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320 :上書き ◆kNPkZ2h.ro [sage] :2007/03/11(日) 05:37:33 ID:+Tw/UoDg
「今日一晩、加奈を俺ん家に泊めていいですか?」
 左隣にいる加奈の肩に左腕を回しながら、ほとんど有無を言わせない口調で訊いた俺と視線を合わせた君代さんは、
 一旦俺から自分の視線を加奈の方へと移し、加奈と数秒見つめ合った後僅かに口元を緩めながら静かに頷いた。
「ありがとうございます。明日の朝には帰しますんで、何か心配事あったらいつでも連絡下さい」
「ありがとう、お母さん。我侭言ってごめんなさい」
 俺と加奈は深々と頭を下げる、そんな俺たちを君代さんはただ笑顔で見送ってくれた。
 そんな気遣いに心から感謝した、正直今平常心でいられるだけでも凄いと思うのに。

 加奈の奇行を間一髪で止めた後俺は加奈を抱き締めていた、
 その光景は何秒か遅れて部屋までやってきた君代さんにしっかり見られていた。
 自分の娘が全裸で男に抱き締められているという見様によっては卒倒してしまう程の光景を目撃し、更にその後
 「一晩を共にさせてくれ」と追い討ちをかけられたにも拘らず憤慨しないのはかなりデキる人の証だと思う。
 それは勿論何年も自分の娘の幼馴染として接している俺を信用しての事だとは理解していたが、
 その『信用』というのが果たして”真の”了承の証なのかという事に強く疑問を抱いた。
 君代さんは俺と加奈の関係を知ってはいるが、実際の付き合いとしては高校生になってもキス止まりだった。
 だからそんな俺が”娘に『手』を出す訳がない”と解釈した上での了承であったとすれば、
 今夜俺が加奈にしようとしている事は君代さんに対する裏切りに為り得てしまう訳だ。

 確認したかったが、「”して”いいですか」なんてストレートに訊ける程俺の肝は据わっていない。
 この歳で尚且つ夜に娘を預けるんだからそれが”了承の証”じゃないかと勝手に話を進めようともしたが、
 今まで何度も世話を掛けてきて多大な感謝をしている君代さんに俺がそんな傲慢な態度を取れる筈もない。
 さっきから”『する』事しか考えてないんじゃ”と男が一度は抱く自己嫌悪に陥る中、
 顔を上げた俺と加奈に向かって君代さんが固い口を開いた。
「加奈を、よろしくね」
 一切屈折のない微笑を浮かべながら、君代さんは俺に向かってウィンクを投げ掛けてくる。
 少々刻まれている皺がいい具合に朗らかな印象を醸し出し、年齢よりも若く君代さんの顔を彩った。
 その表情が、俺にとっては”了承”という『”許可”の信頼』の何よりの証明だと理解してホッと胸を撫で下ろす。
 俺は「はい」と頷くと、傍らに置かれた加奈の荷物を持ち上げた後踵を返してドアを開ける。
「あっ、いいよ誠人くん、あたしが持つから!重たいでしょ?」
「すぐ向かい側までなんだから、気にすんなって」
 慌てた様子で荷物に手を掛けようとする加奈の手を軽く避けてみせ、包帯の巻かれた右腕で加奈の頭を軽く叩く。
 頬を膨らまして俺を睨む加奈を見て思わず笑いそうになるのを何とか堪えながら、俺はそのまま右腕を加奈の背中へと下ろす。
「失礼しました、君代さん」
「行って来ます、お母さん!」
 一旦君代さんの方を向いて一礼した後、再び踵を返し加奈は俺の後についていった。
 心の中で、もう一度君代さんにお礼を言った。


321 :上書き ◆kNPkZ2h.ro [sage] :2007/03/11(日) 05:38:14 ID:+Tw/UoDg
「誠人くんの家って、久しぶりで何かドキドキするなぁ!」
「確かに加奈の家に行く事がほとんどだったからな」
 先陣を切って自分の家のドアを開けた途端、加奈は俺とドアの間の隙間を縫うようにして家へと入り込んできた。
 辺りを見渡し驚嘆したような声を漏らしながら目を輝かせている加奈は、”初めて”ここに来たような感じだった。
 その様子を見て、幼き頃の懐かしい日々にタイムスリップしたような微笑ましさに満ち足りる一方で、
 加奈のその態度に俺との間の微妙な溝を感じ、荷物を下ろしながら項垂れてしまう。
 その初々しい仕草は、同時に『余所余所しさ』に繋がるようで、
 今までの俺と加奈で積み上げてきた年月や思い出を全否定されたような心地がしたから。
 そんな意気消沈中の俺とは対照的に、加奈は靴を脱いだ俺を手招きする。
「ねぇねぇ、誠人くんの部屋に行ってもいい?」
 ”部屋”という単語で思い切り卑猥な妄想が脳裏に過ぎったのは男の性だよなと先走りそうな自分を自制する。
 男ってのは『そういう事』に関しては一度決断すると頑なになるものなんだなと新たな自分を発見する。
「その前に飯食おう。こんな時間だし加奈も腹空いているだろ?」
 僅かに距離が置かれている加奈に左腕についた腕時計を見せつけ、現在時刻を確認させる。
「それもそうだね!」
 時計で時刻を確認すると、加奈は腹を擦りながら「えへへ」とはにかんだ。
 その動作が妊婦のように見え、慌てて頭の中でその像を払拭する。
 さっきから俺は自分の中で勝手に話を飛躍させ過ぎだな、自粛しないと嫌われるぞと肝に銘じながら加奈の下へと歩み寄る。
「そんじゃリビングで………あっ」
「ん?どうしたの誠人くん?」
 思わず情けない声を漏らした俺に加奈が下から覗き込むように問い掛けてきた。
 その顔が笑顔だからかなり罪悪感を感じてしまう、これからその笑顔を崩してしまうかもしれないから。
 言うのが引けたが、冷汗流し続けて突っ立っているだけでは事態は前に進まないので仕方なく加奈の目を見る。
「あのな、加奈………今日母さんいないじゃん?」
「そうだね」
「だからって訳じゃないんだが、その…なんだ………」
 言い渋っている俺を見つめる瞳に徐々に暗雲が垂れ込めているのが僅かに下がった眉毛から読み取れる。
 こんな不安そうな表情を向けられると余計に罪悪感が増す
 これ以上こんな表情を見るのは精神的に辛いので、思い切りをつけて真実を伝える。
「今日は俺一人の予定だったから、飯は”簡単な物”にしようとした訳であって…」
「家にカップ麺だけしかないとか?」
 先に結論を言われるとその悲惨な事実が生々しく突きつけられた気分になって黙り込むしかなかった。
 俺は後先考えない男だなと自分を責める事しか出来なかった…そもそも俺料理出来ないのによく女の子を家に誘えたな。
 頭の中で自虐的な発言を自らにぶつけている最中、加奈が俺の肩を掴んできた。
 その表情は妙に活気付いているというか非常に楽しそうなものだった。
「大丈夫だよ、あたしが作ってあげるから!」


322 :上書き ◆kNPkZ2h.ro [sage] :2007/03/11(日) 05:38:58 ID:+Tw/UoDg
「いやいや!俺から誘っといて飯作らすのはかなり気が引けるんだが…」
「でも作れないんでしょ?」
「うっ………」
 さらりと加奈に自尊心をズタボロにされた気がした。
 事実だから仕方ないとはいえ、これでは何だか母親の役割を加奈に押し付けているような感じがした。
 どうすればいいのかと思案している内に、加奈は鼻歌を歌いながら台所へと突き進もうとする。
「多分冷蔵庫に余り物位はあると思うから大丈夫だよ」
 軽くスキップ歩調の加奈の背中を見ながら、必死に俺にでも出来る事を探した。
 親がいなければ万年カップラーメン生活になるであろう男が料理で出来る事を考えながら早急に加奈に追いつく。
 俺とて男だ、いくら料理とはいえやはりそれを仮にも宿泊人である加奈に全てやらせるのは駄目だ、
 その一心でとりあえず今出来る最高の誠意を言葉に込める。
「そんじゃせめて、何か手伝わせて。俺が出来る範囲で何でもコキ使ってくれていいから」
 言った後自分でその言葉の意味を確認し、我ながら情けない譲歩案しか出せない事を嘆いた。
 沈んだ面持ちで加奈の表情を伺うと、先程から変わらない笑顔のままで応えてくれた。
「分かった、何でもコキ使ってあげるからっ!」
 どこにも捻くれたところのない真っ直ぐな視線を向けてくる加奈、だからかもしれないが、
 今の加奈の発言にまたもや脳内妄想が駆け巡りそうになった自分に酷く自己嫌悪した。
 加奈すまんな、君の彼氏は今現在どんな言動行動も自動的にエロに変換する中年親父みたいになってしまっている、
 加奈を横目で流し見ながらそう心の中で謝罪した。

「頂きますっ!」
 加奈は手を合わせながら意気揚々と叫んだ、しかし机に置かれているスプーンに手を伸ばそうとせず俺の表情を伺っている。
 どうやら目の前でいい匂いを漂わせている根源のオムライス、その味の評価を気にしているようだ。
 固い表情ではないが真剣味溢れる視線、これは失礼な事言えないなと思いながら俺も小さく「頂きます」を言った。
 結局このオムライスだってほとんど加奈が作った物だ、俺がした事といえば冷蔵庫から残り物の食材を取り出して、
 後は少々溜まっていた汚れ物の皿洗いをしただけだった。
 将来色々と料理出来ないと不便だなと今更気付き、これは明日以降母に料理を習わないといけないなと本気で思った。
 俺の決意はともかくとして…目の前の加奈と目線を合わせながら、加奈の成長ぶりに改めて感心させられた。
 小さい頃は二人共君代さんが料理を作る後姿を眺めていたのに、加奈の方はすっかりエプロン姿が様になっている。
 家庭的な事に関しては男はとことん女に置いていかれるなと女という存在の偉大さを噛み締めつつ、
 料理をしていた為長い黒髪を後ろで縛っている加奈に笑顔を向ける。
 さっきから料理に手をつけない俺を不審に思ったのか、「どうしたの?」と心配そうに尋ねてきた加奈をよそに俺はスプーンを取り
 恥ずかし気もなくケチャップで『MAKOTO』という文字を書きそれをハートマークで囲んでいるオムライスにスプーンを添える。
 割れた半熟卵の中から湯気の立つオムライスの欠片を意識的にではないが焦らすようにゆっくりと口に運んだ。
「美味っ」
 口に広がる絶妙な甘辛の風味に、加奈の顔を呆然と見つめながら思わず本音がそのまま漏れた。


323 :上書き ◆kNPkZ2h.ro [sage] :2007/03/11(日) 05:39:34 ID:+Tw/UoDg
「本当!?本当においしい?お世辞とかじゃなくて?」
「とんでもない!本当に美味いよ」
 加奈を称えながら俺は夢中でオムライスに食らいつく、そんな俺の様子を見ながら加奈は楽しそうに笑っている。
 そして俺の本音を聞いて満足したのか、加奈もようやくスプーンを手に取った。
「あっ、我ながら美味しい!」
 俺に笑顔を向けたまま”口に注ぎ込む”という表現がぴったりな汚い食べ方の俺と違って丁寧にスプーンを口に持っていった。
 そんな加奈を見ながら久しぶりに食べる彼女の手料理に俺は舌鼓を打った。
 しばらく夢中で食べる俺を加奈が嬉しそうに眺めるという奇妙な図式が静かなリビングの中で繰り広げられた。

「加奈、本当に悪いな」
 食事を終えた後、そう言いながら俺は二人分の食器を台所へと運んでいく。
 せめて自分に出来る事だけは加奈に迷惑をかけたくなかったので、食器に関しては俺の専売特許状態となった。
 食器を流し台に置き、蛇口を捻りながらどこか遠くの方を呆けるように見つめている加奈を盗み見する。
「結局自分の家で食うのと変わんなかっただろ?俺は本当の意味で美味しい思いしたけど、何か迷惑かけっぱなしだな」
「そんな事ないよ」
 ボーっとしていた加奈がいきなり表情を引き締めながらこちらを見てきたので少々驚いた。
 加奈はいつも抜けたような態度なのに妙なところでしっかりしているなと感心しながら、皿洗いを続ける。
「でも、いつもの味って何だか新鮮さに欠けたりしなかったか?」
「誠人くん平凡な味だなぁって思ったの…?」
「そんな訳ないだろ!」
 急に沈みそうになる加奈に慌ててフォローを入れる、事実本当に美味かったし、
 言葉では言えないが…”加奈と一緒に”食べれたんだから何でも美味いに決まっている。
 少々焦ったが俺の発言を受けすぐに元の笑顔に戻る加奈を見て一安心する。
「あたしはね…”誠人くんと一緒に”食べれるならずっと同じご飯でも飽きないよ」
 その言葉を聞いて思わず皿を落としそうになった、俺の心中でも読み取ったかのようなタイミングだったから。
 玄関先で感じた僅かな溝が静かに埋まっていく情景が自然と心の中で浮かんだ。
 言葉に表さずとも意思疎通の出来た感動を一杯に噛み締めつつ、加奈の方を向きほとんど勢いで伝える。
「お、俺もだよ!」
 言った後加奈の顔を見ると、その顔は沸騰するんじゃないかと思う位頬から耳まで真っ赤に染まっていた。
 つられて俺まで赤くなってしまう、そんな俺の顔を俺の言葉を受けた加奈が見てきて、お互いに可笑しく思った。
「あたしたち、客観的に見て、かなりバカップル…?」
「それでいいんじゃね?」
 そう言ってやると堰が切れたように加奈と一緒に笑ってしまった。
 スポンジでケチャップの痕を落としながらこの状況に多大な幸せを感じた。
 このまま今日何事もなかった事にしたかった、そんな俺を現実へ引き戻すように加奈が口を開いた。
「それじゃ…誠人くんの部屋、行っていい?」


324 :上書き ◆kNPkZ2h.ro [sage] :2007/03/11(日) 05:41:01 ID:+Tw/UoDg
 さっきまでの笑い声は突然途絶える、それは多分今神妙な面持ちであろう俺の表情が作り出した空気だ。
「あぁ…先行っててくれ。俺も食器片付けたらすぐ行くから」
「分かった」
 椅子から立ち上がった加奈が、静かにリビングから出て行った、途中俺の方を向いた気もするが今は顔を合わせたくない。
 水の流し音だけが響く台所内で、昨日から今日までの体験を頭の中で事細かに振り返る。
 『非日常』に更に『非日常』が食い込みかなり濃厚な二日間だった気がする。
 今は思い出したくない”あの女”との出会い、それによって加奈を泣かせてしまった事、
 加奈のあまりの変貌ぶりに驚いた事、そして先程危うく大切なものを失いかけた事………全て清算しなくてはならない。
 いつの間にか汚れが綺麗に落ちていた皿を乾燥機に入れながら、俺は決意を胸に加奈のいる部屋へと向かう。
 予行練習なしの恋人とのコミュニケーション、久しぶりの緊迫感に冷汗が流れながらも高鳴る心臓を何とか抑えつける。
 自分の部屋までの階段を一歩一歩上って行く、気のせいかやけに短く感じるのは、心の隅にある甘えが原因だろう。
 現状に甘んじていればいいじゃないかという俺の心の弱さ、意気地なさを露骨に感じ、それを払拭する。
 そして俺は部屋の扉の前に立つ、一つ間違えればまた加奈を悲しませるかもしれない、それでも開けなければならない。
 このままの関係ではいけないのだ、俺と加奈の二人にとって今のままでは今日のような事を繰り返しかねない。
 一度ここで積み上げてきた『互いの理解』というものを無視する覚悟がなければ常に崖っぷちにい続けなければならなくなる。
 そんな不安定な関係は御免だ、俺にとってもだが加奈に常時不安を感じさせるような事をするのは俺自身を許せなくなる。
 大丈夫だ、そう何度も言い聞かせながら俺は部屋の扉を開けた。
「お待たせ、加奈」
 俺が扉を開けた先、俺は部屋の中を見渡すがそこに加奈の姿は見当たらない………と思ったがすぐに見つかった。
 俺の部屋の中央に横たわっている皺だらけでくたくたの敷布団が変な形に盛り上がっている。
 しかも僅かに上下もしている、その幼稚且つ可愛らしい行動を見て本当に自分と加奈が同い年なのかと疑った。
 とりあえず、俺は敷布団のところまで歩み寄り、勢い良くそれを引っ剥がした。
「あっ!」
「何してるんだよ、加奈?」
 布団の中には加奈が猫のように丸まりながら横たわっていた。
 加奈は予想外だったのか一瞬驚きながらも、すぐに不機嫌そうな表情になった。
「見つけるの早過ぎだよ、誠人くん。もう少し慈悲の心というものはないの?」
「生憎、今はそれどころではないんでな」
 俺が少々鬼気迫る表情で加奈と顔を合わせると、自然と加奈の顔も引き締まった。
 俺の表情から何となくだが俺の真意を読み取ったようにも見えた。
 もう引き下がれない、覚悟を決めなければならない。
「加奈、話がある。何も言わず、聞いてくれ…」
 目線は外さない、外したら甘えが肥大化してこれ以上先の事を言えなくなると根拠のない確信を感じていたから。
 だが、加奈と目を合わせていれば無理矢理にでも言わなければならなくなる気がする、それは結局加奈に
 甘えているのかもしれない、それでもどうしても言いたいから、そこら辺の事は速やかに割り切った。
 そんな俺に、加奈は無言でただ頷いた。


325 :上書き ◆kNPkZ2h.ro [sage] :2007/03/11(日) 05:41:47 ID:+Tw/UoDg
「加奈、ごめん」
 まずどうしても改まってもう一度言いたかった事、この言葉なしにこれからを語るのは今の俺には無理だ。
 何も言わずただ俺を見つめ続ける加奈に、俺は話を続ける。
「今まで俺と加奈は上手くやってきていると思っていた。事実特に変な事もなかったし、このままでもいいと思った。
 でも、昨日今日の事を考えてやっぱ”このまま”じゃ駄目なんだと思った。俺たちは生まれた時からずっと一緒で、
 付き合いの長さで言えばお互い自分の親と同じ位だ。だからだったんと思う…俺いつの間にか加奈の事、
 全部分かり切った気でいた。加奈の為に今何をすべきなのかだとか勝手に解釈して自分の考えを押し付けてた。
 学校内では会わないようにしようだとか言ったのも、加奈の将来の事を考えての事だと言い聞かせて”分かった気でいる”
 自分に自己満足してたんじゃないかと思う。自分にとっての大切な事を加奈にとっても同じなんだってすり替えてしまって…。
 本当はどんなに付き合いの時間が長くたって、俺たちはまだまだ未熟なんだ。お互いを分かり切った気でいても、
 まだまだ言葉で意思を伝え合わなきゃやっていけない関係なんだ、離れちゃいけないんだと思う。こんな事言うのは
 俺たちの関係の程度を認めてしまうから本当に心苦しい…でも、俺は『妥協した幸せ』はいらない。手探りでも構わない、
 お互いに言いたい事を言い合って、嫌なら嫌ってはっきり言って、そういう高め合う関係を築いていきたい…。
 俺はこんな独り善がり甚だしい男だけど、それでも加奈を誰よりも好きだって自信を持って言える、お願いだ加奈。
 こんな俺でも、これからも付き合い続けて下さい」
 俺は一語一語噛み締めるように確認しながらその全てを加奈に伝え、頭を下げた。
 俺の話中、加奈は本当にただ黙って聞いてくれた、その心遣いに心に感動の波紋が広がる。
 いつだって加奈は俺の事を一番に考えてくれた、馬鹿な俺とは違い、常に俺の立場に立って尽くしてくれた。
 そんな掛け替えのない存在、失いたくない………俺には加奈しかいない、俺は加奈しか欲しくないんだ。
 必死に祈る中、耳に鼻を啜るような音が聞こえたので顔を見上げてみる、そして驚いた。
「加奈ッ!?どうしたんだよ!」
「だ、だって…まこ、誠人くんがそんな…そんな事言うから………嬉過ぎ、て………」
 加奈は顔を涙に濡らしていた、スカートの裾を握りながら必死に我慢するように下を俯きながら。
 また加奈の涙を見た、でも罪悪感は感じない、だって加奈は今”嬉しい”って言ってくれたから。
「な、何も泣く事…」
「誠人くん」
 不意に加奈は立ち上がり俺の首元に両手を巻き付けて抱きついてきた。
 いきなりの出来事に顔が赤くなりそうになるのを堪えるので精一杯だった。
 そんな俺の胸に顔を押し当てるようにしながら、嗚咽が漏れる口を必死に開く加奈。
「あたしだって…あたしだって誠人くんに………。誠人くんがあたしを好きだって分かってるのに、他の人に傷つけられた
 って分かると我慢が出来なくなって傷付けちゃった…。あたしの欲深さが、意地汚い独占欲で誠人くんを何度も…。
 本当なら嫌われて当然なのに、なのに誠人くんはこんなあたしでも受け入れてくれて…誠人くん…誠人くん………。
 こんな、こんなあたしでも、これからも付き合ってくれますか?」
 最後の方は聞き取るのがやっとな程小声だった、でも、想いは反比例するかのように俺の心に大きく響いた。
 俺は何も言わず、加奈のその体を強く抱き締めた。
 たとえ壊れてしまうと分かっていても離せなかったと思う、加奈が愛し過ぎたかたら…。


326 :上書き ◆kNPkZ2h.ro [sage] :2007/03/11(日) 05:42:34 ID:+Tw/UoDg
 俺は泣き止むまでずっと加奈を抱き締め続けていた、本当は泣き止んでも続けていたかったけど。
 俺の上着の胸の辺りが加奈の涙でびちょびちょになるまで濡れ切ったところでようやく加奈は泣き止んだ。
 泣き止んだ後は、床に座り込み加奈の黒髪を何度も何度も撫でてやった。
 そうしてやると加奈はくすぐったそうに笑う、やっと見れた加奈の笑顔に心中穏やかになる。
 いつの間にかずっと抱いていた不謹慎な感情は消え去っていた。
 加奈の笑顔さえ見れれば”そんな事”は取るに足らない事、俺は加奈に微笑みかけながら静かに問い掛ける。
「加奈、そろそろ風呂入って来いよ。もうこんな時間だし」
 机の上にある時計を指差す、すると加奈は何故か急に顔を真っ赤にした。
 自分の発言に何か変なところはなかったかを確認し、妙にもじもじしている加奈の顔色を伺う。
「加奈…?どうしたんだ、顔赤いぞ?」
「ひぇっ!?」
 すると突然素っ頓狂な奇声を発した。
 何だか瞳も妙に濡れていて、さっきまで泣き続けた子供のような姿とは違ってかなり大人びて見えた。
「ま、まま、誠人くん先に入ってきて!?」
「え?俺の後でいいのか?」
「だ、だだだ大丈夫だから!」
 全然大丈夫じゃないだろと言おうとしたが、何だか只ならぬ雰囲気なので突付くのは止める事にした。
 俺は立ち上がって箪笥の中から下着類を取り出すと、そのまま部屋の扉へと向かう。
「なるべく早めにあがるから、加奈も準備しといていいぞ」
「う、うん…分かったよ………」
 何故か俺と目線を合わせてくれない加奈、まぁその真意は風呂の後に聞こうと思い俺は部屋から出て行った。

     ―――――――――――――――――――――――――――――     

「ふぅ…」
 誠人くんの部屋に一人残されたあたし、とりあえず何考えてるのか読まれなくて良かった。
 それにしても、誠人くんがあそこまであたしを気遣ってくれていた事が本当に嬉しい。
 誠人くんは自分の事”どうしようもない男”だって言ってたけど全然そんな事ないよ。
 あたしを好きでいてくれないとあそこまで言えない、あそこまで想えないよ。
 やっぱりあたしと誠人くんの間には誰も割って入るなんて出来っこない、あたしたちは結ばれるべき二人なんだ。
 メルヘンチックな事を本気で信じながら、誠人くんが風呂からあがってきたらどうしようかと考えた。
 だって、この時間にお風呂って事は………”そういう事”があるって思っていいんだよね?
 誠人くんってキスまではしてくれるけどいつも”その先の事”はしてくれない、いいムードになった事も何度かあるけど、
 大抵はそこで終わってしまう。
 それはあたしを想っての事だって思う、友達に聞いたら男の人って”そういう事”に関してはかなり慎重なみたいだから。
 少し残念には思うけど、それがあたしを想っての事だとは分かってるから嬉しかったりもするんだよね。


327 :上書き ◆kNPkZ2h.ro [sage] :2007/03/11(日) 05:55:00 ID:+Tw/UoDg
 でも今のこの感じなら絶対………誠人くんだって”したい”って思ってると思う。
 こういう時になると自分の貧相な体に落胆する。
 牛乳飲んだりエクササイズしたりして色々と試したりはしたんだけど成長はほとんどしなくて、自分の体が恨めしくなる。
 そんなあたしでも誠人くんは愛してくれるだろう、だから見栄えのない分誠人くんの為に少しでも尽くさないと。
 あたしは頭の中で脳内イメージを膨らまそうとした、その瞬間突然何か音がした。
 それがバイブ音だと分かるのに数秒かかった。
 雰囲気が雰囲気なだけに一瞬その音に不埒な妄想をしてしまったのは誠人くんには内緒ね。
 それは置いといて、あたしはバイブ音の発信源である誠人くんの机の上に置かれている携帯電話を手に取る。
 ボタンを押しとりあえずバイブ音を止める、そして見てみるとメールが一通来ていた。
 誠人くんには悪いなとは思いながら、好奇心という小悪魔に勝てなかったあたしは携帯を操作する。
 ロックもかけていないところに自分への信頼を感じつつ、メールボックスを開き、そのメールの内容を確認した…。

     ―――――――――――――――――――――――――――――     

「加奈、もういいぞ」
 俺が部屋の扉を開けると、加奈は体育座りをしながら黙り込んでいた。
 その傍らには何故か俺の携帯電話が置かれている、何があったのか確認しようとした瞬間、加奈がすくっと立ち上がった。
 下を向き俺と目線を合わせないまま俺に近付いてくる。
 そして静かに口を開いた。
「誠人くん…”ちょっと”外行って来ていい?」
 下を向いたままだから表情は読み取れない、しかし、声色からして何となく嫌な予感がした。
 昨日の夕方、加奈に保健室での事を訊かれた時のような緊迫感を全身全霊で感じる。
 こんな加奈の様子を前にして、俺は………


 1・すぐに携帯電話を確認する
 2・そのまま行かせる
 3・止める