※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

110 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/15(木) 02:47:57 ID:ZcwGpxUe


 蛆虫が湧いてくる。
 ぞわりぞわりと、肌を這うようにして蛆虫が生まれてくる。手錠で欝血した手首を食い破っ
て、化膿にした肉を食料にして、ぞわり、ぞわりと、蛆虫がわいて出てくる。皮膚を一枚また
一枚と食い破られる感触。繊維をちぎりながら肉の中を這う感覚。
 幻覚だ。
 幻痛だ。
そんなものが生まれるはずがない。まだ一日しか経っていない。この暗闇の地下室に閉じ込め
られてから、一日と経っていないはずだ。その期間で蛆虫が生まれるような怪我はしていない
し、欝血する手錠もきつくない。光一つない地下室の中にいるせいで、想像力が暴走している
だけだ。
 そう、わかっている。
 わかっているのに――否定できない。
 繋がれている腕が見えないせいだ。暗闇の中では、何も見えないせいだ。視覚が閉ざされて
いる分、他の感覚が鋭敏になる。想像力が膨大になる。このまま狂ってしまいそうになる。
 自分が狂っているのか、狂っていないのか、判断さえできなくなる。
 暗闇の中で『何もない』というのが、ここまで心にくるとは思わなかった。
 考えること以外に何もできないせいで――思考だけがどこまでも暴走しそうになる。
 狂って、しまいそうになる。
 まだ、一日しか、経っていないのに。
 いや。
 本当に、一日しか経っていないのだろうか。
 暗闇の中。太陽の光も、時計も、何もない。そんな中で、精確な時間なんて分かるはずもな
い。まだ五分しか経っていないのかもしれないし、すでに何日も過ぎているかもしれない。神
無士乃はあれから一度もやってきていないし、点滴をつけられていることもない。腹の調子か
ら考えれば、一日と経っていないはずだ。
 はず、だが。
 自信は――まったく、ない。
 いくらなんでも、こんな状況は初めてだ。クラスメイトに突然鋏を突きつけられるよりもあ
りえない。幼馴染に、地下に監禁されるなんて。
 そもそも……ここ、どこなんだ?
 神無士乃の家に地下室があるなんて知らない――いや、そもそも。
 僕は、神無士乃のことを、知らない。
 如月更紗のことを知らないように。
 姉さん以外のことに、興味がなかったから。
 神無士乃が、僕の目の届かないところでどんな人間だったなんて、考えたことすらなかった。


「先輩。生きていますか?」





111 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/15(木) 02:48:31 ID:ZcwGpxUe


 声がして。

 顔をあげると、光があった。天井の一部がぱっかりと開いている。そこから漏れこむ光が、
地下室の一部を照らしていた。もっとも光の範囲が狭すぎて、奥につながれる僕のところまで
は届かない。薄い光に照らされているのは、神無士乃の姿だけだ。
 いつもの制服姿じゃない。デニムの短パンと、ノースリーブのヘソだしシャツ。夏らしい、
涼しそうな部屋着だった。
 涼しそうという意味では、如月更紗には敵わないけれど。
 澱んでたまっていた空気が、あいた天井から上へと抜けていく。けれど、新鮮な空気は降り
てこない。扉が小さ過ぎて、遠すぎて、ここまで空気が循環しない。ねっとりと、空気が肌に
張り付くような気がする。
 とん、とん、とん、と折りたたみ式の梯子を降りてくる神無士乃は、片手で器用にお盆を持
っている。上に皿が載っているが、この位置からだと中身は見えない。
 食べ物、だろうか。
「ぎりぎりでな。あんまり大丈夫じゃない」
「それは大変ですね」
「大変だろう?」
「主に後始末をする私が大変です」
「…………」
 さらりと酷いことを言う。
 何の後始末だ、と聞くのは躊躇われた。答は一つしかないし、その答を想像するのが怖かっ
た。
 こんな地下室で朽ち果てるなんて、冗談じゃない。
「冗談ですよう先輩、そんな顔しないでください。私が、先輩に死んで欲しいだなんて思うわ
けないじゃないですか」
 笑いながら、神無士乃がとん、と地下室の地面に降り立つ。天井の扉は閉まらない。けれど、
電気をつけることもしなかった。明暗のはっきりした立ち居地。
 神無士乃は、光の下に。
 僕は、光の外に繋がれて。
 別れて、向かい合う。
「うっかり死んじゃうかもしれないぞ」
「うっかりじゃ人は死にませんよ」
 あはは、と神無士乃は笑い、

「でも、すぐに死んじゃうんですよね、人って」

 笑ったまま、そう言った。
「…………」
 それは、脅しなのか。
 ただの、経験談なのか。
 父親のいない、神無士乃の、経験談なのか。
 それとも。
 それとも――誰かを殺した、経験談なのか。
 僕には、分からない。




112 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/15(木) 02:49:45 ID:ZcwGpxUe

「でも、先輩に死んで欲しくないから、こうしてご飯持ってきました。喜んでください、手料
理ですよ?」
「へぇ。神無士乃、お前料理作れたのか」
「お母さんの手料理です」
「お前のじゃないのかよ!」
 思わず突っ込んでしまった。
 その文脈だと、誰だってお前の手料理だと考えるだと……ていうか、そうじゃなかったらお
前、コンビニ弁当でも食わすつもりなのか。
 ある意味お似合いのシチュエーションかもしれない。
 地下室で、コンビニ弁当。
 …………。
 よく考えるまでもなくキャンプ場でフランス料理くらいありえない組み合わせだった。
「まあなんだって、食わせてくれるなら、食うけどさ」
「ええ。食べさせてあげます。ちゃんと、私が」
 言葉と共に、神無士乃は笑う。
 蜘蛛のように。
 絡み付くような、笑みだった。
「……手錠解いてくれたら、自分で食べるんだけどな」
「あららー、駄目ですよ先輩」
 笑みが深まる。
 神無士乃は一歩こちらへと近づきながら、逃げることもできない僕へと近づきながら、
「そんなことしたら、先輩、逃げちゃうでしょう?」
「…………」
「私、先輩がどんな人間か、ちゃあんと知ってますもん。もし両手が自由になったら、先輩、
私なんてこきりとやっちゃいますよね」
「やらねえよ」
 こきりってなんだ。
 お前の想像の中の僕は、平気で首でも折る人間なのか。
 首でも――斬る人間なのか。
「そんなこと……するやつがいるはずないだろ。他人を殺す人間なんてそうそういないぞ。人
間の命ってのは大切なものでな、それをあっさり消せるなんて――」
「頭の壊れた人間にしかできない、ですか?」
 僕の言葉を遮って、神無士乃が言う。
 核心的に言って、確信的に笑う。

「狂気倶楽部の人間みたいに、ですか?」

「――――」
 空気が、固まった気がした。
 どうしてお前がその名前を、という疑問と。
 まさかお前も、という疑問が浮かんでくる。




113 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/15(木) 02:50:25 ID:ZcwGpxUe


 狂気倶楽部。
 狂人たちのお茶会。まともでいることのできなかった少年少女の最後の拠り所。終着駅。終
了地点。行き詰り生き詰まった子供の溜まり場。底の抜けた楽園の底。
 姉さんがいた場所。
 如月更紗がいる場所。
「お前は……」
 お前は。
 お前は何だというのだろう。何と言おうとしたのだろう。
 けれど、そこから先の言葉は出てこなかった。何を聞こうとしたのか、心中でもはっきりと
しない。気付けば、そう言葉が出ていただけだ。
 僕の表情から何かを読み取ったのだろう。神無士乃は笑い、
「先輩、安心していいですよ。私は、あんな狂ったヒトタチとは違いますから」
「お前は――違うのか?」
 狂ったヒトタチと違う。
 そう、神無士乃は言う。
 この状況のどこをもってして、何が違うのか、僕には分からない。
 狂人は狂っていることを認めないという、例のアレだろうか。
「神無士乃。お前は、狂気倶楽部の人間じゃ、ないのか?」
 どうにか、その質問が、カタチになった。
 狂気倶楽部は狂人の行き着く果て。ならば、こんなことをしでかす神無士乃が所属していて
もおかしくはない。狂気倶楽部は秘密主義だから、幾ら幼馴染とはいえ、気付かなくてもおか
しくはない。ましてや、神無士乃に対する興味なんて、ほとんどなかったんだから。神無士乃
の正体がチェシャでも、僕は驚くだけで、その後で納得しただろう。
 けれど。
「まさか」
 即答した。
 神無士乃は、即座に、首を横に振った。
「あんな狂ったヒトタチと――一緒にしないでください。あんな弱いヒトタチと、一緒にしな
いでください」
「…………?」
 前者は分かる。
 狂ったヒトタチ、といわれるのは仕方がない。姉さんを思い出しても、如月更紗を思いうか
べても、否定などできない。
 後者は、どうなんだろう。
 弱いヒトタチ。
 姉さん。
 神無士乃。
 アリス。
 弱い――?
 その言葉は、到底結びつかない気がした。
 僕の疑問に気付かず、神無士乃は、うっとりと、僕を見つめて言った。

「私はただ、先輩が好きなだけです」





114 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/15(木) 02:51:03 ID:ZcwGpxUe

「…………」
「それ以外に、必要なものなんてないんです。あのヒトタチみたいに、どうしようもなくなっ
たヒトタチが群れるなんて、私にはいらないんです。私には先輩がいればいいし――」
 ――先輩には、私だけがいればいいんです。
 そう、神無士乃は言葉を結んだ。
 笑顔のままに。
 本心を、吐いた。
「お前だけの、僕か」
「そうです。でも、先輩はお姉さんのものでしたよね。里村春香さん」
「…………」
 その通りだ、と心の中で思った。
 僕は姉さんが好きだった。
 姉さんも僕を必要としていた。
 少なくとも、姉さんが『三月ウサギ』になるまでは。
「それはまだ良かったんです。先輩とお姉さんはがっちりかみ合ってて、それで一つのモノで
したから。お姉さん以外に何も持たない先輩の――一番でいれれば、それでよかったんです」
 よかったんです、と。
 過去形で、神無士乃は言う。
 その意味に、僕はもう気付いている。次に誰の名前が出てくるのか知っている。
「あの女が――出てくるまでは」
 神無士乃の言葉は、予想の通りだった。
「横からいきなり出てきて……とんびみたいに、先輩を攫っちゃおうとしました。いきなり出
てきて酷いですよね。私なんて、何年も何年も、ずっと先輩の側にいたのに。お姉さんがいな
くなって、その代わりに、先輩と一つになろうと思ってたのに」
 神無士乃は笑っている。
 その笑いは、少しもおかしくない。
 光の下、心冷えるような笑みを浮かべて、神無士乃は立っている。
「横から攫われるなんてごめんです。だから――私が先に、攫わせてもらいました。こうすれ
ば、先輩にあの女に近づくことがないですから」
「それが……お前の善意か?」
「いえ、恋心です。ほんとは、もうちょっとロマンチックな告白がしたかったんですけど」
「地下室で鎖につながれた相手に告白するのは、結構ロマンチックだと思うけどな」
「むしろマロンチックって感じですね」
「栗っぽいのかよ……」
「刺々しい先輩にぴったりですね」
「上手いこといったつもりか!」
 というか、ただの皮肉じゃねえか。
 うまくもなんともねえ。



115 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/15(木) 02:51:38 ID:ZcwGpxUe

「でも安心してください先輩。あの女からも、アリスとかいう人からも、私がちゃあんと匿
ってあげますから――守って、あげますから」
「…………」
 守ってあげる。
 身の安全を保証してあげる。
 それは――如月更紗の言ったことだ。
 如月更紗が言ったことと、同じだ。
 似ている、のだろうか。この二人は。如月更紗と、神無士乃は。
 僕のことを好きだといって。
 僕のためだと言って。
 動悸は同じだ。
 行為は似ている。
 けれど。
 似ていても――同じだとは、思えなかった。
 如月更紗のそれと、神無士乃のそれは、決定的に何かが違うような気がしてならなかった。
「そんなわけで、ご飯です」
 かつん、かつんと、お盆を持った神無士乃が近づいてくる。その音で、彼女が靴をはいてい
たことに気付く。
 ……室内じゃないのか?
 見れば確かに外靴をはいていた。地下室の床は冷たいから、そのせいだとも考えられるが
……ひょっとしたら、ここは神無士乃の家の地下ですらないのかもしれない。
 じゃあどこかといわれたら困るけど。
 光の下から、暗闇の中へと、神無士乃が踏み込んでくる。彼女の姿が曖昧になる。光を背に
しているせいで、どんな表情をしているのか、よく見えない。
 気付けば。
 すぐ、触れそうなところに、神無士乃は座っていた。触れそうな、といっても、手は後ろで
つながれているので、どうあがいても触れることはできないけれど。
 薄暗い闇の中でも、ここまで近ければ、表情くらいはかろうじて分かった。
 動けない僕を見て――神無士乃は、笑っていた。
 嬉しそうに、笑っていた。
「はい、どうぞ」
「……。神無士乃、どうぞって言われてすむなら警察はいらないんだ」
「ここに警察はいませんよ?」
「警察と弁護士が必要な状況だとは思うがな。とにかく――どうやって食べろっていうんだ、
この状況で」
 じゃり、と手を動かしてみる。触れた鎖が小さな音を立てた。
 音を立てる程度にしか動かない。とても、前へと手を運ぶことはできない。せめて足の鎖が
なければどうにかなったのかもしれないが――両脚はしっかりと木箱にくくりつけられていて
、足を閉じることすらできない。よく考えれば股間のアレは出っ放しなことを今更思い出す。
時間がたって萎えてしまったとはいえ、むき出しなのは流石に恥かしかった。
 見ているのが、神無士乃だけだとしてもだ。




116 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/15(木) 02:52:13 ID:ZcwGpxUe

「あはは。言ったでしょ先輩、私が食べさせてあげますーって。もう忘れちゃったんですか?」
「ああ……そんなことも言ってたな」
「先輩……酸素欠乏症に……」
「マニアックを通り越してメジャーになったネタはいいから」
「フリマノリカル・クリプトノークにかかって……」
「マイナーすぎて突っ込みにくいネタはやめろ!」
 なんでそんなマニアックな単語がさらっと出てくるんだ……ああそうか、一緒に見たからか。
 こいつ、僕と一緒に過ごしたことなら、大抵憶えてるわけか。
 些細なことであっても。
 どうでもいいことでも。
 一つ残らず。
「はい、あーん」
 手に持ったシチュー――ジャガイモやらニンジンやらがごろごろと浮いている――を掘りの
深いスプーンですくって、神無士乃は僕の前へと差し出した。
 食べろということだろう。
 ごくり、と喉が鳴るのが分かった。考えてみるまでもなく、あの夕方から何も食べていない
。胃の中にはほとんど何も残っていないだろう。このまま放っておかれたら、まず間違いなく
飢え死にする。
 あーん、と食べさせられるのは、屈辱的でもあったけれど。
 それでも――空腹に、打ち克てるはずもなく。
「…………」
 せめてもの抵抗で、神無士乃を睨むようにして食べる。もっとも暗くて、睨むように見ない
とはっきりと表情が見えないのだが。
 神無士乃は、笑っている。どこまでも楽しそうに。この状況を幸せだと感じているのだと、
彼女の笑みは物語っている。
 スプーンが口の中に入る。微かに傾けられ、スプーンの中に溜まっていたシチューが注がれ
る。ごくりごくりと、喉が勝手に蠢き出す。温いシチューは、けれど、何よりも美味しく感じ
られた。空腹は最高のスパイス、というやつだろう。
「あんまり熱いと、火傷しちゃいますからね」
 言って、神無士乃はスプーンを引き抜き、新たにシチューをすくった。そのスプーンから、
目を逸らすことができない。早く二杯目が欲しいと、喉が訴えている。
 そんな僕の目を――神無士乃は、まっすぐに覗き込んでいた。
「もっと食べやすいようにしてあげますね」
 悪戯っぽく、そう言って。
 神無士乃は、僕の見つめるそのスプーンを、自身で咥えた。
「……!?」
 お前が食べるのかよ、という突込みをしようとした。けれど、シチューを嚥下したばかりの
喉からは、ひぁ、という奇妙な音が出るばかりだった。
 うまく、言葉が出せない。



117 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/15(木) 02:52:52 ID:ZcwGpxUe


 神無士乃は僕の見る前で、ぬるりと、唾液に塗れたスプーンを引き抜いた。そのくぼみには
もはやシチューは残っていない。
 ――子供のような嫌がらせだった。
 そう、思った瞬間だった。
「んーん」
 あーん、と言ったのだろう。
 その意味を理解するよりも早く――神無士乃は僕に覆いかぶさるようにしてキスをした。如
月更紗と同じように、自分から、強引に。けれど如月更紗よりも巧く、何よりも、目的が違っ
た。
 触れ合った唇の向こう、神無士乃の舌が僕の唇を上から割っていく。舌を伝うようにして降
りてくるのは、神無士乃の唾液と混ざり合ったシチューだ。
 ――口移しで、食べさせようとしている。
 口内へと侵入した舌が、ぐちょぐちょとシチューをかき混ぜながら奥へと進む。上から下へ
と零れ落ちるようにくるせいで、喉に直接シチューと唾液が落ちていく。
 神無士乃の一部だったものが。
 僕の胃の中へ。
 混ざり合うように。
 溶けるように。
「ん……ん、ん……」
 ねっとりと舌が蠢く。シチューを効率よく運ぶはずだったそれは、獰猛に僕の舌を絡め取っ
ていた。目的と手段が狂っている。初めから狂っている。
 何もかもが狂っている。
 シチュー味のキスが長く長く続く。空腹が舌を動かす。ごくりごくりと喉が動き、より多く、
もっと食べたいと主張する胃が、舌を衝き動かす。シチューの染みた神無士乃の舌目掛けて、
意思とは関係なく僕の舌は進む。
 ざらりと。
 神無士乃の舌と、僕の舌が、からみ合う。舌の感触。舌に染みたシチューの味。
 神無士乃の味。
 姉さんのとも、如月更紗とも違う。
 神無士乃との、キス。
 地下室で鎖につながれた僕は、幼馴染と、シチュー塗れのキスをしている。
 滑稽だった。
 馬鹿馬鹿しい。
 そしてそれこそが、今の現実なのだ――
「ん……んぁ、」 神無士乃の舌が僕の口内から抜け出し、触れていた唇が離れる。つぅ、と
シチュー交じりの唾液が糸を引いた。「おご馳走様でした」
 どこか蕩けた瞳で、神無士乃はそういった。
 幸せそうな、顔だった。




118 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/15(木) 02:53:52 ID:ZcwGpxUe

「ご馳走したのは……お前の、方だろう……」
 息も絶え絶えに、僕はそう答える。やられっぱなしというのは性に合わないが――おなかが
減って力もでない。ましてこんな、吸い取るようなキスをされては、どうしても疼いてしまう。
 昨日のあれを、思い出して。
「先輩……気持ちよかったんですね」
 くすりと。
 笑って、神無士乃の右手が走る。チャックの開いたままだった僕のズボンへと。萎えていた
はずのそれは、今のキスで、硬さを取り戻している。
 それをそっと、神無士乃は左手で握った。冷たくはない。どこか熱い感触があった。触れら
れたことで、びくりと震えてしまう。刺激が脳まで一気に走る。それだけで達してしまいそう
なほどに。昨日と同じことを、心のどこかで望んでいる自分がいた。
 その全てを、きっと、神無士乃は把握している。
 把握していて、神無士乃は、笑う。
「でも駄目ですよ先輩、今はご飯の時間なんですからね――」
 そう言って神無士乃は、右手でシチューをすくい、再び自身の口にいれる。その間にも右手
離れない。ゆっくりと、時計の短針よりもゆっくりと、上下運動を始める。
 股間に意識が集中し、
「ふぁひ、んーん」
 意識の集中を奪うように、神無士乃の口移しが始まる。ゆっくりと股間を弄くりながら、獰
猛に舌が蠢き出す。両方からくる快楽が、脳を縛り付ける。
 間近に見えるのは、神無士乃の笑い顔。
 それ以外には――何も見えない。
 何も、見えない。


 結局、この日も達することのできないままに――拷問のような快楽は、シチューがカラになるまで続いた。


 終わる気配を、見せぬままに。