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237 :51 [sage] :2007/02/17(土) 01:16:04 ID:3vW+j4KF
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今は昔、東方の地に戦巫女ありけり。
戦場にありては敵を討ち、屠り尽くすがその身上。
その一薙ぎは百の首を刎ね、
その一突きは百の臓腑を穿つと伝え聞く。



赤。朱。紅。

私は、赤い色が好き。
彼が、好きだと言った色。

…私は古来より優秀な戦巫女を輩出する一門によって育てられた。
戦巫女。それは、人でありながら人で無き道具。
ある者は呪力によって、ある者は武技によって、ただの一人で戦況を覆す、兵器。
憐憫も慈悲もなく、ただ戦い、屠り、そしてその為だけに果てる人の容をした道具。
私に触れる者の手に温もりはなく、『道具』として私を造り上げる者達との日常。
そんな日々は、私を何物にも心を動かされぬ器物へと育て上げていった。

そんな私の前に『彼』は現れた。
それが、始まりであったのだ。


238 :51 [sage] :2007/02/17(土) 01:17:43 ID:3vW+j4KF
それは私が16を越え、初めて御館様への御目通りをすべく城に推参した時に遡る。
武によって多くの藩国を睥睨する戦国の猛者。
その藩主の元で邁進せよ、との命を受けて。

城での謁見の席にあったのは拒絶の感情だった。
建前だけの賛辞。
化け物でも見るような奇異の眼。
あるいは、外道めと罵らんばかりの憎悪。

だが、その時の私はそれらに対して何の感慨も抱いてはいなかった。
私は器物。器物は、心など持たぬもの。戦って殺す事さえ出来ればそれで良い。
その為に私はここに在るのだ、と。

一通りの挨拶が済むと、私は城の一角に設けられた離れに案内された。
巫女様に無礼無きように、との事であったが、その実は隔離されただけである。
私は、彼らにとっては異質なのだ。人は異質なる物を忌避し拒絶する。
見たくない物には蓋を、聞きたくない音には耳をふさいでしまえばよい。
誰一人としてこの離れに近づくことはないだろうと、私はそう思っていた。

しかし、その私の考えはすぐに覆されることになる。
それは、城での生活を始めて数日たった頃のこと。
離れの縁側で一人静かに瞑想していた私は、近くの物陰に気配を感じた。

…見られている。

敵意をこそ感じなかったが、その気配は一分の隙も無く私を注視している。
私の疑念に気付いていないのか、翌日も、その翌日も、その気配は私の監視を
怠ることはなかった。


239 :51 [sage] :2007/02/17(土) 01:18:51 ID:3vW+j4KF
そんな日が続いて一週間ほどが過ぎただろうか。
私はついに思い立ち、すっと立ち上がるとその気配のほうを睨み付け、「何者か」と声を投げかけた。
突然のその声に驚いたのか、ややあって物陰から一人の男が顔を出す。

年齢は私と同じくらいだろうか?

青年は私に睨みつけられると、己の行為を恥じてかぽぅとその頬を赤く染める。
私は彼に向かってこの一週間私を監視していた理由を問うた。
その意図は何にせよ、毎日のように監視を続けるからには何か理由があるに違いない。
だが、彼はその問いに答えることなく何事かわけの判らない事を呟くと、そのまま走って
逃げ去ってしまった。
後には、ぽつんと取り残された私一人。

そして翌日。
今までとは違い、姿を隠さず私の前に現れた彼は深々と頭を下げて私に詫びた。
昨日は申し訳ない。
言いたい事は幾らでもあったのだが、混乱してつい逃げてしまった、と。
確かに、隠れていた相手にいきなり声をかければそれは道理。
私は彼の謝罪を受け入れた上で、改めて彼に監視の理由を問うた。
だが、どれほど重い理由かと考えていた私にとって、その答えはあまりにも間の抜けたものであった。

― 貴方のことを、もっと知りたいと思ったからです ―

彼は、ただそれだけを答えた。
その答えを聞いて、私はたっぷり八半刻は呆然としていたと思う。
彼に改めて声を掛けられ、私はようやっと我に返った。
私は、本当にそれだけなのかと強く問いただす。
だが、彼の答えは変わらなかった。
その口調とそぶりに、嘘をついているような気配は見られない。
つまり、彼は私という人間を知りたいというただそれだけの理由で一週間もの間
飽きもせずこの離れに通っていたというのだ。

私はまず、呆れた。
そして次に、彼に興味を持った。
誰もが畏れ、忌避する私を、あえて知りたいと彼は言う。
そんな一風変わった彼に、私もまた彼のことをもっと知りたいと思えたのだ。

その日から、私の日課に彼との語らいが加わることになる。


240 :51 [sage] :2007/02/17(土) 01:20:05 ID:3vW+j4KF
私は、彼に多くのことを話した。
生まれた場所、修練を積んだ日々の事、技を授けてくれた師の事…
おおよそ、私の経験してきたその全てを彼に伝えた。
彼もまた、自身のことを私に話した。
武家とはいえど、既に落ちぶれて久しいということ。
身を立てるため、この国の足軽になったということ。
いつか、名を上げて故郷に錦を飾るつもりだということ。
それだけにあらず、彼からは世俗の風習や流行などの話も聞いた。
彼の語る世界は私の知らぬ事ばかりで、世俗から隔絶されて育った私にとって
その全てが興味深く、また驚きを生んだ。
私は、疑問が生まれるたびに何故か?と彼に問いただした。
彼にしてみれば、私は酷く下らない質問していたのかもしれない。
だが、そんな私に彼は面倒臭がる事もなく、むしろ優しく判りやすくその疑問に答えてくれた。

そんな日々を繰り返す内、いつしか彼との語らいを心待ちにするように私はなっていた。

彼が所用で来る事ができない日などは、酷く面白くない気分にもなった。
たとえ修練の最中でも、彼が来たと判ればすぐに切り上げた。
それは、今までの私ならば考えられない行動であったろう。

ある日の事。彼は手に花を携えてやって来た。
暇の間に野山を散策して見つけてきたのだ、と言う。
それは、赤い花弁を持った可憐な花。
姫百合というのです、と彼は教えてくれた。
花を愛でる、という事を私はした事がない。
否、そんな事をするなどという考えすら浮かんだことがなかった。
だが、こうしてじっくりと見てみると花のなんと美しい事か。
ほうとため息をつきながら花を眺める私を見て、彼は微笑むと、口を開く。

― 自分は、この花のように赤い色が好きです ―

何故か、と私は彼に問うた。

― 赤い色を見ると、貴方の衣装と、貴方の顔を思い出すんです ―
― その、赤い色が、貴方にはとてもよく似合っていると思って ―

彼は頭を掻きながら、そうはにかむ。
…何故だろうか。
彼のその言葉に、私の胸の奥にちくりと心地のよい痛みが走った。

                                       ~続~
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