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427 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/07/23(月) 00:09:33 ID:itF5uxVe
第十七話~クイズ~

 菊川邸の中に潜入するのは拍子抜けするほどに簡単だった。
 室田さんの運転する車で屋敷の裏について、室田さんが取り出した鍵で裏口の門を開けて敷地内へ侵入。
 携帯電話のディスプレイは7時を過ぎる時間を報せていた。
 空に浮かぶ月は光を地上に降り注いでいて、うっそうと生い茂る草木の作る影を強くさせていた。
 手入れもされていないらしく、数年は誰も使ったことのない道だ、と室田さんが教えてくれた。

 暗い獣道を2人で歩き、ようやく開けて見えた場所には物置のような建物が建っていた。
 建物のドアを鍵で開け、中にはいると階段があった。そこから屋敷の中に入れるということらしい。
 階段を降りきって、目の前を見るとずっと先まで続くコンクリート製の通路が、
天井についている蛍光灯に照らされている光景があった。
 無言の沈黙と、革靴の立てる音と、俺の立てる静かな――緊張でつい足音を立てないように歩いてしまう――
足音がカビ臭さと動物の死骸の匂いのする通路に響いた。

 室田さんの後に続いて通路の突き当たりにあるはしごを上りきると、今度は暗い部屋に出た。
 いや、明かりがないわけではない。ただ部屋を照らし出すだけの光量がないだけで光はあった。
 光は四角い形で、壁に無数に貼りついていた。

 室田さんが部屋の明かりをつけた。
 同時に、先ほどまで暗闇に浮かんでいた光の正体が知れた。
 正体は、無数のテレビだった。
 テレビは、キーボードやスイッチの並ぶ机の上から天井近くまで積み重なっていた。
 画面は絨毯の敷かれた廊下、手すりのついている階段、黒一色の光景に浮かぶ窓などを映し出していて、
さらにどの画面も違うものを映し出しているように見えた。
 見ていると、目がチカチカして不快感を覚える。

 室田さんは部屋の椅子を引き寄せるとキーボードを手繰り寄せ、指を忙しく動かしだした。
 タイピングを邪魔しないよう、慎重に声をかける。
「ここは何ですか? ひょっとして、監視室か何か?」
 タイプ音をそのままに、執事の声が返ってきた。
「ご明察の通りです。ここは、私が準備した、屋敷全体を監視するための部屋です」
「ってことは、十本松がどこにいるのかもわかるってことですか?!」
「いいえ。誰もが行き来できる場所である客間や厨房などにはカメラを設置しておりますが、
 屋敷に住まう個人の部屋には設置しておりません」
「あ、そうなんですか……」
「しかし、廊下に誰かが歩いているのであればすぐにでもわかります。
 今から私が留守にしている間の監視カメラの記録をあさってみます。
 が、少々時間がかかりそうです」
「じゃあ、俺も手伝いますよ」
 俺がそう言うと、室田さんは指を止め、俺の方を振り向いた。



428 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/07/23(月) 00:10:18 ID:itF5uxVe
「遠山様には、別のことをしてほしいのです」
「なんです、それ」
「ここから出て、かなこ様と、天野基彦の娘を探し出してきてほしいいのです」
 室田さんは机のひきだしを引いて、片側だけあるヘッドホンのようなものを取り出した。
 差し出されたそれを受け取る。プラスチックのみでできているおもちゃみたいな軽さだった。
「それを耳につけてください」
 言われるままに耳にヘッドホンを装着する。
 つけてみて、違和感は覚えなかった。つけているのかどうかも忘れてしまいそうだ。
「私が記録をみて手がかりを見つけたり、また屋敷内の使用人や十本松あすかに発見されそうになりましたら、
 その通信機に連絡を入れます。その後でどうされるかは、遠山様が判断してください」
「判断? 逃げるんじゃなくて?」
「はい。逃げるも、戦うも、遠山様の判断にお任せします。
 願わくば、かなこ様は無傷のままで保護されていただきたいですが」
「戦うったって、俺には……」

 何の力も無い。
 華と香織が危険にさらされたとき、俺は何もできなかった。
 人より優れた筋力もなければ、格闘技を習ったこともない。喧嘩をした経験すら、数えるほどしかない。
 そんな俺が、俺をたやすく気絶させた十本松を相手にできるか?
 十本松の言葉が脳裏によぎる。
 近づいたら、殺す。姿を現したら、殺す。
 記号としてしか意識していない死。
 今の俺の傍には、死が居る。
 屋上から飛び降りれば。トラックの前に飛び出せば。人は簡単に死ねる。
 だが、それは普段意識することのないものだ。
 自分が決してやらない、やることはない。そう信じているから。

 今から俺がやるのは、自分の身の安全を守ろうという意思に反することだ。
 ここから一歩踏み出して、もし行動を誤れば――十本松に見つかれば、死ぬ。

「怯えておられるのですか?」
 言葉がでない。反論ができなかった。
 俺は怯えている。目の前にはいない十本松に。あいつが残していった言葉に。
「いえ、失礼いたしました。悪気はありませんでした。機嫌を悪くなさらないでください。
 ですが、もし気が乗らないのでしたら、私が救助へ向かいます。
 かなこ様は、必ず私が助けます」
 室田さんは、きっぱりと言った。
 迷いは一切感じられなかった。あらかじめ用意してあった言葉を言っているようだった。
 室田さんにとって、かなこさんを救うというのは当然のことなんだ。

 では――俺は?
 俺は、香織とかなこさんを助けたいと思っていないのか?
 思っている。
 思っているが、意思が形を持たない。落ち着き無くふらふらと頭の中で漂っている。



429 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/07/23(月) 00:11:02 ID:itF5uxVe
 室田さんが、懐に手を入れた。出てきたものは、拳銃。
 リボルバータイプとは違う、角が丸っこい小型のオートマチックの拳銃だ。
 続いて、今度は別のものを取り出した。今度は鞘に納められているナイフ。
 長さは全長で見積もって、成人男性の手の中指の先端から手首までの長さ程度。
 2つを右手の上に乗せ、室田さんは俺に差し出してくる。
 差し出されても、どうしたらいいのかわからない。
 俺に、拳銃とナイフを持てということを言っているのか?

 拳銃は、グリップを握り空いた片方の手でスライドを引き狙いを定めて引き金を引く。
 モデルガンの場合はそんな感じで弾が出てきた。
 けど、今目の前にある拳銃から発射される弾丸はプラスチックでできた数ミリの弾丸ではなく、鋼鉄製の弾丸。
 人に当たれば、問答無用で命中した箇所を抉る。
 簡単な操作でそれを行ってしまうことのできる武器だ。

 ナイフは柄を握り相手の体に刃を刺し込めば、対象を傷つけることができる。
 使うための手順はいらない、銃のような弾数制限もない、簡単な武器。
 そして、人を刺した手ごたえを感じられる武器でもある。
 目の前にある、鞘に納められたナイフが、俺自身に向けられているところを想像した。
 相手は俺。無表情で、だらりとしている右手でナイフを握っている。
 刺した感触と、刺された感触が、実際に刺したことも刺されたこともないくせに想像できた。

 室田さんが差し出している手は、さっきからずっと動いていない。
 俺が武器を手にとるのか、その手を払いのけるのか、それを待っている。

 ――選べ、遠山雄志。
 香織とかなこさんを助けたいのか?
 それとも2人を見捨てるのか?

 ――助けたい。いや、助ける。
 もともと、俺は2人を助けるためにここに来たんだ。
 香織は、昔から俺の友達として傍に居て、俺のことを想ってくれていた。今では恋人だ。
 かなこさんは、前世からの恋人だという理由だけで俺を慕ってくれる女性だ。
 だけど、俺はかなこさんが俺のことを純粋に想ってくれていると知っている。
 2人とも、俺のことを好いてくれる。
 2人の気持ち両方ともに応えることはできない。
 だからといって、2人を見捨てることなんてできない。

 もし十本松に鉢合わせしたらどうするのか?
 そんなことは考えるな。そのときに考えろ。
 決断。それさえすれば、このもやもやとした状態を落ち着かせられる。
 右手を伸ばす。2種類の武器は俺の手を待っているように――いや、どうでもいいような感じでそこにいる。
 こいつらに目的意識はない。目的を与えるのは、使う人間。人を殺すのも、木を削るのも、人間がやることだ。
 だから、どういうふうにこいつらを使うのかも、俺次第だ。

 最初に拳銃を手にとり上着の内ポケットに突っ込んだ。
 続いて、ナイフの鞘を掴んで上着の右ポケットに入れた。
 拳銃は内ポケットの中にしっかりと収まったが、ナイフは少しだけポケットからはみ出した。



430 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/07/23(月) 00:12:25 ID:itF5uxVe
*****

 明かりに照らされ、夜の静寂が染み込んで静まりかえった廊下を歩く。
「遠山様。次の突き当りを左へ」
「はい」
 通信機から送られてくる室田さんのナビの声を頼りに向かうのは、十本松の部屋。
 ここを最初に当たろうと思ったのは、一番気になる問題を早く消化してしまいたかったからだ。
 十本松が住んでいた部屋ということは、あいつが居る可能性があるということ。
 ならば、いきなり拳銃を向け合う事態になるだろう。
 しかし、考えてみると香織とかなこさんを自分の部屋に連れ込んで、なおかつ十本松がそこに留まっている
なんてありえない気もしてくる。
 おそらく、室内には誰も居ない。
 こういう場合の悪役は地下室に閉じこもっているか、もしくは最上階にいるはず。
 十本松が典型的な悪役であれば、そうなるはずだ。

「そこの突き当たりのドアが、十本松あすかの部屋です」
 案内に従ってたどり着いた場所。廊下の突き当たりにあるドアの前。
 そこは、先日華に連れられてやってきた屋敷から脱出するために使った場所、十本松の部屋のドアだった。
 ドアに耳をあてて中から音が聞こえてこないか確かめる。
 何も聞こえてこない。廊下がしん、と静まりかえっているのと同じように、ドアを伝ってくる聞こえてくる音も静かだった。
 右手を上着の内ポケットに入れる。ポケットの中にあるのは、拳銃だ。
 自分の体温で少しだけ暖まった銃のグリップを握る。冷たさは感じない。
 右手はそのままにして、左手でドアノブを捻る。
 タン、タン、と心の中で2回足踏みをする。

 ドアを引き、右手から拳銃を取り出して部屋の中に向けて構える。
 そこには誰も居なかった。
 明かりが点いていない室内には、窓の向こうの夜空に浮かぶ月しか見えない。
 銃を正面に構えたまま左の壁に背をつけ、室内へと移動する。
 左手で壁を探る。腕を上下させていると、壁とは違う感触があらわれた。
 おそらく部屋の蛍光灯のスイッチだろうと見当をつける。

 スイッチを押し込もうとしたとき、息を吸う音が聞こえた。――誰かいる!

 飛びのく。
 目の前を何かが通り過ぎた。床が軽く揺れて大きな音が立った。
 舌打ちの音が聞こえた。
 飛びのいて着地した場所はドアのすぐ近く。体を振り回すように動かして廊下に出て、壁を背にする。

 心臓の音が聞こえる。鳥肌が立った。冷や汗が額に浮かんだ。
 弾む心臓を静めるつもりで深く呼吸をする。――少しだけ落ち着いた。
 今のところ、相手が攻撃を仕掛けてくる気配は感じられない。
 俺が動くのを待っているのかもしれない。
 相手は十本松か?それとも他の誰か?わからない。暗くて何も見えなかった。
 室内からは何の音も聞こえてこない。さっきはこれに安心していた。
 今は室内に敵がいることがわかっている。
 それを知っていて不用意に中に踏み込むことはできない。



431 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/07/23(月) 00:14:06 ID:itF5uxVe
 逃げるという選択肢もある。相手が屋敷の使用人であれば相手をする必要も無い。
 いや、相手を取り押さえて十本松の居場所を聞き出せば。
 相手は銃を持っていない。持っていれば暗闇の中で俺を撃っているはず。
 だとすれば、俺が持っている銃は威嚇の武器になる。
 撃つかどうかは――相手の出方次第か。
 大人しく従ってくれるならそれでいい。従ってくれないなら、腕を撃って止める。
 上手くいくのかは置いておくとして。

 目を閉じる。鼻から大きく息を吸い込む。肺に息を溜める。口から息を吐きく。目を開ける。
 祈るつもりで一連の動作をして、部屋に飛び込む覚悟を決める。
 左足を軸に回転し、体を部屋の入り口の前へ。両手で握った銃の口を室内の暗闇に向ける。
 認識が遅れた。人が立っていることに、一瞬気づかなかった。
 やられた! ――と一瞬思った。
 だが、体に衝撃は走らなかった。

 室内にいたのが、
「おにいさん?! なんで、いや、さっきのってもしかして!」
 両手で持った木刀を今にも突き出さんとしている、華だったから。
 黒のコートに灰色のジーンズ、靴まで黒。
 華の髪の毛の色は黒だから、上から下までほぼ黒一色に染まっていることになる。
 眼鏡はかけていない。以前屋敷の使用人に変装したときといい今回といい、行動を起こすときは眼鏡を外すようだ。

 拳銃を構えている腕はそのままに、忘れていたものを思い出す心地で考える。
 ……なんでこんなところに華がいるんだ?
 午前中まで入院していたのに。
「ごめんなさい、おにいさん! てっきり十本松が来たのかと思って、私、あんなこと……」
 あんなこと? 明かりを点けようとした俺を狙ったさっきの奇襲攻撃のことか。
「本当、おにいさんだって知らなくって、私、それで……」
 華は振り上げた木刀を下ろすことなく、構えた状態で慌てた表情を見せた。
 俺が腕を下ろすと、華は同じように木刀を下ろした。
「あの、その手に持っているのは?」
 華は、視線を下に落としてそう言った。
 その視線の先。そこには俺の手の中に握られている拳銃がある。
「ああ、これは……」
「拳銃ですよね、それ。もしかして、危ないことをしているんですか?」
「……当たりだ」
「どうして危ないことをしているんですか?」
「香織とかなこさんを助けるためだよ。悪いか?」
「悪いですよ。なぜあの2人を助けるんですか?」
「なんでって、香織は恋人だし、かなこさんは見捨てられないし」
「それだけの理由でですか?」
「……なに?」
「意味、わかりませんでした? それだけの理由で、あの2人を助けるためにおにいさんが身を危険にさらすんですか?
 って意味で言ったんですけど」



432 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/07/23(月) 00:15:16 ID:itF5uxVe
 華の奴、何を言っているんだ?
 それだけの理由?恋人や、助けたいと思う人を助けるのは理由としては充分だろ?
「おにいさん?」
 華が答えを催促するようにそう言った。
「それだけの理由だよ。それだけの理由があれば俺は危険な目に会ってもかまわない。
 お前だってそうじゃないのか? 例えば――俺が、十本松にさらわれたら、同じことをするだろ?」
 俺がこう言えたのは、華が俺のことを好きだと告白したのを聞いたからだ。
 そうでなければこんな自意識過剰なことは言わない。

 華が口を開く。
「愚問ですね。そんなわかりきったことを、今さら聞かないでください」
「だったら、俺がこうやって助けに来ているのだって同じことが言えるだろ? 好きな人を助けに来て、何が悪い?」
「まだ好きだっていうんですか? あの2人のこと」
「当たり前だ」
「それじゃ――あの人達がいなくなってしまえば、さすがに忘れられますよね。
 本当は十本松に怪我のお礼をするためにここに来たんですけど、邪魔しないほうが良さそうです」
「なんだと?」
 華の言葉に不快感を覚えた。
 あの2人が、いなくなってしまえば?
 まさかこいつ、また。

「おにいさん、帰りましょう。あのポケポケ女と痴女のことなんて見捨てて」
「お前、自分が何を言っているのかわかっているのか?」
「もちろんです。きっと十本松なら、あの2人を綺麗に始末してくれますよ」
「始末……?」
 不愉快な言葉だった。特に、今の俺にとっては。
「きっと、私達の目の前に現れないよう、誰も知らないところに埋めたり、それか海外に売り払ったり――」
「華ぁっ!!!」
 言葉を遮って叫び、右手に持ったままの拳銃を華に向ける。
 手が震えている。
 それは拳銃の重みのせいではなく、華の豹変に対するおびえでもなく。
 知人の命を簡単に切り捨ててしまう従妹の台詞に逆上した、自分の怒りによって。
 拳銃は音を立てずに震えていた。
 銃身は小刻みに動き、頼りなく華の体に狙いをつけていた。

 華は銃口を向けられてもひるむことなく、怪訝な表情で見返してきた。
「なんでおにいさんが私にそんなものを向けるんですか? やっぱり私のことが嫌いですか?」
 銃を向けられていても、華の調子は変わらない。
 ――もう、華の言葉は無視だ。
「帰れ、華。どうやって入ってきたのかは知らないが、早くここから出て行け」
「え? あの」
「そして、あのアパートにも戻ってくるな。どこか別のところに住め」
「そんな、なんで、おにいさん」
「言っていることがわからないか? なら、わかりやすく言ってやる」

 華の着ているコートの襟首を捕まえて、引き寄せる。
 目を丸くした華は、なすがままになっている。
 その華に向けて、俺は、
「俺の前から消えるんだ。そして、二度と現れるな」
 怒りの感情を込めて、吐き捨てた。


433 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/07/23(月) 00:16:07 ID:itF5uxVe

 華の体を引きずり、廊下へ押し出す。そしてドアを閉めて鍵をかける。
 ドアを閉めると部屋の中は一気に暗くなった。
 一寸先も見えない状態だ。
 床にしゃがみ、ドアに背中をつける。
 ドアが乱暴に叩かれ、背中が揺れる。涙まじりの華の声が聞こえてくる。
 顔を上に向け、憂鬱な心地で、それを聞く。

「おにいさん! なんで、どうして私がおにいさんの前から居なくならないといけないんですか!
 今までずっとおにいさんを想って来たのに、なんでおにいさんはこんなことをするんです!
 好きなんです! 私だって、香織さんやかなこさんに負けないくらい、いえ、誰よりも!
 なんでもします! なんでも言うこと聞きます! 絶対に逆らいません!
 だから、だから開けてください、顔を見せてください、傍に居させてください!
 嫌! いや……いや、いやぁ……おにいさん、おに……おにい、ちゃん……お兄ちゃん。
 いい子になるから……華、いい子にしてるから……言うこと、なんでも聞くから。
 また、昔みたいに一緒にいようよ……お兄ちゃんが前に立ってくれないと……だめなの。
 お兄ちゃんの邪魔するやつらなんか、全部やっつけてあげるから……。
 昔、お兄ちゃんが華のこと守ってくれたみたいに、ちゃんと、するから。
 そしたら……会ってくれるよね。昔みたいに頭、なでなでしてくれるよね?
 一緒に学校行って、一緒に遊んで、一緒にご飯食べてくれるよね?
 お兄ちゃん。華、頑張るから。だから……また、昔みたいに、仲良くしてね……」

 華の言葉と、ドアを叩く音がそこで掻き消えた。
「遠山様」
 右耳につけていた通信機から室田さんの声が聞こえる。
「なんです?」
「先ほどの女性の方は、ドアの前から離れていきました」
「そうですか。それで、今は?」
「屋敷内の部屋を調べながら歩きまわっています。止めなくてもよろしいのですか?」
「……すいません。今、あいつの話はやめてもらえますか」
「はい。わかりました」

 通信機を耳から外し、マイクを塞いで嘆息する。
 さっきの華の様子、それに喋り方は、小学生のころと同じだった。
 いつも落ち着いている華がこれほど取り乱すなんて。
 俺は華も好きなのに、怒りに任せてとんでもないことを言ってしまった。
 華に二度と会わないでくれと言われたら、俺だって悲しい。
 それをわかっていて、あんなことを言ってしまうなんて。
 華よりも、俺の方がどうかしている。



434 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/07/23(月) 00:17:08 ID:itF5uxVe
 気持ちを切り替え、通信機を再度耳に付け、立ち上がる。
 壁に手をつきながらさっき見つけた明かりのスイッチを探す。すぐに見つかった。
 6つ並んだスイッチを手のひら全体で押す。
 光が瞬くことなく、部屋全体が明かりに照らされた。

 改めて見る十本松の部屋の中は、俺が住んでいる部屋に比べてかなり広い。
 俺の部屋と比較するのが間違いか。この部屋の中に俺の部屋は4つほどなら楽に入りそうだ。
 以前屋敷から脱出するときに使った扉。その前には以前、本棚が立っていた。
 今、その本棚は前のめりに倒れている。
 本棚の背が足の形にへこんでいるところから察するに、華はここから侵入したのだろう。
 他には変わったものは見つからない。どこも安物とは違う品格の漂う物が置かれているだけ。
 部屋に入ったものの、誰もいないうえ変なものもないとくれば、ここに留まっている意味はない。

 きびすを返し、部屋から立ち去ろうとしたとき、ベルの音が鳴った。
 室内を見回す。机の上に乗っている一昔前を描いた映画に出てきそうな電話機が振動していた。
 通信機に手を当てる。
「室田さん?」
「はい」
「今、屋敷の中で電話をかけている人はいますか?」
「いいえ。カメラに映っていた映像には、それらしき人影はおりません」
 とすると、どこかの部屋からかけているということか。
 この部屋に誰かがいるということを知っている人間、というと華だ。
 だけどあいつがこの部屋に電話をかけてくるはずはない。
 この電話は華以外で屋敷の中にいる人間の、誰かがかけてきている。

 電話のベルは鳴り止まない。規則的な高い音を繰り返し鳴らし続けるだけ。
 棒状になっている受話器の取っ手を掴んで、耳につける。ベルの音が止まった。
「…………」
 電話の相手は話しかけてこない。
 しかし、この状況で電話をかけてくるような奴は、俺の予想が正しければ。

「十本松か?」
「…………」
「黙ってないで早く返事しろ。お前、俺がここに来てるのを知っててかけてきてるだろ」
「ニブチンのくせに、変なところの勘は鋭いんだね、君は。
 ご名答だよ、雄志君。私、十本松あすかが今、君に電話をかけている」
 勘……というより消去法と言ったほうがいいかもしれない。
 十本松の支配下に置かれた屋敷の中で、わざわざ電話をしてきそうなやつを考えたとき、思い当たるのはこいつしかいない。

「なんで俺がここにいるとわかった」
「私の部屋の明かりが点いたから、もしかしてと思って見てみると君がいた。それだけのことさ。
 別に君の匂いを嗅ぎ取ったとか、君の気配を感じて胸が高鳴ったとかいうわけじゃないから安心してくれ」
「お前……どこかで見てるのか?」
「そこは私の部屋だよ? 監視カメラがいくつか置いてあっても不思議じゃあるまい?
 面白いやりとりだったよ。さっきの華君とのやりとりは。本当に君は女泣かせだね」
 返事はしない。こいつの遊びに付き合っている場合ではない。



435 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/07/23(月) 00:18:30 ID:itF5uxVe
「香織とかなこさんを、どこに隠した」
「さっそくそれか。もう少しムードというものを意識するべきだよ。せっかくの、ドラマチックな展開なんだから」 
「……ふざけてるのか?」
「ふざけているとも。私は今、上機嫌だからね。君という駒がここに来てくれて嬉しいんだよ。
 君にもこの台風の翌日の青空のような気持ちを分けてあげたいくらいだ」
「俺は、お前という俺の人生でも類を見ない変態犯罪者のせいで、ちっとも嬉しくなんかないんだがな」
「それはよかった。そこまで君が不快感を覚えてくれて光栄だよ。――そのお祝いに、クイズでも出題しようか」
 なんでくそ面白くもない回答役をたまわらねばいかんのだ。しかもこんなときに。
「誰が答えるか。お前をはり倒して2人を助け出せば全部済む」
「それでは同じこの繰り返しになるよ? 私は必ず、2人を捕らえて君をおびき出すということを繰り返す。
 君も、私も、そうせざるを得ないんだ。現にそうなっている」
「そうせざるを得ない……?」
 何を言ってるんだ、こいつは。
 まるで誰かに強制的にやらされているみたいな言い方だが……。
 もしかして、こいつに指示をしている人間がいるのか?
 そうだとすれば、そいつをどうにかしないかぎり香織とかなこさんの安全はいつまでも保証されない。
「もし全問正解した暁には、2人を開放しよう。約束するよ」
 仕方ない。言うことを信用するわけではないが、クイズに答えることで2人が助かる可能性があるなら。

「……とっととクイズの問題を教えろ」
「乗り気になったようだね。結構。
 では、私の机の上に乗っている二冊の本を見てもらえるかな?」
 電話機が置いてある机の上には、言うとおりに二冊の本があった。
 一冊は俺がかなこさんと出会うきっかけになった、姫と武士の話を綴った本。
 もう一冊は以前十本松にもらった、大事な女を失った男が女の仇を殺し復讐を果たした後で、
仇だった男の娘に殺されてしまうという救いようのないストーリーの本。この本は、俺の部屋に
入り込んだときに持っていったのだろう。
 どちらもなかなか面白い本だったが、今さらこんなものを持ち出してどうするつもりだ?

「実はその二冊は続けて読んでようやく全体のストーリーになるんだ。
 あるところに姫様と武士が居ました。姫様はある日、2人の刺客によって命を奪われました。
 ここまでで、一冊分」
 十本松はここでしばらく間を空けた。
 俺は続きを聞き漏らすまいと耳を凝らした。

「姫様を愛していた男は、当然怒ります。姫様の仇をとることを決めました。
 刺客の1人は簡単に殺せました。しかしもう1人の刺客の男はなかなかに手ごわい。
 残された刺客の弱点は、たった一つだけありました。刺客の男には、最愛の娘がいたのです。
 元武士の男は、言葉と体で娘を惚れさせて、娘の父親であり、憎悪の対象である刺客に近づきます。
 その後は簡単でした。父娘が寝ているところに襲撃をかけ、父親を殺しました。姫様の仇をとったのです。
 元武士の男はそこで目的を見失い、故郷へ帰ります。故郷には、両親や昔の恋人が住んでいるのです。
 昔の恋人に再会し、武士は昔の気持ちを思い出しはじめます。
 これからは、故郷で平和に暮らそう――そう思っていた男の心臓を、貫く刀がありました。
 男を刺したのは、最愛の父親を殺された娘でした。
 娘は自分が騙されていたことに気づき、男へ向けていた愛を裏返し、憎悪を向けたのです。
 最後に立っていたのは、男の元恋人と、かつて愛していた男を殺した女と、倒れた男の胸に刺さった刀だけでしたとさ」



436 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/07/23(月) 00:21:04 ID:itF5uxVe
 十本松はそこまでよどみなく言うと、言葉を区切った。
「とまあ、こんな話のわけだがね」
「で、クイズの問題は?」
「少しはねぎらいの言葉くらいあってもいいんじゃないか? ……ま、どうでもいいがね。
 では、第一問。この後で、残された二人の女はどうしたでしょう?」
 ……簡単だな。
 残された二人。男の元恋人と男を殺した女。
 よくある昼ドラ的展開なら。
「元恋人が、男を殺した女を、殺害した。ってところだろ」
「正解。まあ、これはジャブだ。難しくなるのは第二問から。
 先ほどのストーリーの主役である武士の役に、十本松あすかを起用した際、
 刺客に殺されてしまうお姫様役になるのは、誰?」

「……は?」
 あの本の武士が、十本松あすかだったら?
 相手役は……かなこさんか?前から婚約者、とか言っていたし。
「よーく、考えたまえよ。つまらない回答をした場合、かなこと香織の命はない。
 いや……女としての尊厳を失うような目に会って、社会的に抹殺されるだろう」
 くそったれ。余計なこと言うんじゃねえよ。焦るだろうが。
 十本松が好きな人間……誰だ?
 誰か居るはずだ。十本松と今まで交わした会話の中にヒントがあるはずだ。
 俺じゃない。あいつは俺のことなんかどうでもいい存在に思っている。
 かなこさんでもない。武士(十本松)が姫様を守っていたというのなら、十本松がかなこさんの命を狙うはずがない。
 十本松が仇を討つために努力するほどの、相手は――――いた!

「お前の親父さんだろ。小さいころから好きだった、昔死んでしまった、って話を、お前から聞いた」
「……正解。少しは頭が回るようになってきたね、雄志君。
 その調子で、次の問題――最後の第三問にも、正解してくれ」
「本当に最後か?」
「最後だとも。ただし、答えるのは電話越しではなく、私の前で直接行ってくれ。
 私は、この屋敷の第448地下室にいる。場所は室田にでも聞けばいい」
「なんでわざわざそんな面倒なことを……」
「決着をつけるなら地下室か建物の上。これはクライマックスの舞台の王道だよ」
 どうでもいいところにこだわりやがって。
「……まあいい。言われた通りにするから、問題を出してくれ」
「うむ」
 十本松は短く答えた。
 そして、クイズを出題する。

「第三問。第二問での配役はそのままに、物語を展開していった場合。
 菊川かなこ、遠山雄志はどの役を担当することになるでしょう。
 あなたの身の回りで起こった出来事を考慮したうえで、お答えください」

 問題の内容は、全て聞き取れた。
 が、意味がさっぱりわからなかった。
 何かヒントをくれ、と言おうか迷っているうちに、十本松が電話を切った。