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493 :51 ◆dD8jXK7lpE [sage] :2007/03/19(月) 00:08:20 ID:AU1Hmgiv
鬼葬譚 第二章 『篭女の社』

さんばんめのおはなし
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それは、初夏も終わり、本格的に夏が始まり始めようとした頃。

「さて、それじゃあちょっと行ってくるよ」

旅装束に身を包んだ父は、額の汗を手ぬぐいで拭った。
流石に、この時期になると日差しが中々辛くなってくる。
旅をするには少々辛い時期ではあるのだが…少々理由があるのだ。

「毎年、お疲れ様です。代わることが出来ればよいのですけど」
「いやいや、流石に女子に旅をさせるわけには行かないからねえ、これも仕事だよ」

父はそう言って、爽やかに笑う。
この時期、神社では夏越の祓を行うのが通例だ。
月次祭程度なら、あたしと父の二人でも何とかこなす事ができるのだが、
流石に大祓となると人手が厳しい。
そこで、毎年大祓の時は氏子様に協力を願うために父が氏子様の
方々のお宅を回るのが通例になっている
残念な事ながらあたしの氏神様に氏子入りしている人達は余りいない。
おまけにこの城下から少々離れた里に居る方もおり、この時期は暫しの間
父が神社を空けることになるのだ。

「昔は出て行こうとするとわんわん泣いて大変だったんだけどねえ」

父は、そう言うと意地悪そうな笑顔をあたしに向けた。

「も、もう! それは昔のお話です!今はもう平気ですとも!」

父の言葉に、思わずあたしは声を荒げて赤面する。
今でもこうして父にからかわれるのは、恥ずかしいことこの上ない。

「ははは、まあ、2、3日で帰ってくるよ。その間に、できるだけの準備を進めておいておくれ」

そう言って、父は社の階段を下りて行った。
あたしはその背中が見えなくなるまで見送ると、1度ぺしりと自分の頬を叩く。
さあ、忙しくなるぞ!
見上げた空は、今日も晴れ渡っていた。



494 :51 ◆dD8jXK7lpE [sage] :2007/03/19(月) 00:09:11 ID:AU1Hmgiv
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そんなやり取りがあった日の午後の事。
力仕事を終えて一息ついていたあたしの前に、一人の男が現れた。

「よーっす、元気かー?」

…儀介である。

「元気は元気だけど、今日はいきなり何?」

あたしは、思わずむすっとした表情のまま儀介を睨んだ。
大概、儀介がやってくる時にろくな用事はない。
だが、今日の儀介はいつもと様子が少し違った。
なにやら妙にそわそわとしていて、落ち着きがない。

「あーっと、その、なんだ。今日は少し時間あるか? あー…ほれ、この間借りた金も返したいし」

儀介は頭を掻きながら、視線をあちこちに彷徨わせる。
どこか、心ここにあらずという感じだ。
一体どうしたのか、少し気になるが…とはいえ、今はそんな暇をしている時間はない。

「ダメダメ、今は大祓に向けて忙しいんだから。むしろ、こっちの仕事を手伝って欲しいぐらいよ」

そんなあたしの言葉に一瞬落ち込んだような顔を儀介は浮かべたが、
急に何かを吹っ切るように首を振る。

「…あー、いいから! ちょっと付き合え!」

そしてただ一言そう言い切ると、いきなりあたしの手をとって歩き出した。

「ちょ、ちょっとな、何なのよいきなり?! 痛いってば!」

振り払おうとするあたしの手を、離すまいとさらにしっかりと握り締める。
こんな儀介は初めてだ。
普段は、たとえふざけていてもあたしが嫌がるようなことは決してしない。
それが儀介のいいところの一つでもあった。
あたしは、儀介を見上げる。
儀介の顔には、焦燥のような、決意のような、なんとも言いがたい表情が浮かんでいた。

やがて、あたしと儀介はあの日…あたしと儀介が出会った大樹の下に辿り着く。
そこまで来たところで、ようやっと儀介はあたしの手を離した。



495 :51 ◆dD8jXK7lpE [sage] :2007/03/19(月) 00:09:48 ID:AU1Hmgiv
「…もう、いきなりなんなのよ…内容によってはあたし、怒るよ」

あたしは、そういいながら儀介の出方を伺う。
儀介は、いかにもあたしに顔をあわせ辛そうに視線を彷徨わせていた。

「俺は…その、なんだ。 つまりだな…ええと、だ」

どうにも歯切れの悪い言葉を紡ぎ続ける儀介。

「あんたねぇ…男でしょ、言いたいことがあるならはっきりしなさいっての!」

そんな煮え切らない儀介の態度に、思わずあたしは腰に手を当てて激昂する。
その言葉に叱咤されたのか、ついに儀介は覚悟を決めた顔をして、あたしに視線をあわせた。
儀介の真摯な瞳。まっすぐにあたしを射抜かんばかりに見つめる視線。

…あ、こいつ…こんな顔も出来るんだ…

その視線を受けて、あたしの心臓がなにやら奇妙な鼓動を始める。

「あのさ…俺…覚悟決めたんだ。お前が…お前のためだったら、俺、きっと…」

覚悟を決め、あたしから視線を逸らすことなく儀介は言葉を紡ぐ。
――何を、何を言おうとしてるんだろうか。
心臓の鼓動はますます早まって、胸が締め付けられるような感じがして…

「紗代、お前さえ良かったら、俺と、俺と一緒に――――」
― た、大変だァ! 川に死体が、死体が上がったぞ! ―

儀介の言葉に重なるように聞こえてくる声。
あたしと儀介は、その声に思わず正気にかえる。

― ありゃぁ、神社の神主さんじゃあねえか! ―
「…え?」

続いて聞こえてきた声に、あたしの全身から血の気がさぁと引いて行くのを感じた。

「紗代?!」

思わず声の方向へ走り出すあたしの背に投げかけられる儀介の声。
だが、あたしはその声に耳を貸すこともなく、声のほうへと走る。



496 :51 ◆dD8jXK7lpE [sage] :2007/03/19(月) 00:10:52 ID:AU1Hmgiv
走る。走る。走る。

林を抜け、見慣れた川沿いの街道に出る。
視線を左右に向けると、街道沿いの川原に人ごみが出来ている事に気がついた。
その、人ごみの中心にそれはあった。

―――川原に敷かれた筵の上に横たえられた、一人の男の亡骸。

あたしは、その男の服装を良く知っていた。
あたしは、その顔を良く知っていた。

「嘘…? そんな、嘘…こんなの違う…嘘だよ…?」

呆然と呟く。
夏も近いというのに、全身がかくかくと小さく震えている。
指先が、足の先がまるで氷の中にでも漬け込んだように冷たくなっていく。

「嫌ァァァァッ!! お父さん!? お父さんッ?!」

澄んだ初夏の青空の下に、あたしの叫び声が響いた。

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