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447 :しまっちゃうメイドさん ◆HrLD.UhKwA [sage] :2007/03/17(土) 02:24:58 ID:22hp4O8L
投下します 
注意 ふたなりものです

「ねぇ、貴方…」
「財布、返して頂戴」
「聞こえないの?」
「大丈夫?」
「も~し、も~し?」
「………」
「ねぇ…、財布」
「………」
「私の…」
「ここって貴方の家?」
「ねぇ…」
「………」
「………」
「………」
「貴方…、犯し殺すわよ!!?」
幽鬼の如き足取りで否命は家に帰った。
「ただいま」
ドアを開け、声を掛けても応える人はいない。否命の唯一の同居人である沙紀は、部活で否命より遅く帰るのだ。
否命は明かりの付いていない暗い家の玄関を見ながら、いつから「おかえりなさい」と言ってくれる人がいなくなったのかが、唐突に頭に浮かんだ。



448 :しまっちゃうメイドさん ◆HrLD.UhKwA [sage] :2007/03/17(土) 02:26:36 ID:22hp4O8L
否命はおぼろげな記憶しかないが、お姉ちゃん(梓)と居た頃は「おかえりなさい」なんていう言葉を聞いた事がなかった。基本的に否命は外に出ることは無く、外に出たとしても大抵はお姉ちゃんが一緒だったからである。
それからお姉ちゃんが死んで親戚の家に引き取られたが、ここでも否命は「おかえりなさ
い」と言われることは無かった。否命は、どうしてもここが(親戚の家)自分の家だとい
う気になれず「ただいま」と言う事に抵抗があったのだ。勿論、幼いながら否命は自分は
これからずっとこの家で暮らす事になるのが分かっている。だから、否命は最初に親戚の
家に来た時、否命は咄嗟に「ただいま」と言おうとした。しかし、やはり否命の目に飛び
込んできたのは「知らない道」「知らない門」「知らない庭」「知らない玄関」そして「
知らない人達」であり、否命はここが自分の家と理解する反面、ここを自分の家と思っていいのかな…という遠慮にも似た感情が、「新しい家族」を見れば見るほど湧きあがっていく…。
結局、否命は無言で新しい母親に連れられて家に入った。
それからも否命はこの家のドアをくぐる度にあの感情が湧きあがり、否命は目を伏せ背を縮め、無言で家に入っていった。
この行動に否命の親戚が気まずい思いをしないはずはない。しかし、それでも親戚の人達は大人であり、それによって否命自身が一番気まずい思いをしているのを分かっていたので、それを理由に否命を疎んだりはしなかった。
否命が親戚の家から再び使用人を付けられて、自分の家に戻されたのは別の理由があっての事である。



449 :しまっちゃうメイドさん ◆HrLD.UhKwA [sage] :2007/03/17(土) 02:27:32 ID:22hp4O8L
否命が自分の家に戻ると聞いた時、否命は喜んだ。「自分の家」に帰れる事もあったが、なにより否命が嬉しかったのは、使用人の娘「浅原沙紀」という同年代の遊び相手が出来た事だった。
その頃は、使用人が沙紀と一緒に幼稚園から帰る度に「おかえりなさい」と優しく声を掛けてくれたし、人見知りの激しい否命も沙紀につられて「ただいま」と言う事が出来た。
その新しい環境に否命がすっかり馴染んだ時だった。
ある日、使用人が何の前触れもなく忽然と姿を消したのだ。否命が13才、沙紀は14才の誕生日を迎えたばかりの時である。
その日、否命は泣かなかった。自分に優しくしてくれて、10年近く世話をして貰った、言わば母親代わりのような人間がいなくなって哀しくないはずがない。ただ、否命はあまりに突然の事で実感が湧かなかったのである。
使用人が居なくなった事実は理解している。しかし否命はその事実が現実であると分かってはいても理解する事は出来なかったのだ。使用人が消えたのが、本当に唐突過ぎて…。
それから三日後、否命が沙紀と一緒に中学から家に帰ってきた時であった。



450 :しまっちゃうメイドさん ◆HrLD.UhKwA [sage] :2007/03/17(土) 02:28:34 ID:22hp4O8L
「ただいま」
いつものように否命は帰宅の挨拶をした。それからしばらくして、否命はその場で固まってしまった…。
「どうしたのですか?お嬢様…」
怪訝そうな顔で沙紀は否命の呆けた顔を覗きこむ。それでも否命は、口をポカンと開けたまま目を何処か遠くにやっていた。
「お・じょ・う・さ・ま」
少し強い口調で呼ばれ、否命は下から顔を覗き込んでいた沙紀と目が合い、ようやく否命は意識を取り戻した。
「お嬢様、どうなさられたのですか?」
「何かが足りない気がするの…」
明かりのついていないくらい玄関で否命はポツリと呟いた。
「………お嬢様?」
「そっか、そうだよね…ごめんなさい、沙紀さん。なんか、「おかえり」っていう声が聞こえそうな気がして」
言って、否命は泣き出した。
否命はようやく気付いたのだ、もう「おかえり」という声が聞こえるはずはない。そして明日も明後日も明々後日も「おかえり」という声は聞こえない。それを理解した否命の目から涙が留め止めもなく溢れてきた。使用人が消えてから初めて見せる涙であった。
泣きじゃくる否命を沙紀はその場でしばらく見守っていたが、やがて腰を屈めて否命と視線を合わせるとニッコリと笑って言った。
「お嬢様…、変顔選手権に出場されるおつもりですか?」



451 :しまっちゃうメイドさん ◆HrLD.UhKwA [sage] :2007/03/17(土) 02:29:59 ID:22hp4O8L
途端に否命の泣き声が止む。
「さっ、沙紀さん!!なにもこんな時…」
否命は顔を耳まで真っ赤にして沙紀を怒ろうとしたものの、どうしても口が緩んでしまい、とうとう吹きだしてしまった。
「やっぱり、お嬢様は泣き顔より笑っている顔のほうが似合いますよ」
「………」
「フフフ…照れてます?というか照れて下さい…、正直に申しますと私は今、とてもいたたまれない気持なのですから」
そういって沙紀も顔を真っ赤にする。
「もぅ、沙紀さん、臭すぎるよ」
否命と沙紀はそこで顔を見合わせると再び笑いあった。そして沙紀は、玄関の明かりを付けると否命の前に立って言った。
「おかえりなさいませ…、お嬢様」
否命の胸に、ほんのりと暖かい何かが宿る。否命はさっきまでの沈んだ気分が嘘みたいに、
無くなっているのに気付いた。否命はきっと今、自分は笑っているんだろうと思った。幸せそうに、楽しそうに…、
でも何故か否命は自分が涙を流している事に気づいた。
あれっ?っと思う間も無く、否命の口から同時に泣き声が飛び出す。
否命は泣いた。なんで泣いているのか自分でもよく分からなかったが、とにかく泣いた。
涙が泣いても泣いても尽きること無く流れ出てきた。その否命を沙紀がそっと胸元に抱き
寄せる。するとより一層、否命は激しく泣いてしまった。沙紀の背をがっちりと抱き、沙紀の制服を涙と鼻水で汚しながらたっぷり10分間、否命は泣いた。
それから沙紀は自宅に帰ると必ず否命より先に電気を付けて、「おかえりなさいませ、お嬢様」と否命を迎えるようになった。
その度に否命はホッとするような、肩の力が抜けるような、そんな気持になり「ただいま」と自然に口に出せるのだ。



452 :しまっちゃうメイドさん ◆HrLD.UhKwA [sage] :2007/03/17(土) 02:31:16 ID:22hp4O8L
否命は、自分の家に帰る時のこの沙紀とのやりとりが好きだった。
しかし、否命は高校に入学するのをきっかけに沙紀を半ば強制的に部活にいれ、自分が沙紀より早く家につくようにした。当然、帰宅の挨拶は無い。
否命はどうして家で一人の時間が欲しかったのだ。
そこまで考えたとき否命はようやく白昼夢から覚め、慌てて玄関に立てかけてある時計を確認した。
あの少女と関わってしまったせいで、時計は17:30を指している。否命は慌てて玄関
の鍵を閉め、防犯ブザーのスイッチを入れた。この防犯ブザーはドアが開くと騒音が鳴り響くタイプである。
確かに、女二人だけの生活であるから防犯するに越したことはない。だが、否命が防犯ブザーを設置したのは防犯のためでは無かった。これから始まる毎日の日課のために取り付けたのである。
否命はちゃんと防犯ブザーにスイッチが入っているのを確認すると、靴を脱ぎリビングへ向って駆けていった。
リビングには沙紀と共有しているPCがある。
否命はそのパソコンの前に置いてある回転椅子に腰を下ろすと、直ぐにパソコンのスイッチを入れた。