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200 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/02(金) 02:13:44 ID:7Ww8SaUH

 いい天気だった。
 どうしようもないくらいにいい天気だった。真上に太陽があるせいで、余計にそう思う。遠
くに流れる雲はあるものの、夏の近づく空は遠く遠く遠くにまで蒼い。あの空を泳げたらさぞ
かし気持ちがいいだろうとがらにもなく思う。それほどまでに、いい天気だった。
 太陽が真上にあるせいで、陽射しが余計に強く感じた。じりじりと、コンクリートから照り
課す熱を感じる。
「……昼間だから当然だよな」
 虚しい独り言を言うが、虚しさに変化はなかった。むしろ言葉に出したせいで、感じる必要
のない物寂しさまで覚えてしまった。
 横に立つ如月更紗が、突如立ち止まって空を見上げて独り言を呟いた僕を見遣り、暑さを感
じさせない淡々とした声で言う。
「悲しい姿ね」
「お前が言うなよ」
「さもしい姿ね」
「お前が言うなよ!?」
「いやね、いやだわ、冬継くん。さもしいにはえっちぃとかそういう意味は含まれてないわよ」
「お前自覚してんじゃねぇか……」
 ちなみにさもしいの意味はいやしい、浅ましいであって、この場合どちらにも当てはまらな
い。
 空を見るのが虚しくなってきたので、視線を地に落す。
 隣に、如月更紗がいる。
 周りには誰もいない。広い道路の上にいるのは、僕ら二人だけだった。
「なあ、如月更紗」
「なぁに、冬継くん」
「……どうして僕はお前と手を繋いで下校してんだ?」
 ぐい、と右手をあげて言う。あがったのは僕の右手だけではない。つられるように、繋いだ
如月更紗の左腕もあげられた。普通の握り方ではない。指と指を交互に絡める、俗に言う恋人
繋ぎだ。如月更紗の指は体温が低いのか、触れていて心地良いくらいに冷たい。だから、繋ぐ
ことは不快ではないが――さすがに恥かしい。
 学校を出るなり、自然と、ごく自然に、恋人同士がさりげなくやるように、不自然さの欠片
もなく如月更紗から手を繋いできたのだ。あまりにも自然すぎて、数十メートル歩くまで手を
繋いだことに違和感を感じなかった。
 如月更紗は繋いだ手を『今気付いたわ』という顔を見て、
「……右手と左手、逆の方が良いの?」
「そういうことを言ってるんじゃねえ」
「でも、駄目」
 ふるふると首を振り、如月更紗は重苦しい口調で言った。
「右手は、繋ぐわけにはいかないの」
「……どうして?」
 嫌な予感がしつつも、訊く。どうせろくでもない返答が返ってくるのだろうが、万が一、億
が一くらいの確率で、マトモな返事が返ってくるかもしれない。
 問いかける僕の顔を、僕よりも少しだけ背の低い如月更紗は、かすかに顔を上げて微笑んだ。
 幸せそうな、微笑みだった。
「右手で鋏がもてないじゃない」
「本当にろくでもない理由だった――!」
 この女、左手で確保して右手で斬る気か。
 何から何までやる気満々だった。
「左手でも扱えるけれど――右手の方が速いもの」
「ああそうか分かったからちょっと黙れお前」
 はぁ、とため息一つ。万事がこの調子なので、もう大分慣れてしまった。
 手を繋ぐのは嫌ではないので、このまま放っておいてもいいだろう。
 どうせ、見ている人もいない。


201 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/02(金) 02:14:14 ID:7Ww8SaUH
「昼間の道ってほんと人いないな……」
 辺りを見回しても、誰の人影もない。登校の時間でも、下校の時間でもない。
 太陽が真上にある――即ち、真昼だ。普通の人間なら、食事をしている時間。
 勿論学生がその範疇から外れるはずもない。今頃、普通の生徒ならば学校で食事をとってい
るはずだ。高校の同級生たちは弁当を。神無士乃たち中学生は、給食を。
 食べていないのは、普通ではない学生だけだ。
 たとえば――学校をサボって、昼から帰るような。
「なんか堕落した気分だ……」
 二限目から授業をサボっただけではなく、その後も全部サボるとは、堕落したと言われても
否定しようがない。
 実際、保険の神薙先生には『貴方は堕落しました』とはっきりと言われてしまった。それも
これも、如月更紗のベッドで横になったのが悪かった。ちょっと休むだけのつもりが、気付け
ば寝入ってしまって――起きたときには、なぜか上着が剥ぎ取られ、裸の如月更紗と同衾して
いた。
 神薙先生が、生徒の健康状態以外に何一つ興味を持たない人間でなかったら、間違いなく問
題になっていただろう。いや、それ以前にカーテンをめくってベッドを覗き込むような興味心
の強い生徒がいれば、それだけで一環の終わりだ。二度と学校にいけなくなる。 
 というか、如月更紗と噂のたっている学校なんて、死んでも行きたくない。
 起きたときにはもう昼だったので、午後の授業を受けるのも面倒になり、結局学校をサボる
ことにしたのだが――当然のように、如月更紗はついてきた。
「堕落なんて、そんなわけはないよ」
 如月更紗が、まるで僕を赦すかのような笑みを浮かべて、言う。
「最初から底辺じゃない、私たち」
「僕を最底辺扱いするなよっていうか『たち』ってなんだ『たち』って! 僕はな、――」

「お前らと、同類になったつもりはない?」

 にやにやと――笑いながら、如月更紗は機先を制したように、そう言った。
「…………」
「同類、同類、同類ね。あんな姉に懸想して、こんな私に懸想されて。そんな心で、一緒でな
いと?」
「…………」
 僕は――答えられない。
 これだ。
 如月更紗のやっかいなところはコレなのだと、短い付き合いながらも悟ってきた。切り替え
氏が速い。ふざけたような態度の中に、鋭い皮肉が混じっている。くるくると表情を変えて、
人がもっとも切り込まれたくないところに話を飛ばす。つねに他人を観察して、隙を狙ってい
なければ出来ない芸当だ。
 微笑みの裏側に――にやにや笑いがあるようなものだ。
「同じ穴のむなじ、ということよ」
「……回文っぽく聞こえるがむじなの間違いだ」
 ただ、本気でボケてるのか、本音でボケているのか、たまに判別がつかない。
 まあ――どちらでも、同じことだ。
「僕やお前や姉さんが同類かどうかはともかくとして、同類項でくくられるのは確かだろうか
らな……正確には、『仲間になった憶えはない』だ」
「それなら正しいわね」
 にっこりと、満足したように如月更紗は笑う。
 ――ふと、思う。
 あの日屋上で、如月更紗は僕の身の安全を保証するといった。
 けれど。
 僕の仲間になるとは――一言も、言っていないのだ。
 如月更紗。
 よく考えてみれば。
 狂気倶楽部の一員とさえ、名乗っていないのだ。
 こいつが敵か味方なのか、そもそも何を目的としているのか、調べる必要があるのかもしれ
ない。


202 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/02(金) 02:14:44 ID:7Ww8SaUH
「流石にこの辺りは人が多いわね」
 言いながらも、如月更紗は手を離さない。制服を着た男女が――さすがに如月更紗は服を着
ている――手を仲良く繋いで真昼間から歩いているのは少しだけ目立つ。幾人かが、口元に笑
みを浮かべながら僕らを見ていた。
 ……手を振り解きたい。
 しかし――そんなことをしたら、間違いなく鋏が閃く。今も如月更紗の背中には、あの三十
センチものさしを組み合わせたような馬鹿でかい鋏が隠されているのだ。
 あの鋏、本気で振ったら首でも撥ねれるんじゃないだろうか。
「平日の昼間でも、無人の街だったら怖いだろ」
 軽口を飛ばしながら、周囲を見回す。学校前の長い坂道を降りきって、大きな道路に出たの
だ。片道ニ斜線の道路は交通量が多く、街路樹に沿うようにして歩道が作られている。しばら
くこの歩道沿いに歩いて、信号を渡り、反対側の駅方面へと歩くと自宅に到着だ。
 如月更紗を手を繋いで歩道を歩くのは、ある意味羞恥プレイに等しかった。
 まあ、こいつ綺麗だから、そこまで嫌な気はしないけど。
「……黙っていれば薄幸の美少女って感じなんだけどな」
「醗酵した美少女?」
「どう考えてもゾンビだそれは」
「納豆星人かもしれないわ」
「そんな奇妙な奴に『美』なんてつけてたまるか!」
 思わず突っ込むと、すれ違ったOLがくすくすと笑った。
 ……傍から見たら、どう見えるんだろう。
 考えてみた。
 すぐに結論がでた。
 ――漫才夫婦。
 まったく笑えない、泣きたくなるような結論だった。
 如月更紗はそんなことを気にする様子もなく、どこか上機嫌そうに小さな声で、
「おー手てつないで帰りましょうー」
「唄うなよ……」
「あら、あら、あら。歌は良いものよ冬継くん。良い舞台には、良い音楽と良い演出が欠かせ
ないのだから」
「……演劇、すきなのか?」
 僕の問いに、如月更紗は手を繋いだまま、器用に肩を竦めた。
「この世は全て舞台――シェイクスピアではないけれど、私たちはずっと、ずっとずっと、ず
っとずっとずっと、劇を続けているわ」
「狂気倶楽部、か」
 その単語を、簡単に言うなと言われていたけれど。
 言わずには――いられなかった。
 どう考えても、如月更紗はそのことを言っているような気がしたからだ。いや、それだけで
はない。それを含めた、全てのことを、言っているような気がしたからだ。
 僕の相槌をどう思ったのか、如月更紗は微かに、その小さな口元を引き上げた。
「歯車は狂い、螺子は壊れ、脚本は消失し、観客すらも無くしているけれど――壮大で矮小な、
馬鹿げたほどに真面目で、狂おしいほどに狂っている――喜びに満ちた悲劇、ね」
「どうして――」
 どうして。
 どうして、んなものが、あるのだろう。
 どうして、そんなところに、人が集まるのだろう。
 どうして。
 どうして――姉さんは、そこにいたのだろう。
 けれど、言葉から出たのは、心に浮かんだ疑問ではなかった。
「――お前は、そこにいるんだ?」
 本心ではない。
 けれど、本音かもしれない僕の問いに。
 如月更紗は、笑みと共に答えたのだった。
「フラグが立ったら、教えてあげる」
 冗談めかしたそんな言葉に――何故だか僕は、少しだけ安堵を憶えていた。
 それは、もしかしたら。
 この関係が――少しだけ、気に入っていたのかもしれない。


203 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/02(金) 02:15:17 ID:7Ww8SaUH
「……ポートピアなみに難しそうだな」
「犯人はヤスよ」
「知ってるよ」
「貴方を殺した犯人よ?」
「俺が死ぬのか!?」
 初耳だった。
 というか、ありえない話だった。
「あと数十ページほどで何の脈絡もなくヤスが登場して貴方を殺すのよ」
「そういうメタ的な発言は頼むからやめてくれ……お前が言うと本当になりそうだ」
 この女が悪魔と契約していても僕は驚かない自信がある。
 それくらい、やりそうだし。
「ま、あんまり期待せずに待っとくよ――」
 言って、僕は如月更紗から視線を逸らした。少しだけ気恥ずかしくなったのだ。そんな心中
を察したのだろう、如月更紗は僕から視線を逸らすことなく、にやにやと笑ったまま、ずっと
僕を見ていた。
 …………。
 …………いや、そこは視線をそらせよ。
 心中を察したからこそ視線を逸らさなかった、というべきか。
 あんまりにも凝視されるので、居心地が悪くなってさらに視線を逸らす。
 ――と。
「…………」
 道路を挟んだ対岸の歩道に、おかしなものがあった。
 おかしなものが居た、だとはすぐに気付けなかった。初見で、それが人だと分からなかった
からだ。
 ――影が直立しているように見えた。
 そう言うのが、一番正しいのだろう。よく見てみればそれは人間だが、一見すると、長細い
影が立っているようにしか見えない。
 少年だった。
 鴉色のズボンとブレザーを着ているせいで、黒一色の影に見えた。そしてそれ以上に――頭
に被っているシルクハットが、影の印象を強めていた。
 夏だというのに、白のカッターシャツと臙脂色のネクタイは、ブレザーに隠れてほとんど見
えない。見るからに暑そうな顔だったが、少年は平然としていた。シルクハットはいまにも落
ちそうで、頭の頭頂部から首のあたりまでを広いつばがすっぽりと隠していた。
 奇妙な少年だった。
 何よりも奇妙なのは――少年は、目があった瞬間。

 僕を見て、にやにやと――それはまるで、如月更紗のように――確かに、笑ったのだった。

「…………」
 僕は。
 そのにやにや笑いを見て――何を思うよりも早く。
「――あ。」
 横にいる如月更紗の間の抜けた声と同時に――電信柱に思い切り頭をぶつけたのだった。
「い、」
 痛い、といえなかった。
 ぐわんぐわんと頭の中で鐘が鳴っていた。横を向いて歩いていたせいで、正面にあった電柱
にまったく気付かなかった。そりゃあ、横見て歩いてればふらふらと行先がずれるかもしれな
いが……まさかぶつかるとは考えもしなかった。
「痛い……」
 ようやく、痛いと主張できる程度に回復してきた。そこまで速度が出ていなかったので、こ
ぶができるほどでもない。それでも、ぶつかったところがひりひりと痛んだ。
 如月更紗は手を繋いだまま、そんな僕を見て、くすくすと右手で口元を押さえて笑った。


204 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/02(金) 02:16:21 ID:7Ww8SaUH
「面白かったわよ」
「…………」
「もとい、大丈夫?」
「できればそっちを先に言ってほしかった」
「もとい、大丈夫そうね」
「言い直すなよ!」
「それだけ突っ込めるなら、大丈夫というものよ」
 言って――如月更紗は、すっと。
 いつもは凶悪な鋏を握る、細い指で、僕の頭を撫でた。
 指先が――頭皮を撫でていく、優しい感触が遅れてきた。
「痛いの痛いの」
 撫でながら、如月更紗は言う。
「増えたら面白いわね」
「面白くね――! お前僕の身の安全を保証するんじゃなかったのか!?」
「身体をはったギャグだと思ったわ」
「そんな生傷だらけの青春はごめんだ!」
 心の底からごめんだった。
 如月更紗の手を振り払うように体勢を整え、ついさっき少年を見た方へもう一度視線を走ら
せる。けれど、あの影のような少年の姿は――それこそ影のように、蜃気楼のように消えてい
た。
 見間違い、だろうか。
 普通に考えれば呻いている間に立ち去ったと考えるんだろうが……なんとなく、あの少年の
雰囲気が、そんな常識的な解答を拒んでいた。
 シルクハットをかぶった、にやにや笑いの少年。
 まあ――少年がにやにや笑っていたのも、この展開を予想していたかもしれない。そりゃあ
横向いて歩いている男の前に電柱があったら誰だって笑うだろう。
 気にするほどの、ことでもないか。
「ドッペルゲンガーでも見たかのような顔をしてるわ」
 少年の姿を見失った僕に、横に立つ如月更紗がそっと口添えた。
 ドッペルゲンガー。
 似たような、ものなのかもしれない。
 僕とは似てもつかなかったけれど。
 しいていえば――雰囲気が、似ていた。
 僕ではなく。
 如月更紗に、似ていたような気がした。
「そんなところだ」
「鏡でも見たかのような顔をしてるわ」
「それは酷い侮辱だ!」
 鏡を見るたびに鬱になれというのかこの女は!
 ゴッホの抽象画みたいな顔をしているつもりは一切ないんだが。
「何を見たのか知らないけれど」
 珍しいことに、こほん、と如月更紗は咳払いして。
 一歩だけ踏み込んで、僕の瞳を間近から覗き込んで、彼女は言った。
「出来ることなら――私だけを見てほしいものだわ」