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47 : ◆kNPkZ2h.ro [sage] :2007/03/24(土) 14:28:35 ID:UIL5bFFq
 俺は一目散に床に静かに横たわっている携帯電話の下へと駆け寄っていった。

 そもそも加奈が”急に”こんな事言い出すのは明らかにおかしい。
 何か『きっかけ』がなければ俺と目を合わさないなんて事はありえない。
 そう考えるならその『きっかけ』として最も怪しいのは、机の上にあったはずなのに、
 不自然にも今は床の上で沈黙を守っている携帯電話だ。
 加奈はその携帯電話の中の”何か”を見てこんな事言い出しているんだ。
 ならば今すべき事は真っ先にその中身を確認する事だ。
 俺と加奈の関係の脆さを思い知った今、僅かな溝ですら作ってはならないのだ。
 加奈が知っていて俺が知らない、そういった状況から勘違いが生まれ崩れていくのだ。
 二度とそんな事は御免だ。

 その一心で素早く携帯電話を掴み取り、俺はその中身を確認した。
 その『中身』の内容を読んだ瞬間………
「………は、はは…」
 いつも俺の行動の邪魔をしていた理性の壁が崩壊して、
 心の奥底からかつて味わった事がない程”気持ちいいもの”が流れ込んできた。
 それが俺の思考回路を急速に早め、やがてある”一つの結論”に至らしめた。
 その『答え』を理解した途端、心が痺れた。
「はっ、はははははははははは!!! あーっ! ははは!!!」
 そして笑いが腹の底から込み上げてきた。
 抑えようと思っても抑えられない程愉快な気分になってくる。
 何時間も考えていた問題の答えを解き明かしそれが正解だった時のような、
 全身全霊で喜ぶべきそんな状況。
 ふと加奈に目をやると、その表情は既に満面の笑顔だった。
 二度と離れまいという意識が読み取れる程目線を俺と合わせてくる。
 その確固たる意思に安心感を覚えながら、俺は携帯電話を放り加奈の下へ歩み寄る。
 近付いてみると、笑顔を向けながら加奈は小さく小刻みに震えていた。
 その嬉しくて震えている肩に俺はそっと手を添える。
「…加奈…、俺今凄く嬉しい。やっと”解った”んだからな…。加奈は嬉しい?」
 肩に添えていた手を口元に移し、ピンク色の柔らかい唇を優しくなぞってやる。
 その仕草に擽ったそうに笑いながら、加奈は俺の背中に手を回してきた。
「うん! とっっっても嬉しい!」
 大袈裟に告げながら俺に体を預けてくる、そんな動作一つ一つが心地良い。
 そして何より、加奈と心が一つになったという事実が俺に満足感の快楽を与えた。
 今までは存在がいるだけで、その幸せを大きく見せる事で満足するようにしてきた。
 だが、そんな仮初の幸せなんて欲してない。
 欲しいのは加奈との真の心からの繋がり、その為に”何をすべきなのか”分かった。
 こんなに簡単な事だったんだ。
 何年も付き合っていたのに何故気付けなかったのか不思議に思う。
 しかし、過去は消えない、そんな物はどうでもいいのだ。
 重要なのは未来、未来の道末は自分たちが決定権を持っている。
 だから、その決定権を駆使させて貰う、幸せな未来の為に。
 そして………
「それじゃ、行くか…?」
「うん!」
 ”加奈の幸せの為に”。


48 :上書き ◆kNPkZ2h.ro [sage] :2007/03/24(土) 14:30:23 ID:UIL5bFFq
 きっとあの携帯電話の中身を見なければ、俺はまだ闇雲に手探りし続けていただろう。
 言葉で伝えなければ理解し合えないような、”薄っぺらい”関係のままだっただろう。
 だから、『答え』に気付かせてくれた『奴』には心から感謝している。
 本当に心から…そう、何度”殺しても”足りない位に感謝している。
「ははは…」
 そんな事を考えているとまた笑いが込み上げてきた。
 慌てて下唇を噛み、漏れ出さないようにしっかりと堪えようとする。
 まだここでは駄目だ。 
 しっかり”あの場所”までは我慢しなくてはならない。
 ”あの場所”へと行って”すべき事”を遂行したら、その時は思い切り笑ってやる。
 それこそ、今の闇夜の空を切り裂き、明るい朝を強制的に呼び出す位にな。
「誠人くん、興奮し過ぎだよ」
「男ってのは、夜に満月を見ると狼になるもんなんだよ」
「その血が騒いでいるって事かな?」
「分かってんじゃねぇか」
 靴を履きながら冗談を言ってくる加奈の黒髪を優しく撫でてやる。
 相変わらずどこにも淀みのない、一本一本が生きているような美しい長髪だ。
 髪に対して性的魅力を覚えながら、俺は玄関の扉を開けた。
 その扉は物凄く軽く、俺たちの事を後押ししてくれているようにさえ思えた。
 開いた扉の先に広がっていたのは、ただひたすら深遠な闇。
 そして、その中にたったひとつぽつんと佇んでいる本能を燻る魔性の存在。
「今夜は満月か………」
 見上げた空に光るどこにも隙のない円形の満月に向かって、俺は決意を新たにした。
 その決意の対象の事を思い浮かべて、『奴』が送ってきたメールの内容を思い浮かべ、
 俺は心の中で厭らしい笑みを浮かべた。

          ――――――――――――――――――――          

 隣を歩く誠人くんはとても頼もしく見える。
 いつも頼もしかったけど、今日はいつも以上に凛々しい。
 きっと”あのメール”のおかげなんだろうな。
 ”あのメール”を見て、あたしたちやっと分かり合えるようになった。
 そういった意味では”あのメール”の送り主さんに感謝しなきゃならないんだろうな。
 うん、感謝するよ。
 今回だけは、わざわざあたしたちの仲を取り持つような事をしてくれた事に感謝する。
 でもね…やっぱりあのメールの内容は許せないな。
 誠人くんの事を小馬鹿にした口ぶり、そして何よりあたしたちの仲を崩そうとしている
 意思が滲み出ている内容…。
 それに関してはどんなに譲歩しても許し切れない…。
 だから、その”お礼とお仕置き”にすぐに向かってあげるよ…。
 首を長くして待ってよ…すぐに楽にしてあげるから…。
 あたしは決意を胸に秘めながら、誠人くんの隣に寄り添いながら闇夜の道を突き進んだ…。

          ――――――――――――――――――――          


49 :上書き ◆kNPkZ2h.ro [sage] :2007/03/24(土) 14:31:19 ID:UIL5bFFq
 俺たちは『奴』の家の前へと辿り着いた。
 真新しく見えるインターホンを弱く押し、その場で数秒佇む。
 そして、インターホン越しに聞き慣れた声が耳に響いた。
『誠人くん?』
 他の家族に出られたら厄介だと思ったが、本人が出てくれた事に安心する。
 どうやら家の中から俺の姿は見えているようだ。
 加奈に隠れるように言って正解だったと自分を褒めながら、慎重に言葉を選ぶ。
「あぁ。伝えたい事があるから出てきてくれ」
『分かった!』
 その言葉と共に室内の音声が途絶える。
 しかし、屋外にいる俺にも分かる位うるさく階段を駆け下りる音が聞こえる。
 そんなに俺に会いたいのかと呆れながら、今日俺の事を好きだと言ったのは本当
 だったんだなと心の中で確かめた。
 どうでもいい事だけど。
 やがて足音が止まるので、扉の前から一歩下がる。
 案の定扉はこちら側に向かって勢い良く開いた。
 あのままあの場にいたら無様に扉にぶつかっていたなと、今日の俺はやけに冴えている
 という確証を広げる。
 そしてその扉の中から何も知らない様子の『奴』が出てきた。
「誠人くん!?」
「よう…『島村』………」
 俺はその一言の後………

『シュッ』

 一瞬の刹那…俺の顔を見て喜んでいる島村の喉下を、隠し持っていた
 ペーパーナイフで瞬間的に切りつけてやった。
 喉下を狙ったのは、叫ばれては困るのと、即死して欲しかったからだ。
 切り付けた瞬間、ナイフを持った右手に温かい島村の”命の証”が降り掛かる。
「…ガッはァ………ッ!」
 望み通り、叫ぶ事も出来ずに島村はその場に崩れ落ちた。
 その表情は、何故こんな事されているのか全く理解出来ないという困惑と、
 止め処なく溢れる血液に自らの命が刻々と削り取られている事への恐怖で歪んでいる。
 一瞬で島村の家の玄関は自身の血で赤い海と化し、そこに島村は順応している。
「今の島村………綺麗だぜ…なぁ、加奈?」
 俺はその惨めな死に様に、敬意を表したくなった。
 真の絆を築いていく為に一体何をすればいいのか、それを教えてくれた一人の人間に。
 加奈の方を振り向くと、加奈も島村の苦痛に悶える表情を見つめながら、
 恍惚の表情を浮かべていた。
「うん………本当に、ひたすら生にしがみつこうとして、悪意の欠片もない…。
 誠人くんに何かしようともしていない…こんな純粋な顔出来るなんて…。
 ちょっと嫉妬しちゃう位、それ位綺麗だよ?
 最期に誠人くんに『綺麗』って言っても貰えて良かったね…フフフ…」
 どこにも屈折したところのないその笑顔から、加奈の言っている事が本心だと分かる。
 やはり加奈と俺の考えている事は同じ…最期の最後まで俺と加奈の関係の強さを再確認
 させてくれた事に感謝しつつ、虚ろな目でこちらを見上げる島村と視線を合わせる。
「島村…お前の『メール』の質問に答えてやるよ…」
 既にもがく気力はなく、意識絶え絶えの状態にも拘らず島村は
 必死に俺の言葉を聞こうとしている。
 そこまでして聞く程の事じゃないだろと思いながらもその真っ直ぐな瞳に敬意を表す。
「”加奈だから”だよ」
 その答えを言った後島村の顔を見ると、既にその瞳に光彩は失われていた。
 指一本とて動かせていないその姿が告げる…”島村由紀は死んだ”。

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50 :上書き ◆kNPkZ2h.ro [sage] :2007/03/24(土) 14:32:42 ID:UIL5bFFq
「やったね、誠人くん!」
「あぁ、これで俺たち、やっと『一歩』を踏み出せるんだな…」
 加奈が俺に笑顔を向けてくれている…この儚い幸せを手に入れる為に、
 俺たちはどうしてあんなに不器用な事をしていたのだろうかと今になって思う。

 俺と加奈が幸せになる為に必要な事…その『答え』は簡単だった。
 俺は常日頃、”加奈の幸せの為に”行動してきた。
 そして、加奈は”俺の幸せの為に”行動してきた。
 つまり、俺の幸せと加奈の幸せは『同意義』だったんだ。
 俺がしたいと思う事は同時に加奈がしたい事に直結している。
 そして、加奈がしたいと思う事も俺がしたい事に直結している。
 深く考える必要はない、俺がしたい事をすれば良かっただけの話なんだ。
 相手の幸せだなんて難しい事を考えるより、自分がしたい事をする事こそが
 互いの幸せへの第一歩に繋がるんだ。
 それに気付かせてくれたのは島村が俺に送ってきた『メール』だ。
 露骨に加奈を侮辱したその内容を見て、俺は胸に黒いものが湧き上がるのを感じた。
 それは、殺意を抱きながらも理性が覆い被さって行動を制止させようとしたが故に
 生じた、抵抗力の産物だ。
 本当ならそこで思い止まるのが普通だったのだろう。
 それが世間的には正しいし、そうしなければいけないルールなのだ。
 しかし、そのメールを見た後の加奈の様子を見て、俺の中で理性が崩壊した。
 そう、加奈もあのメールを見て、また別の理由で殺意を抱いていたのだ。
 目的は『一緒』………ならば躊躇する必要なんか欠片もない。
 互いの幸せの為に、迷う事なく殺意のままに従えば良かったんだ…。
 そうする事で、俺と加奈の幸せが叶うんだ、こんな簡単な事はない。

「それと誠人くん、一ついいかなぁ?」
 甘ったるい口調で加奈が俺を見上げながら訊ねてくる。
「何だ?」
「これからは、あたし以外に『綺麗』なんて言うのは嫌だなぁ…」
「何だ、そんな事か」
 思わず笑ってしまった。
 そんな俺の態度が御気に召さないようで、加奈は頬を膨らましている。
 露骨に怒っている加奈の下へと歩み寄り、そっとその小さな体を抱き締める。
「俺が好きなのは城井加奈一人だ…。加奈が好きなのは?」
「誠人くん…あたしが好きなのは、沢崎誠人くん、あなた一人ですっ!」
「良く言えました」
 俺の背中に手を回す加奈を抱き締める力を一旦抜く。
 今まで相手の為とか、『上書き』とか、陳腐な事を言い合って恋人ごっこを
 し続けていたけど、もうそんな事に惑わされる事はない。
 心が一つになった今、もう俺たちは言動や行動で伝え合わなければならないような
 関係ではなくなったんだ。
 加奈と見つめ合いながら、俺は”『一歩』を踏み出す為の”口付けを交わした。



51 :上書き ◆kNPkZ2h.ro [sage] :2007/03/24(土) 14:33:17 ID:UIL5bFFq

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 誠人の部屋の中で、開かれたまま沈黙を守っている携帯電話。
 既に光は失っている、しかしその薄黒い闇の中に確かに『跡』は刻まれている。
 二人の男女を狂気に奔らせた、簡潔な文章が。

 『From 島村由紀
  Sub  (無題)

  誠人くん、あなたは何で”あんな”子が好きなんですか?』

          ――――――――――――――――――――          




 B-1ルート「未来を築く為に」 HAPPY END