266 :同族元素:回帰日蝕 ◆6PgigpU576 [sage] :2007/03/09(金) 20:38:54 ID:hzjoTyJX

「夏月ぃ、みぃつけたぁぁぁ♪」

あまりの事に、声が出ない。
どうして好乃が居るの? 東尉君は?

「ダ~メじゃなぁぁいぃ♪ こんな所にぃ、隠れてちゃあぁぁあ♪」

メールは、確かに東尉君の携帯からだった。登録してるんだから、間違いない。

「あははぁぁあっ♪ 不思議そーな顔ぉ♪ 教えてあげよっかぁ~」

好乃は後ろ手にしていた左だけ、わたしに差出す。その左手には見慣れた携帯…
東尉君の携帯電話!?

「これからメール出したんだぁ~」

何で… 何で、好乃が東尉君の携帯を持ってるの!?

「何でかぁってぇ~? あの男ぉ、邪魔ばっかりするのよねぇ!
 アンタを庇うしぃ、陽太さんに近付くなぁとかぁ、フザケた事抜かすからぁぁ…」

「頭ぁ殴ってぇ、階段からぁ突き落としてぇやったのぉぉ♪ あははっ!」

頭を… 殴った? 階段から、突き落とした?
嘘、嘘… じゃあ、東尉君は……

「あれぇぇぇ? 何でぇソコでぇ泣くワケぇぇぇぇ?」

どうしよう、どうしよう、どうしよう、東尉君が、東尉君が…!

「まぁ~、これでぇ邪魔者がぁ一人減ったワケぇ♪」

わたしの所為だ… わたしの所為で、東尉君は………

「後はぁ、一番のぉ、邪魔者をぉ、始末すればぁ、いいのよねぇ♪」

ごめんなさい、ごめんなさい、東尉君、ごめんなさい。
わたしが、わたしが、わたしが……

「アンタが最大にして最高に邪魔なのよぉぉぉッ!!
 ムカツクのよぉ! 吐き気がするのよぉ! 汚らしいッ!
 アンタさえいなければアンタさえいなければアンタさえいなければァァッ!
 アンタがいけないのよォ!! アンタの所為よォォォッ!!
 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」

「アンタなんかァァ死ねばいいィィィィィッ!!!!」

わたしが、居なかったら、こんな事に、ならな、かった……


267 :同族元素:回帰日蝕 ◆6PgigpU576 [sage] :2007/03/09(金) 20:39:34 ID:hzjoTyJX

思いの外、柔らかく優しく突き飛ばされて、訳が解らなくなる。

「あぁああぁあぁぁぁ… な、何で……」
好乃? 何が………

――――っ!!!!

どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、
どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうしてっ!?

「…っ…大丈夫? 夏月、怪我はない?」

どうして、どうして、兄さんが!? どうして!?

「なんでぇ? どうしてぇ? そんな女、庇うのぉ?
 なんでよぅぅぅぅっ! 陽太くぅぅんっっ!!」

手から、手から、手から、血、血、血、血が…!

「伊藤さん、落ち付いて… ナイフ、降ろして」

兄さんの、兄さんの、手、手、血、手から、手から、血が、血が、血、血血血……っ!

「陽太さんはァ、知らないからァ、そんな汚いィ女ァ庇うのよォ!」

やめて、やめて、言わないで! それだけは…
兄さんだけには、言わないでっ!!

「その女はねぇ… 陽太さんに恋しちゃってるんですってぇ!
 セックスしたいとかぁ、実の兄の陽太さんにぃ欲情してるぅ…
 浅ましくて卑らしくて穢らわしい変態なのよォォォ!!」

いやあ―――――――――――――――――――っ!!!!!!!!

「妹がぁ変態でぇ、陽太さん可哀相~♪
 でもぉ、安心してぇ、あたしが慰めてぇあ・げ・るぅぅ♪
 あははははははははぁぁっ♪」

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
変態でごめんなさい妹でごめんなさい生まれてきてごめんなさい
汚しちゃってごめんなさい兄さん兄さんごめんなさいごめんなさい

「その前にィィ… その汚らしい穢らわしい目障りな女をぉぉ…
 殺してからねぇぇぇぇっ!!」


兄さん、ごめんなさい。
好きになって、ごめんなさい――――


268 :同族元素:回帰日蝕 ◆6PgigpU576 [sage] :2007/03/09(金) 20:40:22 ID:hzjoTyJX

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四時限目が始まって東尉が居ない事に気付いた僕は、こっそり教室を抜け出し
人気のない屋上へ続く階段の下で、頭から血を流して倒れている東尉を見つけた。

慌てて駆け寄り、下手に動かすと危ないと思い、東尉の耳元で名前を呼び続けた。

「東尉!? どうしたの!? 東尉、東尉っ!?」
「…ぅっ……」
よかった… 息がある…
「東尉、今人を呼んでくるから、待ってろ!」

立ち上がり駆け出そうとする僕のズボンを東尉に掴まれ、慌ててしゃがんで
引き剥がそうとするが、逆に東尉に止められてしまう。
「東尉!?」
「…伊藤、だ… アイツ、に、やられた……
 俺の携帯、持ってかれた…… 夏月が… 危ない……」
「伊藤さんが!? 夏月…… いや、でも、お前の助けを…」

どこにそんな力が残っているのかと思うほど、東尉は僕の腕を強く掴んだ。
「ばっか… やろう…… 間違えるなって、言ったろ?
 陽太… お前の大事な、もの、は…… 何だ?」

僕の大事なもの―――

「ごめん、東尉。僕、行かなきゃ」
「当り、前だ… さっさと…… 行け」
「うん! ありがとう!」

踵を返し全速力で校内を走りながら、屋上近くに倒れてる人がいると叫び続け、
靴も替えずに校舎を飛び出すと、走ったまま携帯で救急車を呼んだ。

間に合え、間に合え、間に合え、間に合え!!
東尉、頑張れ! 夏月、無事でいてくれ!


走りながら思うのは、夏月の事。

ここ最近、情緒不安定だと思っていた。
特に酷かったのは、伊藤さんが家に来てからだ。
あれからずっと泣きっぱなしで、しかも声も出さずに、ぽろぽろと涙だけ零していた。
そして泣き止んだと思ったら、今度は食欲もなく寝てばかりいた。
伊藤さんに僕の事で何か言われたという事は、想像がつく。
しかし、ここ最近の夏月の情緒不安定さの原因が、それだけだとは思えない。
夏月とは、毎日一緒に行動していて、長く離れるのは授業中と家で寝る時くらいだ。
その間に何かあったとは、到底思えない。
それならなぜ? 夏月に一体、何があったんだろう?


解らない事だらけに苛立ちながらも、必死で走り続け、玄関に伊藤さんの姿が見えた。
その後ろ手に、鈍く光るナイフも。


269 :同族元素:回帰日蝕 ◆6PgigpU576 [sage] :2007/03/09(金) 20:41:01 ID:hzjoTyJX

心臓が嫌な音を立てる。
あのナイフを向ける先には、僕の大事なもの、夏月が居る筈だ。

間に合え、間に合え、間に合ってくれ!!


狂った様に捲くし立てる、伊藤さんの声が響く。
そして、

「アンタなんかァァ死ねばいいィィィィィッ!!!!」

振りかぶったナイフを左手で、右手はせめて傷つかない様にと優しく押し出した。

崩れ落ちる様に緩やかに倒れた夏月に安堵すると同時に、左手が燃える様に熱く、
遅れて痛みがやってきた。どうやら切られたらしい。

夏月じゃなくて、よかった…
流れ落ちる血を見ながら、そう思った。

「あぁああぁあぁぁぁ… な、何で……」
赤く染めたナイフを手に、伊藤さんは驚愕の表情で僕を見ていた。
しかし伊藤さんを気遣う余裕も理由も僕にはなく、倒れた夏月が起き上がり僕を見て
真っ青になってしまった事の方が気がかりで大事だった。
「…っ…大丈夫? 夏月、怪我はない?」
なるべく優しく押したつもりだったけど、どこかぶつけたりしてしまったんだろうか?
夏月はいよいよ真っ青を通り越して、顔の色が無くなってしまった。

「なんでぇ? どうしてぇ? そんな女、庇うのぉ?
 なんでよぅぅぅぅっ! 陽太くぅぅんっっ!!」
ああ、五月蠅いな。東尉の言う通りだよ。
でも今は、これ以上刺激しない方がいい。
「伊藤さん、落ち付いて… ナイフ、降ろして」
マズイな… 目がイっちゃってるよ…
さり気なく夏月を後ろに庇いながら、距離を計る。
と、急にこの場にそぐわない、いや、寧ろよく似合う笑みを浮べた伊藤さんに、
嫌悪感を覚え眉を顰めた。

「陽太さんはァ、知らないからァ、そんな汚いィ女ァ庇うのよォ!」
「その女はねぇ… 陽太さんに恋しちゃってるんですってぇ!
 セックスしたいとかぁ、実の兄の陽太さんにぃ欲情してるぅ…
 浅ましくて卑らしくて穢らわしい変態なのよォォォ!!」

伊藤さんが言った事は、きっとホントの事なんだろう。
けれど今の僕には、どうでもいい事だった。
そんな事より、目の前の夏月が心配だった。
自分の身体を掻き抱く様にしてがたがたと震え、その目は焦点が合っていない。


伊藤さんが、何かを捲くし立てているけど、どうだっていい
切られた左手や、振り上げられたナイフも、どうだっていい。


ただ、夏月の事が、心配で――――


-続-
最終更新:2012年04月28日 14:58