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177 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/01/31(水) 23:40:54 ID:C6nX4lQD

「……話したいことっていうのは、他にはないのか」
 言って――僕は如月更紗の隣、白いベッドの上に腰掛けた。学校の保健室のベッドなんて、
そんな大そうな大きさを持っているわけではない。一人用の、こじんまりとした安物ベッドだ
。手を届くまでもなく、如月更紗と毛布ごしに身体が触れてしまう。毛布の下に何もきていな
いと考えると、色々こう、心にくるものがあるが――その辺は勤めて考えないようにする。
 如月更紗の黒い髪が、黒く長く綺麗な髪が、白い毛布の上に広がっている。その内の一房を
、特に意味もなく手にとる。手の中を流れていく柔らかな感触があった。
「今なら……なんでも聞いてやるぞ。どうせサボったついでだ」
 元々――授業はサボるつもりだったのだ。なら、隣のベッドで寝るのも、如月更紗の話を聞
くのも同じことだろう。
 だったら、話くらい聞いてやってもいい気がした。
 今は――そんな、気分だった。
 如月更紗は、僕に提案に、ベッドに横になったままかすかに微笑み、
「冥土の土産に教えてやるぜ――という奴かしら」
「お前の中の僕はどれだけ外道な奴なんだよ!?」
 保健室で寝ている同級生の寝込みを襲うような奴に見えるのか……? 冗談ならばともかく
、真顔でうん、と答えられたら恐らく一生モノのトラウマになることだろう。
 如月更紗はしばらくの間真顔で考え込み、
「……メイドに土産を教えてやるぜ?」
「何を教えるんだ何を」
「それは勿論、勿論のことナニを――」
「そういうオヤジみたいなことを言うな!」
 裸の同級生にオヤジ発言をされると、倫理観が崩壊しそうだった。
 元から崩壊しているかもしれないが。
「冬継くんはメイド服、好きなのかしら?」
「え、話そっちに飛ぶの? さっきまで僕ら真面目な話してなかったっけ」
「言っておくけど、言っておくけれど、メイド服とゴスロリ服は違うわよ」
「……?」
 意図が分からない。
 意図ではなく、意図がわからない。
 はてなマークを浮かべる僕に、如月更紗はどこか陰鬱そうに言葉を続けた。
「似たような服でも、職業制服と精神論では大違い――ということね。忠告しておくけれど、
人によっては同一しただけで怒るわよ」
「怒るのか」
 ウィキとウィキペディアを混合すると真っ赤になるような人と似たようなものだろうか。
「怒るどころではないわね。例えば私の知り合いに《逆転ビーバー》という人がいるけれど」
「また愉快な二つ名の友人がいるんだな」
「いるけれど。その人の前でそんなことを言って――生爪を剥がされた人がいるわ」
「…………」
 生爪。
 生爪を――剥がす。
 想像しただけでも痛い、絶対に想像したくないことだった。まだナイフを腹で刺されるとか
、屋上から突き落とされるとかの方が想像としてはマシだ。爪剥ぎという行為は、妙にみみっ
ちくて現実味があるせいで、余計に痛そうに感じる。
 逆転ビーバーがどんな人間かは知らないが、会いたいとは思わなかった。下手なことを言っ
ただけで爪をはぐような相手とお知り合いになりたいとは思えない。


178 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/01/31(水) 23:42:07 ID:C6nX4lQD
「ちなみに、同じ場で『脱がせば一緒のことだね』言い放った人もいるわ」
「お前だろ、それ」
 間違いなく、お前だ。
 お前以外にいるとは思えない。
 というか、いてほしくない。
「そういうわけで冬継くん、貴方はメイド服とゴスロリ服、どちらが好きなのかしら?」
「僕? 僕は――」
 不意の質問に考えてしまう。
 メイド服。
 ゴスリル服。
 考えたこともなかった。どちらがいいとか、そういうことを考えたことは全くなかった。
 姉さんは――そういうことに、無頓着だったから。
 少なくとも、家の中では。
「……姉さんは」
「?」
「姉さんは、狂気倶楽部では――」
 どんな服を着ていたんだよ、と言いかけて。
 め、と、如月更紗の人差し指が、すばやく僕の唇に添えられた。
 それ以上話してはいけないと、瞳が語っていた。
「その名前は――外で、気軽に口にしていいものではないの」
「…………」
「秘密中の秘密。抱えたまま死ななければならない。もし狂気倶楽部に終わりがくるとすれば
――それは間違いなく、一蓮托生なのだから」
 その言葉は、きっと何の誇張もないのだろう。
 調べた限り、狂気倶楽部にいる人間は、誰も彼もが傷を負っている。
 それは、
 身体の傷だったり、
 心の傷だったり、
 それ以外の傷だったりする。
 共通するのは、誰もがまともではいられなかったということだ。もし狂気倶楽部という場が
なくなれば、それだけで暴走してしまう人もいるだろうし――無秩序めいた秩序が崩壊するこ
とによって、暴走する子も出てくるに違いない。

 陽が沈めば、おままごとはお終い。

 ふと。
 全てが終わった後でも、如月更紗は、変わることなく生きていくのだろうかと、そんなこと
を思ってしまった。
「……いいのかよ、そんなこと言って」
「ん?」
「僕の願いは――狂気倶楽部の破滅かもしれないんだぜ」
 姉さんを殺した奴の破滅を願っている。
 姉さんを殺した奴らの破滅を願っている。
 それが、狂気倶楽部そのものに向かないとは、自分でも言い切れない。むしろ、姉さんがい
なくなってしまった以上、何もかもを道連れにしたいと――考えていないといえば、嘘になる

 考えてしまえば致命的になってしまうので、考えないようにしているけれど。


179 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/01/31(水) 23:43:07 ID:C6nX4lQD

「ああ、ああ、ああ! なんだ、そんなこと」
 如月更紗は、本当に、心の底からどうでもよさそうに言った。
 存続も滅亡も。
 生も死も――関係がないと、言うかのように。
 如月更紗は、言い捨てる。

「それもまた、面白いわね」

 ぞくりと、した。
 横になったまま、僕を見上げている如月更紗の言葉には、微塵も嘘が含まれていなかった。
いつもの韜晦でも、冗談でもなく、真に面白いと言い捨てているのだと、如月更紗の瞳は告げ
ていた。僕を見つめる瞳がそらされることはない。揺れることもなく、惑うことなもく。
 如月更紗の瞳は、にやにやと、にやにやにやと、笑っている。
 楽しそうに、笑っている。
 ――ああ。
 今更に、思い出す。
 今更に、思い知らされる。
 こいつもまた、狂気倶楽部の一員なのだと。
 そんな僕の心境に気付くこともなく、如月更紗はいつものように微笑んだ。
「まあ、私は臆病だから……沈む船から逃げさせてもらうけれどね」
「脱兎の如く――ってか。お前はウサギじゃないんだろ」
「そうね。今のウサギは、あの兄妹。それに冬継くん、一つ言わせて貰うけれど、沈む船から
逃げるのはネズミよ」
「そうだったっけか?」
 脱鼠の如くって言葉は無かったような……ああそうか、そもそものことわざが違うんだ。あ
あれはもともと、沈む船からは鼠が逃げていくという、そういった伝承を元にしていたはずで、
脱兎の如くとはまったくの別物だ。
「もっとも、あの勇敢な鼠の騎士は、最後の最後まで船に残って……ついには東の海の果てに
まで、いってしまったけれどね――」
 そう言葉を結んで、話は終わりとばかりに、如月更紗は瞼を閉じた。口実ではなく、本当に
眠かったのかもしれない。
 あまり邪魔するのもあれなので、僕はベッドから離れようとし、
「――――」
 離れようとした裾を、毛布の腋から伸びる、如月更紗の手がつかんでいた。
 立ち上がろうとした微妙な姿勢で僕は止まり、ぎぎぎと、音のしそうなほど不自然な動きで、
如月更紗を見る。如月更紗は、まるでウィンクでもするかのように、片目だけを開けて僕を
見ていた。
 瞳は、楽しそうに笑っている。
「おやすみなさい」
 笑ったまま、如月更紗はそういった。けれど手は離さない。ここにいろ、ということなのだ
ろう。
 どうしようか、悩むまでも無く。
 ため息を一つ吐いて、僕は再び、如月更紗の横に腰掛けた。そして如月更紗の髪を、いつの
日にか姉さんにしたように撫でて、僕は言う。
「ああ、おやすみ」
 僕の言葉に満足したのか、如月更紗は片目を閉じて、今度こそ眠りについた。暫く待つと、
すう、と、安らかな寝息が聞こえてくる。
 こうしていれば――普通の同級生にしか、思えないのに。
 僕も、こいつも、普通の高校生にしか見えないというのに。
「…………ふう」
 ため息を一つ吐いて、僕は如月更紗の髪を一房つかんだまま、彼女に沿うようにして上体を
倒した。
 今くらいは、何も考えずにゆっくりと休みたかった。