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221 :同族元素:回帰日蝕 ◆6PgigpU576 [sage] :2007/03/07(水) 01:27:01 ID:nh5QuEj9

「伊藤は要注意だな」
「うん… でも何があったんだろう?」
「さぁな、何にせよ、伊藤はお前以外を敵と見做してる様だから、気を付けないと。
 特に夏月に対しては、かなり危険だな」
「危険…」
「ああ、目がヤバかった。危害を加えると思って、間違いないだろう」
「そっか…」
「お前は、夏月に付いててやれよ。俺が月曜まで泊まり込んでやるから、
 買い出しから家事まで、何でも扱き使え」
「悪い、東尉…」

兄さんと東尉君の声が聞こえる。

「……ぅ …んっ」
あれ? わたし、いつの間にベッドに寝たんだろう?
また気を失ってたの?

「夏月? 大丈夫? どう、気分は?」

兄さん… 兄さん…

「夏月!? どこか痛いの!?」

ごめんなさい… ごめんなさい…

「夏月…」

触らないで。兄さんが汚れてしまう。
けれど優しく撫でてくれる兄さんの手を拒めるほど、わたしは強くない。

ごめんね、兄さん。弱くて、猾くて、汚くて。
ホントに、ごめんなさい。兄さんを好きになって。
ごめんなさい。それでも、諦められなくて、ごめんなさい。

何も言わないわたしを呆れる訳でも怒る訳でもなく、ただ黙って兄さんは
頭を撫で続けてくれた。ただただ、優しく優しく、労わる様に。


「ごめんなさい… 食欲ないの…」
「夏月…」
兄さんと東尉君が作ってくれた折角の料理だけれど、少しも食欲が湧いてこない。
兄さんを困らせたい訳じゃないのに……

「ま、ダイエットになって、いいんじゃないか。
 けど、一口二口ぐらいは食え。体が持たないぞ」
「そうだよ夏月。夏月はダイエットなんかしなくても、スタイルいいんだし。
 無理はしなくていいから、食べられるだけ食べなよ」
わたしを気遣った兄さんと東尉君の軽口に、幾分救われたような気になる。
「うん… じゃあ少し食べるね」
兄さんがほっとしたように微笑むのを見て、どうしようもなく胸が苦しくなった。



222 :同族元素:回帰日蝕 ◆6PgigpU576 [sage] :2007/03/07(水) 01:27:37 ID:nh5QuEj9

静かな優しいピアノのCDの音と、兄さんと東尉君が捲る本の音。
時折ドアの開閉音と、内容は聞き取れないが二人の話し声。

「やっぱりあの女、また来てやがったぞ」
「え!? また?」
「あれはもうストーカーになりかけてるな」
「ホントに?」
「ああ、俺の事凄い目で睨みながら、俺と夏月が邪魔してるだのお前が可哀相だとか、
 訳の解らない事を捲くし立てて逃げてった」
「伊藤さん、一体どうしちゃったんだろう?」
「…お前に惚れてるんだろ」
「えぇ!? まさかぁ…」
「この状況でよくボケられるな、お前。要はお前とあの女の仲を、
 俺や夏月が邪魔してる、と、あの女は妄想して逆恨みしてるんだろ。
 多分、いや、絶対、無言電話はあの女の仕業だぞ」
「はー… 何で僕なんだろうね? 東尉の方がモテるのに…」
「俺が知るか。とにかく電話線は抜いたままにしておけよ?
 万が一、夏月が取ったら厄介だからな」
「うん。家の電話が使えないのは痛いけど、携帯があるしね。
 僕と東尉の携帯の番号は知られてないから、よかったよ」
「夏月のは?」
「夏月の携帯は電源切って、僕が持ってる。
 …それより伊藤さん、どう対処したらいいんだろう?」
「月曜に学校で本人と話してみるしかないだろう。
 それでダメなら、あの女の親に話すしかないだろうな」
「そっか… そうだよね」
「お前が気にする必要はない。下手な同情は、あの女を付け上がらせるだけだぞ」
「…………」
「陽太、間違えるなよ? お前の大事なものは何だ?」
「うん、解ってる。同情はしない」

優しいそれらに守られて、わたしはこの休日をほとんど寝て過ごした。



「夏月、絶対外に出ちゃダメだからね!」
「うん」
「絶対だよ!?」
「うん、解った。絶対に家から出ない」
「じゃあ、急いで帰ってくるから。僕が出たら直に鍵とチェーンかける事!」
「うん、解った。行ってらっしゃい、兄さん。気を付けてね」
「行ってきます」
兄さんの言い付け通りに、直に鍵とチェーンをかける。

好乃の様子がおかしい、と日曜の夜、兄さんと東尉君はわたしに言った。
具体的な事は何も言わなかったけれど、暫く距離を置いた方がいいとも言われた。
今のわたしは理由を聞くまでもなく、好乃とは関り合いたくなかったので、
素直に二人の言葉に頷くのに、ためらいはない。


223 :同族元素:回帰日蝕 ◆6PgigpU576 [sage] :2007/03/07(水) 01:28:19 ID:nh5QuEj9

色々考えなくてはいけない事があるのに、疲れて何も考えられない。
考えたくない。

リビングのソファーに座ると、寝過ぎている筈なのに目蓋が重くなり、
うつらうつらと睡魔に身を委ねる。


ピンポ―――ン……

ふとチャイムの音に目を覚ますと、兄さんが学校に行ってから三時間ほど経っていた。
少し迷ったけれど取敢えず玄関まで行き、ドアアイから来客の姿を覗いて見る事にした。

しかし恐れていた姿はなく、わたしよりも幾つか年上な男女二人が佇んでいた。
それも驚く程の美形。

好乃ではない事に安堵したわたしは、チェーンはそのままでドアを開けてみる。

「あの、どちら様でしょうか?」
「あら… ご機嫌よう。突然押しかけてしまって、ごめんなさいね。
 私は湖杜(こと)、こちらは射蔵(いぞう)。
 私達はあなたの親類に当る者で、本家から参りましたの」
湖杜さんは少し驚いた顔から一転して、女のわたしですらドキドキしてしまうほど、
艶やかな笑みを零してそう言った。
「あ、はじめまして。わたしは夏月っていいます。あの、立ち話も何ですからどうぞ」
湖杜さんの笑顔で一気に警戒心を無くしたわたしは、ドアを開け二人を招き入れた。

家にある一番いい紅茶を出し、湖杜さんと射蔵さんの向かいのソファーに落ち着くと、
湖杜さんが待っていたかのように、薔薇色の唇を開いた。
「実はあなたのお母様にお願いをして、手に入れていただいた物がありますの。
 伯母様は本家に送って下さると仰っていたのですが、こちらが無理にお願いをした
 ものですし、私達が取りに行くのが道理。
 それでお電話をしたのですけれど繋がらなくて、こうして来てしまいました。
 …夏月さん、何かお母様からお聞きになってないかしら?」
鈴を転がしたよりも綺麗な声で、湖杜さんが喋るのをうっとりと聞いていたわたしは
その問い掛けに慌ててしまう。
「え!? えぇっと… 母さんからは何も連絡きてなくて… えと……」
「そうですか。なら本家の方に届いているかもしれませんわね」

と、今まで黙っていた射蔵さんが、携帯を取り出すとわたしに向き直った。
「携帯、使ってもいいだろうか?」
うわー… 射蔵さんも、声まで美形だ。
「は、はい。どうぞ」
ありがとう、と微笑むと射蔵さんは携帯でどこかへ連絡を取り始めた。
その姿は携帯電話のCMのようで、隣で優雅に紅茶を飲む湖杜さんと共に、
有名人でも見るようなドキドキに、わたしは包まれていた。

そうして湖杜さんを見ていると、どこかで会った事があるような気がして首を捻る。
一度会ったら忘れられない容姿の湖杜さんと、一体どこで…?


224 :同族元素:回帰日蝕 ◆6PgigpU576 [sage] :2007/03/07(水) 01:29:04 ID:nh5QuEj9

「あ!」
思い出した!
「どうかしました?」
つい大声を出してしまったわたしに、湖杜さんは慌てる事無くにっこりと微笑みかける。
「あ、あの! 十年くらい前の本家の集まりに、湖杜さん来てましたか!?」
「十年前… ええ、居ましたわ」
「えぇと、お兄さんも一緒でしたよね!?」
「ええ、お兄様も一緒でしたわ」
不思議そうに首を傾げながらも湖杜さんは、わたしの質問にきちんと答えてくれた。

それからわたしは興奮しながら喋り続けた。

わたしが兄さんを、兄さんと呼ぶようになった事。
その切っ掛けになった女の子が、湖杜さんである事。
憧れの女の子が、湖杜さんで感激だという事。

湖杜さんも色々話してくれて、湖杜さんと射蔵さんがわたしと同い年だと解った。


二杯目の紅茶もなくなりかけた時、わたしの携帯がメールの着信を告げた。
わたしの携帯は兄さんが持っていたけれど、兄さんと東尉君以外からの着信は出ない
という約束で、出掛けに兄さんが返してくれたのだ。
画面を見ると東尉君の名前。二人に断ると、わたしは安心してメールを開いた。

――――――――――――――――――――――――
From:前園 東尉
Sub:あのさ
そっちの家に忘れ物して、今家の前まで来てるんだ。
カギ開けてくれない?
――――――――――――――――――――――――

いつものメールとは何かが違うような気もしたけれど、家の前まで来ている東尉君を
待たせる訳にはいかない。

「あの、知り合いが来るので、ちょっと席外します。
 すいませんが、待っていてもらえますか?」
兄さんにも湖杜さんと射蔵さんに会って貰いたくて、引き止めてしまった。
「ええ。こちらが押しかけているのですから、構いませんわ」
「すいません。すぐ戻りますね」
二人に軽くお辞儀をして、わたしは玄関に急いだ。


ピンポ――ン、ピンポ―――ン……

催促するようにチャイムが鳴る。
どうしたんだろう、東尉君? そんなに急に必要なものなのかな?

やけに響いた、がちゃりという鍵を開ける音に、どきりと心臓が跳ねる。
と、開けようとしたドアは外から急に開き、わたしは驚いてドアノブから手を離した。

「東尉…く……」

そこには、居るはずのない、好乃が嗤っていた。

-続-