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410 :真夜中のよづり2 ◆oEsZ2QR/bg [sage] :2007/02/08(木) 22:57:02 ID:I20DV8yW
 俺は委員長から渡された住所の紙を持って、住宅街をさまよっていた。
 あの後、委員長は住所と簡単な地図を書いた紙を用意してくれた。俺だったらルーズリーフを一枚破って渡すのに、委員長は丁寧にも教卓に常備されていたわら半紙のウラを使った。
 さすが委員長だ。手際がいい上に紙を無駄遣いしない。コイツは大学に進学するより、発展途上国に行かせたほうがいい働きをするだろうと思う。
 で、そのまま俺は教室を追い出されこの住所の元へ行くように指示されたのであった。
 明日すぐに会うのは緊張するだろうから、今日のうちに会っておいてそれなりに打ち解けてから一緒に登下校しろということらしい。
 俺にとっては今会おうが明日会おうがそんなに関係は無いと思うのだが。委員長は世話焼きで真面目なので俺のめんどくさい言い訳は聞く耳を持たなかった。
 まあしかし、委員会活動の少なさから考えれば今の俺に拒否権はほとんどない。従うしかないのである。
「しかし、入り組んだ住宅街だな」
 俺は学校から少し離れた、二階建ての家が立ち並ぶ郊外の住宅街の道を歩いていた。
 山を削り、段々に作られた分譲土地。何にも無かった切り立った山をブルドーザーやショベルカーが整地して行き、静かな住宅分譲地として売り出されて十年。
 周りを見渡せば中流以上の家庭のお父さんが36年ローンで思い切って購入するような三階建ての豪華な家ばかりが立ち並ぶ、まさにセレブの棲家と化していた。(ここでのセレブはレベルをうんとおとしたセレブである)
 商店というものはほとんどなく、この住宅街に入ってから俺は一回も自動販売機を見つけられなかった。くそ、コーラが飲みたかったのに。
 階段状に立ち並ぶ家のゆるやかな上り坂をのぼっていく。各住宅にはスロープが全て設置してあり、障害者にも優しい仕様となっている。
 なーんか、こんなところ住んでいる榛原よづりって何者だろうと思う。
 榛原よづり。委員長から聞くにはどうやら女の子らしい。成績は非公式だがトップクラスで先生らが彼女の家で二学期の期末テストをやらせてみたところ、数学以外全て満点という馬鹿みたいな成績だったと言う。
 ちなみに俺の点数はちょいと言いにくい点数だった。たぶん、学年ならお尻から数えたほうがいくつか早い成績。
 しかし、なんでそんな優等生がひきこもってんだ?
「あ、登校するって言ってたからこれからは元ひきこもりになるわけか」
 俺は一人で訂正する。
 優等生が引きこもりになる理由……。マンガやドラマでよく見るのは劣等生の妬みによるイジメかな。
それ以外にも、引きこもりになる理由というのはさまざまだ。学校は集団生活の場。ささいなことで仲間はずれにされたり理解不能な奴から攻撃を受けたりすることはどこにでもある。
 それに耐え切れず逃避する奴は多い。この榛原と言うヤツもそのパターンなのかもしれない。
 俺は引きこもりのありがちな理由を考えながら、今から会う事になる女の子の対応について模索した。
 成績優秀者というのは事実。引きこもりになった理由というのは不明。で、女の子。
 女の子。
 すこし俺は顔がニヤついていた。もし、この榛原とかいう女の子がとてつもなく美人だったらどうしよう。
 今のクラスでは、俺が彼女と一番最初に仲良くなるわけだ。彼女にとっては俺はクラスの一番最初にできた友達となる。そうなるとやっぱり俺は彼女にとって友達の中でも特別な友達として認識するだろう。
 友情もえっちもはじめての相手と言うのは特別な感情を持つものだ。
 それに、もしかしたら彼女は元引きこもりでまだ人間関係がうまくもてないかもしれない。そうなったとき、彼女が唯一の支えとして利用してくれるのはもちろん俺。
 くふふ、たまんないシチュエーションだ。
 俺は自分の妄想に内心ほくそ笑んでいたが……、すれ違う小さな子供を連れた家族連れがひそひそと俺の横を通り過ぎて行くのに気付いて、あわててニヤけた顔を戻した。
 まぁ、もしブスだったら災難だけどな。そうだったら俺は必要最低限のフォローしかやんね。俺は結構現金だった。
 そんなこと考えつつ、俺は目的の場所の前へやってくる。
 郊外住宅地のはじっこに位置する二階建ての住宅。門構えは立派で道路に面した部分には大きな車庫があり小さな庭のテラスには赤黄のパンジーやオダマキのプランターがいくつも綺麗に並んでいた。
榛原と彫られた表札はピカピカに光る大理石で圧倒している。全てに手が行き届いてあって、さながら芸能人の家のよう。
 住所と地図から見るに、ここで間違いなかった。
「ここかよ……。なんか門構えだけで威圧されるな……」



412 :真夜中のよづり2 ◆oEsZ2QR/bg [sage] :2007/02/08(木) 22:57:51 ID:I20DV8yW
 俺は勇気を出すと、内心ビクビクしながらライオンがわっかを加えたオブジェクトがつけられた門を開けた。きぃーと開く門。
 豪華な装飾の玄関の前に立つ。いよいよ、榛原よづりとの対面だ。
 と、ここで。俺はドアの横につけられた郵便受けに気付いた。ビデオテープ台の横穴には朝日新聞がいくつも差し込まれていた。
 数えてみると三部。今日と昨日とおとといの。これは……この三日間誰も新聞をとろうとしなかったのか? それとも受け取り拒否じゃねぇよなぁ? どっちだろう。微妙なライン過ぎてわからねぇ。
 まぁ、いい。
俺は覚悟を決めてインターフォンのボタンを押した。
ぴんぽーん。
 ……しばらく待つ。
 ぴんぽーん。
 もう一度押してみる。
 俺は三回鳴らして反応が無かったなら帰ろうと思っていた。
 ぴぴんぽーん
 しまった、四回鳴らしてしまった。
 しかし、反応は同じく無い。
「留守なのか」
 俺はドアノブに手を伸ばす。開けるつもりは無い。鍵がかかっているのか確かめたかった。もしかしたら留守かもしれないし。引きこもりが学校登校の前日に外へ出ると言うのも変な話だが。
 と、俺がドアノブを回そうとした瞬間。
『……はい』
 ジジジジとラジオのチューナーをいじったような音が聞こえたかと思うと、すぐにインターフォンのスピーカーから、電子じみた女の声が聞こえた。
「あ、すいません。榛原さんのおたくですか?」
『……そうですよ』
 その声は妙齢の人のような大人っぽい声質だった。俺は榛原よづりの姉か何かかと思い、それなりに丁寧に対応する。
 しかし、そのわりにはまるでお通夜の雰囲気のような暗い声だ。やはりひきこもりが家に居ると家庭全体も暗くなるのだろうか。俺は罪悪感湧いて引きこもれねぇな。
「あ。俺、森本和人といいます。明日一緒に学校へ行くことになったんで一応挨拶に来たんですけども……」
『………』
「……えーっと……」
 困った。ここから先は何も考えていなかった。
 てっきり母親か何かが出てきて、とりあえず家に上がらせてもらってお茶菓子でももらいながら母親を介してお互いに自己紹介してそれなりに交流できると思ったのだが……。
 めちゃくちゃ甘い考えだったようだ。まぁ、そんなほんわかにいくとは思ってなかったけどさ。
『………』
 相変わらず、無言のまま。ジジジという電子音が聞こえてるから、回線は切っていない。
 インタフォーンのスピーカー越しから聞こえる無言が妙にプレッシャーになる。スピーカーに目がついて俺をにらみつけているようだ。
「あ、あの! じゃあ俺、明日迎えに行きますんでっ」
 俺は早いところこの場を離れたかった。 やっぱりこういうのは委員長の仕事だ。俺には向いてない。
 早口で残りの用件を言うと、俺は玄関に見たまま後へ一歩、二歩。そのまま逃げるように離れ、大きな門を開けようとして、押して開ける門ではなかったことに気付き、引いて開けた。
 俺は明日のことを考えていた。俺一人じゃこの家庭につっこめそうにない、仕方が無いが委員長に付き添ってもらうしかないだろう。委員長の携帯番号は副委員長と言う立場上いやと言うほど知ってるから、場から離れたらすぐに連絡だ。
 と、思っていた矢先。
 ガチャリ。
 玄関が開いた。
 きぃぃと外側にすこしづつ開くドア。が、すべて開くことなくちょうど手のひらぐらいだけ開く。
『入ってください……』
 消え入りそうな声がスピーカーから聞こえたと思うと、ジジッと音を出して回線が切れた。
 俺は逃げようとして開けた門を閉めると、もういちど玄関へ近づく。
 少し、ドア越しに中をのぞくと誰も居ない。ただ電気がついていない暗いリビングと廊下が見えるだけだった。
 ちょうどドアの反対側、家の中側を見てみる。そこにはインターフォンのマイク部分がつながっていた。
 どうやらさっきまでドア一枚隔てて、あの家の人は居たようだ。隠れなくてもよいのに。それにしても改めて大人っぽい声だったと思う。めちゃくちゃ声の雰囲気は暗かったけど。
「おじゃましまーす……」
 俺は玄関に入ると、小さな声で言う。玄関は広く、土足スペースは二畳分もあり横の靴箱は田舎にある小さい旅館よりも大きい。
 しかし、玄関に置かれている靴の数はとても少ない。サンダルと黒いハイヒールがひとつづつ並べられているだけだ。俺は内心怖くなってきた。
 靴を脱ぐと俺はハイヒールの横に外側を向くように並べた。玄関は暗く、段差につまづきそうになりながら家に上がる。
「えっと、どうすればいいんだろ」



413 :真夜中のよづり2 ◆oEsZ2QR/bg [sage] :2007/02/08(木) 22:58:44 ID:I20DV8yW
 とりあえず、入ってと言われてあがってみたわけだが。
見えるのは暗い廊下といくつもの扉。廊下の先には階段があるのが見える。ひとまず俺は廊下を歩いてその階段へ向かってみることにした。
家の奥に行くたびに、なにか恐ろしいものが体に捕り付いてるような気がして、俺は身震える。
 階段の前までやってきた。明り取り用の窓からちょうど光が漏れてここだけは明るかった。廊下をまがった先には台所が見える。しかし、まだ夕方だと言うのに漆黒の闇のように暗かった。
 雨戸をしたままなのだろうか。
「すいませーん! 誰か居ますかー!」
 俺は口に手を当ててメガホンを作ると、家の中に響くように大きな声で叫んだ。誰か居ることは確かなのだからこの言い方はおかしい。ただもしかしたら、ここに居る幽霊が俺を招いたのかもしれない……と思ってみたりもしたのだ。
「すいみませー」
「ここです」
 うおぉぉお!
 階段の上や部屋の奥に声を放っていた俺の背後からいきなり声をかけられた。しかも背後と言ってもすぐ後だった。
 驚いて俺は振り向く。
 そこには、
「そっちは私の部屋……」
 黒ずくめの女の人が立っていた。
 見た目は二十歳後半ぐらいだろうか。かなりの長身で黒のセーターとノーブランドの黒いGパンを着込んでいた。
黒い髪の毛は長く伸びて腰まで届いていて、まるでマントのようだ。顔を見ようとしたが、彼女の前髪は目元を覆い隠すようにカーテンとなっていて見づらく表情が見えない。
 セーターからは中から押し上げるような大きなメロンが二つ隆起していて、高校生とは違う大人の魅力で目を奪われそうになるが、それとは対照的なほど腰や腕が細く、そしてバランスを崩したように体がふらりふらりと右へ左へ揺れている。
一目見た俺の印象は「不気味」だった。
「あ、ど……どうも」
 俺はドキドキと周りに聞こえそうなほどの心臓の鼓動を押さえつけながら、手を上げて軽い挨拶をした。
 突然すぎてびっくりしたが悲鳴は上げてなかったと思う。しかし、いつのまに背後に? まったく気配が無かったぞ?
「お、俺森本和人です。こんにちは」
「……こんにちは」
 不気味な女の人が軽く頷くぐらいで頭を下げる。声は消え入りそうなくらい小さく、俺には「ちは」ぐらいしか聞き取れなかった。しかし、大体声質はわかる。この人はさっきのインターフォンの人だ。
 榛原よづりのお姉さんか? 26歳かそのくらい。結構歳の離れた姉だけど、この暗さは異常だな。ひきこもりが居る家庭はウイルスみたいに感染して家族もどんどんひきこもりみたいになっていくんだろうか?
 そんな馬鹿なことを考えるが、口には言わない。副委員長としてこれから榛原よづりの登下校の面倒を見なくてはならないのだ。家の人とそれなりにいい関係を築いておいたほうがいい。
 俺はなるべく、愛想のいい笑顔を浮かべた。対する相手は表情が読めない。なんか妙なアドバンテージが向こうにあるぞオイ。
「すいません、よづりさんにあわせていただけますか?」
 俺は努めて明るい真面目そうな高い声(俺は声を作ると自然と高くなる。母親が電話に出たときのよそ向けの声と同じ)で聞く。
「……」
 だが、目の前のお姉さんは長い髪をたらしたままふらりふらりとしたまま、くるりと反転する。そしてふらふらのまま、歩き出した。


414 :真夜中のよづり2 ◆oEsZ2QR/bg [sage] :2007/02/08(木) 22:59:30 ID:I20DV8yW
「え、ちょっ……?」
「こっちがリビング。廊下で立ち話もなんですから……」
「は、はぁ……」
 いや、立ち話はいいとして、俺としては早いところ榛原よづりに挨拶してさっさと帰りたいのだが……。
 というより、なんだこの人。ふらふらなクセにかなり自分勝手だ。俺は呼び止めようと、後姿に声をかける。
「あ、あの。お姉さん」
「……」
 無言。もう一度、こんどは語気を強めて。
「お姉さんっ」
「……」
「おねーさんっ!」
「……私?」
 三回目で、ようやく振り向いた。
「はい、そうですよっ。無視しないでくださいよ」
「……私は一人っ子だからお姉さんと呼ばれたことがないの。私だと気付かなかったわ……」
「なんですか、それ」
 俺ははぁとため息をついて。ふと、女の人のある言葉に気付いた。
「あれ? お姉さん、この家の人ですよね」
 さっきまで俺はこの人を榛原よづりのお姉さんかと思っていたが……、この人は一人っ子なので榛原よづりの姉ではない。
「……うん。そう」
 丁寧語の無い言葉使いは微妙にむかつくな。
 ともかく、彼女は肯定した。たまたまここに来ていた人でもないか。じゃあなんだ、下宿人とか同居人とかルームシェアとかかな? いや、でもひきこもりの家庭はルームシェアするほど余裕は無いだろ……。
 じゃあ、……この女の人は誰だ?
 姉でもない、同居人でもない、この家に住む一人っ子……。
 一番ある可能性はひとつだけだった。
「……すいません、もしかして……」
 俺の頭の中でまだ未確定だったが、ある答えが浮かぶ。それを聞こうとお姉さんに話しかけようとした刹那。
 お姉さんは首から体ごと、俺に向きなおった。
そして、
「榛原よづり。私のなまえ……」
 自分から、名乗った。
 まるで呪文のように、呟いた。
「二十八歳で高校生で元引きこもりだけど………。明日からよろしくね。 ……『かずくん』」
 彼女は顔を覆い隠している髪のカーテンをずらして、俺に顔を見せて自己紹介した。
 元引きこもり、榛原よづりの顔は、自嘲的な笑みを浮かべていて目の辺りは黒くなっていたが、とても大人っぽい美女だった。
 しかし、カーテンから彼女が見せた藍色の瞳は、ぐろりぐろりと音を立てて暗色と混ざり合うように不気味に淀んでいた。

 今思い出せば、よづりは最初に会ったときからすでに俺のことをかずくんと呼んでいた。
(続く)