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731 :ぽけもん 黒  トラウマとライバル ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/07/03(木) 15:39:47 ID:Wo5smDnS
 翌朝。
 窓から光が差し込む前に目が覚めた。
 ポケギアを確認すれば、時刻はおおよそ五時。
 僕も随分朝型になったものだ。
 隣で寝ているポポを起こさないように毛布からでると、一つ伸びをした。
 そしてそのままベッドから降り、香草さんの無垢な寝顔を確認してからリュックの中身を確認する。
 うん、まあ食料もまずまずだし、道具は不安といったら不安だが、早急に何か必要なレベルではないし、とりあえず買い足す必要はないかな。
 よし、と小さく頷くと、立ち上がり、部屋から出た。
 そのままポケモンセンターからも出る。ちょっと朝食の時間まで外でも歩こうと思ったからだ。
 まだ明るいというより薄暗いという感じだし、ここは田舎なので、外を歩いている人は誰もいない。
 まったく無人の道路や町を一人闊歩するのは中々気分のいいものだ。
 海岸線まで散歩して、引き返そうとしたそのとき。
 今は閉まっている海の家の陰から、緑の葉っぱが覗いて見えているのを見つけた。
「えーと、香草さん?」
 僕が声をかけると、ガラガラという何かを倒すような派手な音がそこの陰から聞こえてきて、その音に続くように香草さんが倒れて出てきた。
「な、何やってるの?」
「あ、アンタがこそこそと出て行くから、気になってつけてきたのよ!」
「何でつけてくるのさ……一声かけてくれれば一緒に来たのに」
「い、いいのよ! 私の目的はあくまでアンタが妙なもの買わないための監視なんだから!」
 頬が朱に染まっているのは朝焼けのせいかそれともか。
 妙なものって……それに、そもそもこんな時間に空いている店はこんな田舎にはないし。
「まあいいや、僕はもう帰るところなんだ。だから一緒に帰らない?」
「そ、そうね! アンタも一人じゃ寂しいだろうしね!」
「いや、僕、結構こういう静かな一人の時間って好きだよ?」
「……やっぱり、迷惑だった?」
 頭の葉っぱまで萎れさせてうなだれる。その様子はまるで母親に叱られた小さな子供のようだ。
「い、いやいや、全然そんなことないよ! むしろ嬉しいよ!」
「そうよね! 嬉しいに決まってるわよね!」
 はあ……なんだかなあ……。
 どうして彼女はこう不器用なんだろうか。
 まあ僕がこう臆病で逃げ腰なのと同じで、しょうがないことなんだろうけどさ。
 まあそういうわけで、僕と香草さんはならんで歩きだした。
 朝の日差しを味わいながら歩くこと数分。

 火災が飛んできた。

 火災は飛ぶものじゃなくて起こるものだ、とかまっとうなことを言われても困る。
 火の災いが通り魔的に飛んできたら、それは火災が飛んできた、というほかに短くて適切な表現は無いだろう。
「あつっ!」
 僕は目の前に飛んできた火炎を避けることが出来なかった。直撃していれば、少なくとも全治数週間レベルの火傷を負っていたところだろう。
 でも軽い火傷を負うくらいで、そうはならなかった。
 なぜかと言えば、実は僕が火が効かない超人だからとかそんなのではなく、香草さんが咄嗟に蔓の鞭で僕を後方に飛びのかせてくれたからだ。
「よう。相変わらず隙だらけで、その上鈍臭えな」
 そんな声が左前方から聞こえてきた。その方向を見れば、屋根の上に赤毛で黒い半袖の服にジーンズを穿いた男と、同じく赤毛で、黒い長袖の服に黒いスパッツを穿いた女が立っていた。
女の方は袖口から指のような白く大きな爪が覗いて見える。そして女は背中に燃え盛る火を背負っている。二人とも逆光で顔は見えないが、僕にはこの二人のシルエットに心当たり
――いや、そんなはっきりとしたものではない。予感、というほうが適切か――があった。
「ま、まさかシルバー!?」
 その予感に従う。人違いなら赤っ恥だが、僕はむしろそのほうがいいとさえ思っていた。
「その通り! 久しぶりだなゴールド」
 赤毛の男が一歩前に踏み出した。そのことで顔があらわになる。端正だが、不遜な顔つきをした男が、赤い長髪をたなびかせてそこに立っていた。あの火炎、そしてこいつと一緒に居るってことはつまり隣の女は……。
 予想しうる最悪の展開、そして予想しうる最も現実性の高い展開。
「何よアンタ! いきなり人目掛けて火を飛ばすなんて、一体何考えてんのよ!」
 香草さんが屋根の上目掛けて怒鳴った。その怒りも尤もである。


732 :ぽけもん 黒  トラウマとライバル ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/07/03(木) 15:41:08 ID:Wo5smDnS
「ご……ごめんなさい」
 赤い髪の女がペコペコと頭を下げながら謝った。この動作、そしてこの声……やっぱり。
「俺がそうするように命令したんだよ」
 赤毛の男は腕を組みながら堂々とそう言った。
「何命令してんのよ! それに、命令されたからってそんな命令に従ってんじゃないわよ!」
 香草さんが再び屋根の上目掛けて怒鳴った。そのツッコミも尤もである。
「すいませんごめんなさい……」
 女はただひたすらに謝り続ける。
「謝ったら許してもらえるとでも思ってるの!?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
 香草さんが怒鳴るたびに、その謝りは加速した。
「ラン、俺以外の人間に謝る必要などない」
 赤髪の男が、一切の揺らぎの無い、自信に満ちた声で女――ランを制した――いや、命令した。
「……! す、すいませんでしたマスター……」
 ランは男に謝る。しかしそれは僕達に向けられていたものとは明らかに異なるものだった。まるで、自分の全てをその男に握られているような、その男の機嫌を損ねたら破滅するような、そんな必死さが伝わってくる。
「一体あいつらは何なのよゴールド? 知り合いみたいだけど?」
 香草さんはため息を一つ吐いて、僕をねめつけてきた。
「ああ……なんというか、幼馴染というか……」
 榊シルバーと火野ラン(ひの らん)。彼らは小さいころよく遊んでいた友人――いや、親友、とも呼べるものだった。
 だった。過去形である。

 ランは僕と同じく若葉町の生まれで、昔から親しくしてきた。ある日、他の子供達と一緒に、立ち入りが禁じられていた山に入った。
しかし僕とランだけ皆からはぐれてしまった。山をさまよううちに日が暮れてきて、ランが泣き出してしまって、僕も泣き出したいほど心細かった。
野生のポケモンや虫獣に怯えながら、ランの背中の火の明かりを頼りにさまよっていると、木々が少しまばらな、開けた場所に建っていた一軒の家にたどり着いた。
明かりがついていたから入ってみれば――動転していたとはいえ、ノックも何もなしとは、僕達はよっぽど慌てていたに違いない――、そこには僕達と同じくらいの年頃の、赤毛の子供が一人で料理をしていた。
僕達に気づいた子供は驚いたが、事情を話すと快く食事を振舞ってくれて、その上一晩泊めてもらい、町までの道も教えてもらった。
その晩、いろんな話をした。その子供はずっと一人で――極まれに大人がやってきて、生活に必要なものやお金を置いていってくれるということだが――暮らしてきたと聞かされた。
今思えば、初対面の僕達にあんなに優しくしてくれたのはきっと、ずっと一人で寂しかったからに違いない。
 僕達はそれから、こっそり大人たちの目を盗んで、頻繁に彼の家を訪れて、一緒に遊ぶようになった。
 シルバーが皆を引っ張り、何かあったら僕が策を練って状況を打破し、ランはそんな二人の後をニコニコしながらついてくる。
 僕達は幸せだった――あの事件が起こるまでは。

「生きていたのか。僕はてっきりとうに死んだものと思っていたよ」
 僕はシルバーを睨みながら、皮肉交じりの言葉を投げる。
「言っただろ? 俺様は世界で一番強いんだ、死ぬわけが無い」
 彼はその皮肉をなんでもないように流した。
 ああ、その言葉を昔の彼は口癖のように言っていたっけ。実際、彼は無敵だった。そこまで強いポケモンは出ないとはいえ、山にでる野生のポケモンをいつも一人で負かしていた。
一度数メートルの小さな崖から落ちたけど、何事も無かったようにケロッとしていたときなんて、シルバーは本当に人間なのか? と疑ってしまったものだ。
「それどころか、お前も殿堂入りを目指す旅に参加してるのか」
 まさか、とは思ったが、状況的にそう考えてしまう。
「おう」
 返事はやはり肯定。だが、そんなことはありえるはずがない。
「どうやって? 人殺しで人攫いのお前が!」
 僕はありったけの憎しみを込めてシルバーを怒鳴った。


733 :ぽけもん 黒  トラウマとライバル ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/07/03(木) 15:41:56 ID:Wo5smDnS
 僕を見ていた香草さんの表情が変わった。人殺しや人攫い、という物騒な語に反応してか、それともいつもの僕にはありえない、棘剥き出しな口調に反応してか。

 ずっと野生のポケモンや害獣が出る場所で一人で暮らしてきたせいか、シルバーはとてもナイフの扱いが上手かった。
遊んでいたときに、何回それに助けられ、どれだけ僕がシルバーのナイフの腕を見込んだ作戦を立てたことか。
だが、今となっては、頼りにしていた彼のナイフの技術は、ただ憎いだけのものとなってしまった。……彼がナイフなんて使えなければ、彼は人を殺さずにすんだはずなのに。

「どいつもこいつも弱っちくて困る」
 彼は何かを――自分以外の全てかもしれない――バカにするように言い捨てた。
「……そうか、やっぱり力ずくでか」
 状況的に考えて、彼が旅に参加するには担当官の脅迫か懐柔しか考えられない。彼に懐柔を行うほどの智謀や回りくどさはないだろう。彼はいつも実力行使あるのみだった。
「弱い奴に生きてる価値はねえからな」
「また殺したのか!」
「熱くなるなよ。別に殺しちゃいねえ。弱すぎて殺す気にもならなかった。お前は、どうだろうな。バトルといこうじゃねえか」
 やはり、行ったことは脅迫か。でも、そんなことは今僕には関係ない。
「言われなくても、だ。ランは力ずくでも取り戻す!」

 あの晩。僕の全てに重い枷をつけることとなったあの事件の起こったあの日。
 僕とランはいつものように親の目を盗んでシルバーの家に遊びに行った。すると、普段は真っ暗はなずの森がやけに明るい。その明るさは、彼の家に近づいていくにつれて増していく。彼の家にたどり着く前に、分かってしまった。
 彼の家は、燃えていた。
 木製だった彼の家は轟々と燃え盛り、その付近を昼間のような明るさと、真夏のような暑さで照らしていた。
 僕とランは呆然と立ち尽くした。いつの間にか、隣には警察官達がいた。警官だったランの父親も。
 そして聞かされた。シルバーはロケット団の偉い人の息子だったのだと。そのため、話を聞くために来てみれば、ナイフによる抵抗を受け、その上家に火を放ったのだと。誰も中に入れないから、今説得を試みているので、協力してくれ、と。
 僕とランは悔いた。きっと彼の家がばれたのは、僕達が後をつけられたからだと。そのために、シルバーは今こんな酷い目にあっているのだと。
 僕達は必死に説得をした。もう一秒でも彼に辛い思いをして欲しくなかったからだ。
 火は一層勢いを増し、火に対して耐性のあるランとランの父親以外――もちろん僕もだ――は数十歩下がった。
 僕は、今でもこのことを後悔している。ランの父親は無理でも、せめてランも一緒に下がらせていれば、と。きっと、僕が逃げ腰なのは、このとき逃げることが不十分だった、という認識がトラウマになっているからに違いない。
 突然、家が爆ぜた。黒煙と火の粉があたりに降り注ぎ、僕も、他の警官も反射的に目を瞑ってしまった。そして目を開けたときには、血まみれのシルバーが、同じく血まみれで倒れている嵐の父親の前に立っていた。
 彼は動こうとした警官達を、父親の返り血を浴びて真っ赤になったランにナイフをつきつけることで制した。ランは震える手で、自分からナイフを少しでも遠ざけようと、シルバーがナイフを持っている手を押さえている。
 そして、続けざまに起きた、二回目の爆発。その爆発の後、目を開けたときにはもう誰もいなかった。
 消火後、焼け落ちた家の下から抜け道が見つかったが、必死の捜索もむなしく、誰も見つけ出すことは出来なかった。
 この事件から数日後、ランの母親は精神を病み、死んでしまった。

 きっとランがシルバーから逃げずに従っているのは、今までの生活によって刷り込まれたシルバーに対する恐怖のせいに違いない。ならば、僕はシルバーを力ずくで倒して、ランを救い出さなくてはならない。
 それが、あの日のランと、ランの両親に対してできる唯一の贖罪であり、あの日から常に自分を責め続ける冷罵から逃れる唯一のすべだからだ。
 一部施設を除いた市街地でのバトルも、バトル時のトレーナーへの攻撃も、安全上の理由から、人、ポケモン問わず禁止されている。でも、そんなルールを律儀に守っていられる事態ではない。
「香草さん、協力して欲しい」
 はっきり言って、これは僕の問題だ。こんなことに香草さんを巻き込みたくは無い。でも、僕は酷く非力だ。彼女の力を借りねばならない自分が憎い。
「言われなくても! 事情は知らないけど、やられっぱなしで引き下がれるもんですか!」
 香草さんはそんな僕の心情を理解して、そして気にしなくていい、と言ってくれるように、力強く肯定してくれた。


734 :ぽけもん 黒  トラウマとライバル ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/07/03(木) 15:42:55 ID:Wo5smDnS
 二人と二人で暫し向かい合い、にらみ合う。その膠着を破って、先に仕掛けてきたのはシルバーだった。
 ――尤も、それも僕の思惑通りだった。短気でせっかちなシルバーが長々と探りあいだのなんだのするはずがない、ということを理解していたからだ。初手が相手から来ると分かっていれば、問題なく対処できる。そして初手を打ったことによって生まれた隙をまんまと叩ける。
 シルバーはナイフを二本投擲してきた。香草さんはそれを蔓の鞭で叩き落す。
 やっぱり、アイツは僕を攻撃することに何の躊躇いも無い。でもその方が心置きなく攻撃できる分、やりやすいというものだ。……と言っても、僕は武器なんて元々持っていないのだけれど。あ、十得ナイフならあった。……とてもバトルの役には立ちそうも無いけどさ。
「ラン目掛けて蔓の鞭!」
 香草さんの蔓の鞭がランに迫る。ランを蔓の鞭で絡めとって、そのままこちら側に助け出す!
「ラン、火炎車」
 しかしランは炎に包まれ、迫った蔓を焼き切った。……当然服が燃えたりすることはない。炎ポケモンの服は基本的に耐火仕様だ。
それでも、常に強い熱に晒され続けていればいずれダメになってしまうため、あまり熱い部分には基本的に何も纏わない。ランの場合、常に燃えている背中の部分の服がポッカリと切り取られているはずだ。
「シルバー目掛けてハッパカッター!」
 シルバーに数十枚の鋭く磨かれた葉っぱが高速で回転しながら迫る。いくらシルバーがナイフの名手とはいえ、これを捌ききれるわけが無い。
「ラン、そのまま俺の前に立て」
 だが、火炎に包まれたランがシルバーの前に移動したことでハッパカッターは焼かれ、二人に届かない。
 しかしそんなことは予測済みだ。
「蔓の鞭でランの足を絡め取れ!」
 この位置ではシルバーはランが邪魔で攻撃できない。それに、足付近はさすがに火力が弱い。僕の予想通り、蔓の鞭は焼き切られず、ランの足を絡めとった。
 やった!
 そう思ったのも束の間、体勢を崩す前にシルバーのナイフで蔓を切られてしまった。
「ラン、火炎放射」
 シルバーの命令を受けて、ランの胸部が眩く輝き始めた。
 その様子を見て、僕は愕然とする。
 火炎放射といえば、極熱の劫火で対象物を焼き尽くす、炎系上位の技だ。そんなものを使えるなんて……レベルが違いすぎる。
 しかし絶望に浸る暇も無い。対処法を考えねば灰燼に帰すのみだ。喰らったら、下手したら人間の僕なんか骨も残らないだろう。
 そして運の悪いことに香草さんは草ポケモン、ガードは期待できない。家の陰に隠れる? 
いや、一番近い建物でも、香草さんに指示を出して二人とも隠れ終えるまで五秒はかかる。間違いなく逃げてる最中に黒こげだ。
しかも、そんなことをしたらあの悲劇を繰り返すことになりかねない。ハッパカッターに蔓の鞭? 
いや、両者とも届く前に放たれた火炎に呑まれ、消し炭になるのがオチだ。眠り粉? 
……ありえない。相手は屋根の上だぞ? 届くはずが無い。怪しい光曳光弾? 
ダメだ、リュックはポケモンセンターだ! 糞! なんでリュックを置きっぱなしにしてたんだ! なんでポケットに入れておかなかったんだ! ……待てよ、ポケット?
 火炎放射はまだ不完全だったのか、溜め時間が長かった。……と言ってもほんの数秒だが。だがそのことが幸いした。僕に考える時間をくれたのだ。
 僕は咄嗟にポケットに入れておいた煙球を、僕の数メートル前で炸裂させた。
 と同時にランの胸部に溜められた炎熱が開放され、僕達目掛け飛来した。
 しかし煙球によって酸素を減少させられた空気は火炎の燃料となることは無く、火炎を僕たちまで届かせることは出来なかった。
 余波の熱風を浴びながらほっと胸をなでおろした。
 その瞬間。
 左足に鮮痛が走った。煙の向こうから投擲されたナイフの一本が、僕の足を掠ったのだ。
 血が噴出す傷口を、左手で抑える。
「ゴールド!」
「大丈夫だ! それより、さっきと同じ位置にハッパカッターだ!」
 慌てて僕に駆け寄ってくる香草さんを制して、命令を出す。
 ハッパカッターの風圧で煙が晴れた。しかし火炎に包まれたランのおかげで、二人は無傷。そのことが分かったのみ。
 薄笑いを浮かべ、余裕の表情で見下ろすシルバーと、歯を食いしばり、悲痛な表情で見上げる僕。


735 :ぽけもん 黒  トラウマとライバル ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/07/03(木) 15:43:51 ID:Wo5smDnS
 しばらく、そのままにらみ合う。
 が、その緊張は、警笛によって崩された。
「コラー! 市外地でのバトルは禁止されています! 直ちにやめなさい! それとそこの少年少女! 屋根の上から下りなさい!」
 婦警さんが警笛を吹き鳴らしながら、猛然と道路を走ってこちらに迫ってきていた。
「チッ、邪魔が入ったな。運のいいやつめ。……また会おう。尤も、お前がリタイアしなければの話だがな」
 シルバーはそう言い放って、こちらとは反対側に飛び降りた。ランも後を追うようにそれに続いた。
 痛む足を引きずって、家と家の間を通り抜け、反対側にくれば、もう二人は『穴を掘る』で逃げ出した後だった。
下水管に逃げられると、追うのはもはや不可能だ。
今すぐ追えば間に合う? いや、待ち伏せされていて、穴を覗き込んだ途端にグサリ、という可能性もあるし、最低限、なんらかのブービートラップくらいは仕掛けてあるだろう。そういう奴だ、シルバーは。常に冷徹で、抜け目無い。
「っはあ……」
 僕はその場に倒れこむ。
「大丈夫!?」
 香草さんが慌てて僕に駆け寄ってきた。
「少年、怪我をしているじゃないか。事情聴取は後だ、ポケモンセンターに急ぐぞ」
 婦警さんはひょいと僕を背負う。男としての立場は無いが、この傷でポケモンセンターまで歩くのは辛いので、ここは甘えとこう。


「これでよし、と。今回は大した怪我じゃなかったから良かったものの、あんまり無茶はしちゃ駄目よ」
 女医さんが、包帯を巻いた僕の左足の腿をパンッと叩いた。痛みに思わず顔をしかめる。
 ポケモンセンターはポケモン、とは掲げてあるものの、当然普通の人間に対する医療設備としての側面も持っている。切り傷の治療程度は、仕事がなくてぼーっとしているより楽だ、というくらいに簡単にこなしてしまう。
 怪我は全治一ヶ月だが、補助無しで普通に歩いても大丈夫な程度のものだということだ。当然、激しい運動は禁止だが。
 今この診察室にいるのは僕と女医さんと婦警さんの三人。
香草さんには、ポポが起きたら部屋には誰もいなくて、しかもいつまでたっても誰も帰ってこなくて不安に思うと悪いから、ということで事情を説明しにいってもらっている。
「無茶以前に、市街地でバトルなんて一体何を考えているんだ!」
 と、そのときちょうど香草さんが帰ってきた。診察室に戻ったらいきなり怒鳴り声とは、彼女もタイミングが悪いもんだ。
 場違いなのに、一瞬気が緩んでしまった。僕はそんな自分を叱責し、気を引き締めなおす。
「アイツは人殺しの上に人攫いなんです!」
 婦警さんの怒声に突っかかるように僕は怒鳴った。
「人殺しに人攫い? まだ子供じゃないか」
 当然、そんなことを言われた婦警さんはキョトンとしている。
「子供でも、ロケット団の人間です」
 団員、とは言っていない。だから間違ったことを言っているわけではない。
「ロケット団だと! 少年、詳しい話を聞かせてくれ」
 ロケット団、と聞いて彼女の顔色が変わった。最近ロケット団が復活した、という噂もあるし――僕達は実は遭遇して、しかも撃退しているわけだが――、その手の話題には敏感になっているのだろう。
 僕はあの事件の話をかいつまんで説明した。
 婦警さんは驚いた顔をし、香草さんに到っては、どう僕に声をかけたらいいのやら、という感じでオロオロしている。
「そうか……よし、榊シルバーだな。顔は見た。人相書きを作って全国の警察に回そう」
「よろしくお願いします」
 一応、形式的に頭を下げておく。しかし、僕は警察に何か期待している、というわけではない。
「しかしだな、そんな事情があっても、いやあったら尚更市街地でバトルをすべきではなかっただろう! 君達の命どころか、町の人の命だって危険に晒したんだぞ、君は! 彼と同罪になりたいのか!」
 さっきと雰囲気はうってかわり、婦警さんは説教モードにトランスフォームだ。
「……すいません」
「今度からそんなことがあったら、逃げ出して、ちゃんと私達に助けを求めてくれ。分かったな?」
「……はい」
 僕はこの後、全自動肯定マシーンとなって巡査の話を聞き流した。


736 :ぽけもん 黒  トラウマとライバル ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/07/03(木) 15:44:38 ID:Wo5smDnS
説教が終わるころにはもう朝食の時間はすっかり終わっていて、僕達は朝食を食べそびれてしまった。やらされたことといえば、一発で呼び出せるようにと、ポケギアにしっかり警察署の電話番号を登録させられたことくらい。
 どうせ警察は大したことはできない。きっとあの悲劇を繰り返すだけだ。この町の警官にも、きっと家族はいるはずだ。……それならば、そんな目に遭うのは僕のほうが――僕だけでいい。
 ……とは言っても。
「ごめん」
 僕は香草さんの正面に立ち、床が見えるくらい深く頭を下げた。
「どうしたの?」
 香草さんは意味が分からない、というように戸惑っている。
「香草さんを巻き込んでしまって。僕の命が危険に晒されるのは勝手だけど、僕の勝手で香草さんの命まで危険に晒させてしまった」
 ホントに、自分の非力が恨めしい。
「バカ」
「……本当にごめん」
 ああ、はやり怒られてしまった。一体どうやって謝罪をすればいいのやら。まさか、もう契約解消だ! なんて言い出されたらどうしよう。
「ああもう、ホントにバカね。いい、あなたが勝手に死んだら私が迷惑するのよ! パートナーをみすみす見殺しにした、なんて後ろ指差させたいわけ!?」
 あれ? 香草さんはまったく僕の思惑と異なったことを言っている。しかもちょっと顔が赤い。
「誰も責めたりなんてしないさ。少なくとも表面上は」
 僕も混乱して、言うべきではない言い訳を口にしてしまう。
「いちいちうるさいわね! 私と契約した時点で、アンタの命はアンタの自由に出来るもんじゃなくなったの! 分かった!? 分かったなら今後も巻き込みなさい!」
 言い切ると、香草さんはフイッと顔を背けた。でも耳が真っ赤なのが余計よく見えるよ、香草さん。
「そんな横暴な……」
「私は分かったかって聞いてんの」
 香草さんの手首から伸びた蔓が僕の首に巻きつく。ちょっと力を入れれば僕の首は……。
「わ、分かりましたですはい」
「よろしい。じゃあ部屋に戻りましょう」
 途端に香草さんはニコニコして、僕の手を引いた。腿が痛いからそんなに急がせないで欲しいな……。
 でも、その空気は不思議と心地よかった。