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494 :同族元素:回帰日蝕 ◆6PgigpU576 [sage] :2007/02/23(金) 01:47:22 ID:hfT0xD/Q
朝から寝惚けた兄さんを見れて、ご機嫌なわたし。
更に昨日の買い物や食事作り食器の片付け、全て兄さんと二人っきりだった。
いつも以上にテンションが高かったわたしは、兄さんにいっぱい甘えて甘やかされて、
とても幸せだった。

思い出すだけで、胸がきゅっとなって擽ったくて、じわっと身体が温かくなる。

定番の遣り取りを兄さんと東尉君として、クラスの自分の席に着いて幸せの息を吐いた
わたしの前に影が射した。
「…夏月、おはよう」
「好乃、おはよう!」
あれ? 何だろう? 好乃、いつもと雰囲気が違うような…?
「ちょっと話があるんだけど、ついてきて」
それだけ言うと、好乃は振り返らずに教室を出ていってしまう。
「ちょ、ちょっと待ってよ、好乃!」
声を掛けたが止まる素振りも無い好乃の後を、わたしは慌てて追うしかなかった。

もうすぐHRという事もあり、屋上にはわたしと好乃以外誰も居ない。
ショートカットの好乃と違い、肩上まであるわたしの髪は、今日の強い風に煽られ、
押さえていても滅茶苦茶になっている事だろう。
わたしに背を向けて黙っている好乃の後姿は、声を掛けるのがためらわれる雰囲気で、
好乃が口を開くのを、ただ黙って待っているしかない。

ようやく、そう感じる程、実際は時間が経っている訳ではないけれど、
わたしの心境的にはそう思えるほど、好乃が黙っていた時間は重かった。
「夏月」
「な、何?」
振り返った好乃の顔は何の表情も浮べておらず、わたしは知らずに身構えていた。
しかし次の瞬間、好乃はにっこりと満面の笑みを浮べた。

び、びっくりした~… いつもの好乃だ。

好乃の笑顔に、わたしも釣られて笑顔になると、ほっと詰めていた息を吐いた。
「どうしたの、好乃? 急だったから驚いちゃったよ」
相変わらず、風が強い。
少し距離があるため、大きな声を出さないと聞こえない。

「教室じゃ、他に人が居るから」
わたしほど大声じゃないのに、好乃の声は不思議とよく聞こえた。
「何?」

「あたし、陽太君の事が、好きなの」

ほら、どうしてかな、好乃の声はよく聞こえる。



495 :同族元素:回帰日蝕 ◆6PgigpU576 [sage] :2007/02/23(金) 01:48:10 ID:hfT0xD/Q

沈黙が横たわる中、わたしは混乱していた。

だって、好乃が好きなのは東尉君じゃないの?
ああ、違う。それはわたしが勝手に思い込んだだけで。
今、好乃が言ったじゃない。陽太君が好きだって。

陽太君… 陽太君… 陽太… 陽太…

この学校に“ようた”って人、他にもいたのかな?

わたしの兄さん以外に、“ようた”って人。


「妹の夏月に、ちゃんと言っておこうと思って」
「話はそれだけ、じゃあね、夏月」

好乃はそれだけ言うと、わたしを置き去りにして屋上を後にした。


好乃の笑顔とさっきの言葉が、ぐるぐると回っている。
気持ち悪い。

好乃が、兄さんの事を、好き?
兄さんが、好き?
何ソレ、何ソレ、何ソレ?


「うっ…!」
吐き気が込み上げてきて、ふらふらと階段を降りた。
足元がぐらぐらする。眩暈が、する。
早く、早く、行かないと。行かないと。行かない、と。

どこに?

身体が傾いて、目の前が真っ暗になって、そこから何も解らなくなった。



496 :同族元素:回帰日蝕 ◆6PgigpU576 [sage] :2007/02/23(金) 01:48:55 ID:hfT0xD/Q

優しく髪を撫でる手に、泥の中にいたような意識が浮上する。
目を開いて見なくても、わたしにはこの手が誰だか解る。

やっぱり、好きだ。

じんわりと熱くなってくる目蓋をゆっくり開いて、誤魔化す様に瞬きをした。
兄さんの優しい手に、泣きそうになる。

「夏月、大丈夫?」
無機質な天井が目に映ると、心配そうな兄さんの顔がそれを遮って一杯になった。
「どこか痛い所はない?」
「ここ… 保健室?」
「そう。夏月は倒れて運ばれたんだよ」
「そう… 保健の先生は?」
「今は席を外してるよ」
「…兄さん、授業は?」
他に言いたい事はあるのに、こんなどうでもいい事ばかり聞いてしまうわたしは
逃げているのだろうか?

「ばかだなぁ。夏月が倒れたのに、そんな場合じゃないだろ?
 それより、どこか痛い? 病院に行く?」
「ううん、大丈夫。痛い所もないし…」
わたしの声は、震えていないだろうか? 上手く笑えているだろうか?
「そっか… よかった」

嬉しくて堪らない。
兄さんがわたしを心配して優先してくれている、その事に泣きそうになる。

その時ノックの音と共に、ドアが開く音がした。
「…失礼します」
東尉君だ。兄さんがカーテンの外に出て、わたしはそっと息を吐いた。
「夏月、動けそうか?」
「どうだろう…」
兄さんと東尉君の言葉に、ゆっくりと身体を起してみる。
吐き気も眩暈もなく、大丈夫そうだ。
「大丈夫だよ」
スカートを直し手櫛で髪を整え、そう言ってカーテンを開けて二人の前に出ていった。

「夏月! 無茶しない!」

心臓が跳ねた。
だって、兄さんがわたしの肩を抱いて、引き寄せたから。

「ほら夏月、寄りかかっていいから。東尉、荷物…」
「俺が運ぶから、お前はちゃんと夏月を見てろ」
「ありがとう。夏月、ゆっくりでいいから、歩けるか?」
「…うん」
幸せ過ぎて、眩暈がしそうだった。



497 :同族元素:回帰日蝕 ◆6PgigpU576 [sage] :2007/02/23(金) 01:49:37 ID:hfT0xD/Q

「先行って、タクシー止めておく」
そう東尉君は言うと、三人分の荷物を持っているとは思えないほど、静かに先に行ってしまった。

ゆっくりと兄さんに支えられながら、授業中で誰も居ない廊下を歩く。
わたしの下駄箱までくると、兄さんは甲斐甲斐しくわたしの靴を替えると、
ちょっと待ってて、と言い残し自分の下駄箱まで駆けていった。
クラスが違う兄さんとわたしは、下駄箱が離れているのだ。

替えて貰った靴を見ながら、思わず笑いが零れる。
しかし次の瞬間、ふ、と何気なく下げていた目線を上げて、凍りついた。


廊下の角に好乃が立っていた。

じっとこちらを凝視する好乃。


背筋を冷たいものが駆け上がって、自分自身を抱き締めた。
何も浮かんでいないような、様々な感情が混ざっているような、そんな好乃の表情に
気圧される様に知らず一歩下がると、背中に下駄箱が当る。

怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い!


「夏月!? 大丈夫? ほら、寄りかかって」
「兄さん…」
丁度わたしと好乃を遮る様に、目の前に立った兄さんに引き寄せられるまま、
ぎゅっと目を閉じて、好乃から逃げる様に肩口に顔を埋めた。

目を閉じても、好乃の視線を感じる。
きっと、わたしを責めている。


「陽太、お前らの荷物、座席に置いてあるから …夏月大丈夫か?」
兄さんが立ち止まって東尉君の声がしたので目を開けると、門の外で止まっている
タクシーの前に着いていた。
眉間に皺を寄せて、まるで怒っているような顔で心配してくれている東尉君に、
何とか頷いて見せた。
「東尉君、ありがとう。それと迷惑かけて、ごめんね…」
「バカ。そんなのどうでもいいから、早くよくなれ。
 陽太、後の事は俺がやっとくから、ちゃんと妹の看病してやれよ」
「うん、ありがとう東尉」
東尉君に見送られながら、兄さんとわたしはタクシーに乗りこんだ。


今は何も考えたくない。

兄さんの腕に守られながら、わたしは微かに震え、全ての事に目を閉じた。

-続-