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626 :終わったあとのお茶会 ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/10(土) 23:54:12 ID:8jgVWqnM


「チェンジ」
 二枚のカードを、里村冬継は机の上に放り投げる。ダイヤの7とスペードのエース。代わり
にやってきた二枚は、ダイヤの8とハートの7。手元にあるカードは、ハートの8、クローバ
ーの2、スペードの2。
 8のツーペアだった。
「おや、おや、おや。なんとも微妙な顔をしているね」
 くすくすと笑いながら、角の席に座る如月更紗が言う。いや、今は如月更紗ではなく、マッ
ド・ハンターなのかもしれない。男物のタキシードに小さなシルクハット、黒い杖は逆向きに
して肩にかけている。
 手に持つのは、五枚のカード。片手で持つそれを、指先だけで器用に閉じ、開いた。その際
に落ちた一枚が、ひらりと机の上、冬継が捨てたカードの上に落ちた。ゲームを始めたばかり
なので、机の上にはまだ三枚しかカードがない。
 捨てたカードは、ハートの4。
「一枚でいいのか?」
 冬継の対面――椅子に座り、退屈そうな顔をした少年、須藤幹也が問いかける。マッドハン
ターは黙って頷き、手元の山から幹也は一枚を引き抜いて手渡す。冬継の位置からでは、一体
何を貰ったのかは判別できない。マッドハンターは常に笑っているせいで、表情から手のうち
を読みとることはできそうにもなかった。
 ――一枚交換ってことは、良い手か。
 そう思考することしかできない。
 ポーカー、である。
 ルールは単純だ。カード交換の回数は一回、枚数は自由。入っているジョーカーは一枚。あ
とは掛け金を積み上げて、ハッタリとブラフと騙しと賺しで勝負を決める。捨て札を切ること
はなく、山札を使い切るまでが一ゲーム。この場にいるのは三人なので、平均して三回の勝負
が出来る。
 ただし、かけるのは金銭ではない。
 ――御伽噺だ。
 勝った人間が、負けた人間に、質問をする。負けた方は御伽噺を聞かせるように、昔のこと
を物語る。そういう、狂気倶楽部内に伝わる遊びだった。
 コール(勝負に乗る)をせずに、ドロップ(降りる)をした場合、質問されることはない。
ただし、質問することもできないので、完全に蚊帳の外だ。
 そういう、微妙な損得を釣鐘にかけ、相手の真理を読み解くのが――ポーカーというゲーム
だった。
 もっとも。



627 :終わったあとのお茶会 ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/10(土) 23:55:28 ID:8jgVWqnM

「なら僕も一枚だ」
 淡々と、あくまでも退屈そうに須藤幹也――五月生まれの三月ウサギは、自身のカードを一
枚捨て、山札から一枚引く。捨てたカードはダイヤのA。
 退屈そうな須藤幹也と。
 楽しそうなマッドハンター。
 表情を変えない二人を前に、心理ゲームは、圧倒的に不利だということを冬継は自覚してい
た。その上、頭が痛くなることに、須藤幹也の後ろには――
「あら兄さん、この手で本当にいいんですか?」
 真顔で囁くのは、須藤幹也の片膝の上に身を座らせ、生身の手で首に抱きつくようにしてい
る『妹』だ。べったりと、兄にくっついて離れようとしない。右腕以外の腕と両脚は義手・義
足であり、それらを動かすことなく、右手一本で兄に寄り添っている。時折思い出したかのよ
うに幹也の首筋や耳にキスをするので、そのたびに冬継はなんともいえない気分に襲われる。
 実の兄妹、なのだ。
 そして、『女王知らずの処刑人』、八月生まれの三月ウサギという仇名を授かる、狂気倶楽
部の住人だ。
 マッド・ハンター。
 元・五月生まれの三月ウサギ。
 その跡継ぎであり妹である、八月生まれの三月ウサギ。
 周りを狂気倶楽部で囲まれてることに対する居心地の悪さがあった。
 里村冬継は、狂気倶楽部の住人ではない。
 住人だったのは、今は亡き彼の姉で――その姉もまた、元・三月ウサギなのだ。かつてマッ
ド・ハンターの友人であり、五月生まれの三月ウサギと付き合い、そして殺されたという、絡
み合った人間関係の中にある。死してなお、その影響力は残っている。
 居心地が、悪くならないはずがなかった。
「……なんで僕がお前らと和気藹々とポーカーしなきゃなんないんだろうな」
「和気藹々?」
 答えたのは、幹也だった。カードに眼を落としていた幹也が顔を上げ、
「和気藹々としてると言えるのかなこれは」
「言える、言えるさ、言えるとも。なあ忘れてしまったのかい三月ウサギくん。私たちはずっ
と、こうしていたよね」
「私は――知りません。兄さんたちとは、時期が違いますから」と、妹。
「そうだね、そうだよ、そうだとも。かの黄金のお茶会時代においては、いつでもいつだって
こうしていたのさ。ヤマネとグリムは学校になどいっていなかったからね」
「ヤマネ? グリム? おい如月更紗、誰だそれ」
 知らぬ名前に冬継が反応し、対するマッド・ハンターはにやりと笑った。
「それが、君の質問かい?」
「……まさか。それじゃ、賭けるよ」
 百円玉を机の上に置く。ゲームの形式上、硬貨は必要だった。ちなみに賭けられた金は、す
べて一階にある喫茶店のコーヒー代になるらしい。



628 :終わったあとのお茶会 ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/10(土) 23:56:11 ID:8jgVWqnM

「コール」
 マッド・ハンターは短く続き、
「兄さんはどうします?」
「僕もコールだ」
 示し合わせたように、幹也も百円玉を机の上に置いた。
「…………」
 わずかな緊張。
 公開するこの瞬間が、一番気の張る時間だった。
「……8のツーペア」
「負け、負け、負けたね」
 スペードの6とクローバーの6、クローバーのKとハートの3、ダイヤの3。
 クローバーの2ペアだった。
 2ペア同士ならば、数字の高いほうが強い。そして、最後の一人、幹也は――
「僕も負けた」
 ハートのAとハートの10、クローバーの9とスペードの7、ダイヤの4。
 ブタ、だった。
「…………」
「…………」
「だから言ったでしょう兄さん? その手じゃ負けますよ、って」
「二人が降りてくれることを期待したんだけどね」
「あら兄さん。兄さんが三番目なんだから、それは無理だわ」
「ああ、それもそうだね」
「兄さんはお茶目ですね――」
 うふふ、と妹は笑い、兄は笑わなかった。
 マッドハンターの笑いはいつも通りで――冬継の笑みは引き攣っていた。
「……おい、如月更紗」
「なんだいなんだね冬継くん」
「こいつら、いつもこうなのか?」
「当然だ」
 彼女にしては珍しく、はっきりときっぱりと、ただの一言で切り捨てた。
 この兄妹は、いつだってこうなのだと。
「そう、当然です。私と兄さんは、この世界で唯一の家族なんですから」
「……唯一?」と、冬継が首を傾げる。
「よくある話だよ。父親も母親も殺された。それだけのことさ」
 あっさりと、幹也が答える。声には動揺も憤慨もない。そんなことは、自分にとってはどう
でもいいことなど、その態度に表していた。
 あまりにも――乾いている。
 見た目は、普通の高校生にしか見えないのに。
「それより、質問はそれで終わり?」
「あ、いや――あんたには質問はないよ」
 言いながら、冬継は心の中でこっそりと思う。
 本当に訊きたいことは。
 跪かせ、命乞いと共に訊いてやる――と。
 今はまだ、そのときではない。
 代わりに、前々から気になっていたことを訊ねた。本編だと、なし崩し的に監禁ルートに突
入したため聞く暇がなかったのだ。



629 :終わったあとのお茶会 ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/10(土) 23:56:45 ID:8jgVWqnM

「如月更紗。お前、いつから此処にいるんだよ。少なくとも一年前からはいるんだろ? その
――姉さんと、友人だったってんなら」
「そうだね、そうかな、そうかもね。一年といわず……」ひい、ふう、みい、とマッドハンタ
ーは指折り数えて、「七年ほどいるよ」
「七年!?」
「そんなに前から……」
「ふぅん」
 驚きと、呆れと、無関心。
 三者三様の返事は、前から冬継、幹也、妹である。
「七年ってことは……九歳からマッドハンターを?」
 言いながら、冬継は頭の中で想像する。
 九歳の如月更紗が、あの馬鹿でかい鋏を振り回している姿を。むしろそれは、鋏に振り回さ
れているといってもいい想像だった。可愛らしいといえなくもないが――それ以上に物騒極ま
りない。
 けれども、マッドーハンターは。
「いや、いや、いや」
 と、大仰に首を振った。
「七歳の頃は違うのさ――そう、違うのよ。あの頃の私はまだマッドハンターじゃあなかった」
「まだ、か」
 呟く幹也に、マッドハンターは「その通りだよ、その通りだ元・三月ウサギくん」と微笑み、
「ここにきたときに振り当てられた役柄は――『ハンプティ・ダンプティ』」
 ハンプティ・ダンプティ。塀の上で狂っている、擬人化された卵。世界を内包したキャラク
ター。
 それは――鏡の国のアリスに出てくる登場人物だ。
 マッド・ハッターのように。
 三月ウサギのように。
 あるいは――白の女王の、ように。
「狂気倶楽部は代替わりがあるからね。演劇の役者変更みたいなものだよ」
 幹也が、冬継の方を向いて言った。この場で唯一、狂気倶楽部に所属しない彼へと説明した
のだろう。そんなことは知っている、と言いたかったが、ここで噛み付いても何にもならない
ので我慢した。
 須藤幹也は、きっと何を言われたところで――堪えたりはしないだろう。
 退屈だな、と返すだけだ。
 何を言っても無駄な相手に、何かを言うことほど、虚しいことはない。



630 :終わったあとのお茶会 ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/10(土) 23:57:51 ID:8jgVWqnM

「ところが、ところが、ところがだ! 一年もしないうちに事件が起きて――ハンプティ・ダ
ンプティはくだけ散った。それはもう、見事に、砕け散って、元には戻らなくなった」
「…………」
 それも、また。
 原作と、同じように。

  ハンプティ・ダンプティが塀の上。
  ハンプティ・ダンプティがおっこちた。
  王様の馬みんなと、王様の家来みんなでも
  ハンプティを元には戻せない。

 壊れたハンプティ・ダンプティは――元には戻らない。
「『卵の中身のダンプティ』は『白の女王』へとプロモーション。そしてそして、『卵の殻の
ハンプティ』は――ご存知の通り、イカレ帽子屋に成り下がり。おかげで白い女王陛下のため
に働く、しがない首狩り役人になってしまったというわけさ」
 自嘲するように。
 おどけるように。
 あざけるように。
 嘲笑うように。
 マッド・ハンターは、そう言った。
「マッド・ハンター。以前言ってた、『首切り女王』っていうのが?」
 訊ねたのは。
 かつて、マッド・ハンターとお茶会を共にした、須藤幹也だった。
 かつて、マッド・ハンターは、自身の立場をこう表現した。
 ――首切り女王のために働く、狂った狩り人にしてイカレ帽子屋だけどね。
 そのことを、幹也は覚えていたのだろう。
「おや、おや、おや。よく憶えているね――本当によく憶えている。私としても、あまり関わ
りたい人物ではないのよ」
「ふうん……お前にも、色んな過去があるんだな」
 納得したように、冬継は頷く。
 白の女王。
 首切り女王。
 ハンプティ・ダンプティ。
 マッド・ハンター。
 七年前。
 九歳。
 情報が多すぎて、何について考えればわからない。
 ふと、最初に思いついたことを、冬継は口にした。
「なあ如月更紗。ってことは、ハンプティ・ダンプティって――」
 その問いを遮って、マッド・ハンターは高らかに言った。
 まるで、そこには触れてほしくないと、言わんばかりに。
「さぁさぁさぁ! 質問はそこまでだよ冬継くん。次のゲームといこうじゃないか。あとは本
編でのお楽しみ、という奴さ」
「なんのことだよなんの……」
 ぶつくさと、それでも冬継は従った。一気に話を聞いても、全てを理解できるとは思わなか
った。
 カードはまだ三分の二は残っている。あと二回は出来るだろう。
「それじゃあ、配るよ」
 言って、幹也がカードを配り出す。

 奇妙なお茶会は、まだ、続く。
 



631 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/10(土) 23:59:26 ID:8jgVWqnM

・使用済み
ハート   A 34  7  十
ダイヤ   A 34  78
クローバー  2   6  9    K
スペード  A2   67