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573 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/08/06(月) 00:17:57 ID:vFMbIiL1
第十九話~復讐者が滅ぶ~

 柔らかい。
 十本松の唇も、密着させている体も、後頭部にまわされている手も。
 十本松の存在の全てが、愛しく感じられる。
 わけがわからない。
 さっきまで俺は十本松に敵意を抱いていた。
 俺と華を気絶させて香織をさらい、かなこさんと一緒に地下室に閉じ込めた。
 こんな犯罪者を俺が好きになるはずがない。

 そのはずなのに、俺が今抱いている感情は一体なんだ。
 十本松が欲しい。
 俺の舌で、口内を貪りたい。
 抱きしめて押し倒して、俺のものにしたい。
 いきなりこんな愛情を抱くなんて、どういうわけだ?
 催眠術か?
 それとも、この部屋に立ち込める甘い匂いに媚薬作用でもあるのか?
 わからない。
 全てが甘くて、心地いい。
 このまま、この感情に溺れたい。

「……はぅ……ちゅ……」
 口の中に、十本松の唾液が入り込んでいる。
 唇の裏、舌の裏側、いや、口の中の全体に俺のものではない唾液が塗りつけられている。
 ――飲み込みたい。
 馬鹿か、俺。何を考えている。
 こんな気持ち悪いものが飲み込めるわけがあるか。
 今すぐ十本松を突き放して、拘束してしまうのが正しいんだ。
 わかっている。わかっているのに。
 なぜ俺の手は、十本松の体を抱きしめたくて、うずうずしているんだ。

 やめろ。
 今、こいつのキスに応えても、体を抱きしめても、その先はない。
 俺には香織がいる。恋人がいるのにそんなことはできない。
(どうでもいいだろう、そんなこと)
 変なことを言うな。俺は香織が好きなんだ。
(本当にそうか? そこにいる十本松あすかよりも)
 こんなやつ、香織に比べたら……。
(比べたら?)
 比べたら……なんだ?
 なんで、どっちがいいのかわからないんだ。
 俺は、香織のことが好きなんだろ。
 十本松のことなんて、どうでもいいと思っているだろ。
 じゃあ、どうしてすぐにその結論が出てこない。



574 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/08/06(月) 00:18:42 ID:vFMbIiL1
(それは、お前が)
 俺が?
(十本松あすかを愛しているから。天野香織より、現大園華より、菊川かなこより、愛しているから)
 十本松を愛している、から?
(そうだ)
 嘘だ。そんなことはありえない。
 ありえない、はずなんだ。

 背中全体に衝撃が走った。体中に感覚が復活する。
 ぼやけていた視界が復活し、俺の体の上に座る人物を認識する。
「十本松……」
「ふふふ、間抜けな顔」
「何?」
「顔の力が抜けている。目に敵意がこもっていない。体に拒絶反応が無い。
 それほどに気持ちよかったかな、私のキスは」
「……馬鹿を言って!」
 胸の上に座る十本松をひきずりおろそうと、腕を動かそうとした。
 だが、自由が利かない。両腕の手首が合わさったまま、体の前で固定されている。

「なすがままになっていたから、つい手首を縛ってしまったよ。それにも気づいていなかった?
 おかしいねえ。君は、私のことなんか、嫌いだろう?」
「ああ。中学校の部活動で知り合いだった先輩とか、頭が固くて理解のない俺の親父より嫌いだね」
「そのはずだよね。それなのに……」
 首筋に、冷たい手が触れた。
「こんなに心臓が激しく脈を打っているのは、どういうわけかな。どきどきしているみたいだ」
「手を離せ! この変人が!」
「言葉ではそう言っていても、体では拒否していない。素直になれないタイプなんだね、雄志君は」

 胸の上にかかっていた重量感が喪失した。代わりに、腰の上に重さを感じる。
 十本松が、腰の上に乗っていた。
「私も同じ。素直になれないタイプなんだ。だから」
 そして、俺と体を重ねてくる。
 お互いの体の同じ部位が、正面から服越しに触れ合っている。
「今も、こんなにドキドキしている」
 紅い顔が目の前に来て、俺を見ている。
 垂れた髪が、俺の額に落ちてくる。
 鼓動の波を感じる。俺の鼓動と、十本松の鼓動。
 ペースは異なるが、どちらの鼓動も忙しく動いていた。

 目を逸らす。今、目を見られたらやばい。そんな気がする。
 もしかしたら、俺の目はその先を期待するような目になっているかもしれない。
 話の流れを変える。
「こんなことして何になるんだ。お前が俺をどうにかしても、俺の気持ちは変わらない」
「変わる、変わらないは君の意思によってどうにかなるものではない。
 いずれにせよ、私の思うままに事が進めば、君は私を好きになる。いや、もう好きになっているかな?」
「反吐が出る。お断りだ。寝言は寝てから言え」
「結構。君の反応はそれで正解だ。君は私のことが嫌いなままなのに、体の反応は意思に反する。
 それこそが君にとっての苦しみになる。私はそうなるのを望んでいる」
 俺が十本松を嫌いなままでいたら、こいつの思い通り。
 俺が十本松をもし好きにでもなったら、胸糞悪い。
 どっちにしろ、俺にとって不愉快なことになるのは変わりないじゃねえか。



575 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/08/06(月) 00:19:39 ID:vFMbIiL1
「ではそろそろ、雄志君をいただこうかな」
「……は?」
 この女、今何を言った?
 十本松の目、いや、顔全体が笑っている。
 この笑顔に似た顔を見たことがある。あの夜の、かなこさんの顔にそっくりだ。
 もしかして。
「そんなに不愉快な顔をしないでくれよ。……滅茶苦茶にしたくなるじゃないか」
「やっぱりそういう意味か! やめろ、この……っ!」
 また唇をふさがれた。
 十本松の腕で頭を正面に固定されている。唇を外せない。
 唇を繋げられたまま、また体位を変えられた。今度は胸の上。
 唇を一度舐められて、ようやく唇が解放された。

「ところで、雄志君は足フェチかな? それとも胸フェチ? 両方?」
 答えは返さない。沈黙で拒否をする。
「答えてくれないと困るじゃないか。……仕方ない」
 十本松は、一度ため息を吐き出した。
 そして、着ているセーターに手を添えて、脱ぎだした。
 細いウエストがあらわになり、次いでライトイエローのブラジャーに包まれた胸が見えた。
「答えないなら、両方でいくしかないな」
「やめろ、そんなもん見たくなんかねえ!」
「とは言いつつも、雄志君は目を逸らさない、と。スケベだね、男というものは」
 そう言われて、十本松が脱いでいくのをじっくり見ていたことにようやく気づいた。
 慌てて目を背ける。なんですぐに目を逸らさなかった。なんでこいつの体に釘付けになった。
「しかし、それが男として正常な反応だ。目の前で服を脱いでいく女を見ていたい。
 その誘惑に勝てなくても、誰も責めたりしないよ」
 俺が許せないんだよ。くそったれ。
 衣擦れの音が続く。耳がその音を余すことなく聞き続け、目の動きをそそのかす。
 見るな。俺は見たいなんて思ってない。

「――よし、終わった。こっちを見ていいよ」
 誰が見るか。
「遠慮せず、じっくり見たまえよ。ほら」
 首を強制的に動かされた。
 目を開けてはいけない。開けたら、きっと目の前に……。
「強情な。なら、無理矢理にでも」
 両のまぶたに、指を添えられた。まぶたをこじ開けようとしてくる。
 きつく目を閉じても指の力には対抗できない。
 薄く開いたまぶたのすき間から見えたのは、上半身をさらした十本松の姿。
 白い肌、鎖骨、こぼれ落ちそうな胸、薄紅色の乳輪と乳首の先端、全てが見える。
 さっきから激しくなっていた鼓動が、また強くなった気がする。
 下半身に勝手に血が集まっていく。



576 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/08/06(月) 00:20:56 ID:vFMbIiL1
 まぶたに添えた指をそのままに、十本松が耳打ちしてきた。
「見ても、いいんだよ。今だけは、今このときだけは私の体は君のものだ。
 両腕が動かない分、その目に存分に焼き付けるといい」
「やめろ……その邪魔そうな乳をしまえ」
「それはできない。かなこか香織が起きるまではね。
 私と雄志君の交わっている姿をあの2人に見せないと、思い通りにいかなさそうだから」
「香織とかなこさんに今の姿を見せて、どうするつもりだ」
「まだわからない? さっきも言っただろう、あの2人のうちのどちらかに私を殺させるためだと。
 どちらかがこの姿を見て、逆上して私を殺す。それこそが私の狙いだ」
「だから! なんで自分を殺させるためにこんなことをするんだよ!」
「そうしなければいけないんだ。配役が変わろうと、物語は進めなければ」
「お前は、毎度毎度……わけわからんことばかり、言ってんじゃねえ!」
 叫ぶ。顔を近づけていた十本松が体を起こした。
 また裸の上半身が見えたが、構っていられない。

「わけわかんねえよ! 自分を殺してもらうためとか、前世とか、台本だとか!
 そんなもんは自分の妄想の中でやってろ! 周りの人間を巻き込むな!」
「妄想じゃない。現実にそう行動しなければ――」
「運命がどうとか言うのか。そうなるのが運命だって。かなこさんにも言ったけどな、俺はそんなの信じてないんだ。
 無視しちまえばいいだろうが、そんなもの! 自分の命までかけるな!
 お前が死んじまっても、死んだ親父さんに会えたりなんかできないんだぞ!」
「――いいや」
 否定の動作。
 首を振り、そしてまっすぐに俺の目を見下ろしてくる。
 その目に、怒りはこもっていない。
「会える。あの世ではなく来世で。生まれ変わっても、必ず出会える。あの本があれば、それができるんだ」
「あんなうすっぺらい二冊の本ごときで、そんなことが起こるか!」
「実際にこうして出会えているんだから、信じるほかないだろう? あの本にはその力がある。
 あの本が『適当』に振り分けた配役を、演じさえすればいい。
 そうすれば、何度生まれ変わっても出会い、また父を愛することができるんだ。
 だが……あの本に無理矢理でも逆らった行動をすれば、輪廻の輪を超えても、二度と出会えなくなる。
 そんなことはさせない。また父と会うためにも――私は今ここで殺されなければならない」

 十本松は本気で言っている。本気で運命を信じている。
 何がこいつをここまで必死にさせる? 父親への執着心か?
 命が惜しいとか、そんなことは思わないのか?
「君は私をおかしいと思うだろう。狂っていると思うだろう。
 だが、私には父しかいないんだ。どうしても、あの凛々しい父のことが忘れられない」
「なんでお前は、そこまで自分の父親のことを……」
「なんで? それを雄志君が言うのか? あの時に私を裏切った君が?
 あの時、君が私を裏切らなければ、君を恨み父を求め続ける、こんな歪んだことを繰り返さなくて済んだ。
 私を虜にさせておいて、その後で父に近づいて殺したりしなければ!
 君が裏切らなければ……ずっと、私を心から好きでいてくれたのなら、私は君と父に囲まれて、幸福でいられたのに。
 あの本は、君と私が出会うために書いたのに。……あの後で、書き足さなければよかった」
 前世の俺が十本松の父親を殺したから、こんなことになった。
 じゃあ、十本松の父親が死んだのも、俺が今こうしているのも、全部俺のせい?
 嘘だ。俺は悪くない。
(いや、お前が悪い。お前が復讐心に駆られていなければ、こんなことにはならなかった)
 違う。俺はただ、姫様の仇を討とうとしただけで。
(それが全ての歪みの元。死んだ女のことなど忘れていればよかったのだ)
 俺には姫様しかいなかったんだ。だからこの女を利用した。
(そのせいで、この娘が巻き込まれた。全て、お前のせいだ)
 知らない。姫様以外の女なんか、どうなったっていい。



577 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/08/06(月) 00:21:56 ID:vFMbIiL1
 ――姫様?
 何を言っている。前世が姫だって言い張っているのは、十本松とかなこさんだけで。
 あれ?
 十本松って、誰だっけ。かなこさんって、どんな人だった?

「さあ、続きをしよう)
 目の前に裸の女がいる。胸の上に座って、スカートをめくりあげて、中身を見せている。
 綺麗な足だ。さわったら気持ちいいだろうな。
 かわいらしいショーツが顔を覗かせている。三角形だ。
「ちょっと、これを借りるよ」
 女が俺の服のポケットから何か取り出した。
 刃物だ。ナイフだ。たしか、――さんにもらったものだ。
 女はナイフでショーツを切り裂いて、脱ぎ捨てた。
 眼前に、数十センチ前に、ひくひくと動く秘裂がある。
「ここに今から、雄志君のものが入るんだよ」
 雄志って誰だ。俺の名前は……なんだっけ?

 ズボンのベルトが外され、ジッパーをおろされ、パンツを脱がされた。
 押さえ込まれていた肉棒が立ち上がるのがわかった。
 それを、冷たい感触が包み込んだ。女の手だろう、きっと。
「すっかり硬くなっている。ふふふ、女にのしかかられて興奮するなんて、変態そのもの」
 一物を包み込む女の手が、上下に動き出した。
 下がるたびに性欲が溜まっていく。上がるたびに精液を吐き出しそうになる。
 手の動きに合わせて、女の豊満な胸も小さく震える。
 片手はまだ、スカートを持ち上げている。女の入り口は見えたままだ。
 早く挿れたい。この女がどんな味をしているのか知りたい。
「とうとう諦めたか? だけど、それでいい。正直になるのが一番だ」
 いっそう激しく、肉棒を扱かれる。
 荒っぽくも感じられる。だけど、今はこれぐらいのほうが気持ちがいい。
「膨らんできているよ。出したい? 吐き出したい?」
 ああ。これ以上抑えられたら、どうにかなりそうだ。早くしてくれ。
「あっははは! 可愛い顔だ! ご主人様の餌を待つ犬みたいだ!
 それじゃあ、ここで一度抜いておこうか……と思ったけど」
 ぴたりと、止まった。渦巻く肉欲が、女が手を離すと同時に消えうせた。
 なんでだ。気持ちいいうちに、そのままイかせてくれ。
「一回出したら、次に出すまで時間がかかるからね。そろそろ2人とも起きるころだし。
 もうちょっと遊んでいたいけど、中に挿れさせてあげるよ」



578 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/08/06(月) 00:22:45 ID:vFMbIiL1
 女がスカートから手を離した。そして体の上を這うように動き、腰のほうへ向かっていく。
 肉棒を捉まれた。先端が湿った部分に触れている。
 ぬるぬるとした女の秘部に、肉棒が飲み込まれていく。
 根元まで飲み込まれると、強烈な締め付けが襲い掛かってきた。
 俺のモノを締め出そうと、食いちぎろうとしているようにも感じられる。
 腰を突き上げる。膣壁とカリが擦れるたび、頭が痺れる。
「ひぅ! 待って、急に……あっ!」
 女の嬌声。さっきの上から見下ろす声と比べて、随分と音が高い。
 腰を叩きつけるようにして、女の中を抉る。
 ピストン運動で、女の乳房までが上下に暴れる。
 縛られたままの手で、乳房を掴む。柔らかな肉が手の中で歪む。
「……っ、……ぅ…………はっ……、また……膨らんでいるよ。
 ……まだっ、数分も経っていない、のに……早漏だね、きみ……っは」
 黙れ。挿れられて感じている女が言うな。
 女の胸を握りつぶすつもりで力を込める。悲鳴があがる。
 これ以上はこらえきれそうにない。もう、出そう。
 少しでも多く精液を吐き出すため、全力で腰を打ち付ける。
 忍耐の壁が決壊した。腰が痙攣する。
「……く、ぁ……ぁ、は……あつ、いぃ……」
 女は背中を仰け反らせたあとで、脱力した。
 伏せている顔から目を逸らす。スカートを捲りあげて、女との結合部分を見る。
 白い精液が漏れ出して、秘所の周囲は濡れ、ふとももの裏側まで垂れている。
 脱力。なぜか体に力が入らない。
 女とセックスするたびにこんな状態になっているわけではないのに。
 なぜこの女としただけで、一回出しただけでこうなる。
 頭がぼんやりと、眠気を受け入れていく。

 女の声が聞こえる。
「おやすみ。また、来世で会おう」
 この台詞は、何度か聞いたことがある。
 その後で、この女は俺の前から姿を消した。いや、俺がこの女の前から消えたのか?
 どっちなのかわからない。けど――この台詞が別れの台詞だということは、なぜかわかる。
 そしてまた、いつか出会うだろうということもわかる。
 だから俺は、安心して目を閉じた。



579 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/08/06(月) 00:25:16 ID:vFMbIiL1
*****

「お時間をよろしいですか?」
 と、後ろから声をかけてきたのは、姫だった。
 ここは城内の庭を一望できる廊下。俺は今から姫のところへ向かうところだった。
「もちろんです。何か御用ですか?」
「これを読んでいただきたくて。わたくしが書いたのです」
 姫が差し出してきたのは、数十枚の紙の束。
 受け取って目を通してみると、全ての紙に文字が綴られていた。
「日記……ではありませんね」
「恋文でもありませんわ。それはさすがに、あなたももらい飽きているかもしれませんから」
 姫がやわらかな、年相応の笑顔でほほえむ。

 姫は3つのころから、俺と共に過ごしてきた。付き合いは13年になる。
 出会ったとき俺は15を迎えていて、姫の護衛役の1人を任されていた。
 初めて2人きりで話したのは、姫がかくれんぼで蔵に閉じ込められていて、それを助けに行ったときだったか。
 それ以来姫は俺にべったりくっついてくる。務めのある時間の他は、片時も離れようとしない。
 姫が俺に好意を向けているのがわかったのは、姫が言葉と文字を習い始めたころ。
 文字の練習という題目で書かれる恋文を受け取ったときがそうだった。
 それ以来ずっと恋文をもらいつづけてきたせいで、俺の部屋にある籠からあふれそうなほどにまでなっている。

「今日お持ちしたものは、少しばかり趣が異なります」
「と言いますと?」
「私が夢に見た、もっとも恐ろしくて現実に起こって欲しくないことを、その紙に綴りました」
 見ると、一枚目から順に物語が始まっていた。
 最初から中ほどまでは俺と姫の、現実に起こった日常を書いたもの。
 その後に書かれていたものは、姫が殺されてしまうというものだった。
 姫が不安そうな顔で覗き込んでくる。
「手が震えておりますが……そんなに、酷い文でしたか?」
「いいえ。ただ、このようなことは起こって欲しくないと思っただけです。
 いえ、書かれているようには、絶対にさせません。私が」
「はい。もちろん、信じておりますわ」
「しかしなぜ、このような不吉なものをお書きになられたのです?」
「それは、その……恥ずかしいことですが、笑わないでいただけますか?」
「はい」
「紙に綴ることで、厄を避けようと思ったのです。
 恐怖は形の無いもの。ならば、形にしてしまえばそれは恐ろしいものではなくなる。
 こう教えてくださったのは、あなた様でしたから」
「まだ覚えておられたのですか。……お恥ずかしい」
 確かに、暗闇に怯える姫を見て、耐えられなくなった俺が教えたことだ。
 かくれんぼの一件以来、姫は暗闇を恐れていた。
 夜も眠れなくて困っていた姫に、その場しのぎで『恐怖とは形の無いもの』と教えた。
 それから眠れるようになったのだから、結果としては成功だったが。
 俺が返した紙の束を抱いて、姫は言う。
「これがある限り、もう恐怖は訪れませんわ。ずっと、あなた様と引き裂かれることなく、共に居られます」
 本当にそうであったらいいと、ずっと傍に居たいと、俺も思った。



580 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/08/06(月) 00:26:59 ID:vFMbIiL1

 それから姫が殺され、数年が経った。
 姫を殺した男の行方を捜し、ようやく突き止めた。
 男には、溺愛しているらしい娘がいた。
 その男の娘は、今俺に寄り添うようにして同じ布団の中にいる。
 可愛らしい娘だった。それに正直で、器量もよかった。男が溺愛するのも無理は無い。
 この娘を騙すのは、俺も気が乗らなかった。
 だが、何度殺しても、臓物を撒き散らして粉々にしても気が済まないあの男を殺すために、自分を殺した。
 娘は世間を知らずに育てられたせいか、俺の言葉で簡単に惚れさせることができた。
 それどころか、どこにいくにもべったりとひっつくようになった。
 その様子がまるで姫のように見えて、ますます俺の罪悪感は強くなった。

 ふいに夜風を浴びたくなった。体を起こす。
 すると、眠っていた娘がもぞもぞと動いた。
「……あ、れ…………どこに行くんですか?」
「すまない、起こしてしまったな」
「気にしないでください。ずっと起きていたんですから」
「ずっと?」
「はい。こうして、あなたの体に直に触れていられるのは、夜だけですから」
 こういう恥ずかしいことを平気で言うのだ。
 そのせいで何度か姫への気持ちを捨てそうになった。
 その度に、こんな感情は無駄だと、何ももたらさない愛だと自分に言い聞かせた。
 そう思えたのは、憎たらしいあの男、この娘の父親のせいだったかもしれない。
 あの男に助けられたかもしれないと思うと虫唾が走るが。

 娘を見ると、不安そうな顔をしていた。腕を掴む手も、震えている。
「怖い顔……怒っているんですか?」
「そうではないよ。君の父に、なんと言って挨拶をしようかと思ってね」
「ふふふ。大丈夫ですよ、父は私に甘いですから。私が強く言えば、結婚だって許してくれます」
「そうだといいがね」
 そう。明日、あの男に会う。今まで内緒にしてきたこの娘との交際を明かすために。
 決行は明日。奇襲をかけてあの男を殺す。それで、仇をとることができる。
 そうなると、この娘ともお別れか。

 なにを考えている。この娘はあの男に近づくための道具に過ぎない。
 そして決行すれば、この娘とはもう一緒にいられない。
 わかっている。だから今だけは、この娘を満足させよう。
 娘の唇を奪い、布団の上に押し倒す。娘は無論のこと、拒絶をしない。
「また……愛してくれますか?」
「ああ。今夜は、君が壊れるまで、そうしよう」
「嬉しい。……また、日記に書くことが増えました」
「まだ日記をつけているのか? 飽きないな」
「だって、あなたとの日々は忘れたくないですから。そうだ……またあのお話を聞かせてくれますか?」
「もちろんいいよ」
「もう聞くのは、何度目かしら。忘れないよう、あのお話も日記に書かないといけませんね」
 暗闇でも、この娘が笑うのは気配で知れる。 
 この娘が好んで聞く話は、姫様を殺された武士が仇をとるために奮戦する話。
 武士が仇役の男の娘に近づいて仇を討つという展開が、この娘は好きらしい。意外と悪趣味な娘だ。
 もちろん話に登場する娘が自分自身であることなど、この娘は知らない。
 もうすぐ自分が同じ目に会うとも知らず、娘は俺の話に耳を傾けた。



581 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/08/06(月) 00:29:32 ID:vFMbIiL1
*****

「――し様、雄志様」
 俺の名前を呼ぶのは誰だ。
「もう、起きても大丈夫ですわ」
 この喋り方は、かなこさんか。目が覚めたんだな。
 それに無事だった。かなこさんが無事ということは、香織もたぶん無事だろう。
 目を開けて、体を起こす。着衣は乱れていなかった。
 壁中に男の写真が貼られている。場所はまだ地下室の中だった。
「ああ、よかった。もう二度と目を覚まされなかったら、どうしようかと思いました」
「かなこさん……ですよね?」
「はい。なんでございましょう」
 あれ? なんだ、この違和感。
 別にかなこさんがおかしいというわけじゃない。
 お人形のようになめらかな髪も、真っ白な肌も、黒い瞳も、全てかなこさんだ。
 だが、俺はどこかに違和感を覚えている。

「雄志様?」
「ああ、ええと……なんでもないです」
「……しばらくぶりに会えましたのに、どうしてそんなに冷たいのです?」
「別にそんなつもりじゃ、ないです」
「雄志様は、わたくしに会えて嬉しくないのですか? 輪廻の輪をめぐってまた会えたというのに」
 また、違和感。
 以前はかなこさんの電波な台詞に危機感を覚えていたのに、今はそれがない。
 それどころか、かなこさんに会えて嬉しいとまで思っている。
 けれど、俺が一番会いたい人はこの人じゃないと、体が反応を示している。
 誰だっけ。俺には恋人がいたはずだ。――そう、香織だ。
「ここには他に誰かいます?」
「ええ、昔お会いした……天野香織さんがベッドに。あと、現大園華も」
「華も来てるんですか?」
 ここに華が来て、かなこさんは無事だったのか? あいつ、かなこさんを恨んでいたはずじゃ。
「最初はあの顔を見たとき腹がたちましたが、協力してくださったのですから、今日だけは許します。
 あの女が戦ってくれたおかげで、とどめをさすのが簡単にいきました」
「……協力って、何の?」
「十本松あすかを殺す、その協力ですわ」

 心臓が踊った。
 何故だ。十本松の名前を聞いた途端に、胸が熱くなり、同時に不安が訪れた。
 落ち着かない。あいつの、十本松の顔が見たい。
 ――いや、何を考えている。十本松だぞ? 変人で、犯罪者だぞ? 
「十本松は、今どこに……?」
「あちらにいます。正確には――かつて十本松あすかだった存在ですが」
 かなこさんが指差した方向、その先に居たのは、寝転がっている2人の人間。
 黒ずくめの服を着て倒れているのは、たぶん華だ。
 あざを作った顔は、苦しげに歪んでいる。大丈夫だ、華は生きている。



582 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/08/06(月) 00:31:01 ID:vFMbIiL1
 もう1人、壁にもたれて座っている女がいた。
 ひどい有様だった。裸の上半身を血で濡らし、あちこちにみみず腫れがついている。
 左胸にはナイフが突き立っていた。そこから、血が大量にあふれていた。
 目は閉じていた。頭は床に向けて伏せられていた。両手はだらりと床に落ちていた。
 額には、黒い穴。後ろの壁には、男の写真と、赤黒い血とピンク色の塊が一緒に貼りついていた。
 ――頭を銃で撃ちぬかれたんだ。
 まさかと思い、ポケットの中を探ると、あるはずの拳銃がない。
「失礼かとは思いましたが、少々拝借いたしました。心臓に刃物を刺すだけでは、あの女のしたことは償えません」
 じゃあ、あそこで、血に濡れて座っているのは。

「じゅっ、ぽん、まつ……?」
 嘘だろ。だって、さっきまで、生きて……。
 なんでだよ、なんでこんなに、気持ち悪い? 頭が割れそうに痛い?
 この、吐き気を催す感情は一体なんだ?
「どうか、なさいましたか?」
 この、呑気な声は、かなこさんか。
 十本松が死んだのに、どうしてこの人は平気でいられるんだ。
 腹がたつ。腹が立つな。――ああ、この人が殺したのか。
 そうか、俺が抱いている感情は、怒りなのか。
 怒りに悲しみが混じって、吐きそうになっているのか。
 でも、なんで。十本松が死んで、俺が悲しいんだ。俺が怒っているんだ。
 なんでだ。
(それは、さっきも言ったとおり、お前が十本松あすかを愛しているからだ)
 そう、そうだ。俺は、十本松を好きなんだ。だから怒っているんだ。
 じゃあ、これからどうしたらいい。
(それは自分でわかるだろう。お前のやりたいように、すればいい)
 そうだな、そうするよ。
 十本松が殺された。なら、俺がすることは――ひとつしかない。

 復讐しよう。十本松を殺した奴を、殺してやる。
 誰だったっけ? 
 確か、あの本の通りに行くと、十本松は武士の役。
 十本松の親父が姫様の役で、そいつを殺したのが天野基彦と菊川桂造。
 その娘が天野香織と菊川かなこ。
 武士を殺したのは、父親を殺された娘だ。
 余った役は、武士の元恋人役。十本松が言うには、俺はその役らしい。
 じゃあ俺は――香織と、かなこさんを殺せばいいのか。
 その役をこなせばいいんだな。

 ああ、目が回る。
 気分が悪いな。やっぱり今はやめよう。
 起きたら、殺そう。あの2人を、殺そう。
 あれ、でも……香織は何もしてないよな。
 それになんで俺、十本松のことなんか好きになったんだ?

 いいや。考えるのは止めよう。寝よう。起きたらきっと、なにもかも上手くいくさ。
 でも――目が覚めても、十本松は生き返ったりなんかしてないんだろうな。
 生き返ってたら、嬉しいんだけどな。本当に。