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424 :『首吊りラプソディア』Side首吊り [sage] :2007/03/15(木) 22:18:02 ID:z75dQFET
 今日も一日疲れたけれど、でも楽しかった。最近はとても調子が良い、いつでもあの人
の側に居ることが出来るから。それだけで活力が沸いてくる。沸きすぎて少しばかり悪戯
をしてしまうのは悪いとは思っているけれど、あの人は色んな雌豚に優しくして自分の心
を掻き乱してしまうからお互い様かもしれない。まぁ、一番悪いのは彼に色目を使い誘惑
しようとする雌豚共だけれど。今日も新しい雌豚がやって来た、それも馴れ馴れしい態度
であの人に接していた。思い出すだけでも、腸が煮えくり返ってくる。
 でも、もうすぐあの人に会える。今の時間に約束はしていなかったけれど、あの人なら
快く迎えてくれるだろう。少し苛々としたような表情を見せながらも、結局は笑って自分
を迎えてくれる。あの人はそんなタイプだ、だから惹かれたのだ。
 彼の部屋まで辿り着き、ドアノブに手を伸ばした直後、
 女の、叫ぶ声がした。
 苦痛ではなく悦びの色を多分に含んだ、浅ましい声。
「何ですか?」
 答える相手が居ないのに、それだけでは問いとしても成立していないのに、無意識の内
に問掛けた。きっと、あの人にも聞こえなかっただろう。部屋の外にまで聞こえてくる程
激しい喘ぎ声だ、自分の囁きが届く筈もない。
「黙れ、この腐れ豚」
 もう一度呟くが、それも掻き消された。
 あの侍め、あの人に、何てことを。



425 :『首吊りラプソディア』Side首吊り [sage] :2007/03/15(木) 22:19:02 ID:z75dQFET
 部屋の中で行われている光景を想像し、黙ってドアを睨み付ける。口から漏れてくる声
は自分でも驚く程に冷たい、だが自覚をしているのに止めることが出来ない。頭の中は、
意外と冷静だ。漏れてくる呪阻の言葉を聞き、よくもこれだけの言葉を言えるなと自分で
感心してしまう。どうやら自分は怒りが限界を突破すると、冷静になるタイプらしい。
 つい指輪を起動しそうになり、ドアに背を向けた。
「まだ、まだ」
 侍に対する仕打ちを考えながら、部屋から遠ざかる。今はまだ行動するべきではない、
きちんと計画を終えてから改めて彼の元へ向かうことにしよう。溜めた分、喜びは大きな
ものになる。あの人が自分に教えてくれた、大切な言葉の一つ。それを思えば、今の彼の
部屋から離れることすらも楽しくなる。
 さて、時間が空いたけれど何をしようか。
 昨日から始めた雌豚狩りをするには、時間が早い。適当に殺して気分を晴らしたいが、
それでバレてしまっては本末転倒だ。でも殺したくて心がうずいてくる。これまではただ
殺すだけだったけれど、雌豚と目標を決めた今では本当に楽しくて仕方がない。あの人の
為になる、そんな意識が自分をそうさせているのだろう。
 目的もなく歩くと、いつもの広場に着いた。今もまだ管理局に保護をされているので、
一緒に星を見上げた子供達は居ない。声が無いことで生まれた静寂の中で、淡々と自分の
足音が響いている。見上げれば、雲のせいで星も見えなかった。



426 :『首吊りラプソディア』Side首吊り [sage] :2007/03/15(木) 22:20:46 ID:z75dQFET
 苛々した。
 どうやら今日はついていないらしい、そっと溜息を吐く。
「嫌になるなぁ」
 早く時間が経ってほしいのに、時計を見ても彼の部屋から離れてから、まだ幾らも経過
していない。どうしようか、と考えながら壁に背中を預けて欠伸を一つ。
 不意に、額に冷たさが来た。
 雨が、落ちてくる。
 軽音。
 最初は小さな音だったものが連続し、それは鼓膜を震わせるオーケストラとなる。人に
よっては嫌いという人も居るかもしれない、音と関係なく雨自体を嫌う人も少なくない。
けれど自分は好きだ、全てを塗り潰してくれるこの雨が。
 大切な言葉をまた一つ思い出す。
 雨は心の中の塊を流してくれる、とあの人は言った。あの人のことは信じているし尊敬
もしているけれど、自分は少し違うと思う。流すのではなく塗り潰してしまうのだ、水の
持つ透明という色で。表面が透明という色で覆い尽くされて、心の中の塊は見えなくなる。
傍目には消えてしまったと思うだろうけれど、それは勘違いだ。見えなくなっているだけ、
たったそれだけのことだと思う。確かな質量を持って心の中にいつまでも存在し続けて、
いつかは雨のペンキが剥がれて塊が歪に顔を出す。
 今の自分のように。
 塊というのは人によって違うが、共通点がある。
 痛み。
 誰でも抱えている、あの人も例に漏れず持っている、誰にも見せたくない、隠しておき
たいと思うものだ。どんなに大切な人が相手でも、出来れば見せたくないと思う痛みの塊。



427 :『首吊りラプソディア』Side首吊り [sage] :2007/03/15(木) 22:22:11 ID:z75dQFET
 自分のそれは、あまりにも大きすぎた。取り返しが付かない状態になればなる程にそれ
は肥大化をして、やがて隠すことが出来なくなる。醜く肥えた悪意の塊は、そうして他人
に痛みを与えながら益々肥大化をしてゆき、もう戻れなくなってしまう。
 それが、自分だ。
 自分の痛みは、過去と呼ばれるものだ。
 殺してしまった人はもう生き返ることは出来ない、それが痛みとなって心に残り続ける。
元より生きる価値のない豚ばかりだったけれど、それでも傷にはなる。
 あの人は、それを見てしまった。
 けれど、自分を否定もしなかった。
 雨は心の中の塊を流してくれる、と慰めてくれた。
 連鎖的に頭に浮かんでくる言葉や出来事に、心が軽くなってきた。同時に、雌豚狩りの
やる気もどんどん沸いてくる。あの人の顔を思い浮かべれば、それは尚更だ。加速度的に
増してゆく思いが冷えた体を熱くさせ、鼓動を強いものへと変化させる。
 見て下さい、その慰められた女は頑張っています。少しでも誉められたいと、あの時の
心を失わずに頑張っています。だから見て下さい、誉めて下さい。昔のように頭を撫でて、
その柔らかな笑みを自分だけに向けて下さい、見せて下さい。
 心の中であの人にメッセージを送り、足を踏み出した。考え事をしていた間に、時間も
それなりに経過していたらしい。丁度良い時間だし、雨ならば人通りも少なくなってきて
いるだろう。一歩踏み出す度にブーツが水を跳ねる音が響き、それが自分の心を鼓舞して
くれる。あの人の心臓の音のような気がして、気分が盛り上がる。



428 :『首吊りラプソディア』Side首吊り [sage] :2007/03/15(木) 22:23:41 ID:z75dQFET
「待ってて」
 もう、あと少し。
 今の計画が完了すれば、あの侍なんか目に入らなくなる。
「誰の邪魔もさせない」
 あの人にまとわり付く馬鹿な泥棒猫や妙な喋り方の火傷女なんて、絶対に要らなくなる。
他の有像無像なんて論外、自分だけを見るようになるだろう。その光景を考えただけで、
足が軽くなってくる。いつまでもどこまでも進むことが出来るような、例えどんなに障害
があっても乗り越えることが出来るような、そんな気がする。
 歩いていると、仕事帰りなのかスーツ姿の若い女が歩いていた。
「やった」
 やっぱり全ては自分に味方をしてくれている、いや愛の力が幸運を呼んだのか。そちら
の方がロマンがあるし、そう思った方が力が沸いてくる。口の端を上げて、駆け出した。
「死ね、この腐れ豚が!!」
 ステップを踏むように体を運び、腕を振り上げる。どんなに大きな目的でも、進むのは
小さな一歩から。あの人がよく言っていた、大切な言葉だ。端女が相手でも、自分の計画
の足しにはになる。だから見逃すなんてことも絶対にしない。
 指輪を起動させ、振り下ろす。
 こちらを向いて驚いたのも一瞬のことだっただろう、雌豚は苦しむこともなく息絶えた
筈だ。もっと苦しませても良いかと思ったけれど、無関係な雌豚はそれ程苦しめなくても
問題ない。肝心なのはあの人に正体を明かすまで証拠を残さないだ、さぞ驚くことだろう。
 心の中であの人の名前を呟き、空を仰いだ。
「やり遂げてみせます」
 自分達だけの夢舞台を作り上げる為に、
「全力で」
 この、『首吊りラプソディア』が――


『"The Rhapsodea Of Neck Hanger"Starting Baby』 is END.