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171 : ◆kNPkZ2h.ro [sage] :2007/02/16(金) 00:21:10 ID:VNEswL9I
とりあえず上書きの番外編と捉えてください。

172 :甘い世界 ◆kNPkZ2h.ro [sage] :2007/02/16(金) 00:25:25 ID:VNEswL9I
「加奈~!早くしないと先行くぞ~!」
「ちょっと、もうちょっとだから待ってよ誠人くんー!」
 今日もいつもと変わらないやり取りで朝が始まる。
 半開きのドアから漏れる声が朝の寝惚けてる耳に心地良い。
 加奈を迎えに行って登校するまでのこの些細な一時の幸せを噛み締めつつ、俺は手でメガホンを作って声を通す。
「置いてくぞ~!」
 そんな気持ちはさらさらない、加奈が隣にいない通学路なんて考えられない。
 それでも、俺のこんな一言を単純に信じてくれる加奈の反応を期待すると、つい意地悪な気持ちになる。
「お願いだからー!もう少しだけ!」
 加奈の声の震え具合いから必死さを感じ取って、制服に手を通しながらトーストをくわえてる様子が浮かんだ。
 そんな情景を思い描けただけで辛い朝の早起きが苦に感じなくなる。
 やがて半開きのドアが勢い良く開く。
 全開のドアから居心地の良い慣れた匂いが流れ込む。
 そして、目の前には少々息荒げにこちらを見つめてくる加奈の姿が映る。
 口元がやや不器用に動いている、どうやら俺の想像は当たってたようだ。
 数秒間お互い目を合わせたまま制止し、しばらくしてから加奈が口の動きを止め、真剣な眼差しを送ってくる。
「ごめーん!」
 手を合わせ頭を大袈裟に下げると、その長い黒髪が一斉に垂れる。
姿勢を低くしてるからか、地面についてしまいそうだ。
「気にすんなよ、いつもの事だ」
「”いつもの事”ってどういう意味よ!」
「そのまんまの意味だよ」
「もう!」
 顔を上げ頬をわざとらしく膨らませてこちらを睨んでくる加奈、口元が笑っているのが微笑ましい。
「さ、行こうか」
すぐに踵を返し、手慣れた通学路へと足を踏み入れる。
 すると加奈が何かを思い出しのか、「あっ!」と珍妙な奇声を発した。
「誠人くん!取ってくるから待ってて!」
 そう言い残すと慌ただしく再び家に入っていった。
 しかし”何を”取ってくるのかが分からない。
 鞄は今目の前に置いていったし…なんて思案する間をほとんど与えず加奈は戻ってきた。
 靴を履き直してるその隣には、小さな可愛いらしい袋が一つ置いてあった。
 こんな袋には最近見覚えがある…というより袋の中央にデカデカと英語で文字が書いてあった。
「それじゃ行こ!」
 袋を大事そうに右手で持ち、残った方の手で軽そうな鞄を持ち上げている。
 その間もその袋を見てニヤニヤしている姿を見て、俺まで思わずニヤけてしまった。
「今日はバレンタインか…」
 物欲しそうな態度でいるのはなんだか格好悪いので、加奈に聞こえない程小さな声で囁いた。


174 :甘い世界 ◆kNPkZ2h.ro [sage] :2007/02/16(金) 00:32:07 ID:VNEswL9I

「ルン・ルルン・ルルン・ル・ルルルン~♪」
 俺の隣で気持ち良さそうに鼻歌を歌っている加奈、いつも先を歩く俺をスキップして自然に抜かしている。そんな子供みたいな態度を、子供みたいな体で取るか
ら本当に子供みたいに見える。
 背中に美しく垂れている長い黒髪がかろうじて2、3歳大人びさせている。
「誠人くん~」
 突然後ろを振り向く加奈。
 歩き始めてからずっと鼻歌を歌っていたから通学路での会話は今日がこれで初めてだ。
「何だ?」
「今日何の日か知ってる~?」
 終始笑顔の加奈。
 何かを期待している表情を浮かべている。
 ニコニコこちらを伺っている加奈を見てなんとなくわかった、どうやら加奈は俺の口から”バレンタイン”という単語を出させたいらしい。
 きっと俺の事からかいたいのかななんて思いながら、反抗期の子供のような対応をしてみる。
「セント・バレンタインが殺された日だろ?」
「…」
 無言の加奈、俺の回答を聞くと一瞬ジト目で見つめながら、すぐに背を向けてしまった。
 俺の答えが気に入らないらしい、当の俺はそんな加奈の反応がおかしくて仕方がない。
 加奈とはクラスが違うから知らないけど、クラスでもこんな感じなのかな?
「嘘だよ」
「別に嘘じゃないでしょ。2月14日はセント・バレンタインさんが殺されちゃった
日だよ…」
 俺と目を合わせる事なく答える加奈。
 まいったな、本当につまんなそうな感じだ…。
 本当に子供じみてるというか、純粋というか騙されやすいというか…そこが好きなんだけどね。
 当然そんな事恥ずかしくて言えないので、僅かながら譲歩してやる。
「今日はバレンタインですね!私、沢崎誠人はその恋人の城井加奈様からチョコ
が欲しいです!」
 言い終わって予想以上に大きかった自分の声に驚く。
 周りに人がいなかったから良かったものの、駅でやっていたら赤面ものだ。
 若干うつ向く俺の反応に満足したのか、下から覗き込むようにして見上げた加奈の顔は満面の笑みで彩られていた。
 白い歯が溢れる。
 何秒か俺を見ながらクスクス笑った後、加奈は徐に大切に提げていた袋の中から更にもう一つの袋を取り出す。
 綺麗に装飾が施された袋の中から僅かにメインの物が見えた。
 それをわざと凝視してやると、そんな俺の様子を加奈が楽しそうに見つめている。
 これでとりあえずはご機嫌が取れたなと思った。
 ホッと胸を撫で下ろす俺をよそに、加奈はその袋と俺の顔を交互に見返す。
 意地悪そうな、悪巧みを企んでいる子供の目だ、完全に。
「沢崎殿、欲しいですか?」
 そう言うと加奈は見せびらかすように袋を持った左手を動かす。
 ようやく気付いた、これがしたかったんだなって事に。
 普段少し意地悪な俺への細やかな復讐って訳か…。
 いつもなら”やっぱいい”と言ってコンビニのチョコを買ってやるところだが、今日は特別な日だ。
 特に女の子にとっては、自分の意中の相手へ”想い”を形にして贈る訳だから、非常に重要なイベントのはずだ。
 俺は手を合わせ軽く頭を下げる。
「とても欲しいです、加奈様」
「3個か!?甘いの3個ほしいのか?3個…イヤしんぼめ!!」
 楽しそうに勝手に自分の中で話を進めていく加奈、「1個しかないだろ」とツッコんでやりたかったが、わざわざ気分良さげな加奈が作ったこの空気を壊す必要もない。
 親指、人差し指、中指の3本を立て「うお」と連呼する。
「誠人くんおかしい~!」
 腹を抱え笑う加奈、しかし不思議と不快な気分じゃない。
 加奈の幸せそうな顔が見れた事で俺の心は満たされていた。
 この笑顔が見られるなら加奈に一生ついていくのも悪くないなと思った。
 


175 :甘い世界 ◆kNPkZ2h.ro [sage] :2007/02/16(金) 00:32:43 ID:VNEswL9I
ようやく笑いの収まった加奈が真剣な面持ちになり、一度気をつけの姿勢を取った後、小学生が卒業証書を受け取る時のようなガチガチの動きで俺に袋を明け渡す、勿論無理のない最高の笑顔を添付して。
「誠人くん、バレンタインチョコ受け取って下さい!」
 差し出された袋を手に取る、そこから袋の中に入っていながらも甘いほのかな香りが漂う。
「ありがとな、加奈」
 さっきのお返しとばかりに俺も最高の笑顔を加奈に贈る。
 そんな俺を見て、加奈は俺に抱きついてきた。
 頭を俺の首下辺りに猫のように擦り付けてくる。
 「えへへ」とはにかむ、そんな汚れを知らない無垢な少女の姿を見て、それとは逆に思わずよこしまな事を考えてしまう。
 危ない妄想を寸でのところで止め、俺も加奈を抱き返す。
「本当にありがとな…!」
「誠人くん、好き!」
 物欲しそうに抱き締められたまま俺の顔を見上げる加奈。
 今日は特別…だから加奈の期待通りな事をしてやるべきだ。
「俺もな」
「あたしの方が誠人くんの事好きだよ?」
「何を言う!俺の方がお前の十倍は好きだな」
「じゃあたしは億倍だよ!」
「急に桁変わったな!」
 互いにおかしく思い笑い合う。
 こんな馬鹿丸出しの俺ら、周りから見たら冷やかしを喰らう、絶対に。
 でもいいんだ、俺らは俺らの”世界”にいるんだから。
 誰も入り込めない俺と加奈だけの”世界”にいるんだから…。
「じゃ早速貰おうかな」
 俺が袋を開けようとする、それを加奈がやや緊張しながら見つめてくる、そしていよいよ袋を開ける――――――――――


176 :甘い世界 ◆kNPkZ2h.ro [sage] :2007/02/16(金) 00:37:08 ID:VNEswL9I
 
 そこまでしか俺は想像できなかった…。
 幾ら甘い幻想…いやきっと現実になったはずなのに…目の前にいる目の輝きを失った少女の圧倒的存在感に想像はストップする。
「早く早く早く!!!早くしないと誠人くんがっ!」
 さっきまで俺が作り上げた理想像…その本体はあまりにも狂気的な目線で俺を襲う。
 俺の家の裏でさっきから加奈に殴られ続けている鼻からはとめどなく血が流れる。
 それでも加奈にとってはまだ足りないようだ………”上書き”し切れていないようだ。
 永遠にも感じられる苦痛の惨劇に俺が踊らせているのには、れっきとした理由がある――――――――――




 今日の朝の朝食は…何故にか”チョコ”だった。
 母親が何かの会に入会しているんだが、その会の集まりでバレンタインの日に女性会員が男性会員にチョコを振る舞う事になったらしい。
 年甲斐もなく俺の母親もそんなイベントに参加しようとしたらしいが、十何年ぶりのチョコ作りとあってか、作り過ぎてしまったらしい。
 その超過分の消費役として朝から父親と一緒に無数のチョコを食らわされた訳だ。
 確かに美味かったが、チョコなんて飯の代わりになる訳がない。
 甘ったるい気持ち悪さにさいなまれる中、何とかして親から掲示されたノルマをクリアした俺は、慌てて加奈を迎えに行こうと思ったその時、驚く事に加奈が俺を迎えにきたのだ、いつもなら今頃慌てて準備しているって時に。

「加奈、どうしたんだよ?今朝はやけに早いな」
「だって今日は…」

 モジモジしている加奈を良く見て、手に持った小さな紙袋を確認し、そして理解した。
 わざわざ俺に早く渡したいから早起きしたのかと感動している矢先、加奈が突然表情を曇らせた。

「誠人くん…甘い匂いがする…」
「えっ!?」



177 :甘い世界 ◆kNPkZ2h.ro [sage] :2007/02/16(金) 00:37:44 ID:VNEswL9I
 俺と目を合わせず言う加奈に不安を覚えた。
 まさかしっかり歯磨いたというのにまだ匂いが残っていたとは…油断したと後悔した。
 とりあえず、本当の事を伝えようと思った、”変な誤解”されたらかなりヤバいと直感が告げたからだ。

「加奈!これは確かにチョコの匂いだが、朝飯で食っただけだからな!あっ、決してバレンタインに自分でチョコ買ったなんて思うなよ!母さんが作り過ぎてだな………って加奈?」

 俺が我に帰ると、その時既に加奈の目に色はなかった。
 こんな表情の時の加奈はとにかくヤバい…でも、そんな顔させるような事俺はしてないはず…何故?
 自問の答えは簡単だった…。
 加奈が俺の顔に突然触れた、下から掬い上げるように。
 その手に付着している”もの”を見た瞬間、背筋が凍った。

「…血…?」

 自分で顔を手探りしてその手を見ると、加奈と同じように血が指先を染めた。
 そしてようやく鼻に鼻水の時と同じ違和感を感じ確信した…俺が鼻血を出している事。
 アホらしい話だった、今時チョコ食って鼻血なんて聞いた事もない。
 しかし、あれだけの量なら納得は出来た…。

「ハハ…アハハッ…」
「…加奈…?」

 加奈は笑っていた、目を除いて。
 肩が上下し、俺を見ているはずなのに視線が交錯する事はない。
 壊れたラジオのように繰り返しただ笑っているだけだ。

「加奈、違うんだ!これは…」
「アハハ!」

 俺の声を笑い声で吹き飛ばし、想像のつかない無尽蔵の握力で俺の腕を掴むと、そのまま家の裏まで半ば引きずられるような形で連れていかれた。
 この間俺の頭にあったのは、ただ絶望感…。

(終わった…)



178 :甘い世界 ◆kNPkZ2h.ro [sage] :2007/02/16(金) 00:41:55 ID:VNEswL9I
 裏まで連れていかれた俺は壁に押し付けられる。
 笑うのをやめた加奈にこれから何をされるのかにただ脅えるだけだ。
 目を閉じ天命を待つ事数秒………何もアクションが起きないので加奈の方を細目で見ると、「早く」と小声で呟きながら先程まで大切そうに持っていた紙袋を引き千切って何かを取り出そうとしている。
 強引に袋を破り、中から出てきたのはチョコだった。
 僅かだが、ハートマークの真ん中に俺の名前が書いてあるのが見える。
 それを俺が確認した瞬間、加奈はそのチョコを俺の口をこじ開けねじこんだ。
 さすがに予想外の行動に驚く俺。
 ポカンとしながら加奈を呆然と見つめていると、「早く食べて!」と加奈が怒鳴ってきたので慌ててそのチョコを飲み込んだ。
 飲み込むまでの間、僅かだが加奈のチョコの甘い味を噛み締められた…それが嬉しかった。
 どんな形にせよ彼女からのチョコを食べられたのだ、男にしてみれば最高の気分だ。
 もしかしたら、これが加奈にとっての”上書き”なのではなんて今飲み込んだばかりのチョコより甘い想像もした…それは一瞬で打ち砕かれた。

「そんな…!あたしのチョコ食べても血出さない!これじゃ誠人くんの鼻の傷”
上書き”出来ない!」

 加奈にとって、今俺にチョコ食わせたのも、あくまで鼻血を出させて自分がしたように”上書き”するたもの手段に過ぎなかったんだ…それに気付いて一気に現実に突き落とされた。
 今の加奈の頭には俺の傷を”上書き”する事しかない…それがわかって絶望した。

「そうよ…!大丈夫大丈夫大丈夫…誠人くん、痛いのはすぐ終わるから大丈夫だ
よ…アハハ!」

 だから…加奈が笑いながら俺の鼻を拳で殴りかかってきてもあまり動揺しなかった――――――――――




「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…!」
 加奈が謝っている…本当に深刻そうに…。
 意識朦朧とした頭で必死に状況を整理した。
 先程、鼻から鈍い音が響き、血が制服を真っ赤に染めるところまできて、ようやく加奈は満足したのか、俺を殴るのを止めた。
 血の出過ぎで思考が上手く出来ない。
 それでも、俺の血で真っ赤に染まった手で必死に俺の顔を擦る加奈を見て、許してやるべきだって事だけは理解出来た…。
 むしろ悪いのは自分なのだ、加奈が悲しむような事をしなければ加奈がこんなに必死に謝る事も、俺がこんなにボロボロになる事もなかったんだ…そう頭に念じながら、やっとの思いで腕をあげ加奈のフワフワした髪を撫でる。
「ごめんな…加奈。折角のバレンタインだったのに…」
「誠人くん泣かないで!あたしが全部悪いの…ごめん…!」
 加奈に指摘され目を擦ってみる、でも付着したのは血だけ…必死に笑ったつもりだったが、泣いているのだろうか…俺は…?
「すぐ手当てに行こ!あたしの家でしっかり治療して…」
 そう言って家へと向かおうとする加奈を俺は何とかスカートの裾を掴む事で止めた。
「止めてくれ…」
 ただ懇願した。
「でも!早くしないとこんなに血が…」
「このままお前の家行ったらおばさんに見つかる、そしたらどう説明するんだ!俺は加奈と別れたくないよ…お願いだよ…」
 情けない話だが、今度こそ俺は泣いていた。
 加奈と別れるなんて嫌だ、加奈はいつも俺と一緒にいた存在…離れるなんて…悲し過ぎる。
「誠人くん、ごめん…ありがとう!ごめん…」
 いつの間にか泣きじゃくる加奈を見て、残された力でその小さな体を抱き締めた。
「もう謝るな…」
「ごめ…ありがとう…ありがとう…!」
 俺の言葉を聞いて加奈が笑顔になる。
 これが俺にとって最高の至福だ…。
「加奈、チョコ美味かっよ、ありがとう…」
「誠人くん…」
 涙目で笑う加奈を見て、理想通りにならなかったけど、この笑顔が見れたんだからそれでいいやと思った。

 口の中に残るかすかな甘味を思い出しながら、俺はお返しにその味を加奈にも教えてやった。




甘い世界 END