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10 :真夜中のよづり4 ◆oEsZ2QR/bg [sage] :2007/02/25(日) 17:36:16 ID:h1BEVMqk
 学校から1キロほど離れたところにある木造アパート。通称『まるわハイツ』
 築13年で二階建て部屋数は六つ。トイレ共同、風呂は一応あり、六畳一間で日当たりは若干悪い。俺はそんなアパートの二階の奥部屋に住んでいた。
錆びた鉄製の階段を一歩一歩昇ると、ぎしぎしと鳴る木の廊下を歩く。外に剥き出した廊下は外側にすこしだけ傾いてて、バランスを崩すと柵を乗り越えて下へ落ちそうだ。
母親が一人暮らしになる俺に当ててくれた部屋だが、もうすこしいい部屋にしてくれよと思う。いつ崩れるかと思うと、怖くて眠れん。家賃を払ってもらっている手前、贅沢もいえないがね。
 部屋の前までやってくると、ドアノブにビニール袋が引っかかっていた。中を見ると、俺のチェック柄の服とエドウィンのジーパンが入っていた。あれ、なんでこんなところに俺の服が……。
って思い出した。たしかお隣の藤枝さんに「ちょっと、和人くん! き、君、地肌が見えてるじゃないですか! 貸しなさいっ」と、着ていたところを強引に脱がされた服だ。
部屋の前で脱がされたから良かったものの、外で脱がされてたら俺はパンツ一丁になるところだった。おいはぎにあった人間か、俺は。
ビニール袋から取り出して確認してみると、ほつれていた脇の部分が破れた後も見えない程丁寧に塞がっていた。やっぱり藤枝さんの腕はすごい。手芸の先生だというだけある。
 ジーパンも取り出す。確かこれは右ひざの部分が摺れて穴が開いてんだったっけ……。俺は畳まれていたジーパンを開く。紺が強いジーパンの右ひざには可愛いミッフィーのアップリケが縫われていた。
「………」
 藤枝さんのミッフィーブームはまだ終わっていないらしい。俺は通算三枚目となったミッフィージーパンを畳むと、ビニール袋に押し込んだ。それを掴むと。学生ズボンの後ポケットから鍵を取り出す。
それを自分の部屋の木造ドアのノブの鍵穴につっこんだ。鍵がちょっと曲がっているため、途中まで入ったところでつっかえる。
「くそっ」
 いつものことだが、毎度毎度イラつく。俺は力任せに押し込むと、鍵をねじりこんだ。
 がきこんっと金属音がして全て飲み込まれた。かっちりとはめ込むと音を立てながら戸が開く。
「ふぅ。ただいまー」
 入り口脇に合ったサボテンにそう言うと、靴を脱いで部屋に上がる。
 俺の部屋は狭い上にボロっちいので、ほとんどモノがない。実家に居た頃はそれこそゲームや雑誌の束かなんかがいっぱい積み上げられた部屋で過ごしてたが、ここに引っ越してくるときにほとんど置いてきてしまった。
 この部屋に実家並みのモノを置くとなるとスペースがいくらあっても足りないし、あんまり重いものを置きすぎると床が抜ける可能性もある。
 そんなこんなで俺の部屋にあるものといえば備え付けの水道と流し台とコンロを除くと、ちっちゃい冷蔵庫と14インチの古いテレビ(リモコン無しの奴。地デジにはもちろん非対応)、それに本棚とクローゼットと勉強兼食卓用のちゃぶ台だけだ。
 さらに部屋が小さいため、掃除も楽だから必然的に俺の部屋は綺麗だった。
 本当にモノがねぇな。だがこの生活初めて二年になるが、あんまり不便だとは感じていなかった。
俺は藤枝さんに縫ってもらった服をクローゼットの箪笥にしまう。ミッフィーブランドになっていないジーパンはあと二枚。そろそろ買いに行かないとな。
 俺は部屋の真ん中に置いてあったちゃぶ台を端に寄せると、学生服のまま畳の上にごろりと寝っころがった。ふうと一息つく。夕方過ぎて外は暗くなり始めていたが、部屋の中はもっと暗く見上げた天井は黒く見えた。
 俺は腕を伸ばして蛍光灯の電気コード(糸をつないで延長したヤツ)を掴むと、軽く引っ張った。ぱちんと音を立てて蛍光灯が二・三度点滅するとグレー色の蛍光灯が白くなり俺の部屋を明るく照らした。
 白くて丸い光の束を俺はしばらくぼぅっと眺めていた。
「しっかしなぁ……」
 気分は憂鬱だった。原因はもちろん、過去最高なファーストコンタクトとなった二十八歳の元引きこもり高校生こと、榛原よづりのことだ。
「俺、あいつといい関係築いていく自信が無いぞ……」
 今日の榛原よづりの行動が脳の奥につらつらと再生される。
 いきなり、尋ねてきた俺を家に招きいれた彼女。コーヒーをつくって俺の横にぴっとりと寄り添うように座った彼女。
「まさか、あのコーヒーも何か入ってないだろうなっ!?」
 俺は起き上がって体をまさぐってみるが、今のところ異常はない。まぁ、唾液ぐらいならまだ生死の危機はないが。
俺は半信半疑ながら、もう一度寝転がる。あのあとあの女は……。俺にヘッドロックをかましてきたな。胸の感触はよだれものだったが、あのヘッドロックの意味はなんなのだろうか。



11 :真夜中のよづり4 ◆oEsZ2QR/bg [sage] :2007/02/25(日) 17:37:16 ID:h1BEVMqk
ただ抱きしめていただけか? それともマジで息の根を止めるつもりだったのか。
 で、彼女は俺のために料理を作ると言い出して……自分の前髪を切り落とした。ばっさりと、一遍の躊躇も無く。
「アレには突然すぎてビビッたなぁ……」
 彼女はまるで当然というような顔で切り落としたのだ。いや、確かに料理をするときに前髪は不要だがあんなに長く伸びた髪を女の子はすぐに躊躇無く斬ってしまうものなのか? 普通バンダナつけるとかするだろ? 髪を切るほうが面倒くさいだろ?
 そして極めつけは。

 べとべとべとべとべとべとべと。

「……」
 いいのか。アレは。
 あいつ自分の唾液を混ぜながら笑っていたぞ?
 俺はどうやらあいつに気に入られたようだが……、いくら副委員長とはいえあんな女の相手はまっぴらごめんだ。
 だいいち、無理があるんだよ! カウンセラーでも保健の先生でも無い俺が元引きこもり高校生二十八歳という攻略高難易度キャラを相手にするなんて!
 あんなのが隣にいたら俺の心休まる日が無い。さすがに無理だ。
「……しゃあねぇ。今回も委員長頼みか」
 俺はズボンから携帯電話を取り出すと、いつものように短縮フォンを押す。見慣れた番号と名前がディスプレイに表示される。スピーカーを耳を近づけると、りぃん……ではなくとぅるるるといつもの発信音が鳴る。
 しかし何度も鳴らせるが一向に出ない。三十秒ほど鳴らしてようやく委員長が出た。
『なに? 森本くん』
「おう、委員長」
『珍しいわね、あなたから電話してくるなんて』
 そういえば、委員長から俺に学校連絡として電話してくることはあっても俺が電話したことは無かったな。面倒くさくて摺る必要も無かったんだが。
「んだな」
『で、どうしたの?』
「ちょっと話があってな」
『ごめん、後にしてくれないかしら? 今お風呂はいってたところなのよ』
 え、ちゅーことは今は風呂上り?
「委員長。もしかして今バスタオル一枚か?」
『それが話? 切るわよ』
 ああっ! 待て待て。ちょっと気になっただけなんだって。だってバスタオル一枚で電話に出るなんて、90年代のドラマでは屈指の名シーンじゃないか! 90年代ドラマ好きの俺としては萌え萌えなわけで……とととそんなこと言えねぇか。
「違う違う。すぐすむから」
『なぁに?』
 さすが委員長。バスタオル一枚(たぶん)でもちゃんと話は聞いてくれるようだ。
 俺は手短に今日のことの詳細を語ろうとしたが……、風呂上りでバスタオル一枚(たぶん)の委員長のことを考えると一分でも長いくらいだ。ここは結論から先に言うべきと判断する。すなわち。
「ごめん、俺明日無理だわ」
『どういうこと?』
「だから、明日急用ができて、榛原さんを迎えに行くのは無理になったんだ。悪いけど委員長が行ってくれないか?」
 俺がそう言うと委員長ははぁ? と聞き返す。あまり聞きたくないイラついた声だ。
『またサボり? いい加減にしてよっ。毎回毎回あたしに押し付けてばかりじゃない』
「違うって、本当に急用ができたんだって」
『なによ。急用って』
 え、えっと。俺はなにかいい言い訳を考えようとして、思いついたことを出任せに言った。
「明日な妹を幼稚園に連れて行かなきゃならなくなったんだよ。いつもは親が送ってるんだけど、明日はたまたま朝から仕事でさっ!」
 俺は一人暮らしだし実家にも妹なんて居ないが、居ることにした。
『あなた一人暮らしだし、一人っ子だって言ってたじゃない』
 あ、やべぇ。知ってたか。そういやいろいろサボる口実に「一人暮らしで忙しい」とか言った気がする。俺は冷や汗を流してなんとか言い訳を考える。
「ちげぇよ! 俺の妹じゃねぇよ。 藤枝さんだよ!」
 とっさに俺は藤枝さんに妹が居るという設定を作った。もちろん藤枝さんからそんな話は聞いていない。
『藤枝さんの?』
「俺のお隣の藤枝さん。あのひとには幼稚園の妹さんがいてさ、ほら、いつもお世話になってるし、その、な?」
 藤枝さんのことは委員長は多少なりとも知っている。何度か俺が話したこともあるし、たまに道で会ったりもしていた。
『藤枝さんに妹さんがいたんだ?』
「あ、うん。藤枝さんは一人暮らしだけど、実家に居るんだって。で、水・金は藤枝さんが送り迎えするんだけどさ。ちょうど明日は藤枝さんも用ができちゃったらしくて……で、俺が負かされたってわけ」
 嘘を重ねぬりするのはなかなか心苦しい。


12 :真夜中のよづり4 ◆oEsZ2QR/bg [sage] :2007/02/25(日) 17:37:57 ID:h1BEVMqk
『ふぅーん……』
 委員長はあまり納得して無いようだった。
「だから明日は無理! お願いだよ、代わりに行ってくれよ」
『……へっくしっ』
「大丈夫か? やっぱりバスタオル一枚なんだろ。無理するなよ」
『うっさいわ! ……わかったわよ、じゃあ明日はあたしが迎えに行くわ。あなたも藤枝さんの妹さんの送り迎え頑張りなさいよ。じゃあねまた明日っ!』
 どうやら、委員長はバスタオル一枚だったようだ。寒くて早く電話を終わりたかったらしく、最後のほうは早口でいいまとめるとこちらの返事も聞かずに切った。
つーつーつーと耳から流れる音を聞きながら、俺は初めて委員長の関西弁が聞けたことに感動していた。
うっさいわ! うっさいわ! うっさいわ……(エコー)。ああー、もうちょっと長く関西弁を喋って欲しかったなぁ。できれば『うっさいわ!』より『なんでやねん!』の方がいいな。
なんつーか、ああいう普段は方言を使わない子がある特定のときに方言丸出しになるってなんかいいよなぁ。普段から方言だとうざいことこの上ないけど、たまに喋ったりするとなぁ……。
いやいや、それはともかく。
 なんとか、明日は榛原よづりを迎えに行くことはならなさそうだ。
 俺は安堵の息を吐いた。やっぱりややこしいことは委員長に任せるに限るなと、本人が聞いたら激怒しそうな独り言を呟いて、俺は目をつぶった。
 まだ夕方だというのに俺は暗い部屋のせいで眠気に襲われていった。落ちてゆく意識の中で、一瞬だけ俺のまぶたの裏に髪の毛を切って俺に笑った榛原よづりの顔が浮かんだが、俺は特に何も思わず学生服のまま眠りについた。

 翌日。
「おいっす」
 俺はいつもの登校時間に普通に教室に入った。
「おはよっ!」
「おー、おはようっ」
 ちょうど通りかかったロリ姉が挨拶を返してくれたので、俺はロリ姉のポニーテールをぐりぐりと撫でてやった。ロリ姉は憮然とした顔で「もう~」といいながら教室を出て行った。かわゆいやつ。
 教室を見渡すと、委員長はまた来てないようだ。委員長の席は空席でカバンも何も置いていない。
 ちゃんと俺のお願いを聞いて迎えに言ってくれたんだな。結構結構、でも少し罪悪感が湧く。今度メロンパンでも奢ってやろう。
 そういえば無理矢理理由くっつけて委員長に行ってもらったが、あの後藤枝さんから「私にあることないこと付けて理由にするなです」としこたま怒られたんだよなぁ。壁が薄いから全部きこえてたようだ。あの人も美人なくせに怒ると怖いんだよ。
 そのくせ面倒見がいいから将来いいお母さんになれるよな。うんうん。ダンナは苦労しそうだが。
 俺は一人で納得しながら席に着いた。俺の席は窓側の中間ぐらい。冬場は日当たりが良くて古文の時間とかには昼寝のいいポジションだ。俺の籤運は素晴らしいな。
 教室は寒かったが、俺の席は暖かかった。朝の太陽の光を浴びながら俺は大きくあくびをする。こりゃ一時間目から寝てしまうなぁと考えながら。
「んっ」
 ぶるりとポケットが揺れる感覚。うぃーんうぃーんと振動音。マナーモードにしていた俺の携帯電話だ。
 出してみるとメール受信ではなく、音声着信。LEDライトが赤く点滅していた。光るサブウィンドウを見るとそこには榛原よづりを迎えに行った委員長の文字が躍っていた。
 どうしたんだ?
 まだ朝のHRまで10分ある。基本的に校内での携帯電話の利用は禁止だが、授業時間以外の使用は一応は黙認されている。まぁ、隣のクラスでは携帯電話で株取引やってるヤツもいるし、こんなに携帯電話が普及している時代、すべてを禁止するのは無理あるしな。
 しかし委員長がこの時間に電話してくるのは珍しいな。あいつも携帯電話は持っているが、校内や登下校の時は完全に電源を切っていてほとんど使うことは無かったのに……。
 俺は二つ折りの携帯を開くと緑色のボタンをおした。
「おっす。なんだ委員長」
『あ! 森本くん!? いまどこ!?』
 かけてきた委員長は声を荒げていて、切羽詰っていた。まるで俺を責めるときのような荒げ方。俺は一瞬、無視すればよかったかもと思った。
「ど、どうした? 今どこって……学校だよ」
『学校!? あなた藤枝さんの妹さんの迎えは?』
「え、ええっと。早く終わったから、学校にはいつもより早く着いたんだよ。妹さん意外と早起きで……」
『そんなことはどうでもいいわっ! ちょ、やめいっ! こら! やめんかワレ!!』
 電話越しの委員長は誰かと揉めているようだ。委員長の切羽詰った声となにかごとりごとりというワケのわからない擬音。ついには委員長が関西弁になっていた。
 俺は急激に嫌な予感が体の中に駆け上がる。


13 :真夜中のよづり4 ◆oEsZ2QR/bg [sage] :2007/02/25(日) 17:38:53 ID:h1BEVMqk
「お、オイ! オマエ今どこだ!? おい!!」
 今度はこっちが声を荒げて質問を返した。俺の様子に俺の前の席で談笑していた鞠田早百合と兼森良樹が何事かと振り返る。
『榛原さん家や! 迎えに行ったらいきなり暴れだし……きゃぁっ な、なに持ってんねや! ちょっ!』
 サーと俺の頭から血の気が引いていく。修羅場中の修羅場。俺の頭の中に榛原よづりの姿が思い出された。
 あの依存的な瞳、壊れそうな体躯、そして、俺に対する歪んだ……

 べとべとべとべと。

 なにか。
 まてまてまてまて! やべぇ、やべぇよ! もしかして、俺はとんでもないことをしてしまったんじゃないか!? とんでもないところに委員長を送り込んでしまったんじゃないか!?
「お、おい! 逃げろ! どこでもいいから逃げろ!!」
 俺は慌てて電話越しの委員長に叫ぶ。俺の怒号に教室に居た全員が俺に注目していた。だが、俺は溢れる冷や汗にまみれながら携帯の向こうに居る委員長の状態が気がかりで、まったく気にしていなかった。
『に、逃げるゆーたって……どこに……』
 刹那。

 ガシャーンッッ!!

 電話越しからきこえる、大きな音。皿が割れたような、ガラス瓶が割れたような、鈍器が割れたような。
『キャァァ!』
 ぶちっ。
 つーつーつー。
 悲鳴とともに突然電話が切れた。
「……ホ、ホラー映画かよ……」
 カミングスーンってか?
 俺は額から冷や汗が止まらなかった。
「どうしたんだ、森本?」
 俺の前に居た兼森良樹が怪訝そうな顔で聞く。あんだけ電話越しに大声を出していたのだ。そりゃ聞いてくる。横に居た鞠田早百合も眼光鋭くこちらを見ていた。
「……今日の一時間目ってなんだったっけな……」
 目の前の二人に絞り出すような声で聞く。
「はぁ、古文だけど」
 よっしゃっ。俺は右手でガッツポーズを作った。古文ならいてもいなくても大した勉強にならんっ。ちょうどいい!
「わりぃ、俺サボるわ! 兼森、俺の名前が呼ばれたら返事しといて!」
「え、ちょっとそんな無茶なっ」
 俺は席から立ち上がり、カバンを置いたまま教室を飛び出す。俺の突然の行動にクラスメイトの何人かがぽかんとした顔で見ていたのが見えた。
 委員長を、助けに行かなければ。
 考えれば分かることじゃないか! あんな精神が不安定な元引きこもりがたまたま俺に懐いたからって、委員長に懐くわけねぇ。だいいち、料理がしづらいから自分の髪の毛を躊躇無く切り落とすヤツだぞ? 普通ではない!
 廊下へ飛び出ると教室に入ろうとした京太にぶつかる。京太は尻餅をついて倒れた。俺は「すまん」と一言だけ言うと、わき目も降らず昇降口に向かって走り出した。
 委員長を自分の怠惰で危険な目に合わせた自分に対する罪悪感と情けなさで俺は泣きそうだった。
 俺は溢れそうな涙をこらえ、その感情全ての力を両足に込めて走った。廊下を走り抜け、上靴のまま昇降口から外に飛び出し疾走する。
「おい、上靴のまま外に出るな」
 昇降口に飛び出した途端、教師としてはめちゃくちゃ遅めに登校してきた遅刻常習犯の養護教授の時ノ瀬が顔をしかめて注意してくる。
 うるせぇ、今は緊急事態なんだ。冬でもTシャツ白衣に裸足にサンダルで登校してくるお前に言われたくねぇ! 俺は無視して走り続けた。
 たぶん、体育祭の徒競走でもこんなに全速力で走ったこと無いだろう。委員長の最後の悲鳴が頭から離れない。
「頼むっ。無事で居てくれっ!」



14 :真夜中のよづり4 ◆oEsZ2QR/bg [sage] :2007/02/25(日) 17:39:57 ID:h1BEVMqk
 ぜぇぜぇと俺は荒げる息をついて、榛原よづりの家の前までやってきた。
 門はきっちりと閉じられている。まるで魔王の城へ攻略する勇者になった気分だった。いや、勇者でも一度逃げたヘタレ勇者か。
 きぃと俺は門を開けて敷地内へと入った。植えられたパンジーの毒々しい色が俺の恐怖をいっそうに煽っている……気がする。
 玄関ドアの前までやってきた俺は、耳をドアに付けて中の様子を確認してみる。まだどかんどかんと音がしてたら何か鎮圧するための武器が必要になるかもしれない。
「……無音だな」
 恐ろしいくらいなにも聞こえない。休憩か? まぁ榛原よづりはスタミナ無さそうだしなぁ。
 俺はドアノブを掴むとゆっくりと回す。がちゃりと音を立ててドアが開いた。おそるおそる俺は中を覗く。
そこには……。
「な、なんだこりゃ……」
 俺は玄関で立ち尽くしてしまった。
 様子は酷いものだった。昨日お邪魔したときにはあんなに清潔に保たれていた玄関や廊下。見るも無残な状態だ。
玄関で飾られていたはずの花瓶や飾り皿はそこになく、床に叩きつけられたのか無残にも砕け散って散乱している。花瓶の中身なのか、足元にはばらばらと多種多様な花が散らばり、中の水があたりに飛び散っている。
醤油指しやソース、砂糖、塩のケースもひっくり返って、辺りに転がっている。辺りに散乱している見るも無残な料理に一部が溶け出して、不気味な色をかもし出していた。
電気ポットはコードごと引きちぎられ、ふたがへし折られて転がっている。沸騰したお湯があたりに広がり座り込むよづりの足元まで届いていた。
倒れたこけしの首がもげてひびが入った水槽に沈んでいてまるで死体のようだ。
高級そうな壁紙の一部は、何か硬い物がぶつかったのか見事に剥げ落ちていて、あちこちに赤い液体が飛び散っている。……まさか、血か? しかし、ちかづいてよく見るとただのケチャップだった。下にチューブが落ちている。
うわぁ、ビビった。ここらへんがライトなのか?
俺は恐る恐る廊下を歩く。委員長の安否が心配だ。靴を脱いで破片をよけて廊下を渡っていった。
委員長はどこに居るんだ? ちゃんと逃げたのだろうか。門が閉まっていたから外には出てないかもしれない。どこかに隠れているのかも……。
 何故か自分で音を立てないように歩く。廊下を抜けて、台所を覗こうとした瞬間。
「しくしくしく……」
 硬直した。女のすすり泣くような声。俺はサーっと血の気が引く。
 すすり泣く声。この声は確実に……。榛原よづり。なんでお前が泣いてんだよ。
 俺は台所をゆっくりと顔だけ出して覗く。すだれの間から女の後姿が見えた。
「しくしくしく……」
 黒いセーターに長い髪の毛。そして右手には『秋穂』と筆文字でかかれた日本酒のビン。
「しくしく……ぐびりっ」
 後姿の榛原よづりはすすり泣きながら、時折持っていた日本酒ビンの注ぎ口を口元にあてると、顔を上にあげてラッパ呑みをしていた。ごきゅりごきゅりと液体が喉を通っていく音がここまで聞こえる。
 明らかにやけ酒だ。あんな度の強そうな日本酒を一気飲みすると急性アルコール中毒になってしまう。
「ぐびりぅぐびりっ。ぷはぁ………ううう、かずくぅん……」
 うわぁ! 明らかに俺が原因かよ!
「お、おい! 榛原っ」
「んふうぇ?」
 俺は慌てて台所に入った。後姿の榛原よづりの肩を掴んで、日本酒を取り上げる。奪い取った日本酒は一本カラだった。全部飲んだのかコイツは。
 突然肩を掴まれた榛原よづりはびくりと体を震わせた。ぐるりとマネキン人形のように顔の向きだけぎこちなく振り向く。
 目が死んでいた。
長い髪の毛はくしゃくしゃに汚れていて、前髪の下に浮かんだ瞳は暗色の水彩絵の具を水で溶かしたように淀んだ色をしている。同じく、俺は台所の惨状にも驚いた。
台所の床にはぐちゃぐちゃになった料理が無残に散らばっていた。豚の角煮、牛ステーキ、アジの開き、焼いたホタテ……その盛り付けられていたはずの、どれもよだれもののうまそうな料理が、テーブルではなく床に散乱し、
砕け散った皿と区別が柄なった醤油指しやソース、砂糖、塩のケースもひっくり返って、辺りに転がっている。辺りに散乱している見るも無残な料理に一部が溶け出して、不気味な色をかもし出していた。
電気ポットはコードごと引きちぎられ、ふたがへし折られて転がっている。
沸騰したお湯があたりに広がりそのお湯と湯気、そして料理の臭いが台所に充満し、吐き気を覚えるにおいが立ち込めていた。幸いなのは、ガスコンロのガス栓が抜けていなかったことだろう。もしそうなら、それこそ大惨事になりかねない。


15 :真夜中のよづり4 ◆oEsZ2QR/bg [sage] :2007/02/25(日) 17:40:59 ID:h1BEVMqk
 コップの取っ手は中ほどでへし折れ、見事に真っ二つに割れていた。ナイフは真ん中でへし曲がったり、フォークは一体同やたらこうなるのか、刃があらぬ方向にねじれていた。
 そのあちこちには、盛り付けて合ったはずの新鮮なトマトが中身をぶちまけてへしゃげ、散らばっている。みようによってはそれは、えぐられた人肉にも見えて、こみ上げ来るものを何とかこらえた。
 冷蔵庫は半開きになり、薄明かりを漏らしている。あとで出そうとしていたのか、そこにはケーキらしきものやら、プリンらしきもの、どれもうまそうだったはずのデザートが、奥のほうでつぶれていた。
 もとは、テーブルに並んでいたのだろう。全てが台無しになってしまっている。
 榛原よづりの目が俺の顔に定まる。しばらくの間固まっていた。しかし数刻、肩を掴んだのが俺だとわかると。
「か、か、か、か………」
 淀んでいた瞳に急に生気が蘇ってきた。アルコールで赤くなった顔もさらに赤みを増して、口元もわなわなと喜びに震える。そして、
「かずくぅぅんっっ!!」
 まるで飛びつくように抱きつかれた。俺は食い物が散乱した床に背中から押し倒される。
「かずくんかずくんかずくんかずきゅぅぅぅんっ!」
 まるで甘えん盛りの猫のようにぐりぐりと俺の胸に頭を押し付ける榛原よづり。ソプラノ調の高い泣き声で何度も俺の名前を叫び続けていた。
セーターで押し上げられた二十八歳の豊満な巨乳が臍あたりにぐりぐりと押し付けられた俺は思わず反応しそうになるが、さすがに状況が状況なのでなんとか自分を押し留める。
「おいおい、落ち着け!」
「なんで、なんで来てくれなかったのよぅ! なんでよぅ!!」
 榛原よづりは頭を押し付けながら俺を責めたてる言葉を吐いた。
「なんでよぅ! やっとわたしに会いに来てくれる人が居たと思ったのに! やっと、わたしを支えてくれる人だと思ったのにぃ!
 どうして、どうして、裏切ったのよう!! 裏切りものぉ! かずきゅぅん!」
 支離滅裂だ。俺はワケがわからないがなんとか落ち着かそうと開いた手で榛原よづりの頭を撫でていた。
「よろしくねって言ったじゃない。迎えにくるって行ったじゃない! だぁかぁらぁ、わたしかずくんの好きなもの考えていっぱい用意して待っていたのに……。
 そうしたら、そうしたら、なんか変な女の子がきてぇ、かずくんは来ないってうそついてぇ、嘘、嘘、嘘、嘘ついたの! あの女の子があ」
 委員長のことだ。そういえば委員長はどこ行ったんだ? 俺は榛原よづりの頭を撫でながらそちらも気になっていた。
「あの女の子が嘘ついてるとおもってぇ、あの女の子、あの女、私とかずくんの間を邪魔してるのよぉ! 邪魔してるのぉ! だぁかぁら、あたし言ったのぉ、かずくんは来るって、絶対来るって! だけど、あの女は来ないって言い張ってて……だからぁ……」
 やめてくれ、それから先は言わないでくれ。頼むから。お前が何か言うたびに俺は委員長を危険な目にあわせたという罪悪感が湧いて来るんだよ!
 俺は押し倒されたまま榛原よづりの頭を両手で抱きしめた。
「落ち着けっ。榛原! 榛原! よづり! よづりっ!」
 俺は、初めてこの女を名前で呼んだ。俺の声に反応したのか、よづりが言葉を止めた。押し付けられる頭を抱きしめて、さとすように俺はゆっくりとよづりに語りかける。
「この料理は俺のために作ってくれたのか?」
「う、うぅん。好きなもの知らないからぁ。冷蔵庫にあるもの使って、全部ぜぇんぶ……。でもぉ、あの女の子のせいで、あたぁしムカッとなって……」
「全部おシャカにしちゃったのか」
「うん……、気がついたらテェブルの全てを投げてた……」
「……そうか」
 俺は抱きしめながら、手のひらでよづりの頭を撫で続ける。
 そのたびに、よづりは気持ちよさそうに体を震わして吐き続ける嗚咽をなんとか収めていった。
「ありがとうな」
「ふえぇ?」
「料理だよ、料理。作ってくれてさ」
「う、うん……」


16 :真夜中のよづり4 ◆oEsZ2QR/bg [sage] :2007/02/25(日) 17:42:05 ID:h1BEVMqk
 もぞりもぞりと抱きしめていたよづりが動き出す。俺が腕を放すと彼女は右手で体を支え起き上がった。
 ざんばらとなった髪の毛が顔の前まで垂れかかって、まるで昨日の前髪を切る前の姿のようだった。髪の毛の間から覗く顔つきはお酒のせいか、ほほが赤くとてつもなく緩んでいた。しかし、受け答えはなんとかはっきりしている。酒には強いのか。
 俺はそんなよづりを見上げながら、あることを心に決めた。
「台所がぐちゃぐちゃ……ごめんなさい……暴れちゃった……」
「オイオイ、俺に謝るなよ」
「だってぇ、来ないって聞いてぇ……。私、私……」
 大の大人がぽろぽろ泣く姿はとてもじゃないが正視できない。俺はよづりの寂しさがいたいほど伝わってくる。
「俺は来たじゃないか。だからもう自分を責めるなよ」
 俺は、ぽんぽんとよづりの頭を撫でるように叩くと、上半身を起き上がらせた。見上げていたよづりの顔が目の前までやってくる。
 さぁ、ここから俺の舞台だ。こんなことになってしまったのは俺の責任だ。さすがに、ここまでのことをして、ただ反省しただけではすまない。
 副委員長として、男として、けじめをつけないとならない。
「暴れなくてもお前のためなら俺はいつでも駆けつけるよ」
 恥ずかしいセリフだ。しかし、俺は真剣だった。
「ふぇ……?」
「これから、お前のために俺がついてってやる。だからさ、もう暴れんな。もう泣くな。もう……自分を責めるな」
 そう言って、俺はもう一度。今度は正面から、よづりの華奢で弱弱しい体躯を抱きしめた。ふにゅりと俺の胸で形を変えて圧縮される彼女の胸。しかし、それはもう気にならなかった。
「ふぅえ……」
 よづりはまるで何が分からないといったように体を硬くする。が、自分が俺に抱きしめられていると分かると、
「えへ、えへへへへへへへ……」
 よづりはいつもの笑い声をあげて、俺にもたれかかる様に背中に腕を回して、体を押し付けた。
「えへへへ、えへへへへへへ………だぁいすきぃ……かずくん」
 散乱した台所、床には脂や陶器の皿の破片、そんな異空間で抱き合う二人。なんじゃこりゃ。
肩に乗せられたよづりの顔から呟かれる言葉を聞きながら俺はこう思っていた。

 こいつを、かならず、普通の女に戻してやる。

 これまでなにもしてこなかった俺。副委員長という仕事を与えられながら何一つ満足にやろうとしなかった自分。この散乱した台所と泣きながら自暴自棄へ陥るよづり。これらはそんな自分が起こした悲劇の結果。
 俺は自分の怠惰やその場しのぎの感情で他人を傷つけることを今始めて実感したのだ。だからこそ、俺はこのすべてをリカバリーしたかったのだ。
 そうして生まれた決意。それがこのよづりを真人間に戻してやること。
 しかし、それはただの責任感や罪悪感から出てきた偽善じゃないのか? スカした自分が俺の脳内へ語りかける。
いや、偽善でもいい。 俺はスカしたいままでの自分、いままで何でも斜めに見ているだけで何もしようとしなかった自分を一喝した。偽善でもいい!
 それで、こいつを救うことができるなら。俺は偽善でも何でもやってやるさ!

 抱きしめたよづりの体は温かかった。
 そうだ、こいつは人間だ。ちゃんと血の通った人間なんだ!
 俺は自分にそう言いきかせるともういちど強くよづりを抱きしめた。強く、強く。
(続く)