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97 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/03/27(火) 20:15:12 ID:Sz/kwEqI


 ――生首が其処にある。

 瞳、瞳、瞳が見ている。ただの球体になりはてた眼球がまっすぐに見てくる。いや、神無士乃の眼球
は僕を見ていない。ただ、こっちを向いているだけだ。その瞳にもう意思はない。意志を造るのは脳味
噌で、けれど脳味噌へと血を送るための器官は首から切り離されて遠くへ遠くへ遠くへと去って行先を
うしなった首の血管からはだらだらとだらだらだらと零れ落ちる雫の色は赤で神無士乃の体は人間型か
ら球体へと変わってしまった骨の白い断面が神経を縺れながら地面に垂れて床に赤い赤い赤い赤い赤い
血が血が血が地面へと零れて――
 神無士乃の生首。
 生首が、そこにある。
 生首が、僕を見ている。
 僕を、僕を、神無士乃の生首が見ている――
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
 口から漏れる悲鳴が自分のものだとは気付かなかった。気付けるはずもない。声はもう声
でもなんでもなくてただの音の塊として喉が震えるだけで震える喉は痛くてその痛みに狂い
そうになって既に狂っていることを思い出して僕は僕は狂気からひっくりかえって正気へと
戻ったせいでクルってしまう。
 くるくると狂う。
 くるくると回る。生首が回る。
 神無士乃の生首が。
 生首。
 それは、首だ。
 首だけだ。
 体から切り離されて、首だけだ。
 体。
 体はどこだ?
 神無士乃の体はどこにある?
 離れてしまったなら、くっつけないと。くっつけないと、離れてしまう。
 永遠に。
 命が、遠くへ。
 遠くへ、逃げてしまう。
 逃げる。
 逃げ水。
 逃げ水のような、血の池が。
 神無士乃の――血液が。

「声が、声が、声がよく響くものだね里村くん」

 あああ、という音を貫くようにして声。僕の声でも生首の声でも、生首を前にして
茫然としている神無佐奈さんの声でもない。
 聞き覚えのある声。
 聞き忘れることのない声。
 如月更紗の――声。
「こんな、こんな、こんな夜中に騒いでいては――鬼が出てしまうよ、蛇が出てしまうよ」
 すたんと。
 声と共に着地してきたのは、男性のようなタキシード姿に身を包む少女。肩甲骨のあたりまで伸ばされた黒い髪。
白いはずのシャツには返り血がついているせいで、赤い水玉模様に見えた。
 その手に持っている長い長い長い、30センチものさしをかみ合わせたような大鋏も血に濡れている。
 赤い血だ。
 神無士乃の――赤い血だ。
 大鋏は、血で濡れている。

 あの鋏が、神無士乃の命を刈り取ったのだ。

 それ以外に、考えられるはずもなかった。



98 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/03/27(火) 20:16:08 ID:Sz/kwEqI

「大丈夫かい、大丈夫かい――里村くん。そんな姿をして」
 言いながらも如月更紗は近づいてこない。上へと昇る梯子に背をかけ、足を斜めに交差させ
て寄りかかっている。右手には何も持っていない。白手袋には何も持っていない。ただし左手
の手袋の色は赤く染まっている。
 左手に持つ鋏と同じように。
 大鋏は、赤く血に染まっている。
「如月――更、紗」
「その通り、その通りだとも里村くん。如月更紗さ。そして――」
 ――マッド・ハンターだ。
 くるぅりと。
 左手に持った鋏を如月更紗は――いや、マッド・ハンターは回転させた。鋏先についた血が
跳び、黄い地面に水滴の跡をつける。暗すぎて、それが赤なのか黒なのか判然としない。
 赤黒い。
 赤くて、黒い。
 マッド・ハンターの姿のように。黒いタキシード姿が、なぜだか、赤いタキシード姿に見え
てしまう。
 血に――染まっている。
 血に、染まりきっている。

「士乃、士乃ちゃん……? 士乃ちゃん……、士乃、ちゃん……」

 神無佐奈さんが、動いた。
 へたりこんだまま、立ち上がることすらできずに――けれど、自分の娘の名前を呟きながら
這いずり始める。ずり、ずり、と、冷たく痛いだろう床とすらいえない地面の上を、神無佐奈
さんは這う。服が汚れるのも肌がすれるのも気にしていない。僕の姿も、侵入者であるマッド
・ハンターの姿もみえていないだろう。
 一心不乱に。
 乱心不和に。
 自分の娘のもとへと。
 自分の娘だったものへと。
 這っていく。
「士乃ちゃん……?」
 それが、そうであると認識できないのかもしれない。
 問いかけるように言いながら――神無佐奈さんは、神無士乃の生首の元へと、這って行く。
 その先に待つのは。
「ふぅん――」
 生首と、這う神無佐奈さんを、見下ろすマッド・ハンターがいた。



99 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/03/27(火) 20:17:10 ID:Sz/kwEqI

「――ふぅん」
 呟いて。
 こつん、と、マッド・ハンターは脚を動かした。組んでいた足が前へと伸び――地面に転が
っていた神無士乃の生首を爪先でつつく。あと一歩――あと一這で神無佐奈さんの手が届くと
いうところから、首は無常にも転がり離れていく。
 ころころ。
 コロコロ。
 ころころと。
 僕の前へと――神無士乃の生首が、転がってきた。
「…………神無、士乃」
 ――はぁい、先輩、なんですか?
 そんな返答を、聞いたような気がした。
 けれど勿論それは幻聴で、生首だけになった神無士乃は何も言わない。何も見ない。何も考
えない。うつろな瞳だけが的を射るように僕を定めている。
 眼球。
 眼球が見ている。
 首だけになった神無士乃が、僕を見ている――

 ――しゃきん、と。

 鋏を鳴らす音が聞こえた。
 顔を上げて見れば、マッド・ハンターがこれみよがしに鋏を開き、閉じたところだった。
 準備運動のように。
 準備をするかのように。
「あ――――」
 足元にいる神無佐奈さんはそれを見ていない。彼女が見ているのは、自分の娘だけだ。首だ
けになってしまった神無士乃を、神無佐奈さんは見つめている。手は届かない。僕のところま
で転がってきた首へは手が届かない。
 何も届かない。
 何も。
「士乃――――」
 それでも。
 彼女は母親だから。
 娘の下へと、再び這いずろうとして。
 その背中に。

「首、ニつ――」

 マッド・ハンターの、鋏が、



100 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/03/27(火) 20:18:44 ID:Sz/kwEqI

「――――――やめろ!!」
 気付けば。
 気付けば、僕は叫んでいた。
 姉と異常な愛情を築き、姉を殺された相手を殺そうとし、自分を殺しにきたような相手に守
られることを誓わされ、自分を監禁するような相手を幼馴染として、その幼馴染を『どうでも
いい』と思い、姉さん以外はどうでもいいと思っていた――僕が。

 制止の声を、あげていた。

「――――」
 まったくもって驚くべきことに、マッド・ハンターの手が止まった。振り下ろされかけてい
た鋏は、慣性の法則も反作用も完全に無視して空中で固定されていた。そこにどれだけの力が
必要だったのか僕は知らない。分かることは、僕が止めなければ――その力は、全て神無佐奈
さんの体に突き刺されていたということだけだ。
 そうすれば、死ぬ。
 当然のように、死ぬ。
 神無士乃と、同じように。
 姉さんと――同じように。
「何――何やってんだ、お前!」
 気付けば、ではない。
 僕は、僕の意志でマッド・ハンターへ――いや、違う、狂気倶楽部の人間に対してなんて僕
は怒らない。
 認めたくない。
 認めたくないが――認めないといけないだろう。
 僕は。

 如月更紗という人間に対して、怒鳴っていた。

 怒って、いたのだ。
「何あっさりぽっくり殺してんだよ! 一休さんかお前は!」
「無休さんとは働き者だね」
「いい感じなボケが聞きたいんじゃねえ! 何殺ってんだ! お前は――」
 お前は。
 その先何と言うべきか、言葉に詰まる。
 如月更紗は、僕の何だというのだろう?
 護衛か。
 ただのクラスメイトか。
 姉の仇か。
 それとも――
 その答えは、まだ出ていない。
 それでも。
 わずかな時間の触れ合いだったにしても、如月更紗のことが嫌いではなかったからこそ――
こんなことを許せるはずもなかった。

「――お前は、僕の身の安全を保証するんじゃなかったのか?」

 口から出た言葉は――最初のあの日に、如月更紗から言われた言葉だった。



101 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/03/27(火) 20:19:48 ID:Sz/kwEqI

 その言葉をどういう意味にとったのだろうか。如月更紗はもっともらしく頷いて、
「なるほど、なるほど、なるほどね。けどね、けれどね――君がどうして怒っているのか私に
は分からないよ」
「分からない、だって……?」
「そうさ、そうだよ。だって」
 如月更紗は。
 血に濡れる鋏を携えたままに、あっさりと言ってのけた。

「――君の敵を殺しただけさ」

「…………」
「それで、それなのに――どうして責めるんだい? 人殺しなんて、どこにだってあることだ
ろう」
 あっさりと。
 当然のように。
 何気なく。
 如月更紗は、言う。
 その言葉に澱みはない。嘘や偽りどころか、反省や後悔どころか、歓喜や達成感すら感じさ
せない声。真実それが『当たり前』だと思っている声。如月更紗にとっては、殺し殺されるこ
とすら当然なのだと物語っている。
 たとえばここが戦場なら――如月更紗が屈強な軍人ならば――それも受け入れられたのかも
しれない。
 けれど、違う。
 僕の目の前に立つ少女たちは、少女でしかなくて――ただのクラスメイトと、幼馴染のはず
だ。なのに一方は首が切り離され、一方は切り離した鋏をしゃきんしゃきんと鳴らしている。
 おかしい。
 狂っている。
 狂気だ。
 狂気――倶楽部。
 狂気倶楽部の――マッド・ハンター。 
 思う。
 僕の姉さんも、彼女たちと、同じだったのだろうかと。
 彼女たちと同じだったからこそ――当然のように殺されて死んだのかと。
 僕はその思考を振り払い、真下まで転がってきた神無士乃の生首へと眼を向ける。
 生きてなどいない。
 ただのモノが、そこにある。
「その子は……僕の幼馴染だった」
「幼馴染だ、幼馴染さ、幼馴染なだけで君は興味なんてありはしなかった」
「生きて――たんだ」
「今は死んでる、今は死んでいる、完膚なきまでに死んでいる」
 問答。
 わけのわからない、やりとり。僕は何が言いたいのかも、如月更紗から何を聞きだしたいの
かもわからないままに言葉を続ける。
「死んだんだぞ!?」
「そうだね、そうだよ」
「お前が――殺したのか?」
 わかりきった質問をする僕に。


「そうだね、そうだよ。私が殺したんだ――『彼』が君のお姉さんにしたように」

 わかりきった答を、如月更紗は返した。




102 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/03/27(火) 20:20:37 ID:Sz/kwEqI

「…………」
 お姉さん。
 僕の、姉さん。
 里村春香――三月ウサギ。
 殺されてしまった、僕の姉さん。
 一年前に、姉さんが死んだように。
 今――神無士乃も、死んでしまった。
 殺されて、しまった。

「遂に、終ぞ、終に――復讐の花は一つ? 二つ?」

 くすくすと笑いながら、如月更紗はしゃきんと鋏を鳴らした。鳴らすだけで、それ以上は振
ろうとしない。不様に這いずる神無佐奈さんを突き刺そうともしない。彼女の興味は、もう何
処にも向いていない。
 きっと、僕にしか向いていない。
「なあ、如月更紗」
「なんだい、里村くん」
 僕は。
 ずっと、疑問に思っていたことを――
「本当に――」
 この状況で、問いかけた。


「本当に――姉さんを殺したのは、三月ウサギなんだろうな」


 考えていた。
 如月更紗は言った。姉さんを殺したのは、五月生まれの三月ウサギなのだと。アリスが狙っ
ていると。チェシャが見張っていると。そんなことを滔々と語ってのけた。僕を守るという彼
女は、僕を守るために様々なことを教えてくれた。
 それは構わない。
 問題は教えてくれた人間が如月更紗一人であって――それの成否を確めてくれる人間が、誰
一人としていないということだ。実際に起こったことといえば白ドレスの少女に襲われただけ
で――それ以外は、全て如月更紗の話しの中でしか進んでいない。彼女が嘘をついている可能
性が、ないわけではないのだ。
 そうでなくとも、きっと。
 如月更紗は、『本当』を話していない。
 全てを――いまだ、語っていない。 
 エピローグには遠すぎるとばかりに。
 ただの疑問でしかなかったそれは、今の如月更紗の姿を見て――神無士乃をためらいもなく
殺してのけた姿を見て、僕の中では疑惑へと変わっていった。わずかなながらにうちとけてい
た心が、再び敵対すべくとがっていくのがわかる。
 如月更紗――マッドハンター。
 信頼する理由など、どこにもないのに。
 口約束だけで、僕はこいつに、ついていっている。
 そう。
 僕は、疑問に思ってしまったのだ。
 疑ってしまったのだ。
 姉さんと旧知の仲だという如月更紗に対して。


 マッド・ハンターが、姉さんを殺したのではないかという――疑いを。


 それは――全ての前提をひっくり返す疑問だったけれど。
 如月更紗は『さぁね』とでも言いたげな微笑みを返すだけだった。
 何も、はっきりとしたことは、言わなかった。
 微笑みの意味は、分からない。分かろうとも、思わなかった。



103 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/03/27(火) 20:21:11 ID:Sz/kwEqI

「今夜」
 微笑みをやめないままに、如月更紗は言う。
「君のお姉さんが死んだ、君のお姉さんが死なされた、君のお姉さんが死なれた場所に――

『彼』を呼んだ。『彼』は遠くへいくそうだから――これが、最後の機会というわけだね」
「…………」
 彼。
 五月生まれの、三月ウサギ。
 姉さんを殺したと、如月更紗が言った男。
 その男と――ついに、合えるのか。僕を助けにきたのだけでなく、それを言うために、如月
更紗は此処へきたというのか。一体、僕がこの地下で閉じこめられている間に、上で何があっ
たというのだろう。
 分からない。
 でも。
 今夜――全てが、分かる。

「其処で物語を終えよう。おしまい、おしまい、おしまい――」

 お終い、お終い、お終い――そう繰り返しながら、かつん、かつんと、如月更紗は踵を返し
た。血にぬれた手を拭いもせずに、梯子を昇っていく。如月更紗の姿が上に消える。
 後に残ったのは。
 神無士乃の生首を抱きしめる、神無佐奈さんと。
 つながれたままの僕と。

 反対側の壁に立つ――姉さんの姿。

 姉さんは、微笑んでいる。
 僕を見て、うっすらと微笑んでいる。
 ――ああ、わかってるよ姉さん。
 微笑む姉さんに、僕はつながれたまま――微笑み返す。
 そして、思う。
 そして――誓う。


 ――全部、お終いにしてやる。




104 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/03/27(火) 20:22:35 ID:Sz/kwEqI


     †   †   †


 放心した神無佐奈さんに鍵を外してもらい、僕は外へと出る。外は良い天気で、良い朝だっ
た。東の果てからは太陽が昇ってきている。なるほど、曜日感覚も時間感覚もすっかり忘れて
いたが、今は朝だったらしい。
 朝日がこれほどまでに清々しいものだとは思わなかった。
 清々しい朝の中、僕は閉じ込められていた倉庫を――神無士乃の父親の物なのかもしれない
――出た。監禁場所は神無士乃の家ではなかったらしい。ただそれでも、それほどまでに遠く
離れていないのが幸いした。歩いて帰れる距離だ。
 僕は爽やかな朝の中を、ぼろぼろの体を引きずって家まで帰る。長い時間監禁されていたせ
いで、痛まないところなどなかったけれど、不思議と気にならなかった。
 家に帰って、トイレで胃の中のものを残らず吐いて、僕は真っ直ぐに自分の部屋へと戻る。
 夜はまだ遠い。
 それでも準備だけはしておくべきだろう。ぼくは自分の机の引き出し、その一番上を開けた。
 そこに入っているのは、鈍く銀色に光るナイフだ。刃の長さは二十センチほどで、 如月更
紗の持つ鋏よりも短いが、使い勝手なら彼女のソレよりも良いだろう。
 魔術単剣だ、と姉さんは誇らしげに言っていた。
 魔術が何なのか、僕は知らない。
 僕にとっては、これは姉さんの遺品であり。

 ――人殺しの武器だ。


「お前がその気なら――僕も、そうなるまでだ」

 お前。
 それが、姉さんを殺した『五月』へと向けられたものなのか――それとも神無士乃を殺した
如月更紗に向けられたものなのか分からぬままに、僕は独り呟いた。



 そして夜が来る。



<続く>