま便所まで追い込まれた挙句閉じ込められたり、
絵に描いた様な巨漢である大河内父から、高速の突きを受けてむちうちになったりと散々だった。
あの日、唯一嬉しかったことは大河内母の作る昼食の豚汁が言葉にできないほど美味だったことだけだ。
まさにアメとムチ。豚汁とむちうち。
一回行ったきりだが、また今度行ってみるとしよう。今度は医者同伴で。
それは置いておいて。
そんな大河内の姿勢に俺も段々惹かれていき、気づいたら異性として好きになっていた。
なぜ今まで告白しなかったかというと、一緒に練習をして談笑しながら帰るという関係が心地良かったからだ。
だがそれも月曜日で終わらせる。こっちから先に告白して、あいつの驚いた顔を拝むことにしよう。
もし俺の勘違いだったとしても構わない。
俺は大河内のことが好きだから告白するのだ。
794 :あなたと握手を ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/22(月) 22:49:40 ID:sVWolwVr
俺の家は大河内の家から国道を挟んで向こう側にある。
国道とはいえ俺の住む町は都市部とは違い九時ごろになるとほとんど車が通らない。
だからいつもは横断歩道が赤でも車が来なければ渡っていた。
その日は右側百メートルくらい向こうから車が来ているだけだったのでいつものように渡った。
『ドサッ』
向かい側の歩道に着いたときに後ろから物音がした。
振り向くと、同じ高校の女生徒が手提げバッグの中身を落としてそれを拾っているのが見えた。
右からは車が迫っている。止まる様子は、ない。
(ズクン。)
心臓が締め付けられるのを感じた。
引き返すな。間に合わない。このまま止まっていろ。そう言っていた。
それでも恐怖で上手く動かない足を動かし、引き返した。
もしかしたら助けられるかもという小さな望みが体を動かした。
女生徒の左側で急停止。
腰を落として、しゃがんでいる女生徒の腰に右手を回し、引き寄せる。
この時点で車は二メートル前に迫っていた。視界が光で埋め尽くされる。
考える時間はなかった。
反射的に道路についた左手を軸にして両足で地面を蹴り、
体を移動させることができたのはまぐれ、もしくは運が良かったと言うべきだろう。
車が一瞬前に自分たちのいた空間を通り過ぎる。と同時に俺は衝撃を受けた。
最初にゴォンという音と一緒に頭に激痛が走り、
次に鉄の匂いときつい香水の匂いがして、
最後に左手から、骨を伝って嫌な音が脳に届いた。
『ぐきゃ』
その音を最後に、
俺は意識を手放した。
795 :あなたと握手を ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/22(月) 22:50:37 ID:sVWolwVr
月曜日。
大河内桜は早起きして台所で料理しながら変な歌を歌っていた。
「うっなばら♪ うっなばら♪ うっなばらせ~んぱい♪
きょうのおかずはハンバーグ~♪
ポテトサラダもたっくさんいれて~♪
ニ~ンジンもいっぱいいれました~♪
ぜ~んぶ た~べてくださ~いね~♪
さ~いごはわたしをたべちゃって~♪」
歌の内容のとおり、憧れの海原英一郎の心を射止めるための弁当を作っているのだ。
メインのおかずは一番得意なハンバーグ。
以前手作り弁当を食べてもらったときに一番の好評を得ていた。
食卓では定番のメニューだが時間がかかるため、朝作ることはほとんどない。
だが今日だけは別である。愛の告白という最重要イベント。
少しでも勝率をあげるためにはどんな労力も厭わないのだ。
「じゃあ、行ってきます!」
母に見送られ大河内桜は勇み足で歩き出した。
憧れの人が待つ学び舎という名の決戦場へ向かって。
796 :あなたと握手を ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/22(月) 22:52:49 ID:sVWolwVr
今私は屋上で先輩を待っている。
学校の屋上と言えば昼食をとる学生たちで賑わうものだというイメージがあるが、
この高校は安くて美味しい料理を出す学食や、テーブルが設置されている中庭もあるので人が滅多にこない。
告白するには絶好の場所だ。
朝、先輩の下駄箱に
『屋上で待ってます。一緒にお弁当を食べましょう。 桜』
と書いた手紙を入れておいたから先輩はきっと来てくれる。
でも、さすがに先輩も今日この場で告白されるとは思わないはずだ。
もし、告白したら・・・
「先輩。私は、先輩のことが好きです。初めて会った日から好きでした!
私を先輩の恋人にしてください!」
「えぇっ!え、あ、いやなんでていうかそういうのはもっとこう
長くお知り合いになってからのほうがいいのではないかと思うのだが。」
「もう私たちが知り合ってから10ヶ月目です。十分にお知り合いですよ。」
「し、しかしだな今月号の保健便りにも思春期の恋愛ではキスを許してしまうと
男が発狂してその先へ行ってしまうということが書いてあってだな
つまり何が言いたいかというとだな俺とお前がそういう関係になった場合
俺が狂人にならないとは言えないわけでだな。」
「いい、ですよ。」
「ぇ?」
「私のファーストキスも、初めても、全部先輩にあげます。
・・・先輩。私、本気ですよ。」
「・・・・・・・・・。
・・・大河内。実は、俺もお前のことが――――――
797 :あなたと握手を ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/22(月) 22:53:20 ID:sVWolwVr
「大河内?来てるのか?」
「『そして私たちは顔を寄せ合い』って、へぁっ!?」
先輩の声が後ろから聞こえた。振り向くと左肩を壁に当ててもたれかかっている先輩がいた。
心臓が高鳴る。顔が紅くなるのがわかる。
まずい。いざとなると頭が回らない。えーと、『私のファーストキスも、』じゃなくて!
そう!まず一緒にご飯を食べるんだった。告白はそのあと。
「手紙、呼んでくれたんですね。じゃあ、一緒にお弁当食べましょう。」
「待ってくれ。その前に言っておきたいことがあるんだ。」
「ぇ?」
まさかさっきの妄想が本当に?
嘘、え。やだ、嬉しい。どうしよどうしよ。
いや、落ち着け私。先輩の告白の言葉を脳に永久保存するために耳を澄ますんだ。
「大河内。実は俺な・・・」
くるっ!
「この間の夜、事故った。」
・・・じこった?
なんですかそれ。どこの国の言葉ですか?もし日本語だとしたらどの地方で流行っている告白の言葉ですか?
しかし次の瞬間私は凍りついた。
先輩が体の後ろに回していた左手を私に見せる。
左手が、包帯でぐるぐる巻きにされていた。
798 :あなたと握手を ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/22(月) 22:54:22 ID:sVWolwVr
あの夜にあった出来事を大河内に話すことにした。
こいつには話しておいたほうがいいだろう。
「国道でうちの高校の女生徒が車に轢かれそうになってて、俺が助けようとしたんだ。
どうにか女生徒は無事だったけど、俺は左手をタイヤに踏まれて、この通りさ。」
明るい口調で喋ったつもりだったが、大河内の表情はさらに険しくなった。
「女をかばって、先輩が怪我をした、ってことですか」
「まあ、そういうことだ。」
事故のあとに目を覚ました俺は病院のベッドに寝ていた。
目を覚ました俺を見て両親は緊張の糸が切れたように座り込んだ。
聞くところによると、ガードレールの柱に頭を打って倒れていた俺を見て救急車を呼んでくれたのは
俺がかばった女生徒ではなく、散歩途中のおばさんだったらしい。
横断歩道に潰れた携帯電話や化粧品が転がっていただけで
女生徒らしき人影は見当たらなかったそうだ。
車はそのまま走り去ってしまったらしく、警察が調べてはいるが
人を直接轢いたわけではないので特定は難しいとのこと。
怪我の具合を聞いてみたところ、脳波や頭蓋骨・脊椎などに異常は無かったらしい。
「ただ・・・」と言葉を切った母の視線が俺の左手に向けられていた。
それにつられて見た自分の左手は、包帯に包まれて楕円形になっていた。
それを見て嫌な予感がよぎる。
軽く人差し指を動かしてみようとするが、動かない。ああ、やっぱりか。
左手が、まったく動かなくなっていた。
799 :あなたと握手を ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/22(月) 22:55:15 ID:sVWolwVr
ここまでの話を聞いた大河内の表情は、絶望の色に染まっていた。
「右手は動くし、左手は薬を飲んでおけば日常生活に問題はないから学校には通うことにしたんだ。
ちょっと不便だけどな。」
「・・・・・・・・・そうですか。」
いつもの明るい声も暗く沈んでいる。
何を言っても元気を出してくれないのではないだろうか。
「・・・完治は、するんですか?」
「医者の話では骨は元通りになるそうだ。
ただ以前のように動くかは経過を見ないとわからないってさ。」
「・・・・・・・・・そうですか。」
声を聞くたびに俺の気分まで落ち込んでいく。
こいつのこんな顔は見たくなかった。
(今告白したら元気、出してくれるかな。)
馬鹿か俺は。
ここまで落ち込んでいる人間にそんな話をしたら嫌われるに決まっている。
「あー、とりあえず弁当食べないか?作ってきてくれたんだろ?」
「・・・はい。すいません先輩。
私、急用を思い出しました。・・・失礼させていただきます。」
そう言って大河内は俺に弁当の包みを渡すと屋上から去っていった。
あとには俺一人が残された。
その弁当は確かに美味かった。
ハンバーグまで入っているということは相当に力を入れて作ったんだろう。
でも。
「二人で食べたらもっと美味しいんだろうな。」
誰もいない屋上でそんなひとり言をつぶやいた。
800 :あなたと握手を ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/22(月) 22:56:06 ID:sVWolwVr
先輩を屋上に残し、ゆっくり屋上のドアを閉めて、・・・そしたらもう我慢の限界だった。
(なんで!なんでなんでなんで!どうしてこんなことになってるのよ!)
声には出さないけど心の中では絶叫が響きわたっている。
いま自分がどんな表情をしているのかわからない。でも、きっと子供が見たら泣くのは間違いない。
絶望と、怒りと、悲しみが混沌を生み出している。なにがなんだかわからない。
くらくらする。眩暈がする。足がもつれて、階段を踏み外してしまった。
「いっっつう・・・うく、くぅ・・・うっうぅぅ・・・」
泣き出してしまった。痛みからではない。悲しみが堰をきって押し寄せてきたからだ。
先輩の左手が動かなくなった。そのうえ、元通りになるかはわからない。
直る可能性もある。でも、もし直らなかったら。
「そんな・・・そんなこと、考えちゃ、だめ・・・うぅぅ、く、ふ・・・
いや、そんなの・・・いや。だ、って、もしそんなぁ、ふぁ・・・ことに、なったら・・・」
先輩は剣道部をやめてしまう。
つまり、先輩とのつながりが無くなってしまうということ。
今まで私は先輩と『剣道部の後輩』としてしか付き合ってこなかった。
お弁当を作ることができたのも『後輩』だったから。メールでの話題も『剣道』のことばかり。
家に呼べたのも一緒に『剣道の練習』をすることができたから。
それは先輩が剣道部員だから成り立っている関係だった。
先輩に対して学校の上級生として接することもできるのかもしれない。普通の女の子なら。
でも私には無理。今までの人生で男の子とは『剣道』を通してしか関わらなかった。
そう。『剣道』が無ければ何もできないような臆病者なんだ。私は。
801 :あなたと握手を ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/22(月) 22:56:50 ID:sVWolwVr
だからこそこの関係を早く終わらせようと思ったし、告白する勇気も持てた。
それなのに、こんなことになるなんて。
「辞めないで・・・せんぱい。やめないで・・・
私は、うなばらせんぱいが、いないと・・・もう、だめなんです・・・
好きです・・・好きです・・・好きぃ、で、すぅ、う、ふぇぇぇ・・・」
ならなぜ告白をしなかったの?毎日そのチャンスがあったのに。
後悔してももう遅い。そう思うともっと悲しくなる。
「なんでぇ。なんでこんなことに、なっちゃったのよぉ・・・
ふぇ、えぇぇぇぇぇん・・・こんなの、やだよぉ・・・
どうしてせんぱいは、変なおんななんか、かばって・・・・・・、ぇ?」
・
・
・
女?
そうだ。変な女が轢かれそうになっていて、それを先輩が助けて、そして怪我をした。
涙が止まる。
意識が覚醒する。体が軽い。心も軽い。
そう。あの夜。
「その女が、居なければよかったのに・・・」
いまさらその女をどうにかしても先輩の左手はすぐには回復しない。でも。
「その女に、報いを・・・」
助けてもらった恩も忘れ、立ち去るような人間には。
「その女に、■を・・・」
まずは探さなければ。その女を。
「・・・誰、なのかしらねぇ・・・」
最終更新:2011年05月26日 11:04