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291 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/27(日) 21:41:46 ID:ATsC7agL
***

 私にとっての直接的な驚異となる人間は、一人だけしかいない。
 それは、お父さんでもお母さんでも、お兄ちゃんの女友達でもない。
 姉。
 私よりふたつ年上、お兄ちゃんよりひとつ年上の、長女。
 表面ばかりを取り繕った、許し難い悪女だ。
 まず、お兄ちゃんより先に生まれているというところから許せない。
 だって、お兄ちゃんが生まれたばかりの赤ん坊の頃からあの姉は、お兄ちゃんの傍にいたのだ。
 長女だからという理由で、両親公認でお兄ちゃんの面倒を見ることができた。
 姉が小さい頃からお兄ちゃんを狙っていたかどうかなんてどうでもいい。
 今の姉がお兄ちゃんの心を奪おうとしている。
 敵視する理由はそれだけで十分だ。

 せめて、私がお兄ちゃんと双子で生まれていたらよかったのに。
 そうしたら、お兄ちゃんの一番近くにいることが許される。
 誕生日が同じ、感じ方が同じ、身の回りのあらゆるものを共有できる。
 そして、最大のメリットは、同じ学校の同じ学年に居られるというところ。
 去年まで、私は中学三年生だった。
 その頃お兄ちゃんは高校一年生。
 別々の学校、別々の通学路、違う生活リズム。
 お兄ちゃんと離れて過ごすなんて、許し難いことだった。
 私がいない間に姉がお兄ちゃんに手を出すんじゃないかって、去年はずっとずっと心配だった。

 同じ高校に通うようになった今は違う。
 ただ不安になるだけの思考をする日々は終わり、お兄ちゃんの近くに居て、近づいてくる邪魔者を遠ざけることが出来るようになった。
 時に遠回しな手段で、時に自分から動き、私はあらゆる女の意志をへし折ってきた。
 しかし、唯一どうにもできなかった相手がいる。
 それが、私の姉。
 いつもいつも、最後の詰めで私を追い抜く最大の敵だ。



292 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/27(日) 21:43:34 ID:ATsC7agL
 今日もそうだった。
 天気予報が大ハズレになった今日の天気は雨。
 地面を打つ雨音が会話を遮ってしまうほどの悪天候が、六時間目開始頃からずっと続いている。
 今朝家を出るときは、天気予報の通り降り出す気配なんか微塵もなかった。
 だから傘は持ってきていない。折り畳み傘まで鞄の中に無い。
 きっとお兄ちゃんも忘れているはず。
 そんな時こそ、私がお兄ちゃんを助けなくちゃいけないのに。

 友達に頼み込み折りたたみ傘一本を借りた後、お兄ちゃんの待つクラスに私は急いだ。
 けど、お兄ちゃんは居なかった。
 代わりにもならない名前も知らない男子生徒が数人残っているだけだった。
 聞くと、お兄ちゃんは数分前に帰ってしまったとのこと。
 お兄ちゃんのことだから、雨の中を走って、濡れながら帰るつもりかもしれない。
 間に合うことを祈りながら走り、校舎の玄関までたどりついた。
 外を見ると、土砂降りの雨の中に、お兄ちゃんの背中がある。
 それを目にした途端、声をかけて止めようと口が開いた。
 でも、呼び止める前になってあることに気付いた。
 お兄ちゃんが傘を差して歩いている。
 いいや、傘を持っているのは、お兄ちゃんの左に居る制服姿の女だった。
 そう、この雨の中、お兄ちゃんと私以外の女が相合い傘で、濡れないために密着して歩いていたのだ。

 もはや傘を差す時間も惜しい。
 走った。走って、お兄ちゃんの背中を追いかけた。
 激しい雨が体を打つ。一歩踏み出すたびに靴底が濡れる。制服の襟から雨が入り込み、体が冷える。
 もうちょっとで手が届く、という距離まで近づいた時、お兄ちゃんの隣で歩く女が振り向いた。
 目が合った。
 そして、私の足が止まった。
 女は――――私の姉だった。
 姉は、今日雨が降ることを予知して、傘を用意し、私よりも先にお兄ちゃんと一緒に帰っていた。
 姉が再び前を向き、何事もなかったかのように歩き出す。
 お兄ちゃんは振り向かない。私に気付いていない。
 声をかけることはできなかった。
 濡れ鼠になった姿を見せたくない。今更一緒に帰ることはできない。

 また、姉に負けた。
 無様な私を見ても勝ち誇ることをしない、余裕たっぷりの姿。
 傘を少し持ち上げ、お兄ちゃんと会話しながら、楽しそうな顔で笑う。
 自分が勝って当然とでも言いたいのか。
 私ではお兄ちゃんを手に入れることはできないとでも言いたいのか。
 自分が負けないと本気で思っているのか。

 この時、私は決めた。
 もうなりふり構っていられない。
 早急に、確実に、お兄ちゃんを手に入れる手段をとる。
 姉にはできない手を用いて、逆転勝利する。

 そのために、せっかく友達から借りた折りたたみ傘を差すこともせず、私は帰宅の途に着いた。



293 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/27(日) 21:44:55 ID:ATsC7agL
***

「おにいさん、タバコ持ってないかい。なんだか、とても吸いたい気分なんだ……」
 屋上にいるわけでもないのにそんなことを言い出したのは、なんと俺である。
 ここは一人しか入っていない病室で、半径数メートル以内に誰もいないから、もちろん独り言だ。
 吸っていて何かいいことがあるのかわからないタバコなどもちろん吸ったことはない。
 ちなみにうちの家族は全員吸っていない。全員肺がピンク色、たぶん。
 タバコを吸いたいわけではない。
 ただ、なんとなく呟いてみたくなっただけだ。

 これで良かったのだ。
 葉月さんの告白に対する返事を、数ヶ月を経てようやくしたのだから。
 いつかやらなければならないことを、たった今やり終えただけ。
 これ以上先延ばししなくて良かったと思うと同時に、どうして今まで言わなかったのだと思う。
 きっと俺は、葉月さんとずっと仲良くしていたかったのだろう。
 振ってしまったら葉月さんが離れていってしまうと思った。
 ならばいっそ、付き合ってしまえば良かったのだ。
 そうすれば、ずっととは言わずとも、葉月さんが俺に幻滅するその時まで一緒に居られた。
 ――――あ、この時点で駄目だ。
 幻滅されることを前提に考えている俺が、葉月さんと付き合って上手くいくはずがない。
 積極的に好きになったり、絶対に嫌われないようにしようと考えていない。
 俺の頭はどうかしているんだろうか。
 葉月さんほど容姿のレベルが高くて、一途な性格をした女の子なんて周囲に居ないのに、彼女に惹かれなかった。
 中学時代に好きになった女の子は、失礼だが、葉月さんよりは可愛くなかった。
 それでも惹かれた。どれぐらい夢中になっていたかは覚えてないが。
「………………………………、わからん」
 あのときは何が決め手だったのだろう。
 出会ったシチュエーションか、第一印象か、相性か、それともただの気の迷いでしかなかったのか。
 あー……弟ならそういうのに詳しいかな。人を好きになる仕組みみたいなもの。
 あいつも自分のことならわかるかもしれないし。
 なんで花火のことを好きなのか、あいつは自分でわかっているはず。
 俺には花火のいいところなんか…………体の一つの部位しか浮かばない。
 まさかそこに惚れた訳じゃないよな。
 それはそれで、わかりやすくていいんだけど。



294 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/27(日) 21:45:57 ID:ATsC7agL
「どうしてその人が好きなのか、ねえ…………」
「誰か好きな人いるの?」
「異性としてとなると、居ない。たぶん」
「たぶん? ずいぶん漠然としてるね。本当は居ないんでしょう?」
「うん、まあ断言してもいいのかもね……って」
 いつのまにか病室に入ってきて俺のつぶやきに自然な形で紛れ込んできたのは、ちびっ子、もとい……もとい…………?
「誰だっけ、君」
「それ、本気? 本当に忘れてるの?」
「ああ、思い出した。玲子ちゃんだ」
「覚えてるじゃん。まったく、ボクみたいな可愛い女の子のことをぱっと思い出せないなんてどうかしてるね」
「ごめんごめん。あんまり普通の登場の仕方をしたもんだから。
 先々週みたいにこけて部屋に飛び込んでくれたら分かったんだけど」
「違うよ! ボクが来た日、全然違う!」
「あれ、もう一週間前だったっけ?」
「それも違う! 昨日だよ、ボクがここに来て話したのは昨日! だいたい、そんなに長く入院してないじゃん!」
「ん? いつ入院したか話したか?」
「日曜日にここの病室に入ったでしょ。ボク、毎日この病室の前を通るから人が入れ替わったらすぐに気づくよ」
 毎日病院に来る? ということは、もしかしてこの子……。
「お母さんがちょっと離れた病室に入ってるんだ。学校が終わったら毎日ここに来てる」
「なんだ、てっきり俺は君が病弱なのかと。
 よく考えれば、その元気で病院の世話になってるはずないもんな」
「それ言ったら、ジミーだっておんなじじゃん……」
 玲子ちゃんがため息を吐く。小学生のくせにため息を吐く動作に慣れているみたいに見える。
 それより、この子が今変なカタカナの名詞を口にしたような気がするのだが。
「あ、ボク、ジミーに聞きたいことあったんだった」
「待て、待つんだ。何を普通に、人の名前をジミーに変更してる。俺の名前は……」
「佐藤太郎?」
「それはミステイク! ありふれた名前っぽいけど、佐藤はともかく、今時子供に太郎なんて名前を付ける親は少数派だ!」
「んー、そんじゃ、やっぱりジミーで。
 本名が地味だからジミー。ぴったりでしょ? 感謝してよ」
「君に感謝するぐらいなら毎朝憂鬱な気分にさせる冬の寒さに感謝した方がマシだ!
 そんなあだ名をつけられたのはさすがに初めてだよ……」
 高校生相手になんて強気なんだ小学三年生。
 もしかして、単に俺が舐められているだけ?
 いいや、きっと怪我をしていて無理できないと知っているからだ。そうに違いない。



295 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/27(日) 21:48:07 ID:ATsC7agL
 玲子ちゃんから話を聞いたところ、またしても父親に似た男の後ろ姿を確認したという。
 その男のことを何か知らないかと訪ねにきたのだ。
 俺が知らないと答えたら、どういうわけか俺の左手を握って病室から連れ出した。
 一人で面識のない男の近くに行くのが怖いのだろうか。俺の所には堂々とやってきたくせに。

 玲子ちゃんは俺を盾に、背後から付いてくる。
 不意に、数メートル先にある病室のドアが開き、車椅子に乗った女性が出てきた。
 一旦停止して会釈する。車椅子の女性が微笑み、玲子ちゃんが俺の尻にぶつかった。
「なんで止まるのさ、ジミー?」
「交通ルールを遵守したまでだよ。というか、病院内でのマナーかな」
「……むー」
「並んで歩いたらいいのに」
「駄目だよ。そんなことしたら……ジミー、法律に食べられちゃうよ」
「へ? ………………、ああ。大丈夫大丈夫、ここで俺の格好を見て犯罪者と思う人は居ないから」
 九歳児の口から発せられた言葉はボケなのか本当の心配なのかわかりにくい。
 法律に抵触する、をひらがなで覚えていたのか?
「ま、そんなわけだから」
「ん? ……なに、その手?」
 玲子ちゃんは俺が差し出した手を訝しげに見ている。
「はぐれたらまずいから手を繋いでいかないか、と誘ってみたところだけど」
「ば……馬鹿にしないでよね! そんな子供っぽいこと、誰がするもんか!」
「ふうん。じゃあやめとこうか」
 どうせ断られるだろうとは思っていたが。
「……で、でも、ジミーがどうしてもっていうんなら、やぶさかでもないよ。
 ボクの手を握りたいって欲求を抑えきれないんでしょ」
「ん、あー、うん。そういうことそういうこと」
「うわ、めっちゃ嘘くさい返事。ま、いいや。繋いであげるよ、感謝しろ」
 玲子ちゃんが小さな手を絡めてくる。
 手のサイズに差がありすぎるせいでいまいち握りにくい。
 最終的に俺が玲子ちゃんの手をぶらさげるように握る形に落ち着いた。
「ジミーの手、おっきいよね。今いくつだっけ?」
「十七。でも体のサイズだけなら、年上の人とあまり変わりないよ」
「じゃ、ボクのお父さんも?」
「君のお父さんの身長次第。でも……」
「でも、何?」
「ううん、なんでも」
 でも、弟と見間違えたということは身長は同じかもしれない。
 父の身長も同じぐらいだし――――ん?
 待て待て。今何か閃いたぞ。
 昨日玲子ちゃんは、俺の部屋に父親を捜しにやって来た。
 だけど玲子ちゃんが見たのは俺の弟だった。
 しかし、弟が玲子ちゃんの父親である可能性は低い。
 玲子ちゃんが九歳だから、弟が女性とそういう行為に及んだ時にはまだ五六歳。
 無理がありすぎる。
 弟イコール父親説はあり得ない。
 では、別の可能性。
 玲子ちゃんが見た人間が弟であったとして、それが勘違いだったとしたら。
 玲子ちゃんが普段自分の父親に会っていないのはほぼ間違いない。
 会っていない人間の顔を確認する方法といえば、写真とかがある。
 その写真に写った男が弟そっくりでも、実はそいつが弟でなかったら。弟そっくりの人間だったら。
 導き出される答えは――――すげえ認めたくないものになる。



296 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/27(日) 21:53:29 ID:ATsC7agL
 いや、まだ。まだわからない。
 否定する材料はある。玲子ちゃんの覚え違い。他人のそら似。
 そうさ。そんなドラマみたいな出来事が身近で起きるはずがないんだ。
 俺の周囲で起こるのはバイオレンスな出来事だけだ。
 あってはならんのだ。これ以上やっかいごとに関わるのは御免だ!
「あ!」
 突然玲子ちゃんが背後に回った。
 何事かと前方を確認する、と――――居たよ。とんでもないことを隠しているかもしれない、弟そっくりのうちの父親が。
 たった今病室から出てきたところで、祖母と母と妹を一緒に連れている。
 俺に気付くことなく、一階へ下りる階段へと向かっていった。
「玲子ちゃん、もう隠れないで大丈夫」
「ほ、ホント? さっきの人、もう行っちゃった?」
 俺の体を壁にして前方の安全を確認してから出てきた。
「さっきのが、君の……お父さん?」
「ううん。違う、と思う」
「もし良ければそこは断言して欲しいんだけどね」
「だって、実物を見るのは初めてだからわかんないんだもん。……はい、これ見て」
 玲子ちゃんがポケットから取り出して渡してきたのは、折り目の付いた一枚の写真だった。
 映っているのは男一人に女二人、それと緑の草原と蒼穹。
「そこの真ん中の人が、ボクのお父さん。それで、左にいるのがお母さん」
 …………写真中央の男は、髪型と服の趣味以外、まんま弟だった。
 写真の中でもハーレム状態にあるところなんか特にそっくり。
 この写真を見ただけじゃ、玲子ちゃんが弟を父親だと見間違うのも無理はない。
 左の玲子ちゃんのお母さんらしき人物に見覚えはない。
 なかなかの美人でにこやかな笑みはいい感じだと思うが、それ以外には何も感想がない。
「右のもう一人の女の人は誰?」
「お母さんの妹。今でもとっても仲良しなのよ、って言ってたよ」
 ふうん。妹ね。
 なんだか俺の妹にも似ている…………ような?
「――いや、似てねえ! 似てる訳ねえ!」
「わあ! ちょっと、ジミー! 騒がないでよ、迷惑だって!」
「だって、もし似てるとしたら……あの、あの男は…………!」
 うちの妹とうちの母は、そっくりだ。うり二つと言ってもよかろう。
 女同士で気を遣って髪型で差別化を図っているぐらいだ。
 もしも、写真の中にいる妹そっくりの女性が俺の母だった場合、一体どうなるか。
 うちの父親は、妹に三人の子供を産ませ、そのうえ、実の妹の姉にまで子供を産ませた――――
「奴は、しまいどんまんだったんだよ、玲子ちゃん!」
「何言ってんの?!」
「しかもその事実を隠している! かくれしまいどんまんだ!」
「さらにわかんない! ジミー、そんな名前の仲間はいないよ、勝手に作らないで!」
「たぶん語尾にござるとかつけたりするんだよ!
 つい若気の至りでやってしまったでござる。今は反省しているでござる!」
「ちょっと、あ、ごめんなさい。すぐに静かにさせますから。
 もう! ジミーこっちに来て! いい加減にしてよ!」



297 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/27(日) 21:55:04 ID:ATsC7agL
 嘘だ……。
 認めたくない……。
 うちの父親が、実の妹に手を出していたと知った時には軽蔑したものだ。
 だけど、父親としての役目を果たしていたから、時間と共に自分の中で決着を付けることができた。
 それなのに、それなのに。
 実の姉に子供を産ませて、その事実を俺ら兄妹に黙っていただなんて。
「もう、俺は……どうしたらいいのか……」
「とりあえず落ち着くところから始めて。はい、ウーロン茶」
 玲子ちゃんはどうしてこんなに落ち着いているんだ。
 俺の心はかつてないほど動揺しているというのに。
「そうか。まだ、自分のことを知らな…………うう」
「自分を見失っているのはジミーじゃないか。もう……どうしてボクがこんなこと。
 ほら、椅子用意したから座って」
 後ろからシャツを引かれ、椅子に座らされる。続けてウーロン茶を手渡された。
 どうやら俺は玲子ちゃんに連れられてどこかの病室にやってきていたらしい。
 個室らしくベッドは一つだけ。スペースが広く取られていて、見舞客のためのソファが窓際にある。
 備え付けの冷蔵庫とテレビは俺の部屋のものより大きい。
 入り口の傍にはトイレまである。個室の待遇はやはり違う。
「ここはボクのお母さんが入っている病室だよ。
 お母さん、この人が昨日話したおもしろいお兄ちゃん。
 お母さんにぜひお会いしたいって言うから連れてきちゃった」
「あら、そうなの。具合が良くないみたいだけど?」
「ジミーはいつも頭の具合が良くないから気にしないで。
 ほらジミー。自己紹介しなさい」
「仲がいいのねえ、二人とも」
 ううむ。仲の良い親子の会話が俺の前で行われている。
 いまいち混ざりにくい空気だが、ここで名乗らない訳にはいくまい。
 顔を上げ、玲子ちゃんの母親の顔を見る。



298 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/27(日) 21:55:57 ID:ATsC7agL
 玲子ちゃんの母親は、思わず息を呑むほどの容姿をしていた。
 推測では俺の母親の姉だから、もう少し衰えているのかと思っていたのだが、
なんのなんの、篤子女史より若いんじゃないかってぐらいの綺麗さだった。
 入院生活を送っている人間はストレスフリーだから肌の衰えが遅いのか?
 一応俺の伯母に当たるから、何か言っておいた方がいいのかな。
 言葉を探していると、伯母は一度微笑んだ。

 途端に違和感を覚えた。
 この人と、会ったことがない? ――そんなはずがない。
 会ったことがある。絶対。
 今の微笑みは、記憶にないけど鮮明に思い出せる。
「緊張してるみたいですね、ええと……ジミーさん?
 どう見ても日本人ですけれど、変わったお名前をしてらっしゃいますのね」
「…………あ」
 この声も聞いたことがある。
 ずっと昔。
 記憶を辿る。辿って辿って、壁にぶち当たった。
 拒否してる。思い出したらいけないと、必死に俺を止めている。
「私は玲子の母で、冴子と言います」
 冴子――――冴子?
 知ってる。知っている、覚えている、忘れていない!
 記憶の壁が崩壊して、全てがさらけだされた。
 冴子。
 この名前は、俺が何度も呟き、心の中で浮かべた言葉だった。
 死ね、殺してやる、という呪詛の言葉と共に。
 ――冴子、死ね。いつか殺してやる。
「あなたの本当のお名前はなんとおっしゃいますの?」
 もう、耐えられなかった。



299 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/27(日) 21:56:44 ID:ATsC7agL
 失礼しますとギリギリで口にして病室を去り、トイレへと駆け込む。
 スリッパを履くことも忘れ個室へ入り、便器に顔を突っ込んだ。
 戻しもしないのに、吐き気だけがずっと続いている。
「さい、悪だ……」
 この止まない吐き気も、喉を詰まらせる怒りも。

 あの女だ。
 体育館の地下倉庫に監禁されたときに見た夢に出てきた女。
 妹を痛めつけて、弟まで傷つけていたのに、両親と話す時だけは平然としていた。
 俺が妹と弟をかばっていなければ、あいつはいずれ二人の心を壊していた。
 それがあの女の狙いだった。
 右手に感覚が甦る。人を刺した時の手応え。
 俺が、伯母の冴子の腹を、包丁で刺した時のものだ。
 
 は。……ははは、はは。ははははは。
 喉が嗄れて、笑い声も出ない。
 どうして今更目の前に現れたんだ。
 せっかく忘れていたのに。ずっと忘れたままでいられたのに。
 あの時で全て終わったことにできていたんだ。俺の中では決着がついていた。
 また小学生の時みたいな気分になっても、どうしようもないんだよ。
 今の俺はもう、高校生なんだから。