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128 :上書き ◆kNPkZ2h.ro [sage] :2007/03/28(水) 20:06:18 ID:EUQSeXtA
「加奈の、好きにしてくれ…」
 俺には止める事が出来なかった。
 別に止める理由もなかったし、加奈自身が”ちょっと”と言っているんだから本当に
些細な事なんだ。
 そんな事をわざわざ気に留める必要もない、ある筈がない。
 なのに………
「ありがとう…」
 俺と全く視線を合わそうともせず俺の傍を離れていこうとする加奈に、言い表せない
ような奇妙な『不安』を感じているのは何でなんだ…?
 俺は加奈の幼馴染だ…加奈の彼氏だ…”加奈が一番信頼してくれている”人間なんだ。
 その俺が、加奈を信頼しないでどうするんだよ…っ!
 沢崎誠人よ、お前はさっき加奈と誓い合ったばっかじゃなかったのか…?
 独り善がりせず、意思疎通を通して相手との『信頼』を何よりも大切にする事を…。
 だったら、加奈に対して多少なりも疑念を抱くというのは失礼な行為だ。
 それに、『信頼』は”お互いが”信じ合って初めて成立する至極の関係だ。
 ”一人でも”欠けたらそれはただの一方通行の感情にしか為り得ない…。
 そして加奈のこの念を押すような感じを含む言葉は、俺を信頼しているが故のものだ。
 そう、加奈の言葉には”許可への欲”ではなく、『念押し』の感じが強く滲んでいた。
 それは加奈が俺を信頼していなければ自然に出来る筈がない芸当…。
 加奈が俺を信頼している以上、”俺が”加奈を信頼すれば『信頼関係』は成立する。
 だから、俺は『信頼関係』の確かさを加奈自身に求めた。
「…加奈、”気を付けてな”…?」
 既に俺の前を通り過ぎ、部屋の扉の前に立っているであろうと思われる加奈は無言だ。
 本当は今の俺を取り巻いている不安の根源を知りたくて加奈の表情を伺いたかったが、
その行為すらも加奈を信頼していない証拠になりそうで怖かった。
 だから俺は振り向けなかった。
「心配してくれてありがとう、誠人くん。大丈夫だから…」
 そう言い残すと、加奈は小さな音を立てながら部屋を出て行った…気がする。
 加奈のこの言葉に甘えて、自分で納得して、加奈の表情も確認せずに送ってしまった。
 …送って”しまった”?
 俺は一体”何を”危惧しているんだ…?
 さっき加奈を信頼するって決心したんじゃなかったのか…?
 だったらおとなしく待っていれば良いんだ。
 それが俺と加奈の『信頼』を築く為の一因となるんだから、それでいいじゃないか。
「ちょっと神経質になり過ぎだろ…馬鹿馬鹿しい…」
 自分に悪態をつく事で仮初の安心を得ながら、俺は敷布団の中へと飛び込んだ。
 そこからは話をするまで加奈が隠れていたからか、加奈の匂いが沁み込んでいた。
 その匂いが懐かし味を帯びていたのは、いつも一緒にいて慣れていたからだろう。
 それと同じように、俺たちは『幸せ』にも慣れていて気付けなかった事が多かった。
 これからはそんな事も噛み締めていきたいと思いながら、俺はその布団の中でしばし
加奈の匂いに包まれながら夢心地に浸かる事にした。
「…加奈、早く帰って来いよ…」


129 :上書き ◆kNPkZ2h.ro [sage] :2007/03/28(水) 20:07:01 ID:EUQSeXtA

        ――――――――――――――――――――          

 あたしは思う…好きな人と幸せになる為にはそれ相応の努力をしなければならないと。
 その『努力』の形は様々だ。
 まだ想いが通じ合っていなければ、好きな人を自分に振り向かせるところから始める。
 直球勝負をするも善し、時間を掛けて徐々に落としていくも善し、方法は多種多様。
 そうやって試行錯誤の末、好きな人と付き合う権利を手に入れた後は、その『権利』を
手放さないように一生懸命『努力』しなければならない。
 付き合ってみて初めて見つけた好きな人の美点を指摘して上げる、逆に付き合っていて
まだ好きな人が気付いていない自身の美点を見せてあげる…その他諸々。
 その段階で勿論お互いに相手の欠点に気付く事もあるだろう。
 それがきっかけで相手に失望し、別れてしまうケースは数え切れない程だ。
 人は付き合うまではその相手に自分の『理想』を”重ねている”ものだから、それが
崩れ去った時のショックは確かに大きいものだと思う。
 しかし、それはお互いに相手を『理解』してあげられなかった末の結末…自業自得だ。
 ではもし、『努力』を重ね相手の全てを『理解』している上で付き合ったとしたら…?
 お互いに相手の欠点も全て受け入れられる、そんな『存在』に出会えたとしたら…?
 二人は結ばれるべき…結ばれなければならない…結ばれる『運命』にある筈だ。
 だって、積み重ねてきた『努力』の末に今の幸せを手に入れたのだから。
 高め合った結果の『収束地』で二人だけの幸せな世界を堪能しているのだから。
「二人だけの、幸せな世界………かぁ…」
 口に出すと、恥ずかしいながらも震えるような快感の奔る言葉。
 じゃあ…その『世界』を何者かによって崩されかけたとしたら、どうすればいい?
 勿論みすみす崩れ去る様を傍観している訳にはいかない。
 行動を起こさなければ、『結果』は自らの下に訪れはしない。
 その結果が良いものか悪いものかは定かではないが、少なくとも『結果』が欲しいなら
行動しなければならない…。
 行動という名の『努力』をまたしなければならない。
 そう、付き合うという事は、結局は”『努力』の連続”で成り立っているのだ。
 もし、一瞬でも気を抜けばどんなに長い年月積み上げてきた『関係』も砂浜の砂上の
ように脆く、簡単に崩れ去ってしまう。
 だから、あたしは愛しの人…誠人くんとの幸せの為に、終わりのない『努力』を重ねる。
「絶対に、”守ってみせる”から…」
 見ていて、見守っていて、誠人くん。
 あたしは頑張るから…。
「”どんな”『手段』を使ってでも…」
 今宵は満月、あたしは右手に構えた”誠人くんの家から”持ってきた包丁に誓う。
「誠人くんと共に、あたしは幸せを掴んでみせるからね…」
 夜道を歩きながら、満月の眩い光が、希望の象徴である包丁を明るく包み込んだ。

          ――――――――――――――――――――          



130 :上書き ◆kNPkZ2h.ro [sage] :2007/03/28(水) 20:08:01 ID:EUQSeXtA
「遅い」
 思わず呟いてしまう。
 既に加奈が出て行ってから一時間以上経つ…もうすぐで日付も変わってしまう。
「遅い」
 何度目か分からない言葉をまた呟く。
 呟く事で意識を悪い方向から遠ざけようとしている意図が自分でも読み取れる。
 意図的な行動だから当然と言えば当然だ。
 でも、”『意図的』だと”自覚するのは正直言って物凄く怖い。
 意図的に意識を遠ざけようとしているという事は、自分が悪い想像をしている事の証明
だからである。
 さっき俺は確かに吹っ切った筈だ…加奈を信頼するって決心した筈だ…。
 なのに、俺はまだ加奈を信じ切れていないのか…?
 自問自答が頭を渦巻く中………
『ガチャッ』
 そんな音が下の階から響き、俺の思考を中断させた。
 この音はもう十何年間、飽きても飽きても聞き続けたもの…聞き間違える訳がない。
 俺の家の扉の開く音…『終わり』の音であり、『始まり』の音でもある。
 その無味乾燥な音は、今だけは俺の心に喜悦感を充満させる引き金へとなった。
 その音が鳴ったという事実が俺に告げるもう一つの事実…”加奈が帰って来た”。
 それだけで十分だった。
 加奈の言動に一抹の不安を覚えていて、それに翻弄されていた俺にとっては、加奈が
何事もなく戻って来た事だけが嬉しかった。
 もう沈黙が支配する部屋の中で、「遅い」と不安を払拭する為に呟く必要もない。
 これからはこの部屋で加奈と共に愛を囁き続けてやるのだ、そんな期待を膨らませる。
 階段を一歩一歩着実に踏みしめている音が近付く毎に、その期待に現実感という装飾が
施されていく。
 加奈との甘い関係は『終わり』、新しい日々の『始まり』…それは目の前の筈だった。
 そして、俺が凝視している先にある部屋の扉、それが静かに開いていく…。
「加奈ッ! お帰り!」
 俺の大声が部屋にうるさく響き渡った。
 しかし、何故か返答は返ってこない。
 加奈の奴、からかっているのか…そう思っていた刹那………俺は”それ”を見た。
 普段何気なく見かけている…いや、見かけていると表現するのもおかしい。
 だって、”それ”はあくまで”全体の中の『一部』”に過ぎず、意識すべきものでは
ないのだ。
 俺が”それ”が何なのかを認識してから数秒後、扉を隔てて声が聞こえてきた。
「”ただいま”」
『ボトッ』
 その声と共に、”それ”は俺の傍に乱暴に投げ込まれた。
「は?」
 その珍妙な声は、俺が”それ”を確認した際に出してしまったものだ。
 俺が、細い細い、本当に細い、『腕』を見ての素直な感想だった。
 そして………
「どうも」
 同時に扉から出てきたのは、今の今まで全く意識の外にいた存在…島村由紀だった。


131 :上書き ◆kNPkZ2h.ro [sage] :2007/03/28(水) 20:09:05 ID:EUQSeXtA
「機嫌はどうですか?」
 自分が放った物をまるで気にしていないように、島村はニヤリと笑った。
 瞳は大きな眼鏡と長い前髪で隠れているが、口元だけが厭らしく弧を描いている。
 この部屋にいるのは自分と俺だけだと言わんばかりの、”当たり前な”佇まい。
 しかし、そこまで『常識』を演出したいなら、こいつは何故右手に…真っ赤に染まった
右手に、右手同様赤く彩られた長い鋸なんか持っているんだ?
 それに何より、右手だけじゃなく、こいつの全身も真っ赤に染まっている。
 今放り投げた”誰かの腕”と手に持っている”赤い鋸”、この二つから連想してしまう
情景なんて『一つ』しかないじゃないか。
 そう思いながらも、俺は無意識の内に現実逃避していた。
 頭の中では必死に別の可能性を模索していた。
 ”島村は俺を驚かせたいだけだ”、そう頭の中で何度も自分に言い聞かせていた。
「どうしたんですか、誠人くん? 顔怖いですよ…あっ」
 島村は何かに気付いたように、自分の右手に持つ鋸を直視した。
「ごめんなさいね。別に誠人くんを脅かす気はなかったんですよ」
 …ん?
 前半はいい、「ごめんなさい」っての謝罪の言葉だ。
 そこに示されている意図は、俺を脅かしてしまった事に対しての事だと解釈出来る。
 しかし、後半に島村は何と言った…「”脅かす気”はなかった」だと?
 その発言は前半の言葉の意味も全否定してしまう…。
 それに、脅かす気がなかったなら、お前は何でそんな格好をしているんだ…?
 それ以外に、どんな目的で以ってそんな格好をしているというんだ?
「ちょっと、『作業』する為にどうしても必要だったんで」
 そう言うと、島村は一旦扉の後ろに回り、一つの袋を取り出した。
 その黒い袋は、男である俺から見てもあり得ないと思う程の大きさである。
 かなり重そうにそれを部屋の中へと入れた島村は、その中身を物色し始める。
 そして、その中から素早く”何か”を取り出し、玩具箱を漁る子供のような手の仕草で
それを先程同様俺の前へと放り投げた。

 ―――足
 ―――腕
 ―――足

「あっ…あっ………」
 それらが音を立てながら俺の前に道端の石ころのように転がっている。
 声が段々抑えられなくなり…そして………
「これで最後っとっ!」

 ―――頭

 そう、頭だ。
 人の頭、鮮やかな黒を誇る長髪を宿した頭、女の子の頭、俺が何度も見続けてきた頭。

 加奈の頭。

「胴体は重いんで省略しておきましたが、ご勘弁願いますね」
 島村が何か言っている気がしたが、正確には聞き取れない。
 俺の注目の全ては、眼前に静かに控えている加奈の頭…加奈の瞳に吸い込まれていて。
 その虚ろな瞳が、色彩を全て失っても尚愛しく思える瞳が残酷に俺に訴えかけるように
見つめてくる、その現実を受け入れた瞬間…
「――――――――――ッ」
 声を抑え切れそうになくなったと思ったが、強制的にその声は塞がれた。
「今は夜中、ご近所迷惑になるつもりですか?」
 島村の赤い鋸が、加奈の血が染み付いているであろう鋸が、俺の首に添えられたから。


132 :上書き ◆kNPkZ2h.ro [sage] :2007/03/28(水) 20:10:07 ID:EUQSeXtA
 躊躇する事なく、島村は俺の首に鋸の切っ先を当てている。
 金属の感情を宿さない冷たさと、感情を宿していたであろう加奈の鮮血の温かさが、
混ざり合って「ぬめり」とした気持ち悪い感覚を俺の皮膚に奔らせた。
「誠人くん、あの娘は…加奈さんは、駄目ですよ?」
 楽しそうに俺の首に時折触れさせながら鋸を動かしている島村。
 そう、本当に楽しそうだ、失ってしまった時間を逆行するかのように子供じみた笑みを
浮かべている。
「驚きましたよ…。こんな夜遅くに突然インターホンが鳴るんですから。誰かと思って
 家内で確認してみたら…加奈さんがいるじゃないですか。しかも画面越しにでも分かる
 位殺気がギンギンしているんですよ? 念の為に護身道具を持ちながら扉を開けたら、
 瞬間加奈さん包丁を刺してこようとするんですよ、こんな感じにね」
 島村が小さく奇声を発しながら持っている鋸を一旦引き、それを両手を器用に使って
くるりと回し、自分の腹の方へと持っていき、刺すような動作を繰り返している。
 一通り俺に見せ終わると、再び鋸を俺の首先に構えてくる。
「もし加奈さんが瞬きもせずにインターホン越しに私を睨みつけていなかったら、きっと
 私油断していて刺されていたでしょうね。本当に警戒していて正解でしたよ。向かって
 くる加奈さんの胸に向かって、私は持っていたペーパーナイフをね…をね…グサッと、
 刺してやりましたよ…フフフ…はっ、あーっはっはっはっハハハハハハハハハハ!!!」
 今度は腹を抱えて盛大に笑い出した。
 さっき近所迷惑云々言っていた奴とは思えない程、遠慮なしに俺の部屋で笑っていた。
 島村の笑い声が俺の部屋に響く。
 島村が静かにしたければ静かにし、笑いたければ笑う…この部屋の主導権は、完全に
島村のものだ。
 やがて一頻り気の済むまで笑い終え、狂気の体言化の時間に幕が下ろされる。
「ご、ごめんなさいね…。あまりにも哀れだったもので。だってそうですよね?わざわざ
 自ら殺されにくるなんて、馬鹿としか言い様がありません。”誠人くんの彼女”という
 素晴らしい地位を獲得しておきながら、嫉妬に狂って私を殺そうとして誠人くん自身を
 汚そうとするなんて、言っては悪いですが、”死んで当然の”屑だったんですよっ!!!」
 島村は言いながら転がっていた加奈の首を力強く蹴飛ばした。
 遠くの方へと飛ばされていく加奈の残骸…俺はそれをただ見てる事しか出来なかった。
「結局この女は、自分が”そういう事”をしたら誠人くんがどう思われるかすら考える事
 の出来ない無能な屑、誠人くんには相応しくありません」
 飛ばされた頭の方向に一瞬視線を向ける島村。
 長い前髪がその動作で揺れて隠していた島村の瞳を俺に焼き付けさせた。
 加奈の頭を見る島村の目は、頭だけになった加奈が向けてきた目と殆ど同じに思えた。
 そこで加奈のバラバラの体を再び思い出し、吐き気を催した。
「ですが、私は違います。誠人くんの為を思って行動出来ます…。あっ、誤解のないよう
 言っておきますが、私が加奈さんを殺したのは正当防衛という奴です。かなり憎かった
 んでバラバラにしてしまったのは、誠人くんから加奈さんを消す為止むを得なかった
 行いとお受け止め願いますね」
 島村は今確かに言った…”私が加奈を殺した”と。
 ”加奈を殺された”、つまり”加奈は死んだ”…その事実を再確認し俺は涙を流した。
 声はもう出ない、出そうとも思わない。
 今はただ、”ある事”を考えていたかったから。
 しかし、その思考はすぐに止まった。
 ふと目をやった、俺の傍らに置いてあった何故か開いている携帯電話の中身が全てを
物語った。

 『From 島村由紀
  Sub  (無題)

  誠人くん、あなたは何で”あんな”子が好きなんですか?』



133 :上書き ◆kNPkZ2h.ro [sage] :2007/03/28(水) 20:11:05 ID:EUQSeXtA

 今まで俺はずっと考えていた。
 島村が「加奈が自分を殺しに来た」と言った時かたずっと考えていた。
 ”何故加奈が島村を殺そうとしてしまったのか”…と。
 俺は加奈を愛する事を誓った、加奈も俺を愛すると誓ってくれた筈だったのに。
 なのに、何でこんな事になってしまったのか?
 その『答え』は、俺の携帯に映し出されているメールを見てはっきりした。
 つまり、加奈はこのメールを見て、島村が俺と加奈の関係を壊そうとしていると思って
しまったんだろう。
 思い返せば、様子のおかしかった加奈の傍らには不自然にも俺の携帯電話があった。
 あの時、俺は何でその中身を確認しようとしなかった?
 あの時、俺は何で加奈を止める事が出来なかったのか?
 あの時、俺は何で加奈を素直に行かせてしまったのか?
 今となってはもう分からない…過去は消える事のない足跡だ。
 それをどんなに『上書き』しようとしたってそんなのは無駄な行いだ。
 俺は、加奈の犯そうとした罪が『過去』のものになる前に、『上書き』出来ない状況に
陥る前に、先回りして対処しなければならなかったんだ。
 その為には、”離れてはいけなかった”んだ。
 俺は加奈と話をした時、確かに自分の口で言った筈だ。

 ―――「俺たちはまだまだ未熟なんだ。お互いを分かり切った気でいても、まだまだ
     言葉で意思を伝え合わなきゃやっていけない関係なんだ、離れちゃいけない
     んだと思う。」

 離れても分かり合えるようなそんな強い関係じゃない。
 言葉一つで簡単に崩れ去ってしまうような、そんな脆い関係。
 だから片時も離れず、お互いを確かめ合いながら生きていく事を誓ったんじゃないか。
 なのに俺は、こんな事を言っておきながら、まだ俺は自惚れていた。
 その証拠に、加奈が自分を信じていると信じて疑わなかったじゃないか。
 本当なら、あの時失礼を覚悟して加奈の行動を制止すべきだったのに、また俺の意思を
汲み取ってくれていると勘違いして、加奈を見殺しにしてしまったじゃないか。

 ”加奈を殺したのは俺だ”。

「誠人くん、泣かないで下さい。すぐにあの娘の事なんか忘れますから…」
 島村が首に鋸の切っ先を添えたまま、俺の眼前へと自らの顔を近付けて来る。
 そして、次の瞬間、俺は唇を奪われた。
 ほんの触れるだけのキス…それはあの日”謝罪とお礼”と称してしてくれた加奈からの
”初めての”キスと似ていて…あの時の笑顔を思い出させるには十分な行為だった。
 すぐに唇を離した島村、離れ際に見えた島村の目は黒々としていて、しかし決して色を
失っている訳ではなかった。
 とても純粋にその瞳は色鮮やかに輝いていて…本当にそれは加奈そっくりで…。
 こんな事する資格なんてないのに、俺は流れる涙を止める事が出来なかった。

「すぐ加奈さんの事は『上書き』してあげます…。そして、『島村由紀』という名を誠人
 くんの脳の奥底深くまで刻み込ませて上げます…。大丈夫ですよ、私となら絶対上手く
 いきます。私と新たな関係を築いていきましょう?」




 B-2ルート「外れない首輪」 BAD END