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305 :51 [sage] :2007/02/18(日) 17:47:34 ID:Oo+NMfRU
さいごのおはなし

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暗い部屋。
数人の人影が、音も無く佇んでいる。
部屋を照らす明かりは、唯一つの蝋燭の炎。

「贄の様子は如何に」
「万事恙無く」
「贄に心は宿ったか」
「確かに」
「贄はしかと兎を愛したか」
「確かに」
「なれば万事は満ちたり。計るなれば今」
「然り。無明が望むがままに」
「無明に忠節を」
「無明に忠節を」
「無明に忠節を」

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赤。朱。紅。

私は、紅い色が好き。
それは、迸る鮮血の色。

私は戦場にいた。
酷い、酷い負け戦だった。
恐らくは御館様の慢心がその故だろう。
眼前の敵陣に突撃を仕掛けたところを、横合いからの伏兵に脇を刺された。
結果、先陣をきっていた部隊と後続が分断され完全に包囲殲滅の陣形を取られてしまったのだ。

そして…先行していた部隊には、彼がいた。



306 :51 [sage] :2007/02/18(日) 17:48:05 ID:Oo+NMfRU
それを知った時、私は思わず走り出していた。
助けねば。
彼を助けねば。
ただそれだけしか、考えることが出来なかった。
そんな私の侵攻を阻むべく、多くの敵が立ちふさがる。
それを一刀の元に切り伏せつつ、私は駈けた。
だが、10の首を刎ねれば20の敵が。
20の胴を薙ぎ払えば、30の敵が。
30の敵を穿てば、40の敵が。

一体どこからこれだけの数が、と思わせるほどの敵の集団。
それに阻まれ、私の歩みは遅々として進まない。

何故邪魔をする…!

苛立ちのあまり、私は舌を打った。
だが、その苛立ちが技の冴えを曇らせ、さらに私の歩みを遅くする。
ようやっと先陣に追いつく頃には、たっぷりと二刻ほどが過ぎていた。
その頃には、おおよそ戦闘と呼ばれるものは終わりつつあり、
残っている兵力ももはや風前の灯火といえる状況にあった。
彼の名を叫びながら、戦場を彷徨う私。
焦燥が胸を焦がし、心臓を奇妙な鼓動で満たす。
私は、締め付けられるようなその胸の苦しみを堪えながら、彼の名を呼び続けた。

そうして、半刻ほどたった頃だろうか。
私は、戦場でも最も最後まで戦闘が行われていた場所に辿り着く。

そこに、彼はいた。

紅い水溜りに倒れ臥す彼には

眼がなかった。
腕がなかった。
足がなかった。
臓腑がこぼれてなくなっていた。


307 :51 [sage] :2007/02/18(日) 17:49:04 ID:Oo+NMfRU
私の耳に、今まで聞いたことがないような絶叫が響く。
それが私自身が発した声であると気付くのに、暫くの時間がかかった。
私は、半狂乱になって彼の体を抱きしめる。
私の装束を、彼の血が紅く紅く染めてあげていった。
彼が、好きだといっていた紅い色に。
かき抱いた彼の体には、まだほんのりと温もりが残っていた。

そうだ…まだ、助かるかもしれない。
否、助かるに決まっている。
私は、まだ彼に聞きたい事がある。
聞いて欲しい事もある。
して、あげたいと思うこと、して欲しい事もまだある。
こんなところで、こんな形での終わりなど、私は絶対に認めない。

私はあまりにも軽い彼の体を抱きかかえ、自陣への道を駈けた。
途中、敵の追撃もあったはずだが、そんなことに構っていられぬほど私は一心不乱に駈ける。
ようやっと自陣に辿り着いたときには、着付けは乱れ、体中擦り傷まみれと散々な姿に変わり果てていた。
だが、私にとってそんな事は些細なことだ。
彼を抱きかかえて陣を往く私を、兵達はまるで化生でも見たかのような顔で迎える。
そんな顔には慣れている。幾らでも私を化け物扱いするがいい。
今は何よりも、彼を助けねばならない。

私は、陣の中にある医務所へと彼を運び込む。
やはり相当の負け戦だったらしい。医務所には、多くの負傷者でごった返していた。
私は、負傷者の体を押しのけて空間を作ると優しく彼の体を横たえる。
すぐに医者を呼ぶ。だから安心してほしい、と彼の頬を撫でた。
私は、せわしなく動き回る医者の肩をつかみ、無理やり彼の元へと連れこむ。
だが、医者は彼の姿を一瞥すると彼の体に指一つ触れることなく頭を振った。

― これはもう駄目です。もうとっくに■■でいる ―


308 :51 [sage] :2007/02/18(日) 17:50:04 ID:Oo+NMfRU
そう言って、医者は彼を置いて別の負傷者へと向かっていった。
…今、あの医者はなんと言ったのだ?
彼が■■んだ?
■■んだと、あの医者は言ったのか?
笑えない冗談だ。人を馬鹿にするにもほどがある。
私は、立ち去ろうとする医者の肩に手をかけ、こちらへ向きなおさせる。

何故、手当てをしない。何故助けない。

私は、そう叫びながら指が食い込まんばかりに肩を強く掴んだ。
医者はそんな私の姿に困惑したように口を開く。

― あれはもう息をしていない。幾ら医者でも『死人』を助ける術はないのだ ―

医者は、私の腕を振り払い、まるで気でも違った者を見るような一瞥を私に向けると、
逃げるようにその場を立ち去った。

何を…戯けた事を。
彼は死んでなどいない、まだ助かる、助かるのだ。
無能め、あれは役に立たない。
ならば、私が何とかするしかない。
まずは、彼の無くなった手足を何とかせねば。

ふと、周りを見回す。

…なぁんだ、ちょうどいい。
『代わり』は、そこら中に転がっているではないか。
私は、手にした刀をすらりと引きぬいた。
ちょうど、私の目の前に『足』が転がっている。

私は

手にした刀を

振りかぶり

勢いのまま

振り下ろした。


309 :51 [sage] :2007/02/18(日) 17:51:08 ID:Oo+NMfRU
飛び散る鮮血、悲鳴と怒号、辺りに満ちる紅い匂い。
ああ、いい具合に彼の足にぴったりの足が手に入った。
そんな私を見て、周囲の有象無象がなにやら騒ぎ立てる声が聞こえたが、私はそれを無視する。
どうせ、下らぬ戯言だろう。相手にする必要も、暇も今はない。
辺りを見回すと、すぐに良い腕が見つかった。
その腕は私が近づこうとすると地べたを這いずって逃げ出そうとする。

面倒な…。

私は再び刀を上段に振りかぶると、振り下ろした。
脳漿を柘榴のように弾けさせると、その腕は逃げるのをやめる。
私は、動かなくなった腕に刃を走らせた。

ああ、これで腕と足が揃った。
私はその腕と足を持って彼の元に向かい、それを彼の体に継いでやる。

次は目だ。
ふっと顔を上げると、まるで化け物でも見るような顔で私を見つめる目があった。
ああ、ちょうど良い。これにしよう。
私は、人差し指に中指を添え、その目に向かって指を突き立てる。
悲鳴、指に伝わる滑る粘液の感覚。
そのままぐるりと指を動かし、ぶつり、とその目を抉り取った。
彼のあいた目に、抉り取ったそれを嵌め込んでやる。
悪くない。

最後は臓腑。
こればかりは傷物を使うわけにはいかない。
ぐるりとあたりに視線を回す。
私を、まるでかごめかごめでも遊ぶかのように取り巻く群衆。
怯え、竦む群集のその中に、私は先ほどの無能な医者を見つけた。
そうだな、無能には無能なりに使い道がある。
私は一足とびでその医者に迫ると、刀を振るう。

宙を飛ぶ、首。

沸きあがる悲鳴と、堰を切ったように医務所から逃げ出す群衆を尻目に、
私は頭のなくなった無能を引き摺り彼の元に向かった。
横たわる彼の隣にそれを置くと、懐刀を取り出し腹を割き、
彼の体に足りないものを一つ、一つ確かめながら埋め込んでゆく。

仕上げに、接いだ腕と足、裂けた腹を針と糸で縫いつけてやる。
少し痛いかもしれないが、我慢して欲しいと彼に向かって私は微笑んだ。
これで、全てよし。
早く、目を覚まして欲しい。
早く、声を聞かせて欲しい。
早く、私に向かって笑顔を見せて欲しい。



310 :51 [sage] :2007/02/18(日) 17:59:10 ID:Oo+NMfRU
だが。
彼は、目を覚ましてはくれなかった。
足りないものは全て補ったのに。
何が、何かが足りない。決定的な何かが足りないのだ。
苦悩しながら、私はふっと自身の体に目を落とす。

そこには紅く染め上げられた、装束。

……ああ、そうか。
大事なものを忘れていた。

血だ。

血が、足りない。
そうだ、後は血があれば…。
そうすれば彼は、彼はきっと、きっと目を覚ます。
私の名を呼んでくれる。
私に向かって微笑んでくれる。
私に…

― 乱心召されたか、戦巫女殿! ―

気が付けば、私の周りを取り囲む、『血袋』の集団。
なんという幸運だろう。
これで、血を探す手間が省けたというものだ。

― なんと言うことを…これは我らに対する反逆か! ―

…五月蝿い。こいつらの声は癇にさわる。
私が聞きたいのは『彼』の声なのだ。貴様らの声じゃない。
私は、手にした刀を『血袋』に向かって突きつける。
一瞬、血袋達が怯むが、すぐに武器を構えなおした。

― ええい、戦巫女がどうした、殺れ!殺ってしまえ! ―

刃が走り、悲鳴と苦悶の声があがり、世界は、紅く染め上げられていく。



311 :51 [sage] :2007/02/18(日) 17:59:59 ID:Oo+NMfRU
…半刻ほど過ぎた頃。
あたりに動く者は何一つ無かった。
私は、手にした杯を傾け、彼の口に紅いそれを注ぎ込んでやる。
だが、幾らそれを飲ませても、幾ら彼の名を呼んでも、
彼は、目を覚ましてはくれなかった。

血が、足りないのだろうか。

ならば、もっと。もっとたくさんの血が必要なのだ。
私は、目を閉じたままの彼の口にやさしくそっと口を添える。

…初めての接吻は、紅く、甘美な味がした。

すぐに、たくさんの血を持ってくる。だから待っていて。
私は微笑んで、その場を後にする。
そう、私は血を集めなければならない。







今は昔、東方の地に戦巫女ありけり。
心を得りし『姫巫女』は、戦の最中に気を違え、その手を血にて染め上げる。
かくて『姫(き)』は『鬼(き)』に転じ『鬼(おに)』と化す。
鬼巫女に堕ちしその巫女は、ただ血を求めて野に下る。

嗚呼、愚かなるかや、哀れなるかや。



312 :51 [sage] :2007/02/18(日) 18:01:32 ID:Oo+NMfRU
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びしゃりと、私の頬に降りかかる生暖かい液体。
目の前には、首のないかつて人だったもの。

私は刀を納めて満足げに微笑むと、びしゃびしゃと首から降り注ぐ血を手にした竹水筒の中に
溜め込んでいく。
一本、二本、三本…今日は、随分とたくさん血が集まった。

周囲に転がる、骸、骸、骸、骸。
子供がいた。若い者がいた。老いた者がいた。
男がいた。女がいた。
その全てに共通して、首がなかった。
…ここはなんと言う名前の里だったか。
確か一番最初に斬った里人が何か言っていたような気がするが、思い出せない。
最も、瑣末なことではあるか。
深呼吸をした私の鼻をくすぐる、あたりに満ちる濃厚な紅い匂い。
その芳しさに、私はほう、とため息を一つつく。

あの日から、私は血を集め続けている。
一人二人の血では足りない。
もっともっと、もっとたくさんの血が必要なのだ。
そう、私は血を集めなければならない。
その為に、私は今ここにいる。
今、こうしてここに在る。

…けれど。

嗚呼、何故だろう。
何か、私はとてもとても大切な事を忘れているような気がするのだ。
それは、何よりも、きっと大切な事だった気がするのだ。
私は、それを何よりも強く願っていた気がするのだ。
…駄目だ、駄目だ。
余計な事を考えている暇は無い。

血だ。
血が、足りないのだ。

私は血を集めなければならない。

私は、血を集めなければならない。

私は、血を、集めなければならない。

私は、血を、集めなければ、ならない。

                               ~終~
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