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276 :51 [sage] :2007/02/17(土) 23:03:57 ID:wIS6evBI
だいにわ

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赤。朱。紅。

私は、朱い色が好き。
あの人と一緒に見た、あの夕日の色。

彼との出会いから、半年ほどの月日がたった。

御館様は私という武力を手に入れたことを皮切りに、周辺諸藩国への侵攻を始めていた。
それは、戦いの日々。
私もまた数多の敵を屠り、多くの戦いで勝利を導いた。
私の刀が一閃する度にそこには屍の山が築かれる。

だが、戦場で戦果をあげ凱旋する私を迎える感情はいつも冷ややかなものであった。

― あれが人の成す事か ―
― あれではただの殺戮と変わらぬ ―
― 逃げる者さえ切り捨てたと聞く ―
― 外道め ―
― 外道め ―
― 外道め ―

私の耳に、囁かれる陰口が届く。
だからどうした。それがどうした。
私はその為にいるのだ。その為に生きて来たのだ。
戦って、殺す。それの、何が悪い。


277 :51 [sage] :2007/02/17(土) 23:04:37 ID:wIS6evBI
だが、何故だろうか。

彼らのその言葉が、時に酷く私の胸の奥にざらりとした不快な感覚を呼び起こす。
…今まではそんなことはなかった。
有象無象の言葉など、取るに足らぬと聞き捨てることが出来たのに。

それだけではない。

戦場で人を斬る度に、私の胸の奥に重く、冥い感覚が溜まって行く。
私に殺された者の今際の声が、顔が、忘れられない。
人を殺したことは初めてではない。
里の修行の中、実際に人と殺し合いをしたこともあった。
始めて人を殺した時ですら、私はなんの感慨も抱いていなかったはずなのに。

重い、息を吐く。
無論、そんなものでこの不愉快な感覚が消える事はない。
あるいは、私は何か病にでも冒されてしまったのだろうか。

― 怪我はありませんでしたか! ―

声。
私は、その声のほうに向き直る。
そこには、慌てた様子の彼がいた。
彼の顔を見た瞬間、まるで粉雪が溶けるかのように今までの不快な感情が溶けていくのを私は感じる。

彼は、私が戦場より戻れば、まずいの一番に私の元にやってきた。
そして私が無事である事を確認すると、いつもまるで自分の命が救われたような顔をするのだ。
多くの者が私を拒絶するこの藩国の中において、この彼だけが私の身を案じている。
小さく頭を振ると、私はいつものように、大事無い、と彼に伝えた。
実際、怪我をしているわけではない。ただ、気が晴れぬだけなのだ。
だが…

― 本当になんともないのですか ―

今日の彼は、いつもと違った。
私の言葉に納得しないのか、しつこく私に絡んでくる。
今日に限って…いぶかしむ私に、彼はその顔を曇らせた。

― 酷く、苦しそうな顔をしてらっしゃいます ―

…そうなのか。
私は平常を保っているつもりだったが、どうやらそうではなかったらしい。
小さく、吐息を吐く。

気が晴れぬだけだ。

私は、彼にそう伝えると陣に設けられた私の寝場へと足を向けた。


278 :51 [sage] :2007/02/17(土) 23:05:23 ID:wIS6evBI
― お待ちを ―

彼は、強い口調で私を呼び止める。
何事か。
振り返った私は、眼前に迫る彼に一瞬躊躇する。

― 暫しお時間を ―

そういうと、彼はいきなり私の手をとった。
私の心臓が不意の出来事に驚いたように鼓動を早める。
そんな私の手を引いて、彼は人目を避けるようにして陣から私を連れ出していく。
彼が私を連れて来たのは、陣に程近い小高い丘の上だった。
陣を見下ろすことができるその丘の上で、彼は地平を指差した。

― あれをご覧ください ―

私は、彼の指差す先に視線を向ける。
そこには、地平へと沈む朱い太陽。
それは頂点に昇っている時よりもはるかに大きく雄大に思われた。
何よりも、その包み込むような朱い色。
全てを染め往くようなその朱に、いつしか私は心を囚われていた。
世の全てを照らす天道の王…されど、それは同時に救世を成す菩薩のようで。

美しい。

気がつけば、思わず私はそう呟いていた。
そんな私を見て、彼は微笑みながら口を開く。

― 夕日を眺めると、思えるのです ―
― 己の悩み、苦しみが、どれだけ重いものか、と ―
― この、日の雄大さの中にしてみれば、なんと矮小で瑣末なことか、と ―

そのとおりだった。
気がつけば、私の胸のしこりのようなそれは、まるで夢幻のように消えている。


279 :51 [sage] :2007/02/17(土) 23:06:44 ID:wIS6evBI
私は、ふっと彼の顔を見た。
夕日に染められ、朱色に染まるその横顔は、酷く美しい。
彼との出会いは、私に多くの事を与えてくれた。
それは、知識だけのことではない。
花を、美しいと思える心を与えてくれた。
この、雄大な景色を美しいと思える心を与えてくれた。
あの里で数多の殺人技を鍛えた10数年よりも、はるかに価値ある数ヶ月をくれた。

私の胸が、きゅうと、縛り付けられたような苦しさを覚える。
だが、それは不快な感覚ではない。
むしろ、心地よくさえあった。

ああ…そうか。
言葉でしか私はそれを知らなかった。
故に、私は気付いていなかったのだ。
これが、人を『愛しい』と思う感情なのか。

私は、彼を愛しいと思っている。彼の寵愛を一身に受けたいと願っている。
だが、私はその想いを口に出す事は無かった。
いや、出せなかった。
口に出すことが、何故か躊躇われて仕方が無かったのだ。

だから、私は願ったのだ。

彼と共に生きてゆきたい、と。私の今生が果てるその時まで。




今は昔、東方の地に戦巫女ありけり。
戦うために生まれしその巫女は、一人の男に魅入られた。
巫女の亡くしたその心、触れ合い、愛し、甦る。
かくて、戦巫女は『戦い』忘れ『姫(むすめ)』に変わる。
姫巫女願うは今生の幸。
さりとてゆめゆめ忘れるべからず。
『魅』という字には『鬼』がいることを。

                           ~続~
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