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25 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/20(日) 21:56:07 ID:zHYMwNz0
***

 洗濯機の蓋を開けて、中を見る。
 そこにあるのは、たった今洗い終わったばかりの、私とお兄ちゃんのそれぞれの下着と服。
 他の人の衣類は入っていない。
 私が、あえて選り分けてそういうふうにした。
 使うお水と洗剤の量が増えちゃうけど、仕方がない。
 私とお兄ちゃんは何もかも、全部一緒でなくちゃいけない。
 洗濯ものなんかはもちろん、住む家も、部屋も。
 ベッドは別。まだそういうことをするにはちょっと早い。
 それ以外のものは、家族と一緒に住んでいる以上、どうしても共同になってしまう。
 お母さんの手伝いを建前にして家事のほとんどを取り仕切っているけど、
バレずにできるのはせいぜいこうやって洗い物を一緒に洗うぐらいしかない。

 脱水が終わって、まだ湿っぽいお兄ちゃんのトランクスをひとつ取り出す。
 一瞬だけ躊躇。
 でも結局は耐えきれず、トランクスを鼻に押しつけてしまった。
 お兄ちゃんの匂いはしない。
 私の腰をくだく汗の匂いと体臭は完全に消え去っていた。洗濯したばかりだから当たり前。
 だけどそれじゃいけない。こんなものをお兄ちゃんが身につけてはいけない。
 お兄ちゃんに近づく邪魔者達――――そう、私以外の女の群れ。
 そいつらを遠ざけるためには、私の匂いをお兄ちゃんにつけるのが一番だ。

 真っ白いシャツを手に取る。
 水に浸され、洗剤で汚れを落とされ、脱水され、シワだらけになったお兄ちゃんのシャツ。
 今家にいるのは私だけ。何をしても咎められない。
「お兄ちゃん…………」
 だから私は我慢することなく、私の体よりずっと大きいお兄ちゃんのシャツを、ぎゅっと抱きしめる。
 こうしていると、幸せがじわじわ胸の奥に染みこんでくるから好き。
 現実でお兄ちゃんを抱きしめる機会なんてそうそうやってこない。
 たまにアクシデントを装ったり、人混みの中で抱きつくぐらいがせいぜい。
 感触を思い出して、妄想の中のお兄ちゃんの現実感を補完して、寂しさを紛らわせている。
 寝ても覚めても、という言葉の通りに私はお兄ちゃんのことを考えている。
 夜に寝ている時はもちろんだけど、たまに学校で授業中に眠くなり出したときもそうだ。
 それをやっちゃうとたまに先生から注意されてしまう。だけどやめられない。
 お兄ちゃんへの想いを止めるなんて、まず無理だ。
 家族に説得されても、こればかりは譲れない。

 特に、お兄ちゃんを狙う馬鹿姉には、絶対に。



26 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/20(日) 21:56:47 ID:zHYMwNz0
***

 過保護、と聞くと俺はまず両親に甘やかされて育った子供を思い浮かべる。
 そこからすると、俺は過保護な育て方をされてはいないと思う。
 俺だけでなく、弟や妹もそうかもしれない。
 というのも、両親がそういうタイプではないからだ。
 二人ともが、子供の自主性に任せて育てる方だ。
 何の口出しをしないわけでも、何かやろうとするたびにダメだと言ったりするわけでもない。
 よほど無茶を言わない限りは、進路相談にも応じてくれるし、お金も出してくれる。
 母が匂いを嗅いだだけで吐き気を催すほど苦手なシンナーを使用するプラモデル作りなどは猛烈な勢いで反対されるが、
それ以外に関してはある程度話が通じる。
 許可をもらった後は、他人に迷惑をかけないようにと釘を刺されるだけで、その後は放置だ。
 この両親の教育方針を、俺は放任主義レベルワンと名付けよう。
 ここから、あまり使わないから立ち絵を準備する必要もないだろうという制作サイドの事情で
ゲームに登場しない主人公の親みたいに、家を年中留守にしていればレベルツー。
 うちの場合は割と頻繁に帰ってくるからそこには達していない。
 自分の食い扶持は自分で稼げとだけ言って、わざわざ子供と別居するような親であれば、
それはさすがにどうだろうという感じだが、戸籍上で親子であれば一応親として認められる。よってレベルスリー。
 思いつきで例を挙げてみたが、要はうちの両親の育て方は良い方だと言いたかったのだ。
 父と母の関係が兄妹であるところはこの上なく異常だが、それ以外は親としてちゃんとしている。
 だから別に、退院一日前になって見舞いにやってきても何もおかしくないと言える。
 たまたま祖母と一緒に病室にやってきても、何が不思議があるだろうか。いや、無い。
 しかし、さすがにこのタイミングでやってこなくてもいいだろう……と口にしたくなってしまう。
 タイムリーすぎる。普段は開け放っている窓を掃除のために閉じたところに燕が突っ込んできたみたいな感じ。
 せめてあと五秒でも来るのが遅れていれば良かったのだ。
 病室を開けて最初に見えたものが、俺が病院のベッドの上で葉月さんに覆い被さっている姿だったりしたら、
両親だけでなく祖母まで誤解する。絶対に。
 端的に説明すればそれだけで誤解されてしまう。
 お前はシロでもグレーでもない、クロだ! なんて言われてもおかしくない。
 違うのだ。否だ。
 こうなったのには経緯があるのだ。
 密室状態で葉月さんと二人きりになっているという状況に興奮して、俺から押し倒したわけじゃない。
 むしろその逆なんだ。逆転してようやくこの体勢になったんだ。
 なんなら俺の右腕に懸けてもいい。今は折れてる、正しくは動かないんだけど、二ヶ月後には直ってるから。
 医者から、あくまでその怪我で無茶しなければだけど、とは言われているけど。
 落ち着け。自分の置かれた状況を整理しろ。
 控えめに見ても葉月さんを押し倒しているとしかとられない体勢になった経緯、俺ならば余すところ無く記憶しているはず。
 あれは――――そう、つい四半刻ほど前のことだった。



27 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/20(日) 21:58:04 ID:zHYMwNz0
     
 その頃の俺は折り紙で鶴を折ることで退屈を紛らわせていた。
 左腕一本では鶴を折ることなどできない。
 仕方なく右腕の代わりとして買い置きの缶コーヒーを活用していた。
 紙の端に重し代わりのコーヒーを置き、左手の指を駆使して作業する。
 やってみて初めてわかったが、片手で折り紙工作するのはなかなか難しい。
 指先をフルに使わなければ望んだとおりの折り目を付けられない。
 しかし、今日の午前十一時に終わったリハビリの後から開始した折り鶴作りにも、
午後四時近くまで続けていれば慣れる。
 傍から見ていればよく飽きずにやっていられるな、と口を出したくなるような光景だったろう。
 買いかぶらないで欲しい。同じものばかり作っていたら飽きるに決まっている。
 十羽ほど作った時点で、折り鶴とはすでに完成されたものだとわかってしまった。
 言うなれば、紙を折って動物や乗り物を作る行為そのものがそれ以上手を加えられないものなのだ。
 折り紙の楽しみとは、一枚の紙から何を創造するかを選ぶ段階にある。
 何色で、どれぐらいの大きさの紙で、何を作るか。
 鶴を折ると決めてかかった時点で、俺は自分で自分の楽しみを潰してしまっていた。
 折り紙を子供の遊びと甘く見ていたのは、俺だった。
 気付いた時にはもう遅く、ビニール入りのカラフルな色紙たちは全滅していた。
 他に暇潰しできるものも浮かばず、仕方なく病院のどこかにでも売っていないだろうかと立ち上がり、
病室のドアに指をかけた途端、自動ドアよろしくドアが勝手に開いた。
 病室にやってくる人間というと看護士か見舞いに来た知り合いのどちらかがほとんどだ。
 そしてこのケースにおいては後者であった。
 制服の上のコートを羽織った装いの葉月さんが、見舞いに来てくれた。

「あ、どこかに行くつもりだった?」
「違うよ。ちょっと買い…………じゃなくて、暇だったから散歩にでも行こうとしてたところ」
 ドアから離れて、ベッドの方に引き返す。
 シーツの上に腰掛けると、葉月さんはコート脱ぎ、手近にあったパイプ椅子に座った。
「昨日は結局来られなくって、ごめんね。家に親戚が来たから、どうしても外せなくって。
 怪我の具合はどう? 良くなった? 悪くなったりしてない?」
「悪くはなっていないと思う。良くなっていると信じたいって感じかな。
 一週間ぐらいは痛みがしたり腫れたりするって先生が言ってて、実際その通りだから、今はなんとも」
「そっか、そうだよね……じゃあ、肩が凝ったりしてない?」
「ん、肩?」
 右肩を意識してみる。そういえばギプスしているからあまり肩を動かしてない。
 肩の骨を動かすと、少しではあるけど筋肉が凝っているような…………気もする。
「肩、凝ってるよね?」
「まあ、ちょっとだけ。でもこれぐらいなら放っておいてもなんてことないし」
「肩が凝ってたらすぐにほぐさないといけないよね? なんせ病人だもん!」
 正確には怪我人なんだけど、というツッコミも反射的に出てこない。
 なんだ、葉月さんのこの必死な様は。
 この強引さ、まるで俺の肩の凝りをほぐすまでは家に帰れないみたいじゃないか。
「知ってる? 机の上で仕事したりする人って、肩が凝りやすいんだって。
 それは、ずっと同じ姿勢でいるからなの。
 骨と筋肉の位置はそのままで長時間過ごしたり、筋肉に力を込めると凝りやすいの。
 だからあなたみたいにプラモデルを趣味にする人は、時々肩の関節を動かしたりしないと、
 今はまだ良くても、年月を重ねていく毎に肩こりが慢性化しちゃう」
「へえ……そうなんだ」
「解消法としては、腕を内旋もしくは外旋させながら腕全体を大きく回したりとか、
 両手を組んで八の字を描いたりとか……そういうのがあるけど。
 実は、一番即効性があって効き目抜群なやつがあるんだよ」
「ふむ。それは一体?」
「肩たたきアンドマッサージ! これしかない!」



28 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/20(日) 21:58:59 ID:zHYMwNz0
 ぐっ、と親指をサムズアップする葉月さん。おまけにウインクまでされた。
 ラジオ体操のお姉さん、もしくはテレフォンショッピングの外国人の店員みたいな爽やかさ。
 葉月さんのこの一連の動きから察するに――――俺の肩の凝りをとりたいとか?
 ここまで言われて他の答えだったりしたら、俺と葉月さんの間に意思疎通はまったく成されていない。
「どう、どう? 誰かにして欲しかったりしない?」
 うむ、どうやら外れではないらしい。
 肩が凝っていなくても肩を揉まれるのは気持ちいいもの。お願いしたいところだ。
 ――が、しかし。
 いくら俺が入院しているからといって、肩こりがひどいわけでもないのに女の子に肩を揉ませるというのは、
なんとなく――いや、ものすごく悪い気がする。抵抗感がある。
 肘を固定しているとはいえ、それ以外はほとんど健康体なのであまり気を遣わないで欲しい。
 せめてこちらからも何かお返しをしたいところだが……ジュースを奢るか折り鶴の大群を贈るぐらいしかできるものがない。
 同じクラスのイケメン西田君みたいにトークで女子の心を虜、じゃなく、トリコロールにできればなあ。
 …………上手くも面白くねえよ、俺。失笑を買うだけだ。
「葉月さん、せっかくだけど、俺の肩は本調子だからやってくれなくても――」
 いいよ、と言おうとして、俺の口は止まった。
 すごい見られてる。
 どれぐらいすごいかって言うと、俺の目から一切目を逸らさずまばたきもしないぐらい。
 ただ見ているならまだしも、トゲみたいなものでチクチク突かれているような気がして、なんとも落ち着かない。
「……肩を揉まれるの、嫌?」
「嫌ってわけじゃ……肩たたきされるの嫌いなやつっていないだろうし」
「じゃあ、どうしてさせてくれないの? させてくれても、いいじゃない…………」
 葉月さんの目から力が抜け、弱々しくなる。
 このまましばらく待っていたら涙を浮かべそう。
 もうこうなったら、仕方ない。
「じゃあ、今更だけど。やってもらってもいいかな?」
「本当に! 本当の本当に!?」
「う、うん」
「やったやったやった! きゃっほーーーっ! じゃあさっそ、く………………」
 失敗した、みたいな顔で葉月さんが動きを止める。
 見事な一時停止であった。
 どうしたというのだろう。病院の中で騒ぎすぎたことを後悔しているのか、なんなのか。
 口に手を当て、咳を一発し、葉月さんが言う。
「えと……じゃあ、そこに座ったまま動かないでね。まず後ろからやるから」



29 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/20(日) 22:00:02 ID:zHYMwNz0
 葉月さんは靴を脱いで、ベッドの上に乗る。
 肩に手を添えられ、優しく揉まれる。
 指先が、肩の筋肉を弛緩させる。
 気持ちいい。もう、あまりに良すぎてこのまま眠ってしまいそう。
 イメージ的には、肩の筋肉から脳細胞の活動を抑制する物質が流れ込んでくるよう。
 いいなこれ。眠る前にやってもらったら絶対に良い夢見られる。
「なんだかね、こうしてると、お母さんのこと思い出すんだ」
「ん……お母さん?」
「そう。私、お母さんによく肩たたきしてたから。
 疲れた顔してる時とか、私の方から頼んでやらせてもらったぐらい。
 だから、これにはちょっとだけ自信があるの」
 そういえば葉月さん、お父さんよりお母さんが好きそうだな。
 直接聞いたことはないけど、お父さんのことをあまりいい風に言わないから、勝手にそう思ってしまう。
 それはともかく。
 葉月さんの台詞には少しばかり無視しがたい部分がある。
 男の肩を揉んで、お母さんのことを思い出すって、なんだか自分が男じゃないと言われたみたいだ。
 気にしすぎだろうし、葉月さんも深い意味もなしに言ったんだろうけど。
「あとね……あなたを見てると、なんだかお母さんのことを思い出しちゃうんだ。どうしてか分からないけど」
 ……これは、あなたは女っぽいねという葉月さんからのメッセージなんだろうか。
 とりあえず俺は、父が居ないうちに部屋を探索して怪しいものがないか調べるところから始めるべき?
 それとも父が一番風呂に入った後で、空のペットボトルを持って入浴すべきか?
 母の真似は男がやるにはハードルが高いからやりたくないなあ。
「あ、勘違いしないで。今のはあなたが女っぽいとか、そんなつもりで言ったんじゃないの。
 私がお母さんと一緒の時に感じた幸せな感じが、あなたと過ごしていてもあるから言っただけ」
「そうなんだ。俺が葉月さんの癒しになっているなら嬉しいよ」
「癒しっていうより…………幸せを与えてくれるんだよ、あなたは。
 あなたを想うと、毎日が楽しくなってくる。
 今日も学校に行ってあなたに会いに行こう、とか。
 綺麗にしたら、私のこと惚れ直してくれるかな、とか。
 ひとつひとつの行動に意味を見いだせる。前はそんなことなかったのに。
 全部、あなたのおかげだよ」
「そ、そう…………」
 まずいことになってきた……主に心臓付近が。
 葉月さんには一度告白されているものの、不意打ちのようなかたちで言われた今の台詞は、かつてなく俺の心を暴れさせる。
 加えて、肩を揉んでくる葉月さんの手つき。
 内側から外側から、俺の理性を突いてきやがる。
 この心の昂ぶりが、もしも別方向に行ってしまったら。
 …………俺は病院のベッドを治療以外の方面の用途に活かしてしまうかもしれない。



30 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/20(日) 22:01:10 ID:zHYMwNz0
 深呼吸。体の中にある流れを意識する。
 まだ、心臓が危険の一歩手前ぐらいに高鳴っているだけで、そこから延焼などしていない。
 よし、そのまま堰き止めろ。へそのあたりが湖だと想像しろ。
 そうでなくては、俺はご先祖様に二度と顔向けできないことをしてしまう。
「……よっと、これでとりあえず後ろは終わり」
 と言って、葉月さんが肩もみをやめてくれた。
 少し惜しい気もするが、これ以上触れられていたら本当に危険だ。
 病院の次に見知らぬ施設に入れられて、家に帰れなくなるかもしれない。
「ありがとう葉月さん。おかげでちょっと肩が軽くなったよ」
「そう? でもまだ終わりじゃないよ。全然やりたりないもの」
 ……何が、いや何を?
 というか何か変だ。
 今の発言、単に葉月さんの気がすまないみたいにもとれる。
 じゃあ、俺は葉月さんが満足するまで肩を揉まれ、理性を保ち続けなければいけないのか?
 冗談ではない、耐えられるわけがない!
 今もなんか、さっきのもっとやってくれるんだ、みたいに心のどこかが喜んでいるし!
「葉月さん、ごめん。俺はそろそろ眠くなってきたから、これ以上は……」
「そうなの? でも安心して。今度のは、寝ながらやるから。
 途中で眠っちゃってもオッケーだよ」
 葉月さんは俺の足をベッドの上に乗せると、体をベッドの真ん中まで移動させた。
 なんだ……一体何が始まるんだ……?
「ねえ、肘って動かしたら痛い?」
「え……あ、うん。肘自体を曲げなければ、平気だけど」
「腕を浮かせても?」
「まあ、それぐらいなら」
「じゃあ大丈夫だね。ちょっと、失礼するね……」
 右腕の下から葉月さんの手が入り込み、脇の下を通過して背中に到達。
 左からも同様に腕を差し込まれる。
 眼前には、微笑む葉月さんの顔がある。
「ふふー…………えいっ」
 抱、き、つ、か、れ、た、……!
 ぎゅっと、ぴたっと、がっちりと!
 上半身が葉月さんにホールドされている。
 左耳から、葉月さんの穏やかな息づかいが聞こえてくる。
 しかし、最大のインパクトは、胸から。
 ……ふにっとふにふにしている!
 いや、わけわからん。
 だがそもそも、今俺の胸に接触し、内側にあるハートまで貫くこれを言い表すものなどないのだ。
 胸が、制服の向こうにある葉月さんの胸が今、俺の体に当たって形を変えている。
 今まで特に意識することはなかったけど、葉月さんの胸は、決して小さくない。
 むしろこれは、制服越しでも弾力が伝わってくるということは…………それなりのサイズがある、と?
 やめろ、やめるんだ、俺!
 何センチぐらいあるんだろうとか、カップはいくつだろうとか考えるんじゃない!
 女性の価値は胸か?
 違う、それは……バストとアンダーの差だ!
 ――――違う! じゃなくて、大事なのは思いやりの心だ!
 葉月さんが背中に回した腕に力を込め、より強く抱きついてくる。
 やめてやめて、それ以上動かないで!
 は、反応してしまう…………下半身が!



31 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/20(日) 22:02:29 ID:zHYMwNz0
 抱きつかれたまま、押し倒された。
 背中にはまだ葉月さんの腕がある。なにやら、肩の筋肉をぐにぐにと動かしている。
 なるほど、これもマッサージの一環か。
 マッサージ…………やばい、こんな単語に卑猥なイメージを浮かべるぐらい心が乱れてる!
 肩に当てる指の位置を動かすたびに葉月さんの体が動く。
 腕がベッドと俺の背中に阻害されているせいで、動くたびに吐息の音が漏れる。耳へダイレクトに届く。
 葉月さんの小さな動きが、俺の心をいじくり回す。かき乱す。
 くそう、どうしてこの病院は入院患者に薄い生地の服を着させるんだ。
 これじゃ、アレが大人しく寝ていないことが、バレてしまう。
「ねえ、聞いて……」
 葉月さんの声が、とてつもなく色っぽく聞こえる。
「さっき、お母さんとあなたが似ているって言ったのはね……共通しているところがあるから。
 二人とも、私の好きな人なの。もちろんお母さんに対しては恋愛感情抜きだったけど。
 でも…………あなたは別。前に告白したとき以上に、思う。
 私はあなたに恋してる。……………………好き」
 ――――叫びたい!
 喜びの雄叫びでも、嫌悪による悲鳴でもなく!
 堪えきれない! なんという猛攻! 俺の理性はボロボロだ!
 くそう、レフェリーは居ないのか。ロープはどこだ?
 こ、これ以上は……これ以上は!
 ナースコールを…………駄目だ、右側にあるから手が届かない!
「気付いたんだ。あなたは返事することに迷ってるだけなんだって。
 あれから何ヶ月も過ぎているから今更言うのも……なんて思って。私はずっと待ち続けてるのにね。
 それならもう、いっそのこと、こっちから、強引に…………」
 左耳に吐息が当たる。口から情けない声が漏れた。
 エロ過ぎる。この色気、これまでの葉月さんとは全くの別人だ。
「痛いのはやめて、リードしてね。私は、そういうのしたこと一度もないから。
 あなたもしたことないかもしれないけ…………ど……………………」

 …………ん? 
 あれ、葉月さんの動きが止まった? 呼吸まで止まった?
 さっきまで密着していた胸の感触までなくなっている。
 葉月さんは俺の体から数十センチ離れていた。
 ならチャンスだ。今のうちに股間を鎮めてしまおう。
 股間へと至る血液の流れを食い止めようと格闘している、まさにその時だった。
 物理的に、俺の首の血流が阻害された。
 俺が自分で自分の首を絞めたわけではない。
 葉月さんが、俺の首に手をかけていた。
「…………ねえ、私の質問に、正直に答えてるって、誓って」
 ノーとは言えない空気である。
 自分の置かれた状況に戸惑う素振りすら見せられない。
 今の俺は葉月さんに支配されている。
 ゆっくりと頷きを返すと、葉月さんは言った。
「あなた、私の前に誰か他の女からこんなことされた経験、ある?」
 首を絞められた経験?
 妹からテンプルにいい蹴りを貰ったり、後輩の手によって光の届かない地下に監禁されたり、
幼なじみからずたずたと色々なものを喰らわされたが、首絞めをされたことはない。
 言いたくないけど、正直に答えないと首の辺りをきゅっとされそうだ。
「えっと……さすがにこんな状況に置かれたことは……」
「本当に?」
「う…………でも、似たようなことは何度か、ある」
「な! …………っく、やっぱり、そうなんだ…………」
 やっぱりて。そんなに俺はトラブルに巻き込まれるタイプに見えるのか。
 そりゃちょっとばかしおかしい両親のもとに生まれたけど、育ち方はいたって普通のはずなのに。
 女の子にのし掛かられて首を絞められる経験なんて、格闘技経験者か男女の修羅場経験者ぐらいのもんだぞ。



32 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/20(日) 22:03:31 ID:zHYMwNz0
「相手は誰? 経験人数は?」
「ええっと…………花火に、去年の文化祭で一発……あ、この間も結構きついのを」
「あの女……弟君が好きだって言ってたくせに!」
「去年のクリスマスには妹からも。あれは、倒れるぐらいきつかった」
「い、妹さんまで?! じゃあもしかして……き、木之内澄子からも……」
「うん、実はそうなんだ」
 これまでに攻撃を加えてきた女性の経験人数を述べる俺。
 女性と取っ替え引っ替えしているんだな。やるかやられるかの違いはあるけど。
「葵紋花火、木之内澄子、そして…………妹さんまで。
 どうして……どうして、私はその中に含まれていないの! 答えて! 説明して!」
「ぐ……ぅえ……」
 葉月さんの指が喉を締め付ける。
 左手で抵抗するも、止められるのは葉月さんの右腕だけ。しかも止め切れていない。
 じわじわと追い詰められていくのを実感する。
「どうして、何も言ってくれないの…………不安なんだよ、好きとも嫌いとも言ってくれないのって。
 何も言わないって、何とも思ってくれてないみたいじゃない。
 言わないとわからないよ。どうしたらいいのか、どこを居場所にすればいいか、何にも…………」
 葉月さんがうつむき、漆黒の髪が肩の上に落ちてきた。
 首を絞める力がゼロになった。
 その隙を逃さず、葉月さんの下から脱出する。

「…………待って」
 しかし、ベッドから出る寸前になって襟を掴まれ、葉月さんに引き寄せられた。
 今度は葉月さんの上。数秒前とは正反対のポジション。
「聞かせて。私のこと、あなたはどう思っているの?」
 短いけど、それだけで俺と葉月さんの関係を明らかにさせるようという、重要な問いかけだった。
 俺がこれまで伝えられなかった答え。
 葉月さんがずっと聞きたかった俺の答え。
 告白の返事を気に懸けていたのは、俺だけではなかった。
 葉月さんも――――いや葉月さんは、俺以上に気にしていたのだ。
 それなのにずっと俺は何も言わなくて、不安にさせ続けていた。
 もう、いいだろう。
 これ以上葉月さんを悲しい気持ちにさせるなんて、俺にはできない。
 今更言っても遅いけど、だけど、言わなくちゃいけない。
「葉月さん――――君のこと、俺は友達として好きだ。
 好きだけど、それは友達以上の、恋人としてのものじゃない。
 それが俺の気持ちだ」
 そして、手紙で屋上に呼び出されたあの日の返事を言う。
「ごめん。やっぱり俺……君とは付き合えない」
 二回目だ。
 葉月さんを振るのはこれで二回目になる。
 以前は過去のことを気にして、勝手に葉月さんの気持ちを決めつけて、断った。
 今回は、真剣に自分がどうしたいのか考えて結論を出し、断った。
 葉月さんには悪いことをしてしまった。
 自分の優柔不断で何ヶ月も待たせて、葉月さんをここまで追い詰めてしまったことを申し訳なく思う。
 だけどこれでいい。
 もう葉月さんは俺を嫌って、話しかけてくることもないだろう。
 葉月さんはクラスの中心で、俺はクラスの片隅で、お互いに交わることなく過ごしていく。
 それが正しい姿なんだ。
 これまで葉月さんと仲良くしていた日々が、まさか病室で終わりを告げるとは。
 全く思いも寄らなかった。

 ――――そして、続けざまに思いも寄らない出来事が起こった。
 ノックの音が聞こえ、続けて祖母の声が聞こえた。
 どうして祖母がここに、なんて考えていて、俺は葉月さんを組み敷いていることを忘れていた。
 おそらくは、祖母と一緒にやって来ていた両親にとっても思いも寄らない光景だっただろう。
 ちょっと待ってて、と言えばいいのだと判断した瞬間に病室のドアが開き、もはや取り繕う暇さえなくなった。



33 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/20(日) 22:04:38 ID:zHYMwNz0
       
 …………と、このような経緯を経て、見知らぬ美少女を押し倒す十七歳の子供を目撃する祖母と両親、という絵が完成したわけだ。
 誰も口を開かない。
 祖母はすまなそうな目で俺を見てから明後日の方向を向いた。
 父は口を半開きにしていた。あーあ、とでも言いたかったのかもしれない。
 母はというと、無表情で俺を見ているだけだった。いわゆるノーリアクション。
 俺が上手い説明を考えているうちに、母が父の手を引き病室の前から姿を消した。
「ええと、ごめんなさいね、お兄ちゃん。その…………あまり騒がないようにね」
 と言い残し、祖母が退場。
 後に残されたのは病院の壁と廊下、と……………………なんでか知らないが俺の妹。
 着ているのは制服ではなく私服だから、祖母たちと一緒にやって来たのだろう。
 しかし、わけがわからん。どうしてお前がここにいるんだ。
 俺の見舞いにお前が来るなんて、お兄さん想像もしていなかったぞ。
「…………何をやってるの、お兄さん?」
「一言で説明するのは実に難しいのだが、なんか、こう…………」
 混乱した頭で出した返事は、これだった。
「自分の気持ちに正直になったんだ」

 何も言わず、妹が勢いよくドアを閉めた。
 またしても葉月さんと二人きりになってしまった。
 俺が体を離すと、葉月さんはベッドから降りた。
 背中を向けながらコートを纏う姿に、喪失感を覚えた。
 もうこれからは、今までみたいに話すこともできなくなってしまうのだ。
 傷つけてしまったのだから。
 覚悟していたつもりだったのに、喉が締め付けられる。
 これでいいのだと自分に言い聞かせなければ、耐えられそうになかった。

 葉月さんは出口へ向かう。ドアを引き、そこで立ち止まった。
 肩越しに振り向いたその顔は見えない。
 泣いているのだろうかと心配した。
 でも、慰めるべきではない。
 謝ったところで、葉月さんを癒すことなどできないのだ。
「葉月さん。また……学校で」
「うん、さよなら。……私が馬鹿だったみたい、今までごめんね……」
 葉月さんが廊下に出た。
 ドアが少しずつ動き、彼女の姿を隠していく。
 そして、スローモーションになることもなく、事務的にドアが閉じた。