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18 :あなたと握手を ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/23(火) 22:20:29 ID:bYCtaPEW
その日の夕方、大河内桜は学校の部活動に姿を現さなかった。
部員たちは不審に思ったものの、部長である海原英一郎の左手を見て事情を悟った。
憧れの先輩が練習に参加できなくなったことにショックを受けてしまったのだ、と。

剣道部員たちにとって二人は恋人同然の関係だと認識されている。
毎日校外練習のあと二人きりで帰っていることを知っているので、
未だに恋人の仲になっていないことが不思議なくらいだった。
今回のことは二人の間で解決するしかないと思った部員たちは、深く詮索しないことにした。

海原英一郎は、しばらく練習に参加できないこと、
大河内が来ていないため今日の校外練習はできないことを副部長に伝えると、
鞄を持って先に帰ることにした。



19 :あなたと握手を ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/23(火) 22:21:17 ID:bYCtaPEW
自宅へまっすぐ帰るのなら正門を出て左に曲がるのだが、
いつもの癖で右――練心館の方角――に曲がってしまった。
でも、引き返さずにそのまま歩き出すことにした。
しばらく練心館には行けなくなってしまうから、見納めをしておこうと思ったのだ。
歩きながら考えたいことも、あったから。

まず、この左手のこと。
全く動かなくなるという可能性は低いと思う。
痛覚があるということは神経は通っている、ということだ。望みはある。
ただ、竹刀を握って高校生を相手に試合ができるほどの握力が戻るとは限らない。

大学生を相手に片手で試合をする選手もいる。
彼は何年かけてあそこまで強くなれたのだろう。三年?五年?十年?
いや、同じ時間をかけても俺がああなれるとは限らない。

ならば、いっそのこと剣道を――――

やめろ。馬鹿馬鹿しい。
まだ怪我をしたばかりだ。そこまで悲観的になる必要は無い。
今は怪我を治すことに専念しろ。


次に考えるのは、大河内のこと。
心に引っかかっているのが、あの絶望を味わったような表情だ。
予想では、怪我の話をしたときに過剰に心配してくると思っていた。
しかし実際には――こう言うのも変だが――俺が死んでしまったと聞いたような反応だった。
何かが引っかかる。俺は言わなくてはいけないことを言わなかったのではないか?


そこまで考えてから、自分がいつのまにか練心館に着いていることに気付いた。

「大河内ともしばらくは一緒に帰れなくなるなぁ・・・」

そうつぶやくと、この怪我が本当に恨めしくなる。
女生徒を助けようとしたことを後悔はしていない。
ただ、あのとき怪我をしないように動いていれば。
女生徒の姿を目にした瞬間に動き始めていれば。

「・・・帰るか。」

ここにいるといつまでも自分を責め続けてしまうような気がした。
道場に向かって一礼して、背を向けた瞬間。

『オマエかァァァッ!!』

『ガッ!シャァァァァン!』

道場から女の声と、ガラスを派手に割る音が聞こえた。


20 :あなたと握手を ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/23(火) 22:21:51 ID:bYCtaPEW
ようやく見つけた。海原先輩に助けられた恩を忘れ、立ち去った女を。





昼休みに学校を抜け出し、海原先輩が事故にあった現場を見に行った。
昼の忙しい時間帯は交通量も多く、事故の痕跡を発見することはできなかった。
この中にもしかして先輩の左手を轢いた車がいるのだろうか。
許せない。歩道にいた先輩を発見することもできずにそのまま走り抜けたへたくそドライバー。

どいつだ。そこの図体だけでかい箱みたいな車か。それとも塗装の剥げ落ちている小さい車か。
違う。携帯電話で会話しながら信号待ちしている車高の低い車。たぶんこいつだ。
その汚い金髪を引き抜いて間抜け面の皮を引き剥がして左手の爪をペンチでじわじわとめくっていって手首から先の骨を粉々にしてハンバーグに入れて・・・

いや、待て。そんなことをしている暇はない。
一刻も早く例の恩知らず女を見つけて報いを受けさせねばならない。
事件の関係者が現場に戻ってくるというのは通説だ。
この場で同じ高校の女生徒を発見したらすぐに捕まえなければ。


午後二時。待ち伏せてから一時間経過。
犬を連れて散歩する人しか通らない。まだまだこれから。

午後三時。待ち伏せてから二時間経過。
黄色い帽子をかぶった小学生しか通らない。私と目が合った女の子が驚いて逃げて行った。失礼な。

午後四時。待ち伏せてから三時間経過。
ようやく同じ制服を着た女を見つけた。しかしよく見たら剣道部の女子部員だった。
今日は重い日だったから部活に参加しなかったらしい。
まぎらわしい。今度は胴を打つときにわきを狙ってやる。

午後五時。すでに四時間待っているが、それらしき人物は発見できなかった。
今日は現れないのかもしれない。
仕方がない。今日は引き上げることにしよう。



21 :あなたと握手を ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/23(火) 22:22:37 ID:bYCtaPEW
私は今、練心館の男子更衣室の中に一人でいる。何もしていない。ただ膝を抱えて座っているだけ。
自分の部屋に一人きりでは居たくなかった。
海原先輩との思い出が染み付いている場所に居たかった。
先輩に会った日から、この時間には毎日のように一緒にいたというのに。
いきなり会えなくなるなんて耐えられない。
先輩が剣道部を辞めてしまったらもう、二度と会えないなんて・・・

膝の上に涙の雫が落ちる。二滴。三滴。何度も。何度も。

寒気がする。先輩とさよならの挨拶をしたときに感じるあの寒さ。
こたつに入っても、お風呂に入っても、布団にもぐっても、この寒さからは逃げられない。
背中が震える。肩が揺れる。膝が痙攣する。歯がガチガチと音を立てる。

知っている。この寒さの正体は『寂しさ』だ。

「一人に、しないで・・・いっしょにいてくださいよぉ、せんぱぁい、ふ、うぅぅぅぅぅ・・・」

寒い。苦しい。逃げたい。もう嫌。これほどの寒さは初めてだ。

「せんぱい、・・・たすけて・・・助けて、ください・・・たす、けてぇ・・・」

視界が揺れる。脳の中がかき回される。

わたし、もうこのまま――



22 :あなたと握手を ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/23(火) 22:23:29 ID:bYCtaPEW
『誰もいないじゃん。嘘ついたんじゃねえだろうな?』

――?

男の声がした。剣道部の男子部員だろうか?でも聞いたことのない声だ。
 
『ほ、ほんとです。いつもはここで、ぁがっ!』

また別の男の声。その声は震えていた。
更衣室の窓から道場裏を覗くと、男三人と女一人がいるのが見えた。全員同じ高校の生徒だ。
男の一人は口をおさえている。さっきの声はこの男のようだ。

『いないんじゃしょうがねえ。帰ろうぜ。』
『おう。でもあの海原ってやつもしかしてその後死んじまったんじゃねえの。』
『あ、そうかも。なんかガードレールに頭打ってたし左手なんか潰れてたし。』

・・・こいつら、いまなんて言った?
『海原』『ガードレールに頭を打っていた』『左手が潰れていた』。
そして『同じ高校の女生徒』。

『死んじゃったんじゃ私の傷とケータイのお礼参りできないよね。
 ごしゅうしょーさま。きゃははは!』

ここから導き出される答えは一つしかない。
この女だ。海原先輩に助けられたくせに救急車を呼ばずに立ち去った女。
私達の仲を引き裂く原因を作った女。そして先輩を馬鹿にした女!

更衣室を飛び出し、左手に木刀を掴み、
置いてあった面を道場裏のドアに向かって全力で放り投げる!

「オマエかァァァッ!!」

ガラスが砕け散る。割れた窓を飛び越えてガラスの破片の上に着地する。
足裏にガラスが刺さるのがわかる。だが痛みは感じない。
この程度ではこの怒りを抑えることはできない。

許 さ な い。

私から先輩を奪ったお前は許さない!


23 :あなたと握手を ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/23(火) 22:24:43 ID:bYCtaPEW
いきなり窓から飛び出してきたポニーテールの女に、その場にいた四人は度肝を抜かれていた。

女は緩慢な動作で地面に落ちている面を拾い、

「な、なんだよテメげぐっ!」

左に立っていた男の、左側頭部に勢いよく叩きつけた。
男は横向きに倒れ、側頭部から血を流している。

「てめぇ!何しやがる!」

正面に立っていた男は拳を女の顔面に向かって振り下ろし――
女が盾にした面の、金具の部分を殴った。
男はその痛みに声をあげる前に股間を蹴り上げられ、
うずくまったまま、動かなくなった。

もう一人いた男は恐怖で声をあげられなかった。
それは、懸命な判断だった。
数秒で男二人を気絶させた女は、声をあげた存在に対して攻撃をする獣になっていたからだ。

大河内桜は恐怖で動けない男を一瞥し、

「こいつじゃない・・・」

顔が血の色で染まった男と、うずくまった男を見下ろし、

「こいつらでもない・・・」

自分の右で腰を抜かして倒れている女を見下ろすと、カッと目を見開き、

「おまえだっ!!!」

大音声で叫んだ。