235 :ラック ◆duFEwmuQ16 [sage] :2007/03/09(金) 01:29:37 ID:wb9pdpD5

ひっしゃげて肉の塊になった子猫を抱え、湿気を含んだ土の中に埋める。雪香が泥まみれになった両手を合わせた。
『お休みなさい』
その時、人の気配がした。さきほどとは打って変わり、雪香の背筋が硬直した。肩越しに振り返った。驚愕──死んだはずの母がこちらを見つめていた。
思考能力が低下した。目の前の人物を凝視しつづけた。間の抜けた声が雪香の唇から洩れた。
『マ……ママ』
『ママって誰だ』
                 *  *  *  *  *  *
雪香がベタベタと朧に甘えた。こうしているだけで幸せな気分に浸れた。死んだ母を雪香は思い浮かべる。優しい母だった。美しい母だった。
死んだはずの母──今、目の前にいる。もっと触りたかった。もっと甘えたかった。もっと抱きたかった。もっと──。
そこで理性が働いた。死人が蘇るはずなどない。第一、朧は母のような女ではなく正真正銘の男だ。朧が母と瓜二つなのはただの偶然の産物だろう。
雪香はそこで考えるのを中断した。どっちでもよかった。重要なのはふたりが今、こうやって一緒にいるという事だ。例え幻でもかまわない。
もし、これが夢ならば永遠に眼など覚ましたくはなかった。このまま朧を自分だけの物にしたい。強烈な独占欲が心の底からわき上がる。
嗅覚を駆使して朧の存在を確かめた。愛しい匂いがする。額を押し付けた。温かい。額、こめかみ、前腕の背、触覚の一番鋭い部分を使って楽しむ。
顔を引き寄せ、右瞼の上から朧の眼球を舐めた。目尻に沿りながら瞼に軽く舌をいれ、角膜の感触を味わった。
粘膜に傷がつかないように繊細な舌遣いで何度も味わった。眼球は完全な球体ではなかった。
角膜の部分が凹凸になっている。朧の涙腺が震えた。分泌される涙がしょっぱい。雪香は舌をはずした。冷たく乾いた風が肌寒かった。
「ねえ、雪香のおウチにこない。ここは凄く寒いよ。雪香のおウチは暖かいよ」
朧にも、さして断る理由は見当たらなかった。雪香が朧の袖を引っ張る。まるで駄々をこねる子供のようだ。
「おいでよ。それにあんなアンパンだけじゃ足りないでしょ。雪香、マ……朧にお料理つくってあげる」
「じゃあいってみようかな」
雪香の住まいは渋谷の裏──松濤の閑静な住宅街にあった。少し歩けば鍋島松濤公園が見える。奢侈な赤煉瓦作りの塀に囲まれた二階建ての邸宅だ。
敷地には一匹のドーベルマンが放し飼いにされていた。他の人間の気配は全く感じられない。
家の中にはいると雪香が急かすように朧を自室に連れ込んだ。清潔な室内だ。チリ一つない。窓際にはダブルベッドが置かれていた。
雪香がベッドに腰をおろした。朧を自分の左側に座らせた。物珍しそうに朧が室内を見回す。無邪気なものだ。
「じゃあちょっとまっててね。ご飯作ってあげるから」
朧を残して自室をあとにした。雪香がキッチンで料理を作り始める。
ベーコンと目玉焼きをトースターで焼いた食パンで挟み、コップにオレンジジュースを注いだ。サラダボールにレタスとトマトとチーズを盛り付ける。
自然に鼻歌がこぼれていた。顔の筋肉がほころぶ。雪香は至福に包まれながらオレンジジュースにギャバロンとロヒプノールを混入した。
朧にここから出て行ってほしくもない。それだけは絶対に避けたかった。逃がすくらいなら死んだほうがマシだ。
ではどうすればいいか。答えは単純だ。筋弛緩剤と睡眠薬を飲ませて動けなくすればいい。あとは手錠を嵌めようが縛ろうが自由だ。
出来れば自発的に留まって欲しかったがそれは無理な話だろう。ゆっくりと慣れさせていくしかない。
(食事も下の世話もセックスも全部お世話してあげる)


236 :ラック ◆duFEwmuQ16 [sage] :2007/03/09(金) 01:31:00 ID:wb9pdpD5
切なくも甘酸っぱい感覚が雪香を包み込んだ。食べ物をトレーの乗せて愛しい人の待つ自室に戻る。
「お待たせ。遠慮せずに食べてね」
サンドイッチとオレンジジュースを口に運ぶ朧の姿を横目で見つめながら、雪香はいつものように微笑む。聖母の如く。幼子の如く。
(朧。雪香は朧の事が大好きだよ。どんな事でもしてあげる。だから……お願いだから、雪香のママになってよ……)

藍色の闇が立ち込める空間。巴はいつものように東郷神社へと足を運んだ。もしかしたらまた逢えるかもしれない。
淡い想いを抱きながら玉砂利を見つめ続けた。確かに彼はここに居たのだ。言葉を交わすこともなく、ただその貌だけを一目見ただけの彼。
名前すらわからない彼。一目惚れだった。一度だけでいいから逢いたかった。
逢って──孤独を癒してほしかった。自分の物にしたかった。誰かに惹かれたその瞬間──人は愛に目覚める。
分かり合いたかった。彼と分かり合いたかった。血を飲みたかった。血を飲んでほしかった。人はその血によってのみ、お互いを理解し合える。
巴は幼い頃に血の快楽を知った。血の快楽に耽溺し、同時に自分が孤独である事を確信した。流れる血を想像しただけで疼く身体の芯。
身体中の細胞が発熱した。血液が沸騰する。切実だった。眩暈がした。もし逢えなかったら──巴の心に一抹の虚しさがよぎった。
(そんな事考えちゃ駄目。絶対に、絶対に見つけなきゃ)
雑念を頭から振り払う。夜空を見上げた。上弦の月が淡い光を放ち、星々がキラキラと華やかに輝いていた。瞳を閉じて、星に願い事をした。
(どうか逢えますように……)
                 *  *  *  *  *  *
全裸になった朧をベッドの上に仰向けに寝かせた。聖ドメニコの彫像のように眼を閉じて動かない朧──雪香は眠り続ける朧の頬にそっと唇を重ねた。
薄明に際立つその美しい横顔。胸元に指を這わせて擦る。雪香の相貌が妖艶に唇を歪ませた。
雪香の嫣然としたその姿は、類まれなる美貌の悪魔とすら錯覚してしまいそうだった。腋下に鼻を忍び込ませて嗅いだ。くすんだ汗の匂いがした。
(ママ……ママ……ッ)
母と過ごしたあの日の記憶が鮮明に蘇る。舌を窪みに絡ませ、上下に激しく動かす。唾液が地肌を濡らした。興奮に拍車がかかった。
腋から胸板へと舌を回遊させ、愛くるしい乳首を小鳥のようについばむ。母乳を求める赤ん坊のように吸った。ペニスに触れる。


237 :ラック ◆duFEwmuQ16 [sage] :2007/03/09(金) 01:31:48 ID:wb9pdpD5
萎えて柔らかかった。前歯で乳首を咥えながら、懸命に指を遣った。それでもペニスは硬くならない。眠っているからだろうか。
雪香はペニスを後回しにした。欲情の露に瞳を輝かせ、雪香は愛液にまみれて濡れ光るラビアを朧の太腿に塗りつける。
匂い付けだ。動物のマーキングに近い行為だった。雪香の唇から洩れる甘い歓喜の吐息が聴こえてくる。
「ああ……ママァッ、いいよ……ッッ」
よがり狂いながら腰を使い続けた。吐息が一層激しさを増す。激しい吐息に雪香は咽いだ。身体が火照りつく。
「ンァァッ……ンンッ」
包皮を被ったままの敏感になったクリトリスが肌に擦れて喜悦を与えた。素晴らしいエクスタシーだ。このまま永遠に肉欲の愛を貪りつづけたい。
それは雪香の痛切な願望だった。頬の筋肉をこわばらせ、熱い蜜汁をしたたりおとしていく。朧の太腿にこぼれる蜜汁がシーツに伝って染みをつけた。
激しい愉悦感に浸りながら、かぶりをふってセミロングの髪を振り乱した。毛穴から滲む珠の汗が宙に踊る。
「クハアァァ……ッッ」
情欲に上ずる声。雪香の脳裏に白い閃光が走った。痺れるような快感が背筋から這い上がる。
「い、嫌ッ、嫌ッ嫌ッ、まだいきたくないよォ……ッ」
叫んだ途端、雪香の子宮が痙攣した。身体が痙攣した。絶頂感に身体を支えきれなくなり、横様にベッドの上に崩れ落ちる。
雪香は大声で泣いた。れが哀哭なのか号哭なのかは、雪香自身にも分からなかった。意識が徐々に遷移する。
朧と同様に雪香はベッドの上にその身を横たえ、身じろぎもせずに薄目を開けたまま焦点の定まらぬ瞳で朧を凝視し続けた。
最終更新:2019年01月15日 09:58