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425 :『首吊りラプソディア』Side首吊り [sage] :2007/02/08(木) 23:49:35 ID:tqSNTpXK
 眠れない。
 不眠は最近は毎日なのだけれど、どうしても慣れることが出来ない。人は基本的に夜には
寝る生き物だし、実際に自分も長い間そうして生きてきた。だけれど何故か急に不眠症に
なってしまい、こうした状況に戸惑っている。昼には皆と遊んだので、今日は眠ることが
出来るかもしれない。そう思っていたのに、体の方は応えてくれない。
 仕方ない、今日も散歩だ。
 軽く伸びをして指輪を着け、適当に髪を整えた。着替えは特にしなくても良いか。面倒
だし、今の時間帯ならば人も全然居ないので問題ないだろう。
 外に出ると、冷たい夜風が頬を撫でてくる。最近は暑い日が続いていたから、この位が
丁度良い。暑さに強くない自分にとって、これはありがたかった。気分が良くなり、足も
軽快に動いてくれる。独りでの散歩は寂しいけれど、雑多なものが消え失せた都市の風景
というのも悪くない。見ていると心が落ち着いて、心が晴れやかになってゆくようだ。
 いつもの道を通り、鼻唄を鳴らしながら進む。
「あ、まだあった」
 何気無く横に視線を向けると、昼間に見た立ち入り禁止のテープが残っていた。管理局
の人達は優秀だから既に調査を終えていると思っていたのに、どうやら完全には終わって
いないらしい。大事な証拠はきちんと片付けたし、掃除もしやすいようにしていたけれど、
逆にやっきになって調べているのかもしれない。



426 :『首吊りラプソディア』Side首吊り [sage] :2007/02/08(木) 23:50:42 ID:tqSNTpXK
「無駄なのに」
 吐息をし、テープに向かう。あの先には広場と言うには少し狭いが、それなりに開けた
場所があって楽しかったのだ。親を持たない小さな子供達が集まり、独特のコミュニティ
を作っていた。自分も彼女達に混ぜてもらい、夜空を見上げていた。四方を壁に囲まれて
いるせいか広い空ではなかったけれど、逆にそれは宝石箱の中を覗いているように思わせ
てくれた。管理局の人達に保護されて今は誰も居なくなっているだろうけれど、一人でも
見る価値はあるだろう。星の光は平等だと、昔の偉い人が言っていた。
 微痛。
 テープに触れると、指先に軽い痛みが走った。見ると指の腹が少し切れている、これは
侵入者用の罠だろうか。他の場所よりも綺麗にしてあった分、念入りに調べるつもりか。
今もテープが残っているのは、そんな理由だったのか、と溜め息を吐く。
「失敗したなぁ」
 綺麗にしておいたのは大事な証拠があるからではなく、単にあの子供達の場所を汚した
ままにしたくなかったからだ。それ以外はいつも通り、悪い人を注意しただけ。お人形に
しただけで、他意なんて角砂糖の一つ分もありはしないというのに。それなのにこんな風
にしてしまったら、ここに逃げてきたり立ち寄ったりした子供がいつものように入ろうと
して、怪我をするかもしれない。そんなことも分からないのだろうか。



427 :『首吊りラプソディア』Side首吊り [sage] :2007/02/08(木) 23:52:48 ID:tqSNTpXK
 指輪を起動させて、警備プログラムを確認する。撤去するときの為だろうか、それ程に
複雑ではない、単純なプログラムだった。誰かに取られないよう勿論それなりに複雑化を
しているものの、確率システムの仕組みを習っていて、頭がそれなりに回る者に対しては
殆んど効力を持たないものだ。幸い自分はそれに当て填るタイプの人間だったので、解除
を実行する。数秒もかからずに、プログラムは完全に消え去った。
 テープをくぐって奥へ進み、少し歩けば視界が急に広がった。
「こんなに広かったんだ」
 自分一人で居るせいか、皆の声が聞こえないからなのか、広くないと思っていた場所が
やけに広く感じる。空白の部分を見たくなくて空を見上げれば、目に飛び込んでくるのは
無数の星の輝き。切り取られた空を見ていると、独り占めというより、共有出来ていない
という感想が沸いてくる。一人でも見る価値はあると思っていたけれど、どうやらそれは
間違いだったらしい。誰かと一緒に見た方が、ずっと綺麗で楽しいと思う。
 出来れば、あの人と二人きりで。
 そのときまで、この景色を取っておくのも悪くないかもしれない。溜めていた幸福は、
やがて大きなものになり二人を包んでくれるだろう。自分でも笑ってしまう程にメルヘン
な想像に、少し吹き出してしまう。もう幼い夢を見る年でもない、あこがれてしまう部分
や惹かれる部分が多いけれど、今のは無しだろう。
 大通りに戻り、軽く伸びをする。



429 :『首吊りラプソディア』Side首吊り [sage] :2007/02/08(木) 23:54:19 ID:tqSNTpXK
「こんばんは」
「あ、どうも」
 声に振り向けば、どこかで見たような顔だった。思い出そうとするけれど、どうしても
思い出せない。珍しいことではないけれど、そんな風になるとどうも気持ちが悪い。相手
にも失礼だと思うし、知り合いだったとしたら何だか悪い。どこかで見た筈だったのに、
この女の人はどこの誰だっただろうか。
「あの、昼間にSSランクの人と一緒に居ましたよね?」
 尋ねようとする前に、相手が答えを教えてくれた。そうだ、この人は昼に御飯を食べた
店の店員さんだ。通りで思い出せなかった筈だ、今日初めて会ったのだから。それも短い
時間、記憶に残っていなくても無理はないかもしれない。
 そして同時に、心に引っ掛かっていた理由も分かった。覚えていなくても頭の中に僅か
に残っていた理由、それは悪い人だったからだ。昼間、あの人の手に勝手に触れた。料理
を出すふりをして、事故に見せかけて手を出すなんて、何て卑劣な女なのだろうか。バレ
ていないと思っていても、自分には分かっている。ここは監獄都市で住人はほぼ皆が前科
持ちだ、善人の皮を被っていても首輪が薄汚い本性を示している。ランクは低いものだが
本当はどうなのやら、きっとあの人も食いものにするつもりなのだろう。浅ましい。
「ひ、助けて」
 睨みつけると、彼女は一歩後退した。自分の計画が知られたのを悟ったようだ、馬鹿め。
やましいことが無ければ堂々としていれば良いのに、そうしていないのは何か後ろめたい
ことがあるからだ。これでは、自分は悪人だと言っているようなものだ。悪人だと証明が
されたら、残ることはただ一つ。注意をして、真人間になってもらうだけだ。思い返して
みれば今日はまだ一人も注意をしていないし、丁度良かったかもしれない。



430 :『首吊りラプソディア』Side首吊り [sage] :2007/02/08(木) 23:55:43 ID:tqSNTpXK
「助けて、助け……」
 うるさい。
 逃げようとしたので、まずは足を破壊する。悪人を逃がすような悪い足は、二度と治る
ことのないように捻り潰してしまえば良い。這って逃げようとする腕も同罪だ、使いもの
にならないように捻り、骨を砕き、筋繊維を全て千切り飛ばす。いやらしい視線を飛ばす
目も潰そう。煩く汚らわしい言葉を吐く口は、空気を消すことで無力にしてしまえる。
 彼女は暫くもがいていたが、すぐに大人しくなった。注意をするのは、やはり言葉では
なく見に覚えさせてやるに限る。これで悪い部分もなくなって、良い人間になっただろう。
最後は紐で吊してしまえば、それで完了だ。こうすれば、もう悪さをしなくなる。
 いつも自分に暴力を振るう、馬鹿でろくでもない父だったが、唯一教えられた物がある。
今のように勇気を持って注意をすれば、相手は静かで誰にも害を加えない良い人間になる
ということだ。こうすれば、皆が楽しく暮らせるようになる。
「それに」
 彼女も身を呈して、自分に一つ教えてくれた。
 ここにはあの人を狙う、汚れに汚れた悪女が存在すると。そしてその存在からあの人を
守ることが出来るのは、自分だけだと。一緒に居たオカマや雌豚は当てにならない、現に
彼女を野放しにしてしまっていたのだから。そう考えれば、いずれあの雌豚も殺さないと
きえないのだと思う。無駄に擦り寄って、本当に最悪だ。
「くひ」
 目標が決まり、
「くひゃ」
 やることも分かり、
「けひゃひゃ」
 沸き上がる使命感で笑いが込み上げてきた。
「けひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ
ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ
ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!」
 明日も頑張ろう。
 あの人に近付く悪い女を、全て良い人に戻すために。