※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

327 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/10/08(月) 22:38:42 ID:erUdUA9C
 秋。それは人によってさまざまなあり方を見せる季節。
 食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋。
 俺にとってはプラモデルの秋だ。
 いや、俺は年がら年中プラモデルを作りながらあーでもないこーでもないと言いつつ
プラスチックに色を塗ったりしているわけであるから、秋が特別というわけではないな。
 プラモデル作りは俺にとってライフワークである。
 よって、俺にプラモデルの秋は到来しない。
 だからといって、秋にプラモデル作り以外の何かをしようとは思わない。
 新しいことを始める暇があるならプラモデルでも作っていたいのが俺という人間である。
 つまり、俺は秋になっても相変わらず、というわけである。
 
 蒼穹の一部に光の穴を開ける太陽は、朝から調子が良さそうだ。
 ついこの間まで半袖シャツを着ていたというのに、いつのまにか朝の空気は肌寒く感じられるようになっている。
 朝の清々しい空気を吸い込みながら歩道を歩く俺の前方には、腕を絡み合わせているカップルの姿がある。
 弟と妹である。実の兄妹同士である彼と彼女は当然恋人の関係にはない。
 だが、こうやって後ろから見ていると恋人そのものである。
 今すぐベロチューでもかますのではなかろうかと俺に危惧させる程の密着度で2人はくっついている。
 そんなべったりとくっついている弟と妹の後方を俺が歩いているのは、ストーカーをしているからではない。
 ただ今俺と弟と妹は、登校中の態勢にあるからである。
 俺と弟は高校へ。妹は高校から数百メートル離れた中学へ。

 妹は中学校へ向かう岐路に立つと、しょぼくれた表情で言った。
「お兄ちゃん……学校行きたくない」
「わがまま言うなよ。学校はちゃんと行かなくちゃ」
「だって、私が学校に行ったらお兄ちゃん私以外の女と……そんなの、許せない……」
「まさか、そんなことありゃしないさ。ほら、早く行かないと遅刻するぞ?」
「うん……行ってきます、お兄ちゃん」
 妹は渋々といった感じで中学校の通学路へと歩を進めた。
 何度も振り返りつつ、妹は段々と離れていき、角を曲がったところでようやく姿が見えなくなった。

 ここからは弟との二人きりの登校である。
 高校の正門へと続く坂道は緩やかな傾斜が続く直線の道になっている。
 目測で200メートルはあるこの坂は全校生徒にとっての不満の対象となっており、同様に俺も不満である。
 この坂道を上る頃になって、ようやく弟の顔から陰が消える。
 妹と一緒にいるときの弟は、どこか後ろめたい表情をしている。
 それは実に微妙な変化であるため、妹すら気づいていない。――たぶん。



328 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/10/08(月) 22:39:57 ID:erUdUA9C
 高校へ着いた。
 弟は校舎の玄関の入り口に立つと、無言で俺に手を振って中へと入っていった。俺は首を縦に振って応える。
 俺と弟は一つ違いである。俺は現在17歳である。だから弟の年齢は16歳ということになる。
 そのため当然学年が違うわけであり、下駄箱の位置も別である。
 校舎の壁に貼り付いている時計は7時30分を指している。
 生徒がまばらに登校する時間で、まだ玄関は朝の静けさをかすかに残していた。
 自分の上履きを収納している棚の前に行き、上履きを取り出す。
 上履きを何気なく床に落としたとき、一緒に封筒が落ちてきた。
 上を見る。天井しかない。誰もいない。誰かが落としたというわけではないようだ。
 前後左右を確認。人の気配無し。俺を監視しているらしき人物はいない。
 白い封筒を拾い上げて、再度周囲を見回してから、開封する。
 中に入っていたのは二つ折りになっている便箋だけだった。

 ふむ。なにかがおかしい。
 なぜ俺の下駄箱の中に便箋入りの封筒が入っていたのであろうか?
 朝俺が登校する前に下駄箱の中に手紙を入れていくなんて、まるでラブレターみたいではないか。
 ラブレターか。思い返せば、今まで恋文というものをもらったことは一度もないな。
 弟に見せてもらったことは何度もあるのだが。
 今俺の右手の親指と人差し指に挟まれているこのラブレターらしきものは、俺に宛てたものなのか?
 いや、それはないだろう。
 俺のことを好きだという女がいるとはとても思えない。
 俺は女から注目を浴びたことはない。注目されようと思ったこともない。もちろん男に対しても同様である。
 だというのに、俺の下駄箱にラブレターが入っていた。
 それは、つまり、その。
 俺のことを好きだってこと、――――は無いな。無いだろう、さすがに。
 きっと間違って俺の下駄箱にラブレターを入れた女の子が居るのだろう。
 しかし、今時文章をしたためて恋を伝えようとする女子がいるとは。
 俺は感動した。感動したぞ、名も知らぬ女子。
 だが、俺の下駄箱に間違っていれたのは失敗だったな。
 君が失敗を犯したせいで君の熱い想いがこもったラブレターの封は切られてしまった。
 ピンクのハートマークのシールは無惨にも破かれてしまったのだ。
 なんという悲劇。数十センチの間合いを違えてしまったために君の慕情は霧散してしまった。
 俺も早く間違いに気づいてあげられればよかったのに。俺の阿呆。
 こうなっては、せめて君の想いが冷めぬうちに中身を読んでしまわなくては。
 そうでなくては、あまりにもこの紙切れ達が可愛そうだ。
 送付先の男子にこのラブレターは渡せないが、君の下駄箱に返しておくよ。
 また、諦めずに筆をとってくれたまえ。

 便箋を封筒から取り出してひろげ、文に目を通す。
 なになに、『同じクラスになったときから、あなたのことばかり見ていました』か。
 嗚呼、なんと健気なことよ。男子に自らの想いを悟られぬよう、物陰からひっそりと見つめているだなんて。
 着物を身に纏った文学少女が木の幹の裏に隠れている姿が浮かぶ。
 その純な想いが俺に向けられることはないのですね。まったく、残念だ。
 手紙の二行目。『あなたのことが好きです。もし話を聞いていただけるなら、昼休み屋上に来てください』。
 おお。喉の奥に甘酸っぱく、それでいてしつこくない感覚がこみ上げてくる。
 ひねりをくわえた変化球のような文章では、ここまでストレートな感動は押し寄せてこない。
 一体、君は誰に向けてそのストレートを放ったんだい?教えてくれ。

 俺は、便箋の下に書かれていた文字を見た。そして目を激しくしばたたかせた。
 そこに書かれていたのは、平凡極まりない俺の名前だったのだ。



329 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/10/08(月) 22:40:59 ID:erUdUA9C
*****

 昼休み。
 俺はいつもより早めに昼食のパンを食べ終えると、屋上へと向かった。
 二段とばしで階段を上り、屋上へ出る扉の前に立つ。
 どきどきする。顔の熱を下げられない。冷静になんてとてもなれそうにない。
 別に興奮しているわけではない。緊張しているからなのである。
 今朝俺の下駄箱に入っていた手紙は、間違って入っていたわけではなく、俺に宛てられたものだった。
 文章を読んだところ送り主は俺に対して好意を持っているようである。
 そして、俺は送り主の正体が気になったからこうやってのこのこと屋上へ向かっているのである。

 あの手紙がいたずらでなくば、彼女は俺へ向けて告白をしてくるはずである。
 きっと、両手を祈るように胸の前で組んで、頬を赤く染めながら、熱っぽい眼差しで俺を見つめてくるのだ。
 その状態のまま、思わず録音したくなる恋の言葉を言ってくれるであろう。
 彼女の告白に対する、俺の返事はもう決まっている。
 だが俺は、その返事をしていいものか、決断がつかないのだ。
「……ええい!」
 開けてしまえ!なんとでもなる。
 もしも変な結果になってしまってもその時はその時だ。

 屋上へ向かうドアを開ける。
 途端に、新たな行き先を見つけた風が廊下へと吹き込んでくる。
 視界の先にあるのは開けた屋上の光景。ここから人の姿は見えない。
 深呼吸を1回。そして足を踏み出す。
 屋上は周囲にフェンスが張り巡らされている。
 ベンチが置かれていないのは、あまり生徒が立ち入らない場所だからである。
 事実、ここに昼食をとる生徒の姿はない。
 さて、手紙の送り主はどこにいるのか。
 右を向く。フェンスの向こうに広がる街と空が見えただけだった。左も同様。
 誰もいないな。やれやれ、やはりいたずらだったか。
 ――よかった。一気に肩の荷が下りた。
 よし、教室へ戻って惰眠をむさぼることにしよう。

 振り返る。と、そこには女子生徒がいた。俺の進路を塞ぐように、屋上の入り口に立ちはだかっている。
 いつのまに現れたんだ?足音一つしなかったぞ。
 この人が俺を手紙で呼び出したのか?
 ……だろうな。状況から考えて。

 女子生徒は屋上の風に黒い艶やかな髪を任せていた。彼女の髪を見ているとコーヒーゼリーが思い浮かんだ。
 別に彼女の髪の毛を食べたくなったとか、そういうわけではない。
 彼女の瞳は俺の目に釘付けになっていた。まばたきをするとき以外は、ずっとそんな状態であった。
 視線を交わし合って、数秒が過ぎて、ようやく俺は目の前の人物に対して見当をつけられた。
 彼女は、俺のクラスで一番の美人であるという評価を男子によって下されている、葉月さんであった。
 ――ここにきて、俺のあの推測は確信になったな。



330 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/10/08(月) 22:41:56 ID:erUdUA9C
 葉月さんは俺の目を見ながら、両手を胸の前で組み合わせた。
 こんな動作まで想像通りにならなくてもいいと思うのだが。
「や、葉月さん」
「あ、あの……手紙、読んでくれた?」
 葉月さんの声は控えめで、男の庇護欲を駆り立てる響きを持っている。
 普段明るい人気者である葉月さんの声は、たった今屋上にて俺一人に向けられている。
 なんだか自分が特別な人間になったような気分である。
「うん、朝きたら下駄箱に入ってたから。ちゃんと読んだよ」
「じゃ、じゃあさ……私の気持ちも、もちろん気づいているよね?」
 あなたのことが好きです、というのが葉月さんの気持ちであろう。手紙にはそう書いてあった。
 手紙の文を信じるのであれば、葉月さんは俺のことが好き、ということになる。
「それでさ……返事は決まってるのかな? できたら、ここで教えてもらいたいんだけど」

 返事を早急に要求してくるのはいい判断だ。
 告白の返事は早めに受け取ったほうがいい。
 告白されてすぐであれば、相手は高揚しているであろうから、いい返事をもらえる可能性が大きい。
 しかし、それは告白を受けた相手が好意を抱いている場合である。
 つまり、告白してきた相手を嫌いであればいい返事は返ってこないということである。
 俺の場合、葉月さんを嫌っていないのだからこれには当てはまらない。
 なにせ、クラス一の美少女からの告白である。
 俺には葉月さんを嫌う理由などない。クラスの他の男どもと同様に、俺も葉月さんに好意を持っている。
 交際を申し込むほど思い詰めてはいないから、告白する気などまったく無かったが。

「ねえ……どうなの?」
 葉月さんはそんなことを言いながら、続けて俺の名前を呼んだ。
 まるで付き合ってくれ、と懇願しているようである。
 葉月さんが一歩踏み出してきたことにより、俺との距離は少しだけ短くなった。
 ここで俺が数歩踏み出して葉月さんを抱きしめれば、晴れて俺にも彼女ができるということになる。
 だが俺には、そうすることはできない。
 よって、告白に対する俺の返事は、こうなる。
「ごめん、葉月さん。……俺、君とは付き合えないよ」

 眼前にある葉月さんの顔から、気のようなものが、ふっと消えた。
 目を大きく開け、呆然として立ちつくしている。
 それはそうだろう。なにせ、俺なんかに振られる形になったのだから。
「どうして……? 私のこと、嫌いだったの?」
 葉月さんの目尻に涙が浮かんだ、ように見えた。
 距離があるのだから目尻まで見えるわけがないのだが、声を聞いているとそんな錯覚を覚えたのだ。
「俺は、葉月さんのこと嫌いじゃないよ」
「じゃあ、どうして……?」
「……」
 言えない。言いたくないのだ。だから早くこの会話を終わらせたい。
 俺は、無言でその場を立ち去ろうとした。
 が、葉月さんが行き先を遮っていたので、足を止めることになった。
 しばらく、目で「どいてくれ」と語ったのだが、葉月さんはどいてはくれなかった。
 仕方なく、葉月さんの肩を押してどけようとした。
 その時である。俺の視界の天地が逆転したのは。



331 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/10/08(月) 22:43:13 ID:erUdUA9C
 ふと見上げた先には空があった。
 たった今視界の先に空が広がっているのならば、さらにひっくりかえれば目の前にコンクリートの
地面が広がっているはずだが、そんなの当たり前だな、とか意味もなく考えた。
 次に考えたのが、俺はなぜいきなりこんな状態になったのかということである。
 ああ。たぶん葉月さんに向けて俺が手を伸ばした時、投げられたのだろう。
 痴漢行為をされるとでも思ったのであろうか。そうであればこの反応は正解である。
 視界の一部に、葉月さんの頭が割り込んできた。
 近くで見ても、変わらず葉月さんは美人顔であった。
「なんで理由を教えてくれないの!? ねえ、なんで?」
 涙目と、涙声。これを俺がやったのだ、と思っただけで自分が罪人になった気分になる。
 俺が葉月さんをふった理由はある。だがそれは言えない。
「ごめん、葉月さん……」
 俺は葉月さんの肩を押し、隙をついて廊下へ向けて駆けだした。
 葉月さんの声を、階段を下りながら聞く。
「待って! 待ってよっ! 好きなのに! 本当に好きなのにぃっ!」
 悲痛な叫び声だった。その声は、俺が教室へ戻って机に突っ伏すまで耳に残っていた。

 俺が葉月さんをふった理由は、葉月さんの告白が嘘であると見抜いていたからである。
 そう思うのには、理由がある。

 まず一つ目。葉月さんは俺ではなく、弟のことが好きなのだ。
 クラスにて、時々複数の男女を交えて会話をすることがある。
 その際、葉月さんは必ずと言っていいほど、弟のことしか聞いてこなかったのだ。
 周りの男どもは葉月さんと会話できる俺のことを恨めしげな目で睨んでいたが、
俺にとっては葉月さんと会話をするのはそれほど嬉しくなかった。
 弟のことしか聞かないのだから、当然俺のことなど一切聞いてこない。
 どう考えても、俺から弟の情報を聞き出そうとしているようにしか考えられない。
 将を射んとせばまず馬を射よ。将は弟、馬は俺。
 葉月さんは弟という将軍の首をとるために、馬である俺を仕留めるつもりだったのだ。
 だから、俺と付き合って弟に接近しようと試みた。
 そして俺は、葉月さんのその企みを見抜いていた。だからこそふったのである。

 これは決して、俺の考えすぎというわけではない。
 前例もあった。その前例こそが、葉月さんが嘘を吐いていると思わせた二つ目の理由である。



332 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/10/08(月) 22:44:39 ID:erUdUA9C
 あれは確か、中学三年のころだったか。
 机の中に入っていたラブレターを読み、俺は手紙に導かれるように体育館裏へと馳せ参じた。
 そこで待っていたのは、以前から俺が恋していた(と思う)同級生の女子であった。
 彼女は付き合ってください、と俺に言った。俺はもちろんOKした。
 その場で彼女と離れてから、俺は雄叫びをあげた。もちろん歓喜によるものである。
 たくさん話をして、いろんな場所に行って、あふれんばかりの想いを伝え、あんなことをしたい。
 夢のような心地であった。そしてそれは現実に夢まぼろしとなった。
 彼女はよく俺の家に遊びに来た。それ自体は別にかまわなかった。
 問題は、彼女は遊びに来ても弟としか会話をしようとしない、という点だった。
 俺が、弟と会話をする彼女に声をかけると、邪魔者を見る目つきで睨んできた。
 決して錯覚ではない。彼女がそんな態度をとるのは一度や二度ではなかった。
 そんな感じでだらだらとした関係を続けてきたある日、俺は彼女に別れを告げられた。
 俺自身彼女への想いが冷めていたのを実感していたので、簡単に別れることにした。
 問題はその後。弟が言ったのである。「今日、兄さんの彼女に告白されたよ」、と。
 俺は冷めた気持ちでそれを聞いていた。このときには、彼女の思惑にも気づけていたから。
 弟の相談に対して、俺はどんな返事をしたか覚えていない。
 付き合えばいいんじゃないか、と言ったのか、やめておけ、と言ったのか。
 悲しかった。裏切られたことも悲しかったが、ダシに使われたことはもっと悲しかった。
 最初から、「弟との仲をとりもってくれ」と相談してくれればよかったのに。
 俺は喜んで彼女に協力していただろう。
 弟の傍で幸せな顔で笑う彼女を見ていられればそれで満足できたから。
 少しばかり胸が痛もうとも、我慢できたから。

 だけど、昔の彼女と同じく葉月さんも俺を利用しようとしていた。
 作戦としてはまあ、悪くはない。対象の身近な人間と接触し、外堀を埋めていくのは有効な手段である。
 けれど、俺は思うのだ。人の心を踏み台にする作戦など、人がやるべきことではない。
 悪魔だ。悪魔の所行だ。人間は生きているのだ。心があるのだ。
 踏み台にされてしまえば、人の重みに負けて心が軋むものなのだ。
 もう俺の心は鉄筋の骨とコンクリートで組まれた階段ではない。
 築50年の学校の、木の階段である。しかも腐っている。シロアリだって潜んでいるかもしれない。
 だからもう、踏まれたくないのだ。壊されたくないのだ。そっとしておいて欲しい。
 ごめん、葉月さん。俺をそうっとしておいてくれ。これ以上、女という存在に絶望させないでくれ。
 女は皆が男を裏切ろうとしているとか、妹は兄と結ばれることを夢見ているとかいうのは、もうたくさんだ。

 俺は、昼休み終了を告げるチャイムが鳴ってからもずっと机の上で寝たふりを続けた。
 昼休み終了から帰りのホームルームが終わってクラスメイトが帰るまで、ずっとそうやっていた。
 ようやく人気がなくなったのは、六時になる五分前であった。



333 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/10/08(月) 22:46:37 ID:erUdUA9C
*****

 きっぱりと、ふられちゃった。
 昨晩寝ずにラブレター書いて、眠気を我慢しながら目一杯力を入れて化粧までしてきたのに、
あっさりとふられちゃった。
 せめて、少しだけ迷う素振りでも見せてくれれば望みはあったのに、それもなかった。
 ということは、彼にはすでに心に決めた女の人がいるってこと?
 そんなはずがない。だって、彼の弟はそんなこと言ってなかったもの。

 私は高校に進学して、彼に出会うまで男子に恋をしたことがなかった。
 それは決して私がレズっ気があるからというわけではなくて、周囲に魅力的な男子が居なかったから。
 どの男子も、見ていて恥ずかしくなるぐらい子供っぽかった。
 だから、いくら口説かれても告白されても、胸がときめくということがなかった。
 高校に上がったら男子も成長しているはず、という期待は外れてしまった。
 むしろ、変な目で私の体を見てくるようになったことでさらに悪化したようにさえ思えた。
 唯一の例外が、彼という人間だ。
 入学当初は、名前も知ろうと思わないほど、興味の対象外の存在だった。
 それがひっくり返ったのは、一年生の六月に全校生徒参加で行われた、河川敷のゴミ拾いの時。

 全校生徒総出で河川敷を拾うとなると、中にはまじめに作業しない生徒もいる。
 皆友達と歩きながらおしゃべりしていた。まじめにやるのは、先生が近づいたときだけ、という有様だった。
 私は1人でゴミを拾っていたのだけど、やっているうちに馬鹿馬鹿しくなってきた。
 私以外の誰一人としてまじめに拾っていないのに、どうして私だけがまじめにやらなければならないのか。
 自分だけがおかしいのではないか、とまで思えてきた。
 もうやめてしまおう、と思って女友達のところへ向かったとき、彼が私に近寄ってきてこう言ったのだ。
「葉月さんも休憩? ならゴミ袋、貸して」。
 どういう意味か、すぐにはわからなかった。けれど、彼の服の汚れ具合を見たら疑問は解決した。
 彼の体操服は草や土で汚く汚れていたのだ。彼は、そんなになるまで熱心にゴミを拾い続けていた。
 注目すると、彼は人が立ち入らないような草が生い茂った場所まで踏み込んでいた。
 そして、ものすごく満足そうな顔をしながら、ゴミ袋を掲げて出てくるのだ。
 拾ったどー!と吼える彼を、皆は笑って見ているだけだった。
 誰一人として、彼を手伝おうとはしなかった。
 私は、彼を手伝おうと思ったのだけど、どうしても足は動かなかった。
 その場に足を縫いつけられたかのようだった。
 そんな状態になっても、視線は彼の姿を勝手に追う。
 彼が進んでいく道には、満杯になったゴミ袋だけが残っていた。
 彼の背中を見つめたまま、作業終了の時刻になり、私は学校へ戻った。
 けれど、教室に戻って彼の姿を探しても、どこにも見当たらなかった。
 彼が戻ってきたのは、私たちが学校に戻った二時間後。
 ゴミ袋の代わりに、大量のジュースを持ってクラスへやってきた。
 なんでも、河川敷のゴミ拾いに感謝した付近の住民が持たせてくれたらしい。
 ジュースは全校生徒には行き渡らなかったものの、クラスメイト全員の手には渡った。
 一年以上が経った今も、私はその時にもらったジュースを飲んでいない。
 冷凍庫に入れたまま、ずっと保管している。毎日霜を落としているので保管状態は万全だ。
 あのジュースは、私が彼に惚れた日の記念品なのだ。

 あのゴミ拾いの日をきっかけにして、私は彼の姿を目で追うようになった。
 高校生には見えないほど、威厳のある背中。
 異性に対する、達観したようにさりげない態度。
 そして時々見せる、憂いを帯びた眼差し。
 皆で夏休みに家族でどこへ行った、という会話をしているときにその目をよく見た。

 気づけば私は、彼のことばかり考えるようになっていた。
 今では、彼の姿を見られない日には悲しくて寂しくて、泣きたくなるほどになっている。
 そんなときは、彼が来て私の涙を拭っていく夢を必ず見る。そしてさらに寂しくなってしまう。
 もうこんな状態は耐えられない。そう思った私は、ずっと彼に傍にいてもらおうと決めた。



334 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/10/08(月) 22:49:41 ID:erUdUA9C
 しかし、いざ彼の心を虜にしようと思っても、どうしたらいいのかわからなかった。
 友達に、「好きな人がいるからどうしたら付き合えるのか教えて欲しい」と聞いても、
「葉月ちゃんなら、話してるだけでオッケーでしょ。どんな男もイチコロだって」と言われるだけだった。
 話しかけるだけなら、すでに実践している。けれど、彼は私に惚れているようには見えない。
 むしろ、彼と話す度にどんどん惚れ込んでいくのは私の方。どんなことを話せばいいのかもわからない。
 何を話しても、些細なことを聞いても、彼の眼差しは私の邪な感情を見透かしてしまう気がする。
 本当は聞きたいことが山のようにあるというのに、聞くことができない。
 彼女がいるのかいないのか。どんなタイプの女の子が好きなのか。
 私のことは、恋愛対象として意識してくれているのか。日ごとに聞きたいことが心に溜まっていく。
 だけど彼と話をしたい。私だけに向けられた彼の言葉を胸に刻みたい。
 だから、あたりさわりのない会話として、弟さんのことを聞くことにした。
 彼はちょっと複雑そうな顔をしていたけど、ちゃんと教えてくれた。

 彼から弟さんの話を聞くうちに、私はあることに気がついた。
 彼と仲良くなるために、弟さんの協力を得ればいいのだ。
 そのことに気づいてすぐ、弟さんを捕まえて彼の情報を聞き出した。
 どうやら彼に彼女はいないらしい!一瞬で、世界が光り輝いているように見えた。それが昨日の出来事だった。
 勢いをそのままに、彼への想いをラブレターにしたため、彼の下駄箱へ入れたのが今朝。
 そして、ふられた理由もわからないまま呆然と屋上でうなだれ続けて、ようやく立ち上がれたのが今。

 今の時刻は何時かわからないけど、空はとっくに灰色に染まっていた。
 午後の授業、全部さぼっちゃったな……。でも、今の私の顔を彼に見られたくなかったからこれでいい。
 これからどうしよう?彼にあそこまであっさりとふられてしまったということは、やっぱり私のことなんか
眼中にないということなんだろうか。
 ――いや。眼中にないというのなら、無理矢理にでも視界に割り込んでやるまで。
 だって、この想いは私には止めようもないほど大きくなっているのだ。
 そして私も、止めようとは思わない。彼に全て受け取ってもらうのだ。
 粉々に打ち砕かれても、私は諦めたりなんかしない。
「……諦めて、たまるもんかっ!」
 絶対に、この初恋は実らせてやるんだ。

 幸いなことに、明日は学校が休みだ。
 今までは憂鬱で仕方なかった休日だけど、明日は違う。
 彼の家に押しかける。クラスメイトが遊びにくるぐらい、別におかしいことじゃない。
 もう、自分にできる手段は全て実行するまで。
 彼を手に入れるためなら、どんなことでもする。
 彼がどうして私をふったのか、その理由を明日はっきりと聞き出してやるんだ。

 もし、彼に女がいるのであれば――寝取ってやる。
 初恋の人に、初めてを捧げるなんて、なんてロマンチック……。
 今日、ちゃんと眠れるかなあ?