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339 :51 ◆dD8jXK7lpE [sage] :2007/03/11(日) 23:35:22 ID:3EkMifA6
鬼葬譚 第二章 『篭女の社』

にばんめのおはなし
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「そういえば、昼間儀介君が来ていた様だね」

夕餉を終えた父が、御膳を下げに来たあたしに不意にそんなことを言い出した。

「ええ。あいもかわらずのその日暮らしのようです。
 もう…もう少ししっかりして欲しいと常々思っているんですが…」

はぁ、とあたしは大きく嘆息する。
結局、あの後あたしはいくばくかの小遣いを儀介に包んでやった。
こういった甘やかしが良くないのだとはわかっているのだが…。

「はっはっは、確かにそこはいけないところでは在るけれど…儀介君は好人物だ。
 なかなか好感の持てる青年だよ」

苦笑しながらも儀介の肩を持つ父に、あたしは少しだけむすっとした顔をしてみせる。

「そんな事ありません。くだらない悪戯はするし、屁理屈ばかりいいますし、まるで子供です!」

思わず声を荒げるあたし。だが、父は小さく苦笑するだけだ。

「いやいや、男というのはいくつになっても子供のようなものだからねえ」

そして、そう言っておどけて見せる。



340 :51 ◆dD8jXK7lpE [sage] :2007/03/11(日) 23:35:53 ID:3EkMifA6
「…随分とあいつの肩を持つんですね」

あたしは、そんな父の言葉にむすっとしながら、呟いた。
けれどそんなあたしを見て、父は優しく微笑むと優しく諭すような口調で続ける。

「彼は決して悪行には手を貸さない。
 天道に背を向けるような行動をしないということは、今の世の中なかなかできることじゃあないさ。

確かにここのところ、どこそこに盗人が入っただの、刃傷騒ぎがあっただのと、良くない話を聞く機会が増えた。
何かに、追い立てられるかのように生きていく人。それに押しつぶされてしまう人。
――あるいは、人という生き物は平穏に耐えられないのかもしれない。
だから、長く平穏が続くとそれを壊したくなるのかもしれない。

「…彼を信用してあげなさい。
 たとえ全ての人が彼を見捨てても、お前だけでも、彼を信じてやりなさい。…いいね?」

父は、最後の言葉は笑わずに、真面目な顔であたしに向かって諭す。
そんな父の姿に毒気を抜かれたあたしは、思わずはい、と答えていた。

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341 :51 ◆dD8jXK7lpE [sage] :2007/03/11(日) 23:37:03 ID:3EkMifA6
あたしは、小さく欠伸をしながら寝所へ続く廊下を歩いていた。
初夏の夜風が、青い草木の香をかすかに運んでくる。
つ、と見上げた空には、新円の月。
雲もなく、きっと明日もいい天気になるだろう。

「儀介…か」

父とあんな会話をした後のせいだろうか。
何故か儀介の顔が、声が思い返される。
月を見あげながら、あたしはあいつと始めて出会った日の事を思い返していた。

それは、昔まだあたしが小さかった頃の話だ。
小さい頃のあたしは、人見知りが激しいほうだった。
いつもいつも、人が来ると父の陰に隠れていた記憶がある。
そんなあたしにとって、祭事の日は、とても嫌なものだったのだ。

小さな神社ゆえ、父一人で祭事の全てをこなす事はどうしてもできない。
今でこそあたしという人手があるが、当時は知人や友人の手を借りて切り盛りをしていた。
祭事の日が近づけば近づくほど、普段はあたしと父しかいない神社に、人があふれてくる。
見知らぬ大人。
知らない顔、顔、顔、顔。
…その頃のあたしにとって、祭事の日ほど恐ろしいものはなかった。

ある時の事。
とうとう私はその環境に耐えられず、神社から泣きながら逃げ出した事があった。
怖くて泣いていたのか、一人ぼっちである事が寂しくて泣いていたのか…。
今となっては、良く思い出せない。
逃げだしたあたしは、社の近くの大樹の下で一人泣いていた。
泣いても泣いても、いや、泣けば泣くだけ悲しくなってしまう。
まるで、体中の全ての水を出し切ってしまうかのように、あたしは泣いていた。
そんな時の事。

『何泣いてんだよ、お前』

突然木の上から声がして、あたしは思わず泣き止んだ。


342 :51 ◆dD8jXK7lpE [sage] :2007/03/11(日) 23:38:30 ID:3EkMifA6
顔をあげると、そこには木にぶら下がっている健康的に肌の焼けたやんちゃそうな男の子。
その男の子が、むすっとしながらあたしの顔を見下ろしていた。
あたしが、突然の出来事に泣く事も止め目を白黒させていると、その男の子はぴょいっと
あたしの隣へと飛び降りてきた。

『お前、ここは俺の隠れ家なんだぞ、みんなにばれたらどうするんだ』

詰め寄られ、どうしたものだろうかとおどおどしているあたしに向かって、
男の子はずいと手ぬぐいに包んだ飴をいくつか突き出した。

『一人で食べようと思ってたけど、お前が泣いてると美味くない。
 だから半分やる。その代わりにここの隠れ家の事、秘密にしろよ』

―――その時食べた飴が、甘く美味しかった事だけは、良く覚えている。


それが、あたしと儀介の出会い。
一人っ子で引っ込み思案だったあたしの手をとって、儀介はいろんな所へ連れて行ってくれた。
川で釣りを教えてもらった。
…暴れる魚に驚いて、思わず泣いてしまった。
木登りを教えてもらった。
…登ったきり降りれなくなって父に迷惑をかけた。
あたしが風邪をこじらした時、お見舞いといって花を持って来た。
…毒花で父が気付かなければ酷いことになるところだった。

儀介やその友達と遊ぶうちに、人見知りな性格も少しずつ良くなってきた。
…生来のおっちょこちょいの儀介と付き合ううちに、かわりにしっかりせねばと思い、
引っ込み思案だったあたしの性格も大分矯正された。

「…まったく、助けてもらってるのか、迷惑かけられてるんだか…」

苦笑しながらも、何故だか心の中があったかくなって頬が緩む。
その日あたしは、子供の頃儀介と遊んでいた頃の事を夢に見た。

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