363 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/02/06(火) 22:26:28 ID:UWU+IsLa
第三話~現大園華との再会~

『おにいさん。どうして会社をやめちゃったんですか?』
 この声は誰だ?
 なんだかやけにエコーがかかっているな。
 『おにいさん』?俺に妹はいないぞ。
 たしかに欲しかったが母親に頼んだらスルーされたからな。
『高校卒業してすぐ正社員になれたっていうのに
 やめるなんて私は悲しいです』
 ・・・・・・いろいろあったんだよ。
 逃げた。と言われたらそれまでだが。
 しかし誰だか知らない女にそんなことを言われる筋合いは無い。
『おにいさんみたいなアウトローが日本のニート・フリーターになって
 ひいては少子化を招くんですよ』
 知ったことか。俺一人がフリーターになったところで日本人に占める
フリーター人口の割合はは0.1%も上昇しない。
 少子化結構。子供の数が少なくなればそれに適応するように社会が
変わるだけだ。なんとかなる。・・・・・・多分。
『私はおにいさんに社会復帰してもらいたいんです。
 このままじゃ正月に親戚が集まったとき顔向けできませんよ?』
 余計なお世話だ。正月じゃなくても親には会ってるんだから十分だ。
 だいたい社会復帰ってなんだ。まるで俺が犯罪者みたいじゃないか。
 ・・・・・・・・・・・・いい加減つっこむのも疲れてきたな。

『今度は私が助ける番です。
 おにいさん。必ず助けてあげますからね――――――』

 『今度は私が助ける番』?
 そういえばこの台詞、どこかで――――――――


364 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/02/06(火) 22:27:46 ID:UWU+IsLa

『チャーラーラーラーラー チャラララ-ラ-ラ-ラ-ラ- チャンチャンチャン・・・・・・』

 ・・・・・・・・・・・・うるさい。
 携帯電話の着信音で起こされた。
 何か夢を見ていた気がするが・・・・・・思い出せない。
 ただ、腹のたつ夢だったことは覚えている。
 俺のせいじゃないのに理不尽に問い詰められるような・・・・・・

『チャララー! チャララーラーラー! ラーラーラーラー・・・・・・』
 まだ着信音は鳴り続けていた。
 寝起きには耳に障る。とりあえず電話に出よう。
 通話ボタンを押して不機嫌な声で対応する。
「・・・・・・もしもし」
「おはよう雄志。起きてた?」
 誰かと思えば母親だった。
 腹のたつ夢を見てから携帯電話の着信音で起こされて、電話に出てみれば母親。
 朝くらいもっとの色気のある起き方をしてみたいもんだ。
「うん。今起きたんだけど・・・・・・こんな朝早くから何?」
「もう朝八時でしょ。寝坊ばっかりしてると再就職したとき苦労するわよ」
 何を言う。休日の朝八時に起きられたら上等だ。
 父親が早起きだから母親の感覚までおかしくなるんだ。
「・・・・・・用件は何? もしかしてダイエットに成功したとか?」
「あのさ。華ちゃん、覚えてる?」
 スルーされた。都合の悪いことがあれば毎回これだ。
 華ちゃん、ね・・・・・・もしかして従兄妹の現大園(げんおおぞの)華か?
「覚えてるけど、華がどうかした?
 もしかして俺の家にしばらく泊めろ、とかじゃないよね」
「あら? もう華ちゃんから連絡があったの?」
「は? いや、冗談で言ったんだけど」
 ・・・・・・雲行きが怪しくなってきた。



365 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/02/06(火) 22:28:53 ID:UWU+IsLa

「実は華ちゃんね、四月から大学二年生になるのよ。
 それで来年から勉強に専念したいからってことで」
「断る」
 この家、いや部屋に二人も住むことなど不可能だ。
 だいたい従兄妹同士とはいえ年頃の娘を男に預けるなんて
叔父さんたちは何を考えているんだ。
「最後まで聞きなさい。
 叔父さんたちは華ちゃんの一人暮らしが心配だから反対だったの。
 でも大学の近くに雄志が住んでるから、同じアパートに住ませれば
 まだ安心できるってことで賛成してくれたのよ」
「ということは同じアパートに越してくるだけ?」
「そうよ。もしかして期待した?」
「最初から何にも期待してないよ」
 もし同棲したとしてもあの口うるさい華をどうにかしようとは思わない。
 確かに可愛い顔をしているが、中学時代からの同級生に比べれば劣る。
「ふーん。華ちゃんに再会してびっくりしても知らないわよ。
 大学生になって見違えるほど綺麗になったんだから。惚れても知らないわよ」
「性格の不一致は男女関係において大きな亀裂の原因になると思うのですが」
 いかに綺麗であろうとも口うるさい相手、ましてや従兄妹に手を出すほど
溜まってはいない。
「そういうことにしておいてあげるわ。
 今日明日中には来るはずだから仲良くするのよ」
「はいはい」
「もし華ちゃんに変なことしたら・・・・・・今度こそは許さないわよ」
 母親は脅し文句を最後に電話を切った。



366 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/02/06(火) 22:30:08 ID:UWU+IsLa

 今俺はホームセンターへ買い物に来ている。
 昨日、バイトの帰り道で自転車の後輪がパンクしたが、家にもパッチを
置いていなかったので修理できなかった。
 同じ轍を踏まないために、ということでパッチと持ち運び用の
パンク修理キットを買いに来たのだ。
 俺の住んでいるアパートからホームセンターまでは歩いて一時間。
 往復時間に買い物の時間を加えると二時間少々。
 それだけ時間を空けていればアパートに華が訪ねてきていてもおかしくない。
 『なんで待っていてくれなかったのか』と責められなければいいのだが。
 ・・・・・・いや、そもそも待っている必要など無いのだ。
 華も大学生だ。一人で引越しの段取りくらいできるだろう。
 それに人に対して口うるさいだけあって自分にも厳しい。
 俺の心配など無用、というものだ。

 しかし、早く帰ってあいつの顔を拝んでみたいのも事実だ。
 母親が言うには見違えるほど綺麗になったという。
 おそらく叔母さんに似たのだろう。叔母さんはうちの母親と一つ年が離れている
だけとは思えないほど綺麗だからな。
 そうは思っても華を女として見ようと思わないのは・・・・・・やはり従兄妹だからだろう。
 両親の住んでいる家と叔父・叔母の住む家はそれほど離れていないので
両家の子供である俺と華は小さい頃から一緒にいた。
 華が生まれたときに俺は五歳だったから、あいつからすると兄のような存在だと思う。
 俺から遊びの誘いに行くこともあったし、華から来ることもあった。
 そしてその関係は俺が高校を卒業するまで続いた。
 しかしそれから四年後に俺が会社を辞めて実家に帰ったとき以来、華には会っていない。
 あのときの失望した表情はちょっとだけトラウマだ。

「なんだか気まずいよなぁ・・・・・・」
 パッチとパンク修理キットを購入して、家路に着くことにした。



368 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/02/06(火) 22:31:04 ID:UWU+IsLa

 アパートへ向かう帰り道。
 歩道の脇で自転車のタイヤとにらめっこしている女性が居た。
 パンクしたのだろうか?
 困った顔をしてタイヤをつまんだり引っ張ったりしている。
 パンク修理の道具は持っていないようで、時々首をもたげてため息をついている。
 まるで昨晩の俺を見ているようだ。
 幸いにも俺はパンク修理道具一式を持っている。
 これは助けるべきだろう。同じ自転車乗りとして。・・・・・・そして男として。

「あの、もしかしてパンクですか?」
 俺の声を聞いて女性は小さく肩を揺らした。
 振り向いても顔を上げないまま、目を合わさないように俯いている。
「え?・・・ええ。でも、気になさらなくても平気ですよ。自分でなんとかしますから」
「もし良ければ今から直しますよ。丁度道具もありますし」
 俺が買い物袋の中身からパンク修理キットを取り出すと女性は口を閉じた。
 警戒しているのか?
 まあ、今時困っている人に関わろうとする人もいないからな。
 警戒するのも無理は無い。
 押し黙った彼女を前にして居心地の悪さを感じてきたところで救いの言葉をかけられた。 
「・・・・・・では、すみませんけどお願いできますか?」
 
 パンクの修理は道具があればそれほど難しいものじゃない。
 チューブを取り出して、穴の空いた部分にパッチを強くこすりつけて・・・・・・
 タイヤの内側にチューブを入れてからビードをリムに戻して空気を入れたら、完成だ。
「はい。できましたよ」
「え? もうできたんですか? ・・・・・・あ、ありがとうございます」
 女性が少しだけ笑顔を浮かべて頭を下げてきた。
 よかった。どうやら警戒は解けたようだ。



371 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/02/06(火) 22:32:22 ID:UWU+IsLa
 しかしよく見たらこの人、結構美人だ。
 リボンで括った長い髪は野暮ったく見えないし、縁無しの眼鏡もよく似合っている。
「あの、もしよろしければお名前を教えてくださいませんか?」
 助けた女性に名前を聞かれた?この流れはよくある恋愛物語ではないか!
 このまま流れに乗ればこの女性とのラブロマンスが・・・・・・?
 ――そうか。今朝色気の無い起き方をしたのはこのイベントとのバランスをとるためだったのか!
 ありがとう母上!今度ケーキを大量に持って帰ることにするよ!
「僕の名前は遠山雄志と言います」
 なるべくさわやかな声で自己紹介をした。
「雄志さんですか。どうもありがとうございます・・・・・・。
 ・・・・・・ん?・・・・・・あれ?もしかしておにいさんですか?」
 『おにいさん』?
 ・・・・・・・・・・・・。
 俺のことをそう呼ぶのは、知る限りでは一人しかいない。
 まさか、と思ってよーく見ると・・・・・・彼女の顔には見覚えがある。
 いや、まだだ。他人の空似という可能性もある。
 たのむ!違っていてくれ!
「失礼ですけど、あなたのお名前は・・・・・・?」
「現大園華です! 一年ぶりですね! おにいさん!」

 ・・・・・・当たってしまった。
 ・・・・・・買い物に出かけて自転車がパンクして困っている女性を助けたら、相手は幼馴染。
 ・・・・・・こういう時くらい色気があってもいいと思うのだが。



372 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/02/06(火) 22:33:00 ID:UWU+IsLa
 その後、華と肩を並べて歩いて帰ることになった。
 本来ならアパートで再会する予定だったが、道端で遭遇してしまった以上
そのまま別々に帰るわけにも行かない。
 ちなみに自転車は俺が押している。やけに軽い。おそらく有名メーカーの
自転車だ。・・・・・・うらやましい。
 いやそれはともかくとして。今問題なのは・・・・・・
「腕を絡めるな華。歩きにくい」
「努力して歩いてください。それに腕を組んで歩くのは昔からじゃないですか」
 俺にくっついて腕を組んで歩こうとすることだ。
 腕を組んで歩くのは俺と学校に通っていたときの癖だ。
 あの頃は華がまだ子供っぽかったから何ともなかったが、
今では成人女性そのものだ。少しだけ意識してしまう。
「お前と腕を組んでいたら恋人同士だと思われるだろ。
 小さい頃とは違うんだからよく考えろ」
「おにいさん気にしすぎです。皆そこまで他人に関心ありませんよ。
 それに、私はそう思われてもかまいませんよ?」
 なんてこと言うんだこいつは。
「あのな。お前だって大学生なんだから恋人くらいいるんだろ?
 勘違いされたらどうするんだ」
「・・・・・・・・・・・・それ、本気で言ってるんですか?」
 華は俯いて沈んだ声を出した。 
「え? ・・・・・・あ!」
 思い出した。華は男が苦手なんだった。

 俺が小学六年生のとき、華が同じ学校に入学してきた。
 最初は華も男の子と遊んだりしていたけど、いつの間にかその子達とも遊ばなくなった。
 それに気づいたのは放課後になっても校門に現れない華を迎えに行ったときのこと。
 華が、数人の男の子に囲まれて悪口を言われていた。
 早い話が、集団によるいじめを受けていた。
 たぶん、それは・・・・・・俺のせいだ。
 華は昔から俺としか遊ばなかった。そのため、他の男の子と遊んだことがない。
 さらに大人しい性格をしていたから友達ができにくくていつのまにか孤立していき、
いじめの標的になってしまった。
 その場では男の子たちを追い払ったが、いつでも一緒に居られるわけではない。
俺が居ないときにも言葉によるいじめを受けていた。
 そして――華は俺以外の男が苦手になってしまった。


374 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/02/06(火) 22:33:50 ID:UWU+IsLa
「ごめんな。無神経だった」
「いいんです。昔のことですし。それにおにいさんが鈍感で無神経なのはわかってますから」
 わかっている、と言っているがこの口調は怒っているときの喋り方だ。
 そしてこの状態を放っておいたら・・・・・・

「それにおにいさんに恋人についてとやかく言われたくありませんね。
 だいたいおにいさん、恋人を作ったことあるんですか?
 あ、一度だけありましたね。私が叔父さんたちの家に遊びに行ったときに
 女の人と一緒にベッドの中でもぞもぞしていました。
 あれ、何をしてたんですかね? なんだか喘ぎ声とか聞こえてましたけど。
 まあ、おにいさんが自分の部屋で何をしてようとわ、た、し、は、構わないんですけど!」

 この通りマシンガンが炸裂する。
 久しぶりだからかもしれないがやけに熱がこもっている。
 おまけに組んでいる腕をものすごい力で締め付けてくる。
 ・・・・・・いや、ちょっと力入れすぎじゃないか?
 
「ええ! 私を放っておいて! 誰と何をしててもね!」

 その言葉を機にさらに力が加えられる。
 華の細い腕が肘関節を捕らえ――
『ビキ ビキ』
「あだだだだだだ! ちょっと待てって! 変な音してるし!」
 まずい。このままだと腕が折れる。
『ビキ ビキ グリッ』
 いや、折れるだけじゃ済まない!もぎとられる!
「――――っ!! 待ってくれ! 悪かった!」
『グリ グリ  グリリッ』
「ごめんなさい!! もう無神経なこと言わないから許してください!」
 俺が叫んだらすぐに腕が開放された。
 ――ああ、腕が紫色だぁ。
「分かればいいんですよ。素直なおにいさんは好きです」
「ああそうかい。ありがとう」
 お前に言われてもあまり嬉しくないな。
 どうせ好きと言っても『兄』としてだろうしな。



376 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/02/06(火) 22:34:58 ID:UWU+IsLa
 そんなやりとりをしているうちにアパートに到着した。
 結局、出発してから帰ってくるまで二時間どころか三時間以上かかった。
 おまけに腕も締められた。自転車に乗っていないとロクなことがない。

「ここがおにいさんの住んでるアパートですか・・・・・・。小さいですね」
 ひと目見た感想がそれか。
 確かに広くはないが、1Kの物件で二万円なら格安だぞ。
 それに小さいとはなんだ。
 小ささで言わせればお前の胸だって平均以下だ。
「な、なに人の胸をじっと見てるんですか・・・・・・。
 見たって大きくはなりませんよ」
「俺はお前の胸に夢を抱いたことはない。
 たぶんこれからもそうだろう」
「あれ? そうなんですか?
 昔私が叔父さんの家に泊まりに行った時におにいさんはお風呂を」
「いやー、うん。小さいものの方が夢が詰まっているというしな。
 うん。小さいほうがいい。小さいの万歳!」
「それ、ロリコンの発言ですね」
 俺がロリコンならお前はヘビだ。忘れたい過去を思い出させやがって・・・・・・。
 しかし、これから毎日こんなやりとりをしなければならないのか。
 ・・・・・・ストレスで発狂しなければいいのだが。


 引越し業者の持ってきた荷物を華の部屋に入れる作業が終わった頃には
もう外は真っ暗になっていた。
「荷物はこれで全部届いたのか?」
「はい。あまり持ってきてないですから」
 たしかに箱の数は少なかったが、中身が本ばっかりだったからかなり疲れた。
 明日は筋肉痛間違い無しだな。
「そっか。じゃあ今日は帰るよ。またな」
「はい。また明日会いましょう。おにいさん」
 別れの挨拶をしてから華はドアを閉めた。
 やれやれ。休日だというのに何故こんな重労働をしなければならんのか。
「あ、おにいさん言い忘れてたことがありました」
「・・・・・・なんだよ」
「お部屋、隣同士ですから。昔みたいに雑誌でおイタしたらすぐ聞こえますよ。
 気をつけてくださいね。うふふふふ」
「とっとと寝ろ! このヘビ女!」
 華は手を振ってからドアを閉めた。

 ・・・・・・ストレスと欲求不満で発狂しそうだ。
最終更新:2011年05月26日 11:17