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228 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/04/01(日) 01:54:25 ID:UppdIXDd

 夜までにやっておくことがあった。

 神無士乃に監禁された影響か、体の節々が酷く痛い。できることなら約束の夜まで寝ていた
かったけれど――如月更紗のあの様子を考えれば休んでいるわけにもいかなかった。
 いい加減、あの女に翻弄されているだけのこの状況はマズい。
 こちらからも動かなくてはならない。主導権を握られっぱなしというのは、あまり僕の性に
はあわない。振り回されるだけだと、いつか放り投げられることを経験で知っている。そうで
なくとも、如月更紗があんなにあっさりと人間を殺す存在だった以上、それなりの対処は――
 人殺し。
 神無士乃の死。

「――――」

 止めよう、それを考えるのは。
 姉さんが死んだときに比べれば、衝撃も怒りも少ない。無い、とすらいっていいほどだ。け
れど、幼馴染である神無士乃が死んだということは――そしてそれ以上に、如月更紗が人を殺
したという事実が――僕の心を揺らしていた。
 考えるのは、後回しだ。
 今は――動かないと。
 立ち止まる暇は、もうない。行く付く所まで、来てしまったのだから。

「さしあたっては……風呂入るか」

 汗がしみこみすぎて色が変わったシャツを脱ぎ捨ててシャワーを浴びる。久し振りに浴びる
水は心地良くてたまらない。温度をいつもよりも上げて、頭が煮えるような熱湯をあびる。体
が熱くなったところで、冷水に切り替える。高温と冷水。交互に、交互に繰り返して浴びてい
るうちに意識が醒めてくる。
 頭からシャワーを浴びながら考える。如月更紗の言うことを信じるならば、今夜全ての決着
がつく。少なくとも、決着の場が用意されることになる。
 選ばなくてはならない。
 姉さんの復讐を優先するのか。
 如月更紗を、優先するのか。
 今答を出す必要はない。夜までに出せばいい。たとえ出さなくても――きっと、選ばざるを
得なくなる。
 二つのことを同時にできるほど、器用でないのは自分がよく知っている。

「あー……」

 考えたくなかった。何も考えないままに、ただ復讐鬼でいられればよかった。悩むことなく、
姉さんの仇を討てる存在であればよかった。
 数日前までは、そうだったはずだ。
 そうでないとしたら――良くも悪くも、あの女の存在が、心の奥にまで根を張ったからだ。

「……最悪だ」

 何が最悪なのか分からないままに、そう呟いてシャワーを止めた。




229 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/04/01(日) 01:56:42 ID:UppdIXDd

 ぬれた体をバスタオルで綺麗にふき取る。手足に妙なアザができていた。円状に出来たソレ
が何なのか考え、長時間手錠をされていたせいで欝血しているのだと気付いた。さすがにあま
りいい気はしないが、包帯やリストバンドで隠したら逆に怪しまれるのでそのままにしておく。
 手首のアザはリストカットみたいで、姉さんのことを否応無く思い出してしまう。

「あのリストカットって……これで斬ったのか……?」

 制服の上に置いてある魔術単剣の刃は妖しく耀いている。姉さんの血を吸ったとしても不思
議はない。それこそが『魔術』なのではないかと勘繰ってしまう。
 魔術も魔法も信じないけれど、
 姉さんは――そういうのが実在すると、信じていたのだろうか?
 少し考えて見るが、結論はでなかった。姉さんにとってはきっと、どっちでもよかったに違
いない。寄りかかる対象であるのならば。

「…………」

 制服に袖を通す。黒白で染められたの制服を着ていると、まるで喪服に身を包んでいる気が
してくる。ある意味、喪服で間違いはないのかもしれない。
 いや――
 僕の中で姉さんが死んでいない以上、喪に服しているとはいえないか。

「――さて」

 着替え終わったのを姿見で確認し、通学鞄に魔術単剣を放り込む。教科書を入れていないの
でいつもよりは軽いはずのなのに、ずっしりと重く感じるのは――それが人殺しの武器だから
だろう。
 ふと、思う。
 如月更紗のあの鋏は、一体どれほど重いのだろうかと。
 考えても仕方のないことだった。僕は頭を振りかぶり、思考を切り替える。
 今日は月曜日。この時間なら、ちょうど一限目が始まったくらいだ。人のいない通学路はさ
ぞかし気持ちがいいだろう。
 呼び出された時間は夜だが、その前に、学校へ行く必要があった。
 ――如月更紗の住所を知るために。
 僕は鞄をつかみ、玄関から出る。扉を閉める前に、振り返って家の中へと声をかける。

「行ってきます、姉さん」

 玄関の向こうで、姉さんは優しく微笑んで手を振っていた。行ってらっしゃい、とその口が
動いている。
 その笑みを見ながら、僕は、心の中でそっと付け加える。


 ――もしかしたら、もう戻ってこないかもしれないけれど。




230 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/04/01(日) 01:58:29 ID:UppdIXDd
 
 如月更紗の住所を手に入れること自体は容易かった。問題は、偶然如月更紗とはちあわせし
ないこと。下手に姿を見られれば、勘の良さそうな如月更紗は僕がしようとしていることに気
付きかねない。
 幸いにも学校は授業中で、如月更紗どころか他の生徒とも会わなかった。
 学校の中では真面目な生徒を装っていたから、職員室に入ることも珍しくない。コツはゆっ
くりと歩くこと、真顔を崩さないこと。いかにも『先生に頼まれました』という顔をしていれ
ば、他の教師は無関心に受け流してくれる。担任が授業をしているのを確認し、授業中で人の
いない職員室に入って如月更紗の住所を調べ上げる。
 学校を挟んだ反対側だった。 

「……意外と分かりづらいな」

 学校でメモしてきた住所をもとに家を調べる。『地図』ではなく『住所』でしかないので、
そこらで番地を見ながら探すしかないのが辛いところだった。仮にも学校をサボっている身な
ので――何よりも鞄の中には言い逃れのできない凶器が入っているので――警察に頼るわけに
もいかなかった。
 番地を一つ一つ確認していきながら如月更紗の家を探す。この辺りは高級住宅街なのだろう
か、奇妙なほどに静かだった。どこの通りも同じに見えて、正直迷ってしまいそうになる。
 昼間の街が、こうも静かだとは思わなかった。
 まるで――街が死に絶えたみたいに。

「そんなSF作品あったよな……タイトル忘れたけど」

 掲示板があったので住所を確認する。大まかにはあっているが、道を一本間違えていたらし
い。歩いてきた道を引き返し、左へと折れて直進する。
 向かう先は――如月更紗の家だ。
 学校があるこの時間、恐らく如月更紗はいないだろう。家族がいるかどうかは、分からない。
 そもそも、行って何がしたいわけでもない。
『何か』を知りたいだけだ。
 一方的に僕へと関わってきた、『如月更紗』について、何かを知りたかったのだ。どんな些
細なことでもいい、家族構成や何やら、そんなことでもいい。
 全てが終わる前に――如月更紗のことを、知りたいのだ。
 だから、僕は今彼女の家へと向かっている。不法侵入も辞さぬ覚悟だった。最悪の場合、如
月更紗本人が学校にいかずに家にいるという可能性もあるが――その場合は直接話をするだけ
だ。十二時間ほど予定が早まったに過ぎない。
 突き当たりで左に曲がり、すぐに右に折れる。番地は確実に如月更紗のところへと近づいて
いる。
 そこの角を曲がれば、如月更紗の家がある。

「――――」

 覚悟を決めて、
 曲がった。


 そこに――家はなかった。




231 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/04/01(日) 02:02:22 ID:UppdIXDd
「なんだ――これ」

 驚愕で、口が塞がらない。
 何もないわけではない。建物があるにはあるが――少なくともソレが『家』には見えなかった。
 廃屋、では生易しすぎる。
 廃墟、では生ぬるい。
 幽霊屋敷、でもない。あばら家、とも違う。
 無理に表現を探すのならば――『終わっている』。
 この家は、どうしようもないほどに、終わっている。
 そう云うのが相応しい姿をしていた。高級住宅街らしく、かつては西洋風のモダンな家だっ
たのだろうが、今ではその名残しか残っていない。三階までの窓ガラスは全てわれていて、割
れたガラスが地面に散らばっている。鉄門は斜めに歪んでいて、押しても引いても飽きそうに
ない。壁の塗装はところどころが剥がれていて、その上を蔦が走っている。泥棒ですら脚を踏
み入れるのを躊躇ってしまいそうな、かつて家だったモノがそこにあった。
 もう一度メモで住所を確認する。間違いなく、この家が、如月更紗の家だった。
 人の気配は――何もない。
 ここだけ、世界が終わってしまっているかのように、静かだった。

「住んでる……のか、ここに?」

 言ってみるも、自信がない。此処に人間が『住む』ことが出来るだなんて、想像すらできなかった。
 住所の間違い――それが、一番ありそうな線に思えた。
 けれど。
 如月更紗ならばともかく。
 マッド・ハンターなら、此処にいてもおかしくはないと、そう思った。
 それが決め手だった。覚悟を決めるには、十分な理由になった。
 唾を飲み込み。
 覚悟を決めて。

 僕は――如月更紗の家へと、踏み込んだ。

 見た目どおりに開かない門を無理矢理に乗り越えて玄関へと向かう。玄関扉に鍵は掛かって
いなかった。ぎぎ、と重い音を開けて、扉が開く。中は思ったよりも暗くはない――当然のよ
うに電気はついていないけれど、窓が割れているせいで無制限に光が入ってくる。
 靴を脱ぐか脱ぐまいか悩んで、結局脱がずにあがることにした。フローリングの上には土や
ガラスが散らばっていて、裸足で歩いたらまず間違いなく怪我をする。足跡が残るのが気にな
るが――まず気付かれない自信はある。
 入ってすぐに、二階へと続く階段があった。

「…………」

 明らかに上に何かがありそうだったけれど、とりあえず下から見て回ることにする。
 単純に――上には、いきたくなかったのかもしれない。ホラー・ムービーで死亡フラグをた
てるような気配が、上にはあったからだ。
 家の配置というのはどこも同じなのか、一階には家族共用のスペースが広がっている。トイ
レ、風呂場、脱衣所、居間。どこにでもありそうなその部屋は、やはりどれも荒れている。荒
れているのだが――

「なんか――変だ」

 荒れ方に、妙に作為的なものを感じる。外を見たときには、今にも崩れてしまいそうな印象
があったが、中はそうでもない。歩いていて床が軋むこともない。壁をよく見れば、老朽化ど
ころか建築されて十年とたっていないようにも見えた。
 意図的に『廃墟』へと仕立て上げたような――そんな印象があった。
 その印象は、台所に脚を踏み込むと同時に強まることになった。
 ヴゥゥウウン、と。
 蝿が飛ぶような――耳鳴りの音が、断続的に響いてた。その音で気付く。この家に、電気が
通っていることに。
 冷蔵庫が、動いているのだ。


232 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/04/01(日) 02:03:46 ID:UppdIXDd

「…………」

 台所の隅に置かれた大型の冷蔵庫。一人暮らし用のではない。ホームタイプの、身長ほども
ありそうな巨大な冷蔵庫だ。かくれんぼにでも使えば、子供どころか大人さえも入ってしまえ
そうな冷蔵庫。
 それが――動いている。
 ヴゥゥゥン、と、低く唸りをあげている。

「…………」

 開ける必要はない。別に、冷蔵庫を開ける必要なんて、少しもない。
 ないというのに。
 どうして――冷蔵庫を開けたくないと、強く思うのだろう。
 開ける必要がない以上、そんな心配はしなくてもいいのに。考える意味なんてないのに――
あの冷蔵庫を開けて、中を見ることだけは絶対にしたくないと思うのは、何故なんだろう。
 直感か。
 本能か。
 それとも――想像力か。
 例えば。
 如月更紗にだっているはずの『家族』のこととか。平日の昼間だというのにいない母親だと
か。こんな家の有様を見て彼女の父親は何も言わないのだろうか、とか。そんなことが、頭の
中で渦巻いている。
 それこそホラー・ムービーだ。あれは何だったか、冷蔵庫の中に、ずらりと肉が並んでいた
のは――

「……バカバカしい」

 そんなことが――あるはずがない。
 それこそ、想像力の暴走だ。
 僕は思い切って、唸りを上げ続ける冷蔵庫に手をかけ、
 開けた。
 中には――

「…………」

 ペットボトルが入っていた。

 ミネラルウォーターのペットボトルが数本と、なぜか冷やしてあるカロリーメイト。ワイン
が一本に、ビスケットの缶が一つ。
 閑散としすぎているものの、極普通の冷蔵庫だった。

「……はは」

 乾いた笑いが、意図せずに口から漏れてくる。
 そうだよ――これが普通なんだ。廃墟モドキの家に、そんなに食材がびっしり入ってるわけ
もない。出し忘れたものが残っている、その程度の有様だ。
 気負っただけ、損した気分だ。
 意識して笑い続けながら、僕は冷蔵庫を閉めて、ついでとばかりに冷凍庫の扉も開けてみた
。中に何が入っているのか気になったのだ。
 開けた冷凍庫の中には、


 生首が入っていた。





233 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/04/01(日) 02:04:38 ID:UppdIXDd

「――――」

 氷付けにされた、どことなく如月更紗の面影がある中年女性の生首が――じっと僕を見てい
た。
 生首を、目があった。
 ――神無士乃と、同じように。

「ぐ……が、ああぁぁ!」

 堪え切れなかった。
 込みあがる吐き気を堪えきれずに、僕は床へと倒れこんだ。はきたい。はきたいのに、喉か
らは何も出てこない。吐き気に衝き動かされるように喉を掻き毟りたくなる。必死で喉を押さ
え、そのせいで呼吸が苦しくなる。
 思い出してしまった。
 生首と目があったせいで、神無士乃の死に様を、思い出してしまった。
 そして――
 想像してしまったのだ。
 生首に、如月更紗の面影があったせいで。

 如月更紗の死に様を、考えてしまったのだ。

 この吐き気は、そのせいなのだろうか。死にたくなるような吐き気を必死で押さえ込む。こ
こで吐いてしまうわけにはいかない。そんな『証拠』を残していくわけにもいかない。
 水を呑みたかったが、水道が通っている保証はなかったし――冷凍庫を見た後では、冷蔵庫
に入っているミネラルウォーターを呑む気にはなれなかった。
 見ないように気をつけて冷凍庫の扉を閉める。噴出してきた冷気が途絶えるだけで、だいぶ
楽になった気がした。
 よろよろと、壁に手をつき、台所を後にする。
 ともかく――これで、はっきりした。
 この家は、異常だ。
 如月更紗は、僕と出会う以前から――異常なのだ。
 狂気倶楽部に相応しく。
 僕が想像するよりも、ずっと、異端だったのだ。

「…………」

 首を斬られていた死体――たぶん、如月更紗の母親なのだろう――も、やはり『鋏』で斬ら
れたのだろうか。
 自分の母親を――自分の手で。
 殺したのだろうか、彼女は。

「…………」

 分からない。それこそ、本人に問わなければ分からないことだ。
 よろめく体に鞭を打って歩く。まだ二階が残っている。本当に何かがありそうなのは、二階
なのだ。冷凍庫に入っていたモノよりも酷くはないと思うが――正直、この先何がでてきても
驚かない自信はあった。
 手すりに全体重を預けながら、二階への階段を一段一段昇っていく。足取りが重い。脚が鉛
よりも重く感じる。
 何も見なかったことにして、帰りたいと思う自分がいる。
 それ以上に――全てを知りたいと思う自分がいる。
 せめぎあいを続けながらも、階段を昇りきり、正面にある扉の前に立つ。
 此処だ、という直感があった。
 扉の奥に――全てがある。
 覚悟を、決めなおす必要はなかった。ノブに手をかけ、ひと息に開ける。
 扉の向こうには――



234 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/04/01(日) 02:06:05 ID:UppdIXDd

 ――極普通の、少女の部屋があった。

「…………普通、だな」

 普通だった。
 荒れていない。荒れ果てた家の中で、その部屋だけが守られていたかのように荒れていない
。窓にはレースのカーテンがかかっていて、二段ベッドは天井からつるされたヴェールのよう
なもので覆い隠されている。大き目のクローゼットが部屋の両端で存在を主張し、床には赤い
カーペットがしかれていた。広い部屋は少女趣味な小物で満ちていて――正に、女の子の部屋
だった。
 死体が転がってもいないし、血痕が残ってもいない。
 ここで誰かが住んでいるといわれても、違和感はないだろう。

「靴は……脱いだ方がいいよな、これ」

 荒れ果てた廊下とは違い、この部屋に靴で入ったら間違いなく証拠が残る。自分でも滑稽だ
とは思いながらも、家に入るときのように、扉の前で靴をそろえて室内へとあがる。カーペッ
トはよく手入れされているのか、踏み心地がよかった。
 確信する。
 如月更紗は――ここで育ったのだと。
 この部屋が、如月更紗の中身なのだと。
 ようやく、此処まで来た。
 問題は――

「これから……どうしよう」

 来たのはいいが、具体的に何をするかなど考えていなかった。来れば何かあるだろう、程度
にしか考えていなかったのだ。確かに冷凍庫には『何か』があったが――それは如月更紗の行
為の残りかすだ。
 彼女の内面が知りたいのだと、僕は今更ながらに気付く。

「定番なら日記とか……」

 確かに日記があるなら、如月更紗を理解するのには役に立つだろう。
 そう思い、部屋の中央におかれた机へと向かう。日記があるとしたら、机の引き出しの中が
一番ありそうだと思ったからだ。
 その推理は、半分正解で、半分間違っていた。

「…………」

 目的のものはあった。ただし、引き出しの中にではなく、机の上に無造作に置かれていた。
 そして、それは日記ではなかった。
 それは――本だ。
 市販にされているような本ではなく、自分で折り、ホッチキスで止めた――学校の文芸部
が発行するような、お手製の本が置いてあった。
 表題には、くせのある丸字で、こう書かれている。


『ハンプティとダンプティ』


 ――如月更紗が、創ったのだろうか。
 逸る心を押し殺し、僕は、震える指で表紙を捲った――