821 :ひどいよ!おおこうちさん ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/27(土) 04:46:57 ID:N3CylHm4
~ある同級生の回想録~
私が彼に対して想いを寄せるようになったのは、一昨年の春のことだった。
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入学式が終わって、一年A組の教室で初めてのHRが行われた。
クラス担任の自己紹介の後は、クラスメイト全員の自己紹介が始まった。
こういうときの自己紹介というものはたいていつまらないし、平凡なものだ。
前の席に座っていた男子生徒の自己紹介も内容は平凡なものだったが――、
「宮内(くない)中学校出身、海原英一郎です。
中学校では剣道部に入っていました。これから一年間、よろしくお願いします」
含まれていた単語は無視できるようなものではなかった。
私が居た岩戸(いわと)中剣道部の先生と宮内中剣道部の先生は
姉妹の関係で、揃って勝負事が大好きだった。
その影響で、両校の剣道部は月一のペースで代表五人を選出し、練習試合を行っていた。
対戦方法は勝ち抜き方式。先鋒が一人で五人抜きをすることもできるルールだ。
両校のポイント差は、私が二年生になった時点で15まで開いていた。
しかし、三年になったときにはポイント差は3にまで縮み、
七月に行われた最後の試合で、とうとう逆転されてしまった。
弱小剣道部に脅威の16連勝をもたらした選手の名前は海原英一郎。
中学時代、一度会って話してみたいと思っていた人間が私の前には座っていた。
822 :ひどいよ!おおこうちさん ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/27(土) 04:48:04 ID:N3CylHm4
私の勝手なイメージでは荒々しくて粗暴な男だったが、
目の前にいる男子生徒はそのイメージとは違い、話しやすそうな相手だった。
心の準備を終えて話しかけようとした瞬間、先手を打たれた。
「えーと、違ってたら・・・・・・ごめん。
もしかして君、岩戸中の剣道部にいた?」
どこか申し訳なさそうな感じで話しかけてきた。
「え、と――うん。そうだよ。
それで、君が本当に海原君? なんだかイメージと違うなぁ。
そぼ・・・・・・じゃなくて、武士みたいな人なんだと思ってたよ」
「武士って・・・・・・俺、そんな風に思われてたの?」
「うん。部員全員がそう。だってそうでも思わないとこっちはやってらんないもん。
『宮内中の海原には合戦で無念の死を遂げた侍の霊が宿っている』っていうのが
卒業前に一番流行っていた仮説だったね。今頃は『武田信玄』とかになってるかも」
「んなあほな・・・・・・」
冗談なのに。どうやら彼は真面目な人間らしい。
「それでさ・・・・・・恨まれたりは、してなかったのかな」
「二年生の夏ごろまでは私も・・・・・・ちょっとだけ。けど、三年生になるころにはもう皆あきらめてたね。
だからそんなに気に病む必要はないよ」
「そっか・・・・・・良かったぁ。
いつか後ろから刺されるんじゃないかって内心びくびくしてたからさ」
そう言って彼は安堵したような笑顔を浮かべた。
その表情は、先刻まで彼に対して抱いていたイメージとは大きなギャップがあった。
その笑顔に不覚にもときめいてしまった私を誰が責められようか。
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それから海原君と私は剣道部に入部した。
そのまま一年間彼と部活での仲間兼クラスメイトとして過ごして、そろそろ
次の関係にステップアップしようと思っていた四月。
入部してきた後輩にいきなり彼の隣のポジションを奪われた。
823 :ひどいよ!おおこうちさん ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/27(土) 04:49:34 ID:N3CylHm4
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忌々しい。そして今まで行動しなかった自分自身が恨めしい。
あの泥棒猫は校外練習という理由で練習好きの海原君を誘惑し、
同時に一緒に帰るという約束まで取り付けてしまったようだ。
貧弱な体しか持ち合わせていないが、頭だけは回るらしい。
このままでは突き放すということを知らない彼はずるずるとあの女と親しくなっていき、
帰り道に突然振り出した雨の日なんかに、
「先輩。もう夜も遅いから泊まって行きませんか」
とかなんとか言われて無理矢理家に連れ込まれてちょうどその日は家の人が居なかったりなんかして
「先輩。まるでこの世界に二人だけしかいないみたいですね」
とかなんとか言われて本当に二人だけの世界にくぁwせdrftgyふじこlp;@:「」
まずい。それだけは防がなければいけない。
今まで海原君を満足させるために色々な本でアッチ系の勉強をしてきたというのに、
全てが水の泡になってしまう。
よし・・・・・・今日の練習が終わったあと、泥棒猫と一緒に帰る前に
明日彼とデートする約束を取り付けよう。
彼の心を先に奪ってしまえばあの女も強引なことはできないはずだ。
彼は私の数歩先を行きながら練心館へ向かっている。
私はその背中に視線で念を送りながら、歩く速度を上げた。
今日の校外練習ではくじびきで決めた相手と試合をすることになった。
私の相手は運のいいことに泥棒猫だった。
(あなたの弱点は、お見通しなのよ。)
824 :ひどいよ!おおこうちさん ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/27(土) 04:50:29 ID:N3CylHm4
『はじめ』の合図前から、わたしは勝利を確信していた。
しゃがんでいる泥棒猫の右膝が私の方に真っ直ぐ向けられている。この体勢は
『開始直後に突きを繰り出す』という合図だ。
そして『はじめ』の合図と同時に私も突きを繰り出せば、リーチの長い私の突きが
カウンターで泥棒猫の喉に突き刺さることになる。
「はじめ!」
きたっ!全力で私の突きを喉元に――
居ない。消えた。
いや、居た。開始の合図と同時に左へ跳躍し、私の突きをかわしていた。
体勢を崩して隙だらけの私に向かって、竹刀が走る――――
――さて、みなさんは剣道をしたことがありますか?
――そして、籠手の手首部分だけを思いきり打たれたことがありますか?
――私はあります。たった今、ポニーテール頭の後輩に打たれました。痛い。
その後は右手の握力が戻らず、一本目の籠手に次いであっさり面を打たれ、試合終了。
結局右手の痛みで海原君をデートに誘うことをすっかり忘れてしまい、
早々に帰宅してしまった。
現実は、予想通りにはいかない。
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825 :ひどいよ!おおこうちさん ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/27(土) 04:51:28 ID:N3CylHm4
そして現在、私は屋上で海原君を待っている。
先月、海原君と泥棒猫が付き合いだしたということをひとづてに聞いてから、
彼を奪うために練ってきた作戦を実行するためだ。
作戦名は『寝取る』。
作戦の内容は『彼と二人きりの状況に持ち込み、強引に既成事実を作り出す』。
うふふ。残念だったわね。泥棒猫さん。
彼は強引に私のものにするわ。
あなたには無い物――自慢の体――を使って、ね。
『ガチャ』
後ろからドアを開く音が聞こえた。ターゲットが到着したようね。
「うな・・・・・・っばらくん?」
振りむいても誰も居なかった。おかしいな。風で開いたのかな?
『迷子の 迷子の 子猫ちゃん♪』
歌が、聞こえた。
『あなたの お家は どこですか♪』
あの、泥棒猫の声。
『お家を 聞いても答えない♪
名前を 聞いても答えない♪』
後ろから、聞こえる。
『だって その子 生きてないもの♪
血を流してる子猫ちゃん♪』
――作戦名変更。『逃げろ』。
『町の 保健所さん♪
困ってしまって ズンドンドドン♪ ドンズンズドン♪』
――――膝が、砕けた。
826 :ひどいよ!おおこうちさん ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/27(土) 04:54:01 ID:N3CylHm4
「――ハッ!ハッ、ハッ、ハッ、・・・・・・ゆ、夢・・・・・・?」
私は今、自分の部屋のベッドに寝ていた。
「・・・・・・そりゃ、そうよね。あんなの、夢に決まってるわ」
まさかあの子でもあそこまでしたりはしないでしょう。・・・・・・たぶん。
それよりも早く寝ないと。
明日は早起きして海原君の下駄箱に手紙を入れないといけないんだから。
「海原君。おやすみなさい」
写真立ての中で笑顔を浮かべる同級生を胸に抱きながら眠りについた。
ある同級生の回想録・終わり
最終更新:2011年05月26日 11:10