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505 :『首吊りラプソディア』間幕 [sage] :2007/03/20(火) 00:05:32 ID:te4Gve8c
 それは唐突にやってきた。
 少女はいつも通りに暮らしていた、そのつもりだった。実際にその通りだった。しかし
突然、何かのスイッチが入ったかのように、思考に不安がよぎる。大切なあの人が、急に
去ってゆくかもしれない。自分の前から姿を消すかもしれない。
 そんな馬鹿な、と思う。
 そんなこと有り得る筈がない、そう思い直して再びペンを取り、ノートに文字を綴って
想い人への恋文を完成させてゆく。これを受け取ったときの反応はどのようなものだろう、
そんなことを考えながら、鼻唄を歌いながら、文字を綴ってゆく。
 きっと悪い結果にはならないだろう、と思う。彼と両想いなのは普段の生活でも充分に
分かっている。あと一歩、恋人となるのに必要なのは僅かな勇気だけだ。勇気を持ち一歩
を踏み出すことが出来るのならば、全てが上手くいくだろう。
 先程の悪い考えを振り払うように、少女はポジティブに考えを繋げてゆく。
 だがそれは、不安の裏返しだということだ。
 振り払うということは思考の中にネガティブな考えが残っているというこであり、それ
が少しずつ根を伸ばしているということでもある。気持ちというものを養分に成長し、心
の隙間を埋めるように肥大して、やがては全てを侵食して埋め尽くそうとする。
 その現象は、彼女の中で発生していた。
 胸の軋みを感じて、筆が止まる。
 彼は自分の気持ちを受け止めてくれるのか、肯定だった気持ちは猜疑心へと変わり始め、
否定の考えが幾つも浮かんできていた。もしかしたら他に好きな人が居るのではないか、
自分に向けられているのは愛情ではなく他のものではないのか。
 その理由は、何なのか。
 彼女は結論する。
 殺さなければ、奪われてしまう。
 少女は少しずつ、だが確かに狂ってゆく。


506 : ◆dkVeUrgrhA [sage] :2007/03/20(火) 00:07:43 ID:XjUBHhrl
ロボさーん?お先にどうぞー?


507 :『首吊りラプソディア』Take6 [sage] :2007/03/20(火) 00:08:11 ID:te4Gve8c
「ほ、本当でござるか!?」
 フジノの叫びに、サキは頷いた。
 フジノの驚きはもっともだ、俺自身も報告書を読んで驚いた。俺の場合は驚きすぎて、
声が出なかっただけのこと。そこに記されていたのは、予想を遥かに越える結果だった。
 32人、それが昨日『首吊り』に殺された者の人数だ。
 一晩でそれだけ殺すなんて、幾ら何でもふざけている。中には模倣犯の犯行もあるかも
しれないと思ったが、共通点が幾らかあったらしい。殺された対照が全員女性だという事
の他に、結び目が特定のもの、ということだったらしい。多少のずれはあるものの、どれ
も同一人物の手で結ばれたもののようだった。角度や強さが一致するのは他人では有り得
ない、という判断からだ。
 しかし、疑問もある。
 今までは老若男女関係なく殺して回っていたのに、年齢の差こそあるものの被害者全て
が女性なんてことは実際に有り得るのだろうか。いや、有り得ると言うしかない。現実に
そんな状態なのだから、認めるしかないだろう。
 だとしたら、
「目的が変わったのか?」
「恐らく、決まったと言った方が正しいのでしょうね。何かのきっかけがあって、目的が
生まれたのでしょう。多分結び目を同じくしているのも、自己を表す為のものです」



508 :『首吊りラプソディア』Take6 [sage] :2007/03/20(火) 00:09:26 ID:te4Gve8c
 ということは、『首吊り』は俺達管理局員に向けて何かのメッセージを送ってきている
ということだろうか。他の人間に何かを示したいのなら『首吊り』をしていることくらい
しか伝えられないし、結び目が共通していることは、外部に漏らすような内容ではない。
そもそも事件が解決した後にならなければ犯行の詳しい内容は外に流れないし、そのこと
で伝えたいならば寧ろ自首をしてくる筈だ。だから、これは管理局員に向けたもので多分
間違いないだろう。
「問題は、奴の意識が誰に向いているのか、でござるな」
 管理局全体に向いたものか、それとも個人に向いたものか。
 個人的には、特定の誰かに向けられたものだと思う。管理局に対するものならば、今更
女ばかりを殺すということは何の意思表示にもならないからだ。弱いものを狙ったなんて
考えは、とうの昔に議論され尽くしている。一般人が確率システムを使うようになって、
女性が弱いなんて意識は無くなった。それに被害者の中には『月の魔女』の片割れも居た
らしいので、弱さなどは殆んど無縁のものになっている。だからと言って強い者が対照か
と言えば、それは絶対に違うだろう。殺された者の殆んどは、普通の人だからだ。つまり
女性であれば誰でも良く、それがメッセージになる誰か。
 さっぱり分からん。
「サキ、どんな意味があると思う?」
「女性に恨みがあるとか、その線では? 女なんて皆消えてしまえ、という」
「ならば犯人は男でござろうか?」
 全員で首を捻り、唸る。



509 :『首吊りラプソディア』Take6 [sage] :2007/03/20(火) 00:12:25 ID:te4Gve8c
 カオリは今日は仕事が入っているらしいので来れないとの話だったが、今のような事態
ならば寧ろ丁度良かった。サキは元よりフジノも捜査に協力してくれることになり、皆で
考えているのだが、カオリだけは居てはいけないからだ。そんな意味ではある程度自由に
なることが出来るから、申し訳ない話だが少しありがいと思った。
「しかし、性別か」
 これは意外と良い線かもしれない。俺の第一目的は表向きには『首吊り』の捜査、逮捕
となっているが、個人の考えとしては二番目だ。本当の目的はカオリにかかっている容疑
を外すことであり、『首吊り』が男であると証明が出来るならば、カオリの容疑は完全に
晴れることになる。全て確率システムを使っての犯行なので身体的特徴を掴めず、それ故
にカオリが容疑者となっている訳だが、逆に言えばそれだけなのだから。
「フジノはどっちだと思う?」
「ん? よく考えたら、女かもしれんでござるよ」
「どういうことだ?」
 出来れば男だと予想してほしかったが、何か考えがあるのだろう。尋ねると、フジノは
俺の腕を掴んで抱き寄せた。突然のことにバランスを崩して膝枕の世話になったが、これ
と『首吊り』が女であることと何の関係があるのだろうか。
「例えば、例えばの話でござるよ?」
 こちらに冷たい視線を向けるサキを見ると、念を押すように言い、
「拙者はこの虎吉殿と触れ合っているときが、一番幸せでござる。それがもし誰かが奪う
としたら、それはもう怒り心頭でござるよ。今のパターンで言えば、拙者を抜けば虎吉殿
に一番近いのはサキ殿でござるから、警戒すべきはそこでござるな」



510 :『首吊りラプソディア』Take6 [sage] :2007/03/20(火) 00:13:55 ID:te4Gve8c
 フジノが言いたいことは大体分かってきたが、果たしてそれは有り得るのだろうか。
「拙者は違うと思いたいが、嫉妬深い娘ならば他の女に注意が向いたら、それだけで気分
が悪くなる者も居るのでござる。疑ってしまえばキリが無く、疑いの視線はやがて全ての
女に向けられてゆき、積もりに積もった怨念やら何やらで……」
 ブスリ、でござる。
 そう言って、サキに軽く手刀を突き出した。
 無いことも無いかもしれない、ここに居るのは管理局員を除けば罪人ばかりだ。中には
嫉妬のあまり間女を殺して入ってきた者も居るだろうし、重度の者ならば連続しているの
も説明がつく。理屈は通るのだが、しかし人数がおかしいと思う。距離の問題は空間転移
を利用すれば解決出来るが、一晩で32人は無理がある。単独でそこまで殺すのは、まして
証拠を何も残さずに連続で続けるのは無理がある。複数での犯行、となればどうだろうか。
「それも無理か」
 そんな人間が集まればその場で即殺し合いになってしまうだろうし、人を殺してしまう
程に嫉妬深い人間がそうそう居るとは思えない。偶然に起こることも有り得ないだろう。
そうだと仮定しても、結び目の条件が同じなら『首吊り』の役目という人物が必要になる。
リスクを犯してまで、そんな必要があるとは思えない。あるとするならば自己を示す為で、
それならば他人は邪魔になってくる筈だ。
 思考が無限ループを起こしそうになり、考えることを一旦止めて体を起こす。フジノが
一瞬残念そうな顔をしていたが、サキの視線が毎秒ごとに冷たくなってきているような気
もするし、こうしている自分も何だか馬鹿みたいなので続けるのは駄目だ。
「気分転換にメシでも行くか」
「あ、私はパスです。やることがあるので」



511 :『首吊りラプソディア』Take6 [sage] :2007/03/20(火) 00:15:29 ID:te4Gve8c
 視線で尋ねると、サキは自分の首に首輪を填めた。色は透明、ランクの外。監獄都市で
生まれた二世が着けているもので、聞き込み調査などでよく使われるものでもある。サキ
は前者には当てはまらないから、どこか特別な場所に用事があるのだろう。
 珍しくスーツではない私服姿なのも、その為か。
「ん?」
 それを見て、何だか妙な感じを受けた。昔どこかで見たことがあるような気がしたが、
気のせいだろうか。記憶を辿ってみるが、思い出すことが出来ない。喉元まで上ってきて
いるのだが、他人の空似という可能性もあるし、全然違う人物かもしれない。
「そんなにジロジロ見ないで下さい、また罪を重ねるつもりですか?」
「いや、カオリは居ないから罪人扱いも無いだろ」
 それにしても気になる、何とも気持ち悪い。さっきまでは『首吊り』で一杯だったが、
今は別の意味で頭が一杯だ。尋ねれば一発で分かるのだろうが、人違いならば藪蛇で妙な
ことを言われかねない。こいつは何故か俺に対してだけは、そんなタイプだ。
「どうしたでござるか?」
「何でもない」
 不思議そうな目で見てくるフジノに答え、再びサキを見た。
「何ですか?」
 どこか不満そうな表情を浮かべているサキに首を振り、俺は部屋を出た。