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284 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/02/04(日) 15:02:02 ID:InR9IB3M
~菊川かなことの出会い~

『ぴぴぴぴっ ぴぴぴぴっ ぴぴぴぴっ ぴっ』
 目覚ましを止めて時間を見ると、朝6時。
 いつもバイトの日に起きる時間だ。 
 今日はバイトも無いのだからゆっくりしていてもいいのだ。
 そんなわけでもう一度布団に潜りなおす。
 ・・・・・・・・・・・・。むぅ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 眠れない。寝すぎか?昨日は何時に寝たんだっけ。
 えっと・・・・・・
 思い出せない。何時に寝たかが分からない。
 たしか昨日は家に帰ってきて、シャワーを浴びて飯を食って、
布団に入りながら本を読んで・・・・・・読んで・・・・・・どうしたんだ?
 いつもならその後で歯磨きをして寝る。でも、昨日は歯磨きをした記憶がない。
 ということはつまり。
「そのまま寝ちまった、ってことか」
 だらしない。日に日にだらしなくなっていく気がする。
 やることが少ないからか、それとも自分を縛り付けるものが少ないからか。
 いや、違うな。心がたるんでいるからだ。
 俺がしっかりしていればだらしなくなったりはしない。

 そう思わないと本当に駄目になってしまいそうだ。
 望んでフリーターになったということを、今更後悔したくはない。
 今日もいつも通りに朝食を食べてから図書館へ本を返しに行くとしよう。



 俺が住んでいる町の図書館はこじんまりとしたもので蔵書の数は多くないが、
それでも俺の読書欲を満たすには充分な数だ。
 ここの図書館はジャンルや作者ごとにきちんと整理されて管理が行き届いて
いるのに加え、掃除がしっかり行われているので読むには最高の環境だ。
 今日は昼まで本を読んでから一週間分の本を選んで借りていくとしよう。
 
 この間借りた小説の本は面白かった。
 どこぞの姫の命を奪おうとする刺客たちと、姫を守るために戦う一人の武士との戦い。
 刺客との戦いに勝利し、姫のもとへ駆け出す武士。
 しかし姫のもとにたどり着いたとき、彼が見たものは今にも死にそうな姫の姿だった。
 彼が刺客と戦っている間、別の刺客によって姫は襲われていた。
 姫は最後の力を振り絞り、涙を流す武士に愛の言葉を伝え――彼の腕の中で息絶えた。
 この小説の中で俺がもっともぞくりとしたシーンは姫の最後の台詞。
『わたくしは・・・・・・あなたさまに殺されとうございました・・・・・・
 あなたさまの愛をこの胸で、この背中で感じながら、そして・・・・・・
 いまのように強く、抱かれながら・・・・・・死にとうございました・・・・・・
 強く焦がれております・・・・・・今のこのときも・・・・・・
 わたくしは生まれ変わりたるときも・・・・・・此処であなたさまに会える日を・・・・・・
 ・・・・・・もう、前が見えませぬ・・・・・・わたく、しは・・・・・・あ・・・・・・て・・・・・・ぅ』

 姫と過ごした日々を思い出しながら泣き崩れる武士の気持ちが、痛いほどに伝わってきた。
 本を閉じてから頬に手を当てると涙が流れていた。


285 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/02/04(日) 15:03:13 ID:InR9IB3M
 あれほど泣けた本は初めてだった。
 そういえば初めて本を読んで泣いたのはいつだっただろう。
 ・・・・・・まあ、いつだっていいか。

 よさげな本は無いかと思い、あの本が置いてあった棚の列の前に向かうと――
 一人の女の子がいた。
 いや、違った。
 ・・・・・・すごい美女がいた。
 腰にまで届くほどの黒髪。
 透明な肌。
 整った目鼻立ち。
 ピンク色の小ぶりな唇。
 儚げな眼差し。
 細い体に白いワンピースを身にまとい、その女性は本棚の前に立っていた。

 横顔に見惚れていると、その視線に気づいた女性は俺の方を振り向いた。
「? あの、何か・・・・・・?」
「い、いいえ別に。なんでもありません」
 怪しいものを見る眼差しだ。
 しかし彼女は俺の答えを聞いてから、すがるような声で話しかけてきた。
「・・・・・・あの、一つお聞きしたいことがございます。この図書館で――」
 どうやら彼女は一冊の本を探しているようだ。
 その本は、姫と一人の武士が恋に落ちるという内容らしい。今まで他の町の
図書館に行って探してきたが、一向に見つからないのだという。
 なんとかしてあげたいが・・・・・・
「すいません。その本はまだ読んだことがないです」
「お願いいたします。もう一度思い出してください。
 わたくしはもう、何年もその本を探して・・・・・・」
 そう言われても・・・・・・ん?待てよ。
 この間読んだ本も過程は違うけど共通している部分があるな。
「違うかもしれませんけど、似たような本なら読みましたよ。
 最後には姫が死んでしまうんですけど」
「! その本は今どこにございますか?!」
 いきなり腕を掴んで迫ってきた。整った顔がすぐ目の前にある。
 花のような優しい香りがする。香水だろうか?
 くらくらしてきた。この距離はまずい。
 とりあえず彼女の肩を掴み距離を空ける。
「ついさっき返却してきたばかりだから、今はカウンターにあると思いますけど・・・・・・」
「ありがとうございます!」
 俺に向かって頭を下げるときびすを返してカウンターへ向かって走り出した。
 いかにもお嬢様に見える人が本一冊で落ち着きを無くすとは。
 もしかしてあの本は有名な本だったのか?
 また今度改めて読み直すとしよう。


286 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/02/04(日) 15:04:16 ID:InR9IB3M
 めぼしい本を数冊選び、昼まで本を読んで時間を潰してから外に出ると、
駐車場に長い車が停まっていた。ゆうに軽自動車二台分はある。
 黒に塗装されているボリューム感のあるフェンダーや押し出しの強いフロントグリル。
 ボンネットの先端にはシンボルマークの天使がたたずんでいる。
 どう見積もっても俺では一生かかっても買えそうにない車種だとわかる。
 こんな小さな町の図書館に大金持ちが来るほどの価値のある本があるのだろうか。
 一度読んでみたいものだ。

 ボリューム感という単語とは程遠い我が愛車――二万円で購入した自転車だ――の
ワイヤーロックを外そうとしたところで、後ろに人の気配を感じた。
 振り向くと図書館で話した女性がいた。
「先ほどは本当にありがとうございました。
 おかげさまでずっと探してきたこの本を手に入れることができました」
 彼女が持っているのは今朝俺が返却したばかりの本。
 大事そうに両手で胸の前に抱えている。 
 ・・・・・・ところで今『手に入れた』って言ったか?
 まさか図書館の責任者にかけあって自分のものにしてしまったのか?
 まあ、この女性に『お願いします。どうしてもこの本が必要なのです』と
涙を浮かべながら言われたら俺も『あげます』としか言えないけど。
「それは良かったですね。それじゃあまた・・・・・・」
「お待ちください」
 呼び止められた。なぜ?俺、何かしたか?
 ・・・・・・そういえば図書館の中でこの人をじっと見つめていたっけ。
 でもまさかそのことで因縁をつけられたりはしないよな・・・・・・?
「この本を見つけられたのはあなたのおかげです。ぜひお礼をさせていただきたいのですが」
 ・・・・・・どうやら違うようだ。ほっと胸を撫で下ろす。
 しかし『お礼をしたい』と言われても、たったあれだけのことでお礼をされても
気が引けるだけだ。ありがたい申し出だけど、断らせてもらおう。
「すいません。今から昼食を食べに行くので。
 お気持ちはありがたいのですがお断りします」
「お昼ですか? それでしたらわたくしがお礼に馳走いたします!」
 しまった。必要無いことまで言ってしまった。
 このままでは一緒にお昼を食べることになってしまう。
 別に奢られるのが嫌なわけじゃない。ただ――怪しいのだ。俺のようなフリーターの
男をこんな美人が誘ってくるなど、何か裏があるとしか思えない。美人局の可能性もある。

 逃げるのが得策だ。はっきりと断ったのだから、俺に何の落ち度も無い。
 自転車のロックを外し、サドルに乗ろうとした瞬間――
 右から来た黒い腕にチョークスリーパーをかけられた。
「あ・・・ぐ・・・ゥゥッ・・・・・・」
 すごい力だ。振りほどこうにもびくともしない。まるで銅像だ。
 ――やっぱり、嫌な予感当たったな。
 
 数秒間首を絞めあげられ、抵抗する力を失った俺は諦めて目を閉じた。


287 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/02/04(日) 15:05:13 ID:InR9IB3M
 目が覚めたときに最初に見たものは木目の天井だった。
 ・・・・・・・・・・・・。
 ここはどこだ?なぜ俺はこんなところにいる?
「目を覚まされたのですね」
 その声は頭の上から聞こえてきた。
 目線を上げると穏やかな笑顔の美人の顔があった。
 ということはこの体勢は膝枕か。どうりで寝心地がいいわけだ。
 目が合うと女性は俺に向かって頭を下げた。
「申し訳ございません。わたくしのせいですわ。
 どうしてもあなたとお食事をご一緒したかったので・・・・・・
 側近の者に命じてあなたをここまでお連れしたのです」
 ・・・・・・つまりこの女性は俺と昼食を一緒に食べたかったが俺が断ったことで焦り、
側近――おそらく首を絞めてきた人間のことだろう――に命じて強引に俺をここまで
連れてきた、ということか。
「申し訳ございません・・・・・・本当に、誠に、申し訳もございません・・・・・・
 何度でも謝ります・・・・・・ですから、どうか、どうかわたくしを嫌わないで・・・・・・
 お願い・・・・・・お願いでございます・・・・・・ぅっうっうっ・・・・・・」
「いえ! 大丈夫ですよ! もう全然! あはははは!
 ・・・・・・大丈夫ですから、もう泣くのはやめてくれませんか・・・・・・?」
 飛び起きて大丈夫だということをアピールする。
 泣かせたままにしておいたら今度はその側近とやらに刺されてもおかしくない。
 幸い女性は飛び起きた俺を見て泣き止みはじめていた。
「くすんっ・・・・・・すん・・・・・・本当でございますね? ・・・・・・よかった」
「それでその、ここはどこですか? 図書館ではなさそうですけど」
「ここは菊川の分家が経営している料亭ですわ。
 料亭としては中の下ですが、図書館から最も近い場所にありましたので
 ここにお連れしました。・・・・・・もしや、お気に召しませんでしたか?」
 どこが中の下だというのか。
 畳や襖はしみどころか色あせも無いし、壁際には高そうな壷や掛け軸まで
掛けてある。庭に敷き詰められている砂利には靴跡一つ無い。
「気に入らないなんてことないですよ。ただ、自分には場違いだと思って」
「堅くなる必要はございませんわ。わたくしの客人であるあなたに物申す人間は
 わたくしが許しません。ご安心を」

 ・・・・・・最初から思っていたけど、この人は何者なんだ?
 上品な言葉遣い。さらに側近を連れている身分。この料亭を中の下だという胆力。
「さ、こちらに。すぐに料理を運ばせますわ」
 座れ、ということだろう。敷いてある座布団に正座をする。
 女性が手を叩いたらすぐに女中らしき人が襖を開けた。そして女中に一言告げると
俺の正面に正座で座り、礼儀正しく座礼をする。
 女性は顔を上げるとこう言った。
「数々の無礼、改めまして深くお詫びいたします。
 わたくしは菊川本家長女、菊川かなこと申します。以後お見知りおきを。遠山雄志さま」


288 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/02/04(日) 15:06:35 ID:InR9IB3M
 菊川本家というのは分かりやすく言えば上流階級の人間だ。
 最近は階級格差がどうとか言うが、そんなことを言っているのは労働者である
下流の人間と、人を雇う立場にある中流の人間と政治家だ。
 労働者ではないし、人を雇わなくても自動的に金が懐に入ってくる上流階級の
人間。その一つが菊川本家だ。
 菊川本家が動けば当選確率が低い県知事候補がいてもその状況を
数日でひっくり返すことが可能だという。
 ・・・・・・いや、全部今聞いたんだけどな。どこそこの金持ちの名前を
聞いて反応するのはフィクションか、もしくは上流階級の人間だけだ。
 実際俺も目の前にいる女性――菊川かなこさんを前にしてもどうも金持ちだという
イメージがわかない。おしとやかな和風美人であるという印象の方が強い。
「あまり驚かれないのですね?」
「ええ、まあ」
 とはいえ、どう接したらいいものか。
 今までの人生でここまでスケールの大きい人間と話したことがない。
 まるでフィクションだ。今俺がここで食事をしているという事実も含めて。

 口数も少なく食事を終えて、お茶を飲んでいるとかなこさんから話を切り出してきた。
 図書館で彼女が探していた本を俺の前に差し出す。
「この本を読まれて、雄志様はどのような感想を抱きましたか?」
「そうですね・・・・・・。面白かったですよ。
 戦闘シーンの緊張感は真に迫るものがありましたし、
 姫の最後の台詞を読んだら泣・・・・・・なんとも言えない気分になりました」
 危ない危ない。『泣いてしまいました』って言うところだった。
「では、姫は本当はどうなることを望んでいたと思われますか?」
「姫が本当に望んでいたこと、ですか?」
「はい。『本当の望み』です。思ったままお答えください」
 まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかった。
 『姫は本当はどうなりたかったのか?』
 困った。そんなこと本人じゃあるまいし、わかるはずもない。
「うーむ・・・・・・ありきたりですけど、『武士と幸せに生き続けたかった』じゃないかと」
「やはりそう思われますか・・・・・・」
 残念そうな顔で俯いてしまった。
 もしかして俺、まずい答えを返してしまったのか?
 彼女は顔を上げ、俺に訴えかけるように喋りだした。
「わたくしはこう思います。
 姫は幸せな未来ではなく、『武士を永遠に独占したかった』のではないかと。
 そのためには生き続けるのではなく、共に死を迎えようと思った。
 二人で刀を持って向き合い、心の臓を貫き合い、同時に死を迎える。
 これこそが姫の描いていた理想の死に様なのではないでしょうか?」


289 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/02/04(日) 15:08:35 ID:InR9IB3M
 なるほど。姫の最後の台詞から推測するとそう考えていたともとれる。
 第一、『私はあなたに殺されたかった』なんて正気とは思えない。
 姫が少しばかり心を病んでいたとしても不思議ではない。
 しかしリアルな想像だな。お互いに刀を向け合う姿が目に浮かぶよ。
 俺がその光景を想像していると、彼女の言葉で目を覚まされた。
「・・・・・・はっ。申し訳ございません。
 この本のことになるとつい熱くなってしまって・・・・・・。
 誠に失礼ですが、もう一つだけお答え頂いてもよろしいですか?」
「ええ。なんでもどうぞ」


「もし雄志さまの前世が武士だったとして、生まれ変わった姫と
 再会したら一緒になろうと思いますか?」


 ――――――これは、本の話ではない?
 本とは全く関係無しに『前世を信じるか』と聞いているのか?
 かなこさんは俺から目を逸らさない。
 まばたき一つしない。
 ここは、自分の本当の考えを伝えないとまずい――そんな気がする。

「もし、そうであったら・・・・・・そうであったとしても、
 前世で愛し合っていたという理由だけで一緒にはなれません。」
 これは正直な気持ちだ。
 だいたい、前世で引き裂かれたという理由だけで恋人同士になるなら
人間とカメだって恋人同士にならなければいけない。
「前世とか運命なんて・・・・・・嘘っぱちです。そんなものは信じていません。
 もし存在していたとしても、庭に敷き詰められている砂利の一粒のように
 気づかなければ素通りしてしまう程度のものです」

 俺の言葉を聞いたかなこさんは俯いていた。
 肩が震えている。
 手は固く握り締められている。
「なるほど・・・・・・そう思われるのですね」
 そう言うと顔を上げた。

 ・・・・・・・・・・・・!
 彼女の目が、睨みつけている。
 俺の目を、睨んでいる。
 その目には光を宿していない。
 純粋な殺意の瞳。
 鋭い眼差しが俺の目を通過して脳を通過し――
 心を、睨んでいる。
 そんな錯覚を覚えた。


290 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/02/04(日) 15:09:34 ID:InR9IB3M
 今度は完全に選択肢を誤った。
 かなこさんは怒っている。しかも半端なものではない。
 烈火のごとく、という表現はこういうときに使うのだろう。
 それが目線だけでわかるのだ。
 彼女はこれでも怒りを抑えている。
 もし怒りを爆発させたら――確実に殺される。
 側近に頼ることなく、彼女自身に首を絞められて。

 彼女は立ち上がり、俺の右に座った。
 すぐ目の前に殺意のこもった瞳がある。
 睨みつけたまま俺の首に手を伸ばし――
「っ!!」
「何を怯えていらっしゃるのですか?」
 え?
 かなこさんは俺の肩に手を乗せていた。
 手の感触が服を通して伝わってくる。
 もう睨みつけてはいない。雰囲気は穏やかそのものだ。
「わたくしは前世で無理矢理に引き裂かれた者同士は
 生まれ変わったとき、何もせずとも出会ってしまうものだと考えます。
 それは、『運命』もしくは『宿命』とも言えます。
 雄志さまの言葉を借りるならば、砂利の一粒ですね」
 そこで言葉を区切ると目を閉じ、唇を軽く結んだ。
 だんだん彼女の顔が近づいてくる。
 ――もしかしてキス?
 しかし彼女の唇は俺の顔の数センチ前で進路変更して右耳のあたりで停止した。
 体を密着し、言葉を続ける。
「ですがわたくしは砂利ではなく、巨大な岩石だと思うのです。
 目を逸らそうにも勝手に視界に入ってくるほどの大きな岩。
 離れようとしても大きな音を立てて転がりながら追ってくる丸い岩石。
 こう・・・・・・どどどどど!どどどどどどどどどど!どどどどどどどどどどど!ぐしゃり。と。
 目を逸らした相手をひき潰すまで追ってくるのです」
 話すたびに耳に息がかかる。
 くすぐったい。

「もし雄志さまが武士の生まれ変わりだとしたら、潰されてしまいますね・・・・・・ふふ」

 彼女の顔は見えない。
 いや、見たくなかった。
 きっと、さっきの恐ろしい瞳が俺の右にある。
 そう思うとそのまま動くことができなかった。


291 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/02/04(日) 15:12:47 ID:InR9IB3M
 その状態を変えてくれたのはかなこさんだった。
 俺の肩を掴んで体を離す。
「ふふふふふ。冗談でございますよ。
 運命が人を殺す、なんてことはございません」
 笑いながら語りかけてきた。
 緊張の糸が解ける。
「あ、ははははは。そうですよね。
 まさかそんなことはありませんよね。あはははは・・・・・・」
 運命と言う名の大岩に潰されて死にました、なんて両親が聞いたら
おそらく葬式もしてくれないに違いない。
 それに大岩に潰されるなんて御免だ。


 ちょうどいい時間になったので、お礼を言ってから帰ることにした。
「本当に今日はご無礼をいたしました」
「いいえ、こちらこそ美味しい料理をご馳走していただいてありがとうございました」
 かなこさんは名残惜しそうな顔で俺を見つめている。
 そんな顔で見つめられるとどうにかなりそうだ。
「また、お食事をご一緒していただけますか?」
「ええ。機会があればぜひ」
 だが、こう言って別れた相手との約束が果たされることはほとんど無い。
 いわゆるお約束というやつだ。
「それでは、また、近いうちにお会いしましょう。『必ず』。
 雄志さま。ごきげんよう」
「はい。また」
 そう言ってから料亭とかなこさんに背を向けて歩き出す。
 
 かなこさん、綺麗なひとだったなあ。
 でも俺みたいなフリーターとはこれ以上の接点はないだろう。
 俺には豪華とはほど遠い六畳一間のアパートで本を読んでいるのがお似合いだ。
 ・・・・・・本?
 そういえば今日は図書館に行って借りてきて・・・・・・
 あ!
「自転車と本、図書館に置きっぱなしだ!」
 しかもワイヤーロック外したままだし!まずい!
「待ってろ! 相棒!」
 
 自転車が盗難に遭っていないことを祈りながら、図書館へ向かって走り出した。