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104 :しまっちゃうメイドさん [sage] :2007/03/01(木) 01:42:09 ID:UY0YWck8
5月15日
「おはよう、沙紀さん。今日はいい天気だね」
秋月否命(あきつき いなめ)のこの何気ない一言に、浅原沙紀(あさはら さき)は何
か別の世界に引き込まれて、この世では無い物語を聞かされているような気になった。
時刻はまだ六時、沙紀は起きたばかりの胡乱な頭で自分の身に起きた事を必死に整理して
いた。とりあえず、沙紀は周りを見回した結果、ここが自分の部屋であることを確認した
。それでも、まだ沙紀の頭はこんがらがっている。
もっとも否命も沙紀のこの反応を予測していたのか、ニッコリと沙紀のベッドの傍らで得
意げな様子で微笑んでいた。否命は待っているのだ、沙紀がこの状況につっこみを入れる
のを。
「お嬢様…私は長らくお嬢様の使用人としてこの家、秋月家に仕えて参りましたが、未来
過去においてこのような事…お嬢様が早起きし、尚且つ私を起こして下さるなんてことは
ありませんでした。はい。未来過去に渡ってです!しかしながら、現在においてお嬢様が
私を起こして下さっているのはどうしたことでしょう?」
「どういうことだと思うの?」
「ありえません。はい。ですからこれは夢に違いないかと」
そう結論付けた沙紀は、もう一度ベッドに潜り込み寝ようとした。
「違うの、私だってたまには早起きすることだってあるんだもん!ほら沙紀さん起きて」
「バレバレの嘘ですよぉ、ゲンカクさん、あの鈍くて、ドジで、何処か抜けていて、それ
が魅力のお嬢様が…」
「だから、これは現実なんだってば!って沙紀さん、言っている傍からベッドで丸くなら
ないでよぅ。ねぇ、起きてったら」
否命は丸まっている沙紀の肩に手を添えると、それをユサユサと揺さぶった。
「うーん、なんだか夢にしてはこの振動は妙に生々しいですね、それにお嬢様の声が良く
耳に響いています」
「じゃあ、沙紀さんはこの状況をなんて説明するの?」
「はい。最近の夢は随分生々しくなったなぁ…と」
「違うの、私が早起きして沙紀さんを起こしているの。これは現実なんだってば」
否命は真っ赤になりながら腕をブンブンと振り回しながら熱弁する。
「沙紀さん…、お願いだから寝ぼけないでよぅ」
「寝ぼけている…、私がですか?」
「沙紀さんがッ!」
「そうですね、私としたことが寝ぼけている場合ではありませんでした」
やっと分かって貰えた…と否命は溜息をついた。
「色々考えましたけど…やはり、お嬢様がこんな朝早くに起きるはずはありません。はい
。とするならば、これは間違いなく夢。はい。そして夢の中なら何をやってもいいわけで
す。あぁ、お嬢様!」
そういって、沙紀がベッドから跳ね起きた瞬間、沙紀はシーツに足を引っ掛けて
ゴチンッ
っと、盛大に頭から転んでしまった。
「沙紀さん、大丈夫?」
「なんとか大丈夫です。うぅ、なんだ、本物のお嬢様ですか…、ガッカリです」
「当たり前だよ!もう、さっきからそう言っているのにぃ」
「すみません、私ったら最近よくお嬢様の夢を見ますので…てっきりその発展系かと」
「ところで、沙紀さん、もし私が夢だったらどうする気だったの?」
「知りたいですか?」
沙紀の目が妖しく光る。
「いや、遠慮しておきます」
「ガッカリです」
肩をわざと大げさにすくめてみせると、沙紀は時計を確認した。
時刻は六時十分。
沙紀はこれが現実だと理解しても尚、狐につままれたような顔をしていた。


105 :しまっちゃうメイドさん [sage] :2007/03/01(木) 01:42:59 ID:UY0YWck8
浅原沙紀は四歳の頃から、十七歳の現在に至るまで秋月家の奉公をしている。と、いって
も実際には秋月の家には否命しかいないから、沙紀は事実上、否命の専属の使用人である

元々、秋月家には否命とその姉「梓」が住んでいたが、梓は既に死んでいた。
その後、保護者のいなくなった否命は、親戚に引き取られる事となったが、親戚は否命の
身体の「ある一部分」とそれに伴う「奇行」を疎み、否命が元いた家に別居という形で住
まわせたのである。生計はその親戚の援助と梓の残した遺産で立てている。
「幼く、黄花女にして既に色狂いの気配。我が子に悪影響を与えるものと覚えたり」…、
否命が親戚に疎まれた理由であった。
沙紀は、一人暮らしをしている否命の補佐をするようにと、否命の親戚が雇った使用人の
娘であった。そして親に習って子である沙紀も、それが当然のように否命に奉公した。ち
なみに沙紀と否命は同い年である。学校も小中と一緒に通い、現在は否命と高校に通って
いる。使用人はこの二人を暖かく見守っていた。そうして、この日常がずっと続いていく
のだと否命は思っていた。
しかし、使用人・・・沙紀のお母さんはある日、突然失踪した。だが、その頃には既に一人
で家事を切り盛りするには十分な年齢になった沙紀がいたので、別段それに困る事は無か
った。それからは、こうして沙紀と否命は二人だけで暮らすようになったのである。
それにしても…と沙紀は思う。
自分はお嬢様を起こすために普段は六時五分に起きている。中途半端な時間のほうが、意
識しやすいからだ。そして、飯の支度を終えて、お嬢様を起こす時刻は七時半過ぎ。その
七時半過ぎでさえ、お嬢様が起きていた事もないのに、今日は普段より一時間半も早く起
きて私を起こしてくれた。
その事実が沙紀には未だに信じられなかった。


106 :しまっちゃうメイドさん [sage] :2007/03/01(木) 01:43:53 ID:UY0YWck8
「本当にどうなさったのですか?こんなに早く、ご起床なされて」
「なんだか、今日は新しい事が起こりそうな気がして」
「ワクワクして眠れなかったですか…」
「うん!」
「まるで小学生ですね」
「うぅ~」
「いえいえ、まるで小学生のように可愛らしい…という意味ですよ」
「それって、褒められているのかなぁ?」
「はい。幼い=可愛い事だと猿渡哲也さんも申しておりました」
「へぇー、そうなんだ。沙紀さん、ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
ころころ表情を変える否命を見て、沙紀は一日が動き出したのを感じていた。
「おはようございます。お嬢様」
「おはよう、沙紀さん」
そういって、二人は挨拶を交しリビングへと降りていった。
しかし、新しい事が起こりそうでワクワクしている否命とは対象的に、沙紀の心境は複雑
だった。沙紀はこの日常が好きだった。この日常が変わる事なく、ずっと続いていけばい
いと思っていた。その沙紀にとって「新しい事」が起こりそうと、喜ぶ否命の姿は何処か
沙紀に寂しさを感じさせたのである。
「新しい事が起こりませんように」
沙紀は、リブングへ向う否命の姿を見ながら心の中でそう呟いた。