812 :ひどいよ!おおこうちさん ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/25(木) 22:43:18 ID:VgLGiMfZ
~血に染まる桜~


偶然早起きして、いつもより早く学校に着くと下駄箱の中に便箋が入っていた。
周囲を見回して、誰もいないことを確認してから手紙の内容に目を通す。

『海原君へ 
 私は同じクラスになったときからあなたのことが好きでした。
 一度でいいから、二人きりで話がしたいの。
 もしこの手紙を読んで、会ってもいいと思ってくれたら、』

「『お昼休み、屋上に来て。』か・・・・・・」

苦節17年、ようやく俺にもモテ期が到来したようだ。
一ヶ月前に桜と恋人同士の関係になっているから当然返事はNOなわけだが、
誰が俺のことを好きになったのかということには興味がある。

「ちょっと話をするだけなら、いいかな。」

付き合いだしてから桜は一気に嫉妬深くなり、女子部員と話しているだけでも目に見えて不機嫌になる。
でもクラスメイトからラブレターを受け取ったのに、それを無視したらクラスの女子全員を敵に回す可能性もある。
学生生活を円満に送る秘訣はテストで赤点をとらないこと、友人を作ること、そして女子を敵に回さないことだ。

手紙をポケットに入れて教室に向けて歩き出すと、突然背中に針が突き刺さった――ような感じがした。
振り返っても誰もいない。気のせいにして、再び教室に向かって歩き出した。



813 :ひどいよ!おおこうちさん ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/25(木) 22:44:22 ID:VgLGiMfZ
昼休み。桜は用事があると言って弁当を渡すと、どこかに行ってしまった。
あいつが俺と一緒に食べないだなんて珍しい。今日は学食で食べ放題パーティーでも開催しているのだろうか。
あいつも女の子だから、俺の前でガバガバ食っているところを見られたくないのだろう。――とっくにバレバレだが。

今日のおかずは豚肉の生姜焼きだった。ハンバーグだけでなく、他の料理も上手い。
大河内母といういい教師がついているから、上達も早いのだろう。
弁当を完食してから、さっそく屋上に向かうことにした。
このとき、昼休みは20分が経過していた。


『・・・・・・ガ、・・・・・・ド、・・・・・・ドス、・・・・・・ドンッ・・・・・・』

屋上へ向かう階段を上がっていると、音が聞こえてきた。
それは一段一段上がっていくたびに近づいてくる。
何か、柔らかいものを叩いているような・・・・・・肉を叩いているときの音に似ている。
一定のリズムで聞こえてきたその音が止まると、今度はどこかで聞いたことのある声がした。

「ぁは・・・・・・こ・・・で、この泥棒・・・は動・・・・・・く、なったわ・・・・・・」

桜の声、だった。――嫌な予感がする。
俺を待っている女の子。桜。肉を叩く音。

心が警鐘を鳴らしている。鳥肌がたつ。
階段を駆け上がり、屋上へ続くドアを開けた俺が見たものは――


屋上の床一面を染める鮮血と、
制服を血に染めて、ありえない方向に体の関節を曲げて動かない女生徒と、
血に染まった木刀を持ちながら、笑い声をあげる少女の姿だった。



814 :ひどいよ!おおこうちさん ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/25(木) 22:45:01 ID:VgLGiMfZ
桜が狂った。そうとしか思えない。
いくら嫉妬深いとはいえ、まさか人に危害を加えることはないと信じていた。
だが目の前にいる少女は、俺に告白をしようとした女の子を木刀で動かなくなるまで殴った。

俺の方を振り向いた桜は、返り血を浴びたまま笑顔を浮かべていた。

「ああ、先輩。ちょうど良かった。今終わったところでした。」
「っ・・・・・・終わったって、何が・・・・・・だよ。」
「泥棒猫の退治ですよ。猫らしく逃げ足だけは速かったですけど、膝の骨を砕いたら倒れて動かなくなりました。
 そこからはすぐに片がつきましたよ。もう、息の根を止めちゃいました。」
「・・・・・・さ、く、ら・・・・・・」
「ところで先輩。お弁当の生姜焼きは美味しかったですか?
 今日の出来はかなり良かったからお母さんも褒めてくれたんですよ。
 だ・か・らぁ、先輩も褒めてください。」
「おまえっ・・・・・・!」

今回ばかりは、俺の堪忍袋も緒が切れた。

「桜ァァッ!!」

床に置かれていたモップを手に取り、桜めがけて突進する。
突進の勢いをのせた横薙ぎの一閃は、木刀で受け止められた。

「せ、先輩?! いきなり何するんですか!」
「何も言うな。もうお前は――寝てろ!」

モップを離し、みぞおちに向かって全力で拳を叩き込む。
桜はそのまま脱力して、床に倒れこむ――――ことなく、前かがみのまま喋りだした。

「・・・・・・そうですか。ここで、私と手合わせをしたいっていうことですね。
 いいですよ。じゃあ――――死合い、開始です。」

そしてその体勢のまま左手で木刀を腰溜めに構えて、――――まずい
右手で木刀の柄を振り抜くのが見えた。――――しゃがめ!

ビヒュッ!

木刀を振る音ではなく、鋭い刃物が空気を切り裂く音が耳元で聞こえた。
床に落ちたモップを拾い、続く袈裟切りを転がって避ける。

右手には、真剣が握られていた。


815 :ひどいよ!おおこうちさん ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/25(木) 22:46:23 ID:VgLGiMfZ
「おまえ、そんなものまで・・・・・・」
「綺麗な刀でしょう?昨日道場の倉庫の中で偶然見つけたんですよ。
 先輩に見せようと思って持って来たんですけど・・・・・・
 まさか先輩と死会うことができるとは思いませんでした。」
「俺も、殺すつもりなのか・・・・・・」

首を傾げて考えるような仕草をしながら、正眼の構えで俺と向き合った。

「ちょっとだけ、違います。
 先輩は、私と離れたくないって言いましたよね。もちろん私も同じ気持ちですよ。
 でも先輩は私というものがありながら、泥棒猫のところに行こうとした。
 私はずぅっとずぅぅっと欲しかった先輩を手放す気は、全くないんですよ。」

俺と正面から向き合った刀の切っ先は微動だにしなかった。
だからその凶刃が俺に向かってきても、気付くことができなかった。人と人が歩み寄るように日常的に、自然に近づいてきた。

――――気付いたときには、すでに俺の左胸から刀が生えていた。

「そのためにはどうすればいいか、必死で考えました。
 先輩と一つになってしまえばいいんです。物理的な意味で。」

桜が抱きついてくる。優しい抱擁だった。俺の心臓から流れ出してくるものを全て受け止めるような。

「大丈夫です。私と一緒になれば喜びも、怒りも、哀しみも全てが楽しみに変わります。
 これからは何も心配しなくていいんですよ」

――魅力的な誘惑だ。そしてこの誘いに対する拒否権は与えられていない。

じゃあもう、いいや。あきらめて、ねてしまおう。

おやすみ。さくら。


あはっ、あはっ! あはははは! あぁっははははははははははっ!






816 :ひどいよ!おおこうちさん ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/25(木) 22:47:21 ID:VgLGiMfZ




「・・・・・・という夢を見たんだ。」
「・・・・・・そうですか。」
「お前、まさかそんなことを考えてないよな?」
「・・・・・・・・・・・・」
「なぜ目をそらす。」
「・・・・・・ちっ」
「なぜ舌打ちをする。」

桜は木刀を竹刀袋の中に入れた。

血に染まる桜・終わり
最終更新:2011年05月26日 11:09