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95 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/01/26(金) 23:51:28 ID:UnvIt1gf
 教室に如月更紗の姿はなかった。

「………………」
 いつまでも教室の入り口に立ちすくむのもあれなので、扉を閉めて自分の席にまで向かう。如月更紗が普段ぼうと窓の外を
眺めている椅子には、誰も座っていない。机の上に何も置かれてもいない。無人を主張するように、ある種の空白感をとも
なってただそこにあるだけだ。
 人の座らない椅子と机ほど虚しいものはない、と思う。誰かが風邪で休んだとき、あるいはいなくなったとき、そのたった
ひとつだけの空白はとても目立つのだ。
 ふと、何の脈絡もなく椅子とりゲームを思い出す。椅子が全て埋まっているのに、人間が一つ余っているという不思議。
椅子に意識があれば、きっとそのときの人間と同じなんじゃないかと僕は思う。
 一つだけ余っているのも。
 一つだけ足りているのも。
 それは同じことだ。向きが違うだけで、はみ出していることには変わりない――
「…………」
 なんてことをつらつら考えながら、如月更紗の席から視線をそらした。彼女との奇妙な関係はまだ
誰にも知られていない。始業ベルのなっていないこの時間、空席が一つしかないわけでもない。如月
更紗の席ばかり見ていたら、勘のいいやつには怪しまれるだろう。
 如月更紗は、学校では大人しい優等生なのだし。
 僕だって――ごく普通の、学生だ。
 周りの皆と、同じように。
 それは、即ち。
 周りの皆も――一歩見えないところでは、同じように壊れているのだろう。
「……結局、僕だって平均値なんだよなあ」
 姉さんもそうなのかな――と思いながら、席につく。
 どうも今日は思考が散漫している。朝から色々なことがありすぎたせいだろう。まだ学校に来たばかりだと
いうのに、帰って昼寝したくなる。いや、帰らなくても昼寝はできるか。一限目だけ授業に出て、ニ限目から
は寝るかな……一回や二回休んだところで対して授業に問題は出ないし。こういうとき『困るのはどうせ自分
だ』とでも呟くべきなのかもしれないが、しかし、テストで赤点をとろうが停学になろうが退学になろうが僕
は別に困らないのだった。
 姉さんがいなくなった、三年生までは在校したいと、その程度にしか考えていない。
 なんで――僕はここにいるんだろうな?
 そんなことは、誰にだって分からないのだった。
「……本格的につかれてるな」
 誰にも聞こえないように呟く。呟かなければやってられなかった。こんなこと、他の誰かに聞かれたら説明に
困るので、できるかぎり音を立てずに口の中だけで響く程度まで声を落とす。そこまでしなくても、朝のがやが
やとした教室内では目立たないが、念には念をというやつだ。
 神無士乃はいない。年代が違う彼女はここにはいない。それだけが唯一の安息内容だった。
 ――と。
 がら、と扉が開く。教室の喧騒こそ収まらないものの、何人かの視線が扉へと向かう。時間的に教師がくる可能性
もあったが、なんとなく予感があった。恐る恐る、僕も彼らと同じように扉を見る。
 案の定、如月更紗がそこに立っていた。
 朝見たとき――つまりは全裸だ――とは違う、きちんと制服を着た姿。ただし、家から出るときに持っていた巨大な
キャリーケースは手にしていない。その細い手が持っているのはごく普通の学生鞄で、あの長い鋏が握られていたりも
しない。一度自宅に帰ったかなにかして、どこかで荷物を置いて来たのだろう。
 そりゃああんな大荷物持って学校にはこれないな――と思う反面、疑問がわいた。
 自宅。
 如月更紗は、いったい何処で、誰と住んでいるのだろう。
 まさか木の股から生まれてわけでもあるまい。両親や家族はいるだろう。住む家は……まあ、無いと
言われても驚きはしない。さもありなん、と思うだけだ。
 如月更紗は、僕のことを深く知っていた。
 僕は――如月更紗のことを、何も知らない。
「…………」
 それが少しだけ、心に棘を刺した。その棘が何なのか、よく分からなかったけど。
 如月更紗は僕に一度だけ視線を向け、止めることなく視線を流した。ぼうと空の机を
見ていた僕とはえらい違いだ。一瞬視線が絡んだことなど、僕と如月更紗以外には誰にも
分からなかったに違いない。
 誰に挨拶もせず、如月更紗は教室を縦断し、彼女の席についた。話しかけるものは誰もいない。
 いつも通りの朝だった。
 いつも通りに、始業の鐘が鳴った。



96 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/01/27(土) 00:25:21 ID:zq2tTUAY
 二限目。授業をさぼって保健室に行くと
「遅かったわね」
 当然のように、如月更紗がベッドで横になって僕を待っていた。
「…………」
 つい数時間前に見た光景をデジャヴして脳がくらりと悲鳴をあげる。幸いというか、最悪にというべきか、
如月更紗は服を着ていなかった。脱いだ制服がきちんとハンガーにかけられている。上も下もきちんとかけられ
ているので、今毛布の下の如月更紗は下着姿だろう。
「偉いでしょう? 皺にならないようにしてるのよ」
 僕の視線を読んだのか、如月更紗はどこか自慢げにそういった。
 悪いが、全く自慢にならない。
「せめてジャージでも着てろよ……」
「あら、あら、あら。冬継くんは体操服とブルマがお好みと?」
「誰がそんな話をした! 僕が言ったのはジャージだ!」
「嫌よ」如月更紗は眠そうにあくびをして、「あんなものを着るのは、私の美意識が許さないわ」
「まあ、あの野暮ったいジャージがお前に似合いそうにもないことは保証してやるが……」
「ちなみに下着も着ていないわ」
「それは着ろよ!」
「私の美意識が――」
「お前のソレはただの露出癖だ!」
 首の下あたりまで毛布が被さっているため、如月更紗の言葉が真実かどうか判別するすべはない……いや、むきだしの首
筋とか鎖骨とかが見えていて、肝心の下着の紐が一切見えていないということは、少なくとも上はつけていないことになる。
朝のときといい、今といい、寝るときには何もつけないタイプなのだろう。
 しかし……学校でまで……
 僕の疑問をやはり顔から読んだのだろう。如月更紗は微笑んで、
「生まれるときと――死ぬときくらいは、余計なものはいらないと思わない?」
「…………」
「装飾品を全て削り落として、人格も全てこそぎ落して、何もかもをなくして――
 さながらチェスのように、白と赤に染まって終わりたいとは、思わない?」
「……チェスは白と黒だ」
 一応突っ込むが、如月更紗の微笑みは変わらない。僕にだって分かっている――彼女の言うところの『チェス』は、
普通のチェスではない。
 赤と白のチェス。
 言うまでもなく、不思議の国のアリスだ。
「白い肌が赤い血に染まって――ってか。寿命って線はないのかよ」
「考えられる?」
「ちっとも」
 そこは素直に頷く。
 僕にせよ彼女にせよ誰にせよ、寿命で死ぬところなど、想像もつかない。
「毛布をはぎとりたそうな顔をしてるわね」
「してねえよ! 脈絡のない嘘をさらりと言うのは止めろ!」
「毛布をはぎとりたそうな存在をしてるわ」
「存在意義すら捏造された!?」
「ちなみに私は――きっと、毛布をとりたそうな顔をしているのでしょうね」
「格好つけて言うのは構わないが、やっぱりお前のそれはただの露出癖だ」
 童話で脱ぎたがりの御姫様とかいたっけな……狂気倶楽部でのコイツの二つ名は、きっとそんな感じに違い
ない。棘姫とか、その辺が適任なんじゃないだろうか。鋏持ってるし。
「それで……なんでお前ここにいるんだよ」
 無理矢理に話を戻す。無理矢理戻さないとずるずると脱線してしまうことを、ここ数日の付き合いで思い知っている。
 つぃ、と、如月更紗は僕へと手を伸ばした。何もつけていない、付け根から指先まで肉のない細い裸腕が僕へと伸ばされる。
伸びた爪先が、惑うことなく僕を狙っていた。
「貴方が、ここにいるから、よ」
「…………」


97 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/01/27(土) 00:54:51 ID:zq2tTUAY
「話したいことがあったから、先に来てたのよ」
 眠かったしね、と冗談めかして如月更紗は付け加え、手で口元をかくして欠伸をした。
移りそうになる欠伸をどうにか堪える。この女の前で大口あけて欠伸をしたら、その口に鋏
を突き入れられる気がしてならない。
 どうせ、毛布の中か枕の下にいつもの鋏を隠しているんだろう。
「……眠いのか?」
「一晩緊張していたから」
「チェシャがくるかも、と?」
「そうね」如月更紗は頷き、「いつ貴方に襲われるかと戦々恐々と緊張していたわ」
「前後の文が繋がってねえ! そもそも自分から裸になっておいて――」
「据え膳を食べる男なのね」
「…………」
 そういわれると立つ瀬がない。実際、神無士乃がきていなかったらにゃんにゃんしていた可能性だって
なきにしもあらずなのだ。
 いい加減恥かしいので、話を戻す。
「チェシャは――人の家に平気で真夜中に襲撃かけるような常識知らずなのか」
「いえ。常識を知っているからこそ、よ」
 言って、口元を押さえていた手をするりと枕の下にもぐりこませ、如月更紗は見慣れた鋏を取り出した。
何度見ても心地良く感じない、物騒な鋏。その鋏の持つ部分に指をかけ、くるりと回して、如月更紗は切っ先
を僕に向けた。
「狂気倶楽部には、二つの原則がある。遺書を書くことと――外側と線を引くこと」
「…………」
 遺書と――区分分け?
「前者は置いておくとして……この場合の問題は後者。チェシャもアリスも、常識を知っているから、常識を知りすぎて
いるから、決して学校や人前でしかけてくることはない。けれど逆に――路地裏や廃ビルや、夜中の家や街だと、遠慮なく
襲ってくる。『日常と違う場所』という、一種の異界だから」
「異界って……同じ世界だろ」
「そう、同じ世界。けれど、違う世界だと思い込める、そういう場所が必要なの」
 これはこれは、大きな大仰な『ごっこ遊び』なのだから。
 そう、如月更紗は言葉をまとめた。
「ごっこ遊び……」
「儀式、と言い換えてもいい、そういう場が必要なの。その線を越えれば――ヤマネのように事件になる」
 また――知らない名前だ。
 ヤマネ。
 恐らくは、不思議の国のアリスに出てきた、眠り続けるヤマネのことだろう。そしてそれは、狂気倶楽部
の人名でもあるはずだ。
 そいつもまた――姉さんの事件に、関わっているのかもしれない。
 そう思うと、黙って話を聞く以外の選択肢はありえなかった。
「だからこそ今は安全で……だからこそ、今は休息を取らないと。
 今夜にでも、あの子は来るのかもしれないわ」
 ふぁあ、と如月更紗はもう一度欠伸をして、鋏を元に戻した。案外、本当に眠いのかもしれない。
「だから冬継くん」
「なんだよ」
「今日は一緒に手を繋いで帰りましょう」
「手を繋ぐ意味はあるのか……?」
「私が嬉しいわ」
「……。嫌だといったら?」
「手を繋いで帰るわ」
 そこで如月更紗は言葉を切り、にっこりと笑って、
「あなたの手を切り取って、繋いで帰るわ」
「怖いことを笑顔で言うな! 余計に怖いだろうが!」
「冗談よ」
「それこそ嘘だろ……」





98 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/01/27(土) 01:05:01 ID:zq2tTUAY
 はぁ、とため息一つ。無論それは形だけだ。
 一緒に帰ろうという如月更紗の提案は、学生同士の甘酸っぱい約束でも何でもなく、純粋に『学校
帰りに襲われる可能性がある』と指摘しているに過ぎない。僕の身の安全を保証するといった如月更
紗が下校を共にしようというのは、わからないでもない。
 同年代の女の子に守られることに抵抗がないわけでもないが……それよりも、何よりも。

 狂気倶楽部同士で食い合ってくれたほうが――僕としては、都合がいい。

「…………」
 ただ問題があるとすれば、下校を一緒に帰るということは、神無士乃を置き去りにしなければ
ならないということだ。如月更紗と神無士乃の三人で一緒に帰るなどという自殺行為をする気は
ない。それどころか、朝臭いを覚えられている可能性がある以上、引き合わせることさえ危険だった。
 そもそも、今日の放課後は神無士乃と約束があったんだっけ。
 どうしよう、と悩みながら、悩む時間を確保するために、僕は如月更紗に質問する。
「なあ、如月更紗」
 何? と首を傾げる如月更紗。むきだしのうなじと鎖骨が艶かしく蠢く。学校でこんな
姿をしてるなんて――十分倒錯的だ。一応カーテンでしきられているものの、誰かに見られたら
どうするんだ。
 ……既成事実ができるだけか。
 心の中で、心の底からため息一つ。
「お前、先回りしたって言ったよな」
「言ったね、言ったわ」
「どうして――僕が保健室にくるってわかったんだよ」
「ああ、そんなこと」
 くすり、と、如月更紗は意味ありげに渡って。
「入学したときから、ずっと見てたもの――貴方が保健室にいくときの態度くらい、覚えてるわよ」
「…………」
 ストーカー?
 ストーカー……なんだろうなあ。
 狂ってる?
 狂ってる……んだろうなあ。
 人のこと、言えないけど。
 ちょっと可愛いと思ってしまう辺り――もう駄目なんだろうけど。
 さて。
 そんな如月更紗に対して、僕はどうするべきなんだろう――――?



99 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/01/27(土) 01:07:51 ID:zq2tTUAY

A.如月更紗と時間を過ごす
B.神無士乃と時間を過ごす
C.今すぐ家に帰って姉と会う